二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第5節 プロローグ ( No.91 )
- 日時: 2013/04/29 23:12
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)
その20代前半と思われる男は、自分にきたメールのチェックをしていた。
殆どのものは、少し目を通しただけで削除されていたが。
しかし、ある1通のメールを開くと、忙しく動いていた指が止まった。
そして強張った表情を、段々と驚きの表情に変える。
?「……!」
それはやがて、微笑になった。
?「——とうとう、か」
欧州の町並みを、黒い高級車の窓越しに見つめた。
良い機会だ、と呟かれた言葉を耳にして、車の運転手がどうされました、と尋ねる。
?「日本に帰る」
運転手「……え?」
?「このまま空港に向かってくれ。前から、そろそろ日本に帰国したいと思っていた」
運転手は戸惑った様だったが、決心した様な顔で車を発進させて路地を曲がった。
男は右手を強く握りしめ拳を作ると、それをゆっくりと開いて僅かに笑みを浮かべる。
———安堵した様な、優しい笑み。
?「ようやく、会えるのか……、魁渡に」
そして、表情を暗くする。
脳裏には、その事件当時——FFI決勝戦が終了した時の様子が浮かび上がる。
スタジアム全体が試合の興奮に盛り上がっていた、表彰式直前。
黒い槍が、興奮を一瞬で混乱へと陥れた。
優勝を掴み、仲間たちに祝福されて嬉しそうだった、最強と呼ばれた流星姉弟の弟を、貫いて。
姉は、慌てる親友を見、槍を見、諦めたように言ったらしい。
『……何もしなくて良いの。魁渡は、その時まで目を覚まさない』
犯人の手掛かりが無いまま、10年間。
行方知らずの少女を探して、10年間。
姉の言う通り弟は眠り続け、10年間。
虚空に、男——鬼道有人は問う。
鬼道「その時は、来たんだろう? ——瑠璃花」
その声を聞いた運転手は、目を伏せ、ハンドルを強く握りしめた。
鬼道には、分からぬように。
『From:ラティア
(non title)
魁渡の意識が戻ったわよ』
*
目を開けると、暗い空間。
わずかに挿しこむ光は、月明かりだろうか。
段々目が慣れ、意識がはっきりしてくると、置いてある物や匂いから、ここが病室だと判別できた。
……何で、病院にいるんだ?
体を起こして、きょろきょろと辺りを見渡す。見覚えは無い。
ライオコット島っていう雰囲気でも無いし……最後にやってたのは試合だよな?
どんな事があったのか、どんな試合だったのか。記憶を探りながら、脚を見下ろした。
……俺の体って、こんなんだったっけ?
思い出せない。点滴のチューブ。イラッとして、それをひっこ抜いてベッドから下りた。
外の景色を見ようと思って、窓際に立つ。木が風に揺れているのが見えて、窓を開けた。
下から、リフティングをする音が聞こえる。
イライラが鎮まって、代わりに父さんから受け継いだサッカー熱が脈を打つ。
魁渡「あー……、サッカーやりてえな」
体調は絶対良くない。だけどそんなこと構わないんだ。
電灯に照らされたサッカーボールと、それを蹴るオレンジの髪の男子。
俺は窓のふちに手を掛けて、そいつめがけて飛び降りた。
「っ、魁渡君ッ!!」
魁渡「!?」
ドアの開く音と、切羽詰まった声が聞こえた。
でも、もう落ちている体はどうしようもない。聞き覚えのある声——春奈?
ボールを蹴っていた男子と目が合った。相当驚いているらしい。
丸い目で、俺を見上げていた。
着地する。
衝撃が全身に伝わった。体の節々が悲鳴を上げる。
魁渡(くっそ、体弱まりすぎだろっ……!!)
苦し紛れに笑う。
春奈「か、かい、と、君……」
上から聞こえた声。俺の病室から身を乗り出していた春奈の体が、崩れる。
内側に倒れたから問題ねーよな?
何で倒れたんだか分かんないけど。
?「君……あの階の子? 大丈夫?」
魁渡「あ、うん平気……かどうか分かんねーや」
立てっかなあ。フラフラする。
その時、たいよう、っていう女子の声が聞こえた。
車いすに乗った、背の低い白い髪の女子だ。
太陽「あ、輝姫」
輝姫「えっ、そ、その男の子どうしたの!?」
太陽「あそこから落ちて来たんだ……」
輝姫「……5階から? 何で!?」
魁渡「サッカーやってるの見て、俺もやりたいなって」
太陽「その前に自殺の可能性を考えた方が」
輝姫(……自殺願望とかじゃないんだ)
輝姫、と呼ばれた女子は、紙袋からドーナツを出して1つ俺にくれた。
……あの袋の膨らみ方、何個買ったんだ?
とりあえず、立てそうになるまで休もう。
体育座りして、ドーナツをかじった。うまい。
輝姫「……初めまして、だよね?」
魁渡「ああ」
輝姫(どこかで見た事ある様な……)
……何で俺は、初対面の女子に睨まれてるんだろう。(じっとみてるだけですby作者)
ドーナツを半分くらい食べ終わった時だった。パタパタと近付いてくる音に、太陽が体を強張らせた。
?「太陽君、こんな所にいた! って……」
太陽「ふ、冬花さん」
魁渡「え」
……は?
紫色の髪の看護婦は、イナズマジャパンのマネージャーとしか思えない。
冬花「……魁渡君」
あー。
これは……夢だとしたら、退屈だ。
けど。
現実だったら俺は、相当だらけた人生を送ってたんだな。
——何年、寝てたんだよ。
——心にもやがかかる。
気付かない、気付かない。
魁渡「……瑠璃姉、どこ?」
気付かない、気付かない。
そういう事に、しときたいのに。
俺に近付いて来ていた冬花が、表情を固まらせる。
『おやすみ、魁渡。またね』
ふ、と頭の中に、そんな言葉が浮かぶ。
それが、最後に聞いた言葉だったかもしれない。
魁渡「嫌な予感がするんだ」
冬花「……その体で無理しちゃだめよ」
優しい声だった。
すごく心が寂しくなった。
——置いて行かれた。
何となく雰囲気が伝わったのか、太陽が「カイト君、一緒に行こうか」って声をかけて来た。
小さい子扱いされてる事にツッコむ事も、忘れた。
冬花がそれをやんわりと断って、あとから来た医者に連れ戻された。
「よっ、魁渡!」
キャプテンも、変わったのにさあ。
だけど、その笑顔が全然変わんなくて、泣きそうになって、だけど涙は出なくて。
キャプテンが「折れる、骨折れるって」って言っても「ここ病院だから」って返して、心が泣きやむまで、俺はぬいぐるみの代わりに、瑠璃姉の代わりに、キャプテンを抱きしめていた。
**
( 再び 最強が 動き出す )
( 相棒の いないまま 。 世界が 望むように 。 )
( 寂しさの 結晶を 心に 閉じ込めて )
( 強いられて 、 握る人のない手に モノクロを 抱えるのだ )