二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ

第25話 幻のカレーパン ( No.166 )
日時: 2013/08/16 21:06
名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 7jEq.0Qb)

4時限目終了のチャイムが、キーンコーン、と鳴った。
日直が先生にあいさつ。
それが終わるとわいわいがやがや、教室は元気な声でいっぱいになる。
昼休み、あたしも大好きな時間!

美咲「つっきのーん、今日は玉子焼きあるよ……って、あれ?」
歌音「月乃さんなら、もう出ていったわよ」
美咲「うっそ!?」

いやいや速すぎない!?
神速!?

美咲「ま、まさか、かの神を騙ったナルシストが使ってたヘブンズタイムをつきのんも習得して——」
歌音「ヘブンズタイム? ああ、橘さんはもう少しで天に召されるって意味?」
天馬「奏宮さん!?」
美咲「う、歌ちゃんマジ歌ちゃん……」
歌音「そのあだ名はやめなさい?((ニコッ」

わー、ぶらっくー!

天馬「そっ、それより月乃さんはどこ行ったのかなっ!?」
葵「イナッターで聞いてみたら早いんじゃない?」

ケータイをカチカチと操作しながら葵が言う。
そっか!、と6月が自分のケータイを出すと、葵が首をかしげた。

葵「あ、誰か呟いてる……」
天馬「え、早いね」

自分の出すのめんどくさいやー、覗いちゃお!
あ、そういえばまた信助君いないなあ。最近は、幻の購買のパンを手に入れるとかですぐいなくなるけど。
カレーパンらしいけど、すごく入手困難だとか。

葵「あ、これ月乃さんだよ!」
天馬「え!?」
美咲「うっそめずらしっ!」

今日は、帝国戦まであと24時間を切った平日。

天馬「『幻のカレーパンを入手しました。私を見つけた方に差し上げます。』」
葵「月乃さん、いつも返事くらいしかしないのに……」

……このつきのんの変化には、どんな意味があるんだろう。

天馬「……俺、行ってくる!」

あたしは、想像して、思い当たったような、思い当たらないような。
6月を追いかけようとしても、もう既に、視界から消えさっていた。

美咲「……まあ、6月が行ったなら大丈夫かな」

ぼそっと呟いて、あたしらしくないなって思った。
喝を入れようと思って自分のほっぺを両手で挟み撃ちにしてみたら、歌ちゃんが黒い笑顔で「手伝ってあげるわよ」と申し出てくれたから、丁重に丁重にお断りさせてくださイダッ!



天馬「あっ、月乃さんみーつけ、グハッ」

くしゃ、と音を出して顔に直撃したのは、カレーパンだった。
わずかに漂うスパイスの香りが、早弁をしたおかげで大して空腹でもない天馬の食欲をそそる。
月乃は木陰で弁当箱を広げ、すまし顔でクロワッサンをほおばっていた。

天馬(……弁当で、クロワッサン?)

しかし彼女の場合、いつもホテルのフルコースの縮図のような弁当を食べているため、組み合わせはおかしいとしても見慣れた物だった。
以前、天馬もおかずの1つをもらったことがあり、その味に感動したことがある。
名前も知らない料理だったが。
つまり月乃は、幻のカレーパンなど、自分が食べないなら買う必要も何もない。
それをわざわざ買って、しかも寄付するという行動の意味を、天馬は彼なりに考え。

天馬「と、隣で食べても良いかな」
月乃「!」

青い目が揺れ、目をそらす。
もしかして拒絶されるのか、とも思ったがそうではなかった。
月乃は自分の隣を軽く叩く。座って、という意味に正しく解釈した天馬が腰かけ、パンの袋を開けた。
パンを半分に分けると、てろりとルーが溢れた。
幻のカレーパンは、数量限定で美味、だからこそ人が買い求め幻とよばれる。

天馬「はい、月乃さんの分!」

こうなることを察していた月乃は、大して驚いた様子も無く渡された物をさらに半分にして返す。
怪我で練習に参加しない月乃は、元々の小食をさらに加速させていた。
さらに、天馬が来る前から弁当を食べ始めていたという事もあり、既に腹7分目ほどに達していたのだ。
月乃は手のひらサイズになったカレーパン4分の1を、口に詰め込んだ。
思わず天馬が笑う。

月乃「?」
天馬「あ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃった、まさか1口でいくとは思わなくて」

おいしかった? と天馬がきくと、彼女はこくりと頷いた。
いつもより緩んでいる表情に、思わず天馬も口元を緩める。
——そういえば、月乃さんが笑っている所なんて、見たこと無いかも……
ふとそんな事を思い、もうひとつ彼女に関して見たことがないものを思いつく。

天馬「……」
月乃「?」

ティッシュで口の周りを拭いていた月乃は、向けられた視線に首を傾げ、携帯電話を取り出した。

月乃『どうかしました?』
天馬「あ、いや……」

口に出すのを躊躇う天馬に、月乃が顔をしかめた。言って下さい、と打ちこみ顔に突きつけた。

天馬「……月乃さんの声って、どんな声なのかな、って思って」
月乃「!」

月乃の目が見開かれる。
瑠璃色の目に、言ったことを後悔する天馬の顔が映る。
その表情を見て、月乃は再び携帯電話を手に取った。

月乃『気にしないで下さい。ただ、どんな声かと聞かれても私は覚えていないので』
天馬「……いつか、また出るようになるの、声?」

いつか——数週間前に見た夢を、月乃は思い出す。自分の声が、歌が、好きだと言ってくれた誰か。
その面影がさらさらと砂の様に消え去った何もない闇に、月乃は思い描く。
サッカーをする、雷門イレブンの姿。

月乃『もう少しです』
天馬「ほんと!?」

天馬は嬉しそうに笑う。
声を掛け合ったり、パスを呼んだり、そういうサッカーでは当たり前のこと。
月乃だって、そういうものに憧れていた。
自分がサッカー部にいるのは、結局は恩人である神童のため。
そして天馬にも今、似たような感謝をしていることに気がついた。

救われた様な気がしている。

天馬「あっ、もう戻らなきゃ!」

残りをかきこむ天馬の横で、月乃は包み終えた弁当を手に立ち上がる。
そろそろ午後の授業の開始を告げるチャイムが鳴る。
月乃は携帯電話に何かを打ち込み、弁当箱を大雑把に片し終えた天馬に手を差し伸べた。

月乃『早く行きましょう』

天馬は、笑顔で自分の手を重ねた。