二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- バレンタイン短編*記憶喪失のお菓子作り ( No.47 )
- 日時: 2013/02/15 21:58
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
街はバレンタイン一色。
——バレンタインって、こんなものだっけ?
美咲「つきのんって、お菓子作りとかするの?」
天馬「あ、得意そう!」
きらきらと顔を輝かせて言われるのは、チョコレートを交換する習慣があるから。
聞けば、それはここ数年の事じゃないらしい。
私はどこで、手紙を送りあうものだと思ったんだろう……?
月乃『料理したこと無いです』
美咲「うそ!?」
天馬「月乃さん、それオーバーだよ。だって調理実習とかやったでしょ?」
月乃『…………全部体調崩しました』
天馬「何でわざわざ沈黙入力するの!?」
笑う橘さんの後ろで、空野さんが本当だったらどうするの、と不安そうに言っている。
私は構わない。本当だと思われていた方が良いけど、冗談だと思われていても深く突っ込まれなければ。
結局直後にチャイムが鳴って、誰にも尋ねられることは無かった。
*
神童が部活動で居ないバレンタイン直前の週末、月乃は初めて神童邸の厨房に立った。
それはメイドが立たせたも同然であった。
メイド『料理は一度された方が良いですよ? それにバレンタインのチョコはお世話になっている人にあげるという意味もありますから、拓人様に作られてはいかがでしょうか?』
それを聞いて、月乃は料理経験0が危険だと悟った。
そして失敗したら、自分で処理しようとも。
メイド「それでは、先日話した通りブラウニーと言う事で。」
バサッ、とメイドが広げたレシピを月乃が覗き込む。
メイド「ボールにチョコレートとバターを入れて溶かす、と……私はオーブンを予熱しておきますね。」
月乃(ボール……?)
思わず首を傾げる。
オーブンの前で楽しそうにしているメイドの背中を見て、再びレシピを見た。
月乃(……サッカーボールにチョコレートを入れるんですか……?)
ボール=サッカーボール
そもそもサッカーボールはあのオーブンに入るのか、と考え始めて月乃の頭の中は混乱する。
メイド「杏樹さんどうしたんですか!?」
月乃「……。」
最早携帯電話のボタンすら押せない月乃。
メイド「あ、料理の時はこのパソコンに打って下さい! それとボールはこっちです!」
月乃「!?」
メイド「それでチョコレートは……。」
渡されたガラスの器に衝撃を受けた月乃は、メイドが話しかけても反応せずボールを見つめる。
メイド「杏樹さん、チョコレート出しましたよ〜?」
月乃(どうしてこれがボールって呼ばれるの……?)
メイド「もしもーし!?」
月乃(とりあえず忘れないように目に焼き付けて……。)
メイド「杏樹さんっ!」
月乃「!」
▼メイドはクーベルチュール(ビター)を月乃の口に突っ込んだ!
月乃(苦い……!!)
