二次創作小説(紙ほか)※倉庫ログ
- 第26話 降り立った天使 ( No.167 )
- 日時: 2013/11/03 09:07
- 名前: 伊莉寿 ◆EnBpuxxKPU (ID: 3Sm8JE22)
美咲「いっけない、見失ったッ……!!」
廊下は静かに。
それは常識であり、マナーである。特に、病院と言う場所では。
今、1人の雷門中女子生徒が、そのマナーを正面から無視して稲妻総合病院の廊下を疾走していた。
美咲「どこっ、剣城君……」
彼女は、剣城京介の兄と一度話がしてみたいと、剣城をこっそり尾行して病院に入ったはいいものの、売店に一瞬目を向けた隙に見失ってしまったのだ。
看護師にでも聞ければいいのだが、何となくで踏み入った廊下にはそれらしき人は見当たらない。
美咲(ナースステーションは、もう少し先なのかな)
うろうろしていると、階段が見えた。中庭は下、と案内もある。
美咲が中庭に出れれば、と階段に駆け寄った瞬間だった。
白衣が彼女の視界を覆い、そしてそれを着ている医師とぶつかった。衝撃に思わず尻もちをつく。
ひらりひらりと、医師が脇に抱えていたファイルから落ちた紙が舞う。
美咲「あ、ご、ごめんなさいっ」
医師「ああ、いや、私の方こそ小走りで……」
美咲は、落ちた紙を拾いながら医師の顔をこっそりと盗み見る。
深いしわの刻まれた顔。それは今までの彼の苦労を表している。年も結構いっているだろう。
メガネをかけ、慌てた様子で紙を拾っている。
美咲も早く拾わなきゃ、と少し離れた所に着地した紙を拾い上げる。
月乃杏樹
何となく目をやった書面に書かれた、4文字。
目を見開くと、それはカルテだった。様々な情報はこと細かく書かれ、しかし最後に書かれた、最終的な処置は。
美咲「……どーゆう、こと?」
医師「む?」
美咲「な、何これっ!」
年老いた医師は、カルテを盗み見た中学生をなだめようとするが、その切羽詰まった表情に気おされて言葉を呑みこんだ。
——この子は、一体?
美咲「何でこんなことになってるのっ!?」
突きつけられた、問題患者のカルテ——
美咲の手からするりと抜けて、静かに廊下へと舞い落ちた。
パサリパサリと次々に床に着地するのを医者は黙って見つめ、最後の1枚が落ちるより早く駆けだした美咲の背中を無言で見送った。
年をとっているとはいえ、一瞬睨まれたことに気付かないほどではなかった。
医者は悲しげな表情を隠せない。
カルテを整えると懐から家族写真を取り出し、目を閉じた。
*
月乃は公園のベンチに座っていた。
ギリギリ深夜と呼べる時間帯に、1人、足をぶらぶらさせながら誰もいない公園を見つめていた。
あと数時間で日付が変わる。そうしたら朝がやってきて、革命を目指す少年は意気揚々と試合に臨むのだろう。
ぼんやり、小さく光る星を見上げながら月乃は思う。
月乃(私は、それを見る事が出来ないけれど……)
明るく笑う少年を思い出すと、胸がチクリと痛んだ。
しかし、それを無視してでも前を進むメリットが確かにあるのだと、自分自身に言い聞かせる。
静かな河川敷で、足音がした。
背後から段々と近付いてくるそれに、月乃は表情一つ動かさずに立ち上がり、振り返った。
剣城「……!」
月乃(どういう偶然……?)
