二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第14話 兄さんの何でも相談室 ( No.66 )
- 日時: 2013/03/19 12:51
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
〜万能坂中
剣城「月乃杏樹が来ない……?」
雷門中ユニフォームの違和感が半端ではない剣城を見る目が、その一言で変わる。
ビクリと肩を震わせた天馬と美咲、そして神童以外が、携帯電話をいじる剣城を驚いた表情で見つめた。
車田「何でだよ」
神童「……事故に、遭ったそうです」
西園「事故!?」
天城「そう言えば、昨日駅で騒ぎがあったド」
俯く神童の横顔を見つめて、霧野は昨晩の出来事を思い出す。
飼い猫を橘に見せると外に出た月乃がなかなか帰って来ない、と神童から相談を受けた霧野は、数分後に神童の家に来た電話の内容も“結果”として神童から聞いていた。
丁度商店街の辺りを探していた霧野はその足で病院へ向かい、神童と一緒に月乃を見舞った。
腕の擦り傷や腫れた脚の痛々しさを、暗い表情が際立ててしまっている。
思わず息をのんだ2人に、看護師が検査入院の必要を伝えた。
速水「も、もしかしてフィフスセクターが仕組んだ事なんじゃないですか!?」
浜野「でも後半から出せ、って命令しといてそれは回りくどくね?」
水鳥「あたしも浜野の意見に賛成だな」
茜(今日、美咲ちゃん元気ない……)
いつもはこういう話し合いに積極的に参加する美咲が無言なことに気付いて、茜が美咲を振り返る。
俯いていた美咲が顔を挙げ、茜と目があった。
美咲「あたしはですねー、」
意見を求められたと思ったのか、美咲が口を開く。
そして放たれた一言に、辺りが水を打ったように静かになった。
美咲「もしかしたら、つきのんの自作自演なんじゃないかって思うんですよ」
天馬「! み、さき……?」
無理やりいつもの表情を作ろうとしているのか、ぎこちなく、少し不気味ささえ感じさせる顔。
控室からフィールドへ向かう途中だった全員の足が、止まった。
神童はその意味を理解して、美咲の目を見据えて言い放つ。
神童「違う……絶対にそれは無い!!」
霧野「神童っ!」
天馬「キャプテン?」
声を荒げた神童に、美咲は顔を伏せる。
イレブン全員が状況を理解しかねて、2人を交互に見る。
美咲(何で、言い切れるの?)
霧野「落ち着け神童」
あんな月乃を見たら、こんな事を言えるはずが無い——。
事故後の彼女を見たのは俺たちだけだと思った霧野は、神童を小声でなだめる。
美咲「……ごめん、なさい」
葵「キャプテン、多分、美咲は混乱してるんだと思います。だから」
神童「俺も……悪かった」
ドクドクと鼓動する心臓の音を聞きながら、神童は深呼吸をした。
美咲も口が過ぎた、と少し反省して、下唇をかむ。
美咲「……あたし、頭冷やしてきます」
来た道を引き返す。
そして神童の脇を通り過ぎる瞬間、彼女は彼に囁いた。
美咲「つきのんのお見舞いに行ってそう思ったんです」
ごめんなさい、そう最後に付けたして、神童をさらなる混乱に陥れながら彼女は外に出て行った。
霧野「……1年、誰かついて行ってやってくれ」
天馬「っ、俺行ってきます!」
葵「え、天馬!?」
昨日同じものを見た、という共通点からか、またはそこから発生する責任感からか。
駐車場の方へ出向かった美咲を追いかけて、天馬は駆けだした。
*
美咲(つきのんは大怪我、という程じゃないけど、立てない位ふらふらだったなぁ……)
現場で見た姿。
悲鳴を上げる女性と、駆け寄る男性。慌てる駅員と、迫るサイレン。
美咲(自分がボロボロなのに、つきのんは猫の心配しててさ……)
野次馬をかき分けて線路に近付くと、立とうと試みてバランスを崩し、男性に支えられる月乃。
張り詰められた表情が、脚に擦り寄る猫を見て和らいだ。
天馬が友達だから、と支える役を代わっている様子が、美咲にはどこか遠くの景色のように思えた。
美咲(ずっとずっと……あんな無茶してまで)
