二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第9話 視線は尋ねる。“携帯電話って何ですか?” ( No.38 )
- 日時: 2013/01/31 22:34
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
気付けば、私は夢を見ていた。
夢と言うにはおぼろで良く分からないけれど、私が森の中で誰かに歌を歌っていて、誰かが優しい声で褒めてくれて、他のたくさんの人が微笑んでくれている————温かな夢。
そして私は、何かがおかしい事に気付く。
私は夢を見ている。
温かな夢、幸せな……きっと、過去の夢。
ぼんやりしていて、夢の中だと上手く考えられない。
私は夢から目を覚まそうと思った。
もう、たくさんの幸せをもらえた。私はいつまでもここにいてはいけない気がするから。
まぶたを開けて“現実”へ戻ろうとした刹那、霞んだ夢の住人が、私に告げた。
『——の歌は心がこもっている。私は君の歌が、大好きだよ。だから…………。』
柔らかなベッドから体を起こして、霞んだ視界の中飲み物を探す。
私はベッドの脇のテーブルに置かれていたコップに手を伸ばして、けれど掴めずにコップを落としてしまった。
眠気を覚ます、コップが床に落ちた音。
手が震えていた。
生温かい滴が、その手に落ちる。
私は夢を見た。
とても、幸せな夢だった。
それなのに、それなのに、涙があふれて、心が痛い。
月乃(ごめんなさい。ごめんなさい……。)
私はあなたの名前と一緒に、自分の声も忘れてしまいました。
だから、そのアンコールには応えられないのです。
*
何かが割れる音で、目を覚ました。
足元を照らすのは月光で、時計を見てみるとまだ午前3時過ぎだった。
神童(こんな時間に……?)
様子が気になり、ベッドから下りる。
何かがあったのはどの部屋かと寝ぼけ頭で考え、そこが月乃の部屋だと気付き頭が冷めた。
月乃は、この家で記憶が戻り問題が解決するまで引き取る事になった。
そして昨日から客用の部屋でずっと眠っている彼女自身は置いて、色々と話が進んでいる。
学校の話や、通院の話……。
そう、彼女は試合後に倒れてから、ずっと眠っていた。
その原因は、昨日警察の方から聞いた事で間違いは無いと思うが……。
神童(起きただろうな……。)
俺は彼女に渡す物を持って、部屋を出た。
慌しく階段を上がってきた執事と共に、彼女の部屋のドアを2度ノックをしてから、部屋に入る。
執事が部屋の明かりをつけ、自体を何となく察した。
眩しさに目をこする月乃と、ベッド脇で割れているコップ。
執事「拭く物と、片づける道具を持ってきます。」
神童「お願いします。」
大方、のどが渇いて飲み物を取ろうとしたらコップが落ちたというところだろう。
コップで良かった、と息を吐き、そして月乃の顔を見て——。
まただ、と思う。
彼女の頬が濡れていた。
初めて月乃を見た時も、このベッドで、俺の顔を見て、泣いていた。
あの時と、俺を見る表情は違うけれど。
神童「月乃、君をまた預かることになった。」
きょろきょろと部屋を見渡していた月乃は、顔を不安げにゆがめて俺を見上げた。
しかしどこか明るく見えるのは、恐らく……。
神童「疲れは、とれたようだな。」
月乃「!」
神童「施設に居た時は、殆んど眠れなかったと聞いている。」
目の下の隈がとれて、顔がすっきりしていた。
警官の話では、施設の人がひどい顔の月乃を見かねて睡眠薬を渡し、試合当日の早朝やっと2時間眠れたという。
つまり疲れた体であの試合に出たのだから、倒れるのも当たり前だったという事だ。
月乃「〜っ、」
神童「?」
月乃は何か伝えたい事があるらしく、辺りを見回している。
そこで俺は、月乃に持ってきた物を思い出した。小包を渡し、開けるように促す。
神童「メモ帳を持ち歩くよりも、効率が良いと思って。」
月乃「……?」
入っていたのは、シンプルな白い携帯電話。入力した文章を読み上げてくれる機能付きだ。
月乃はとても珍しそうに携帯電話を見ている。電源を入れると音を出したそれに驚いて落とす始末。
……もしかして。
神童「携帯電話……知らないのか?」
月乃「?」
携帯電話って何ですか?
そう尋ねる視線に脱力しつつも携帯電話の使い方を苦労しながら教え、月乃がポチポチと文字を入力できるようになった頃、小鳥が平和な朝の到来を唄った。
*
冬海「月乃杏樹……どうしましょう、彼女は反乱側の様ですよ?」
生徒たちの声が聞こえ始めた雷門中。
校長を務める冬海が、理事長に入学届けを見せながら焦った声で問う。
月乃杏樹の物であるそれは代筆されたものだが、手続き上入学には問題ない。
あるとすれば。
冬海「聖帝は何を考えておられるのでしょう、サッカー部に入れるなど……。」
金山「それは聖帝に何かお考えがあってのこと。……彼女のせいで指示が守られなくとも問題は起こらないと思いたいものです。」
ふぅ、と金山が膝に飛び乗った猫をなでながら溜息をつく。
雷門はもう二度も勝敗指示に逆らっている。
二度目は月乃も加担してのことだというのに、フィフスセクターは彼女をサッカー部に入れるよう命じて来た。
金山「剣城君も上手くやってくれるでしょう。」
自分の理事長という地位を手放したくない金山の膝の上で、猫は一言も鳴かずに目を閉じた。
*
葵「天馬! 大ニュースよ大ニュース!!」
天馬「おっは……ど、どうしたの?」
西園「今日、転校生が来るんだって!」
挨拶も無しに迫って来た葵に引いた天馬は、西園の言葉に納得して席に着く。
美咲「楽しみだねー歌音!」
歌音「1人生徒が増えるだけなのに、どうしてそんなに盛り上がるのよ?」
天馬「男子だったらサッカー部に誘わないと!」
美咲「そーだねっ!」
歌音「……。」
静かな女子でありますように。
今朝来た時に増えていた、近くにある机を見つめながら奏宮歌音は願う。
彼女は静かに過ごしたいのだ。それなのになぜか特に賑やかな美咲になつかれてしまっている。
おかげで本が読み終わらないわ、と心の中でため息をつく。
そして教師が連れて来た騒ぎの種は、堂々と白い携帯電話を取り出してクラス全員の注目を集めた。
月乃『月乃杏樹です。よろしくお願いします。』
天馬・西園「「あーーーっ!!」」
歌音「……本人は静かそうなのにこうなるのね。」
電子音声を聞きとって立ち上がった天馬は、眉をひそめる月乃と目が合うと嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
彼女の中学生活が、始まった。
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スマートな方にしようかと思ったけど、みんな開く系だったので。