目を見開いた剣城を、月乃は訝しげに見つめた。
剣城が意識してこの場に来たわけではないと表情から読み取り、小さくため息をついた。
剣城「何を、している……?」
月乃は額の汗をジャージの袖で拭う。
うろたえる剣城を横目に、ポケットに入れた携帯電話へ手をのばした。
月乃『日課です。貴方こそ、どうしたんですか』
ジャージに、額の汗、ランニングシューズ。毎晩、ここら辺をランニングすることが、彼女の日常となっていた。
足を怪我してからは、距離を縮めた。結果、あまり怪我には響いていないように思える。
剣城「別に、用がある訳ではない」
何となく、だ。
月乃は剣城をじっと見つめて、彼に背を向けた。
剣城がハッとして、呼びとめた。
お前に渡す物がある、と。
剣城「預かってた物だ」
月乃「……?」
振り返った月乃は、首を傾げる。近寄ってそのペンダントを見てみるが、全く覚えがない。
つまり、記憶喪失前に渡した物という事になり、記憶を取り戻す何らかの役に立つかもしれない。
月乃は溜息を吐く。
剣城は今だから渡すのだろうが、月乃にとっては今だからこそ必要のない代物だった。
彼女は少し考えて、携帯電話にNOを打ち込む。
月乃『要りません。出来れば、また月乃杏樹として会う日まで、保管して頂きたいです』
剣城「……分かった」
こうして月乃は、再び背を向けて、帰路に着く、のだが。
ふと立ち止まり、携帯電話にメッセージを打ち込んで、振りかえった。
月乃『明日の試合、頑張って下さいね』
——色々と。
剣城は顔をしかめ、打ちこまれなかった文字に思わず舌打ちをした。
「あの女……」
そんな言葉が、頭の中から聞こえた。
月乃が階段を上りきり、見えなくなった頃。
「ぶっ殺してやるからな……」
視界が歪む。
若い女の、憎しみに燃えた声だった。
なぜそんな声が聞こえるのか、剣城には何一つ分からず、ただ力が抜けていく感覚に膝をついた。
ぐるぐる、視界が歪む。
剣城「ぐあっ……」
「ハハハ、ごめん京介君」
今度は、自分の前から聞こえる。
ああ、抜けて行ったんじゃなくてすい取られたということなのかもしれない。
顔を上げて、立っている人物を見て剣城は思う。
もう何が起きているんだか分からない。
——死ぬのか?
脳裏に浮かんだのは、仕事の対象だった月乃と、ウザったい天馬と。
剣城「兄さん……」
もうダメだ、体を支えていた震える腕が、限界を迎える。
そして意識が飛ぶ直前、彼が聞いたのは、
「あ、? 餓鬼はもう寝るじか——」
「失せろ、まっくろくろすけが」
幼い声色に似合わない、残酷な言葉。
*
美咲「ソフィアっ、お願い、至急調べてほしい事があるの!」
ソフィア『何よ?』
美咲「××って場所」
ソフィア「……ええ、分かったわ。ああ、そうそう第三小隊が人間界に行ったわ。隊長の意向で捜査に協力してくれるそうよ』
美咲「……は!?」
ソフィア『さっき、剣城君に住み着いてた悪魔を倒したって連絡が入ったわ。それじゃあ』
美咲「えっ、ちょっ、あのブラコンが何で!? ちょっとぉ!」
*
「うん、大丈夫だよ! ちゃんと倒したから。……え、心配してくれてるの? えへへ、無傷だよ!」
河川敷の階段に腰掛けて、明るい声で通信する背の低い少年。
さっき「失せろ」と言ったのと同一人物である。
柔らかい、癖のある新緑のような色のボブで、前髪は8:2程度の割合で左に流して、綺麗に揃えていた。
紫のガイコツというセンスを疑うヘッドフォン。
黄色を基調としたセーラー服で、下は短パンにハイソックス、安全靴。そんなアンバランスな出で立ち。
「うわ、また瞬殺か?」
「マリク、お疲れ」
「……2人が来たから、また後で」
通信を切断すると、マリクと呼ばれた少年が、それぞれブレザーと学ランを着ている青年たちを睨む。
2人は空に浮いていた。
「さっさと降りて。遅いよ、リオ、レオン」
鋭い声色で注意するマリクの背中には、小さな、光り輝く双翼があった。