今日は、試合だっていうのに。
確かに飼い猫の命と試合は、天秤にかけられないだろう。美咲にもそれ位は分かる。
だが天使になった今では、命を軽視してしまう傾向がある——人間の頃とは違うそれを、自覚はしていた。
美咲「まぁ、いいけどさ。目を離した飼い主のせいなんだから、自業自得だし」
蛇口をひねって水を出す。
頭を冷やす、と言って出て来た人間の当然の行動。しかし、やはり天使には無意味な行為。
体を、血は巡らない。
そもそも人間の定義で“実体”と呼べるかも危うい人間の体を模した存在、それが“聖霊”だ。
頭を冷やしたって冷静にはならず、混乱が鎮まるのを待つほかない。
美咲「あたし、友達とは思って無かった、というか……信じてなかったな、つきのんのこと」
顔を一応水でぬらして、美咲が声に出す。
自分を追って来た少年に、聞こえるように。
天馬「嘘は良くないよ、美咲」
美咲「嘘じゃないよ、確かに友達になりたかったけど、なれなかったんだもん」
天馬「どういう事?」
顔をタオルハンカチで拭くと、美咲は天馬を振り返った。
美咲「つきのんはあたし達を信じようとしない、だからあたしはつきのんを信じられない。それだけだよ」
天馬「? 今日、美咲おかしいよ」
明るさをかけらも見せない目の前の少女が、誰とでも友達!な橘美咲と同一人物と思えず、天馬は困惑する。
月乃の怪我は全治1週間ほど、リハビリのため部活は暫く出来ないという診断だが、命に全く別状はない。
それなのにこんなにも変わってしまった美咲を、すんなり受け入れられない。
美咲「これがあたしの本心。別にいつものが嘘って訳じゃなくて、ただずっと思ってたっていう、本心だよ」
ついでに聞くけど、と言ってから、美咲は俯いた。
美咲「今日の試合、勝てるよね?」
天馬「! もちろん!」
剣城が出る、フィフスセクターが動く——だけど、負ける訳にはいかない。
その決心は固まっていた天馬は、即答した。
美咲「そっか。じゃあ、あたしちょっと“兄さんの何でも相談室”に行ってくるよ」
天馬「え?」
俯いていた美咲が顔を上げると、そこにはいつもの笑顔があった。
美咲「じゃ、がんばってね6月!」
天馬「え……何!? 兄さんの何でも相談室ってどこ!?」
走り去る後ろ姿をポカン、と見つめていた天馬だが、とりあえず今の会話を整理して、1つの結論を出す。
天馬(美咲も、ショックだったってことかな)
——でも、美咲ってお兄さんいたっけ?
*
霧野「松風、橘は?」
雷門ベンチに天馬が戻ってくると、真っ先に気付いた霧野が声をかけた。
整列まであと数分、天馬は完結に結論を述べる。
天馬「相談しに行きました」
霧野「……帰ったってことか?」
多分、と頷き、監督に報告しようと顔を上げると、円堂は笑って天馬を見ていた。
円堂「誰かに相談するのは良い事だ! それより、天馬は大丈夫か?」
霧野「気持ち切り替えて行けよ」
天馬「はいっ!! って、霧野先輩……」
普通の先輩の様に接する霧野に首を傾げると、西園が嬉しそうに天馬に駆け寄り、彼がいない間に起こった変化を伝えた。
西園「霧野先輩、かっこいいんだよ!」
天馬「え、ごめん良く分からない……」
霧野「お前たちに付き合ってやる、って事だ」
肩をすくめて霧野がそういうと、天馬は顔を輝かせた。
続けて何か言おうとするが、霧野に整列するぞ、と仕切られタイミングを失う。
神童「霧野がいると心強いな」
霧野「……勝たないとダメだろ、この試合」
小走りの霧野が神童の隣に並び、小声で話す。
偶然か必然か、同じ事を考えていた天馬も顔を引き締めた。
天馬(俺は事故で出られない月乃さんのためにも、絶対——)
天馬にとっては、友達で、仲間。
霧野にとっては、後輩以上、友達以下。
神童にとっては、後輩以上、家族未満。
美咲にとっては——。
月乃を“良く分からないが面倒な後輩”と認識する倉間が、センターマークに置かれたボールを蹴る。
様々な思いが交差する中、キックオフの時はやって来た。
* to be continued *
兄さんって言ったら、あの人しかいないですよね!