二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

第16話 I 've come here to... ( No.74 )
日時: 2013/04/01 15:10
名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)

美咲「いやー、歌ちゃんがタクシー乗って来てなかったら大変だったね!」
月乃「……(ハァ」
美咲「来る時は坂道ダッシュで下りたから忘れてた☆」

窓の外を眺めながら、ハイテンションで常識外れのことを言う美咲。
万能坂中は、長い長い“万能坂”と呼ばれる坂を上ったところにある。
筋トレやダイエットに向く、と喜ぶ人もいるらしい……わずかだが。

美咲「怪我人のつきのんを大変な目に遭わすとこだったよ」
運転手「嬢ちゃん達、試合見に行くのかい?」

運転していた、人の良さそうな男性が口を開く。
美咲は優しそうなおじちゃん、と彼を評価し、笑顔でハイ、と返事をした。

美咲「あたしたち、雷門中のマネージャーなんですよ!」
運転手「そりゃあお疲れさんだなあ。でももう、試合始まってると思ったが……」
美咲「ですよねー。あたし携帯、会場に置いてきちゃったんですよ。ほったいもいじくんな?」

ほったいもいじくんな、は英語の「What time is it now?」、つまり「今何時ですか?」の発音と似ている日本語だ。
運転手の男性はそれを知っているのか、大きな声で笑い、腕時計をちらりと見て時刻を伝えた。
月乃は首を傾げるも、もうすぐで着くぞ、と次いで告げられた言葉に表情を険しくする。

美咲「う〜ん、ハーフタイムには間に合うね」
運転手「監督とかに電話したか?」
美咲「してないですよー」
運転手「ほら、おっちゃんの使って電話しとけや?」

赤信号で停車したタクシーが、ガクン、と少し揺れる。
スマーホフォンが視界の中に入り、美咲は唯一番号を覚えている顧問に電話をかけた。
月乃はその様子を横目で見ながら、白い布を右手に巻きつけて形を作り、ジャージのポケットにつっこむ。
包帯。
右脚の怪我の象徴だったそれは、全て巻き取られていた。
運転手は、車窓に映る美咲を睨むようにしている月乃を、ミラー越しに見つめた。

美咲「はい、月乃さんは大丈夫です……多分もうすぐ着きます……はーい、それじゃ」

電話を切った美咲は、運転手の伸ばした左手にスマートフォンを押しつける。

美咲「ありがとございました!」
運転手「はいよ。ほら、もうついたぞ」

指差した先の建物から、歓声がこちらまで届いていた。
それに美咲は少し胸を高鳴らせながら、隣に座る月乃を見——包帯を外した月乃は、松葉杖を持たずにドアに手を掛けていた。

美咲「ちょっ、つきの……」
運転手「あ、嬢ちゃん代金もらうよ」
美咲「あ、えっ、すみませんお金持ってくるんで待って下さい! つきのん置いてくんで!」

その言葉を聞いた月乃は顔をしかめ、ポケットに手を突っ込んだ。
すると万札が1枚、顔を出す。
それが目を丸くする運転手の手に渡ると、月乃はさっさとタクシーから降りてしまった。

運転手「嬢ちゃんよ、ちゃんと財布持てって言っといてくれや」

既に会場へと続く階段を上りはじめた月乃を追おうとタクシーを降りた美咲に、そんな言葉がかけられる。
慌てていた美咲は、月乃が松葉杖をタクシーに置いて行った事に気付かないまま、二段跳びで階段を上って行った。
後ろ姿を見送った運転手は、顔から笑顔を消して、スマートフォンを満足げに見つめる。

運転手「……ミッション完了」

口角を上げながら、画面についた指紋をなぞり——乾いた笑いを漏らしていた。



剣城「今のスライディングが決まっていたら、あいつの足は確実に潰れていた」

天馬に対して、怪我を追わせる確率が高いスライディングを仕掛ける万能坂イレブン。
脚を怪我した兄のことを思い出し、剣城はそれを止めに入った。
シードである剣城の妨害に、万能坂のシードは肩をすくめる。