メイド「チョコをこの分量入れて下さい。」
月乃『分かりました』
月乃(苦い、かすかに酸っぱくて苦い……)
突然の出来事の上、初めて食べるビター。
月乃は何とかエンターキーを押し、ボールをはかりに乗せた。
・
・
メイド「では、アーモンドプードルを……ええと、多分あそこの棚に入ってると思うので持ってきて下さい。私は卵をとってくるので。」
月乃『アーモンドプードルって何ですか』
メイド「アーモンドの粉です。ベージュ……っぽい色、ですかね?」
分かりました、と打ちこんで月乃は粉類の入っている棚に向かう。
ベージュっぽい色の粉。
砂糖や薄力粉、抹茶、と色々入っている中からその色を探し続け、ようやくその色の粉を見つけた。
メイド「ありました?」
頷いて、レシピを確認してはかりに器を乗せる。
らしくなってきたわ、とメイドは安心するも、ふとその粉の袋が目に入り、目を疑った。
メイド「ストップです杏樹さん!」
月乃「!?」
メイドが全力で月乃の腕を抑える。
戸惑いながら月乃がメイドの顔を伺うと、何作るつもりですかと言われて更に戸惑う。
パッケージを目の前に突き付けられ、じっくり見てみるも疑問は一つも解決しない。
『菜花さんちのこだわりきな粉やんね!』
メイド「これ黄粉です!!」
月乃『商品名がきな粉なのかと』
メイド「黄粉って言うのは大豆の粉です!」
月乃『黄粉じゃダメなんですか』
メイド「レシピ脱線しまくりですよ!!?」
月乃『黄粉は美味しいです』
メイドはそうですか、と月乃の頭をなでた。
この子何歳だっけ、何でブラウニー作ってたんだっけ、と。
月乃『でもビターチョコレートと黄粉ってあまり聞かないです』
メイド「基本合わせないんですよだからアーモンドプードル入れましょう。」
そう言うや否やメイドは、菜花さんちのこだわり(以下略)を奪取し、目線でも訴えつつ粉類の棚を指差した。
*
≪当日ですよ!≫
月乃『余ったのでどうぞ』
美咲「いきなり余りもの宣言!?」
教室で、市販の紙袋に入れられたブラウニーを月乃は美咲に渡した。
美咲「でもまさか、つきのんから友チョコもらえるとは思って無かったよ!!」
月乃『余りものです』
天馬「おはよう2人共……って、何か甘いにおいがする!」
月乃『6月さんもどうぞ』
天馬「月乃さん、俺の名前覚えてる!?」
月乃は美咲の嬉しそうな言葉を一刀両断し、さりげなく天馬の心に傷をつけながら紙袋を渡す。
美咲は、そこは本当のこと言わなくてもいいんだよと心の中で泣きつつ、ふと首を傾げた。
美咲「……ね、余りものってことは本命がいるの?」
歌音に紙袋を渡していた月乃は美咲を一瞥し。
月乃『料理をしたかっただけです』
美咲「えーっ、辻褄が合ってないよつきのん☆」
これはいるね!
はしゃぐ美咲と月乃を、天馬と西園、歌音は少し離れた場所から見守る。
歌音(彼女に限って、本命?)
西園「そういえば、キャプテンとか霧野先輩とかいっぱい貰ってたよね!」
天馬「キャプテン、朝来た時から甘いにおいしてたよね! でも月乃さんのも美味しそう!」
くん、と紙袋に鼻を近づけて頬を緩めた天馬は、嗅ぎ覚えがあるような匂いに顔をしかめる。
天馬「この匂い、今朝嗅いだような……?」
西園「でもチョコなんて、どれも同じような感じだよ。」
天馬「ちょっと変わった匂い……。」
どこだっけ、まあいっか。
投げ出した天馬に西園は苦笑して、早く授業の準備しよう、と席についた。
*
霧野「相変わらず甘っとろしい匂いだな。」
霧野は、後ろの席の幼馴染に例年通りの言葉を投げかける。
すると俺のこと言えないだろう、と返ってくる、今までと変わらない受け答え。
神童「でも、」
霧野「?」
神童「……いや。」
教科書を鞄から取り出しながら、神童が若干頬を緩めたのを霧野は見逃さず、目を見張った。
付きまとう甘い匂いに耐性はついたものの、時間を追うごとに精神的にきつくなっていく。
それが分かっていての微笑みの理由を、霧野は思考する。
霧野「……。」
去年までと違うこと。
1人の女子が頭に浮かんだ。
常識のなさを話に聞いていただけに、思わず笑みが浮かぶ。
神童「どうした、霧野。」
霧野「何でもな——」
倉間「霧野、男子から貰えたか?」
霧野「……」
挑発する倉間の言葉に、2人の顔がこわばる。
神童は静かに席に立った霧野を見て苦笑し、再び鞄の中をのぞいた。
今朝、お世話になっているのでと渡された紙袋。
神童「……。」
ふわりと微笑み、香りを閉じ込めるように鞄を閉じた。
*end*
1年教室
(思い出した、黄粉だ!)
2年教室
(でもこれ、何で黄粉の匂いが……?)