二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第20話 閉じる瑠璃、開かれる翡翠 ( No.89 )
- 日時: 2013/04/25 23:39
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
『どうか、我が光が悪しき力を鎮めん事を』
それはどこか懐かしい声。
——自分の声にそういうのもおかしいかもしれない、と思いながら。
——どこかで、ひとつ花が綻ぶような気配を感じながら。
私は、途切れそうな意識を保って、保って。
橘さんの叫び声が刃物となってその糸を断つまで、私は祈り、そして。
あの昔の私を、ずっと頭の中に描いていた。
『ねえ、どうしてパパは、死んじゃったんだろうね?』
『私の、せいなのかなぁ』
*
——フィフスセクター本部
試合終了、雷門の勝利。
試合を見ていた聖帝は、その結果には表情を変えず、傍らの青年を振り返る。
漆黒の短髪に漆黒のスーツ。光を反射させているようには思えない目は、いつも相手を見ていない。
一歩先を、いつも彼は見ている。
聖帝「どうでしたか、月乃杏樹……は……」
警戒していただけに、聖帝は言葉を失くした。
青年「ああ、何と美しいのでしょう……っ!」
感動に、体を震わせる青年。
聖帝の側にいた黒木も、開いた口が塞がらないようだった。
青年はこみ上げる感情を仕舞いこんで振り返るも、隠しきれない喜びが溢れ出ていた。
青年「失敬。しかし、この試合で判明しました。月乃杏樹は、我々が捜していた存在です」
闇色の目の奥に見え隠れする、狂気、狂喜。聖帝は目を細め、気を引き締めた。
聖帝「なぜ、彼女を?」
青年「その事は、直接フィフスセクターに関係はありません。いずれ、必要になればお話し致します。それよりも……彼女は、予想以上でした」
ああ、また何かあるのか。
黒木はわがままな支援者の代理が発する言葉の内容を想像して、内心ため息をつく。
役に立つ、と言われて観察した月乃杏樹は、未だ何の役にも立っていない。
それどころか、雷門は勝ち続けている。苛立つ展開だ。
青年「例えるならば、彼女は……おとぎ話に登場するドラゴンにでも」
聖帝「ドラゴン?」
青年「ええ、勇者に感化されて味方になるドラゴンです」
私の気の違いだったら申し訳ありません、と前置きして、青年は幾らか落ち着いた口調で話し始める。
青年「彼女は、隔離された小さな村が傷ついた自分を看病してくれたからという理由だけで恩返ししようとする、何も知らないドラゴンなのです。広い世界を知らない。その村人たちが何をしたのか、世界の現状はどうなっているのか。それを勇者が教え、絶大な力をコントロールすれば、世界はもちろん、あわよくば村人たちも本当の意味で助けられる……私たちは、彼女は私たちもフィフスセクターも救うだけの力を持っていると確信いたしております。どうか、彼女の勇者になって頂けないでしょうか?」
勇者。ドラゴンに近付き、手懐け、利用する者。
聖帝は青年の語った事をかみ砕き、そう理解して口を開いた。
聖帝「……つまり、月乃杏樹を——」
青年「フィフスセクターのシードに」
黒木「!?」
青年「彼女は私たちの予想を遥かに超えて行きました。雷門のシードに力を貸した者はけして弱くはありませんでしたが、月乃杏樹という存在に押し潰されかけました……お役に立てなかった事、計算を違えた事をお詫びいたします」
想定外の依頼と、頼んでもいない事を謝られたことに黒木は戸惑い、青年と聖帝の顔を交互に見比べた。
青年は綺麗に折っていた腰を上げ、聖帝を見上げる。
青年「しかし、彼女を手懐ける“策”も、危害を加えさせないよう閉じ込める“柵”もあります」
聖帝「……そちらも、彼女に用件があるのでは?」
青年「いいえ……何せ、彼女の力は“初期の段階としては想定外”でしたが、最終的に必要な力は、まだ発揮されていないので」
不気味な回答に、聖帝と黒木は眉をひそめる。
扉越しに聞いていた虎丸は、すっかりちんぷんかんぷんな会話内容に首を傾げていた。
虎丸(何でそんなに、あんな子供を?)
ただ彼の声音は、純粋に“喜んで”いた。
*
『どうか、我が光が悪しき力を鎮めん事を』
それは久し振りに聞く声でした。
お久し振りです、と思わず声をかけたくなりました。
そう、そのまま手を取って、痛みに顔を歪めるぐらいに強く握って、最悪の歓迎だ、と仰って頂きたい。
それくらいしないと、気が済まないんですよ。
……ああ、悪趣味、は最高の褒め言葉です。
——我々悪魔にとっては、ね。
*
青年の去った空間、深呼吸をして呼吸を落ち着けた黒木に、聖帝は口を開く。
聖帝「剣城の様子を確認したい」
黒木「……連れてきましょう」
青年の言葉は、飾られていたとしても偽られはしない。
そう確信していた聖帝は、ドアに手をかけた黒木を呼びとめる。
聖帝「……月乃杏樹の様子も確認してこい」
振り返った黒木の、一瞬見開いた目を見て聖帝は思わず笑みを浮かべた。
聖帝「彼女を手中に収める」
——それは誰の為?
10年前の仲間たちの顔を思い出し、聖帝は笑みを深くした。
——それは、彼らの為。
**
ラティア「そろそろ行くわよ」
試合終了間際の中継。それを切って、ラティアは立ち上がる。
ティアラも考える事は同じなのか、特に不平は言わずに、空き缶をゴミ箱に向けて軽く投げた。
ティアラ「雷門勝ったねー!」
歌音「終盤は化身が出てたけど……」
ティアラ「でも化身って大した事無いのかな? 普通に勝てるよね?」
ラティア「発動者のレベルに比例するんじゃないかしら」
階段を上りながら、常識外れの会話をする2人に歌音は心内で苦笑する。
ふと、先頭を歩いていたティアラが踊り場で立ち止まる。
ティアラ「……何か、にぎやかだよ」
この階には、魁渡以外誰も入院していない。
ラティアが見上げると、せわしなく白衣の大人たちが動く、いつもとは全く違う廊下があった。
そして追い出されるように病室から出て来た鈴音たちの表情も落ち着かない。
鈴音「あ……」
ラティアと鈴音の目が合った。
普段の鈴音からはありえない、混乱の中に浮かぶ嬉しそうな表情を見たラティアは、手すりを握り締めた。
まさか。
医者「な、何だこれは……」
龍羽「シュークリームのシューから出ちゃったクリーム。国産生乳100%使用だよ〜」
医者「病室で何をやってるんだ!!」
ラティア「どきなさい」
ティアラ「邪魔だよっ!」
2人は室内に漂う甘っとろしい匂いを気に掛けず、白いベッドに駆け寄った。
いつもと違う機械音。
不規則に曇る酸素マスク。
双子も、後から追い付いた歌音も、思わず不快な匂いを忘れた。
カーテンが揺れた。
碧空が、窓硝子越しに少年を見守る中。
光を受ける緑色の瞳が、双子を映す。
魁渡「——る……り、ねぇ」
温もりを求めて震える手を、包みこんでいたのがラティアだと知ると。
最強姉弟と云われた少年は、力なく、しかし確かに微笑んで見せた。
ティアラ「お……」
声が震えた。
10年前のイナズマジャパンの笑顔が、窓から差し込む光に明るく照らされる。
ティアラ「おかえりっ、魁渡!」
花が、ひとつ綻んだ。
* end *