磯崎「だから? あんな奴、二度とサッカーが出来ない体になれば良いんだ!」

ぎり、と剣城は歯ぎしりをした。
優しい兄の苦しむ姿が脳裏に浮かび、剣城はボールを蹴りあげる。
かつて雷門を苦しめたシュートが、彼等にとって一筋の光になる。

剣城「デスソード!」

怒りの闇を孕んだシュートが、油断していたシードのキーパーの横を通り過ぎ、ネットを揺らす。
同点ゴールの、次いで前半終了のホイッスルが、会場に響き渡った。


神童「お前……サッカーを潰すんじゃなかったのか?」
剣城「潰す。こんな腐ったサッカー、俺がこの手でぶっ潰す!!」

真意を問う神童に、力のこもった声で答える剣城。
神童は監督を見、こうなることが分かっていたのではないかという疑念を抱く。
何はともあれ味方が増えた、しかもシードのだ。
しかし霧野がラフプレーで怪我を負い、10人しか後半を戦えるメンバーがいない。
ふ、と背番号0のユニフォームが浮かんだ。

神童(月乃はいない……俺たちだけで戦うしか)
天馬「ありがとう!」

明るい声。
神童が振り返ると、助けてくれた剣城に対して、屈託ない笑顔で礼を言う天馬の姿。
今まで苦しめられ、この試合でもシュートをぶつけらたはずの相手。
剣城は天馬に背を向けたまま驚いたように目を見開くも、何も言わずに歩き出した。

美咲「あははっ、すましちゃって! デレはいつ来るのかな??」
天馬「美咲!?」
剣城「!」

剣城の前に立ちはだかるように立った美咲は、ニヤニヤ笑いながらふざけた調子で言葉を吐いた。

円堂「お前、荷物ここにあるのに良くタクシーに乗ったな」
美咲「あ、監督。つきのんが払ってくれましたよ! 万札ポッケに入れてて! お金持ちーっ!!」

そう言いながら、美咲はついてきていた月乃を自分の前に立たせた。
それに驚いたのは、天馬と霧野、神童だ。

神童「!?」
霧野「月乃、お前何で!」
美咲「あ、メモ帳とか誰か持ってます? つきのん、何にも持ってきてなくて……」
天馬「月乃さん、怪我は……?」

天馬が呆然と呟いた。
右脚を庇うように、しかしふらつくことなく歩く月乃。

円堂「……命令、だからか?」

す、と円堂は目を細める。
彼の視線の先に、雷門イレブンは注目した。
寝不足なのかその顔にはくまがあり、運動した事で血行がよくなったのか頬は赤い。
そして、その瞳は真っすぐに円堂を見据えている。
——彼女は、怪我人にはタブーである命令を遂行しに、この場にやって来たのだ。



光のさす廊下。自動販売機に小銭を入れながら、溜息交じりに少女が呟く。

歌音「全く……マネージャーなのに万能坂を忘れてたー、なんて」
ティアラ「へー、あの子サッカー部のマネージャーなんだ!」
ラティア「食べながら話すのはやめて」

もぐもぐ。ソファーに座ってクレープを頬張るのは、誰もが認める美少女だ。
その隣で呆れたようにその様子を見つめる、双子の妹。

ラティア「それより、本当に良いのね? 試合見に行かなくて」

稲妻総合病院を訪れていた歌音は、月乃を見舞いにきたのではない。
世界のクラリス家と称される財閥の社長・ラティアと姉のティアラの知り合いの見舞いについて来ていたのだ。
歌音はラティアの問いかけに、ええ、と答えた。

歌音「私は一度この目で見てみたいの。ラティア姉が酷評するのにティアラ姉は仲が良いっていう、」

そう言った時の、少し悲しげになティアラの笑顔が、缶ジュースのプルタブを起こす歌音の脳裏に蘇る。


歌音「——流星魁渡って人」

***
何も進まなかった。