二次創作小説(紙ほか)
- As Story 〜1〜 ( No.1 ) ( No.1 )
- 日時: 2012/11/12 00:22
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
二〇一二年一月二十日 共同住宅の一室——
深夜午前一時。
全ての明かりが消えた室内で、一人パソコンに向かい、忙しなくキーボードを打つ男がいた。
丸みがかった上半身がモニタに照らされ、大男のシルエットとなり壁に映し出される。
男は眼鏡越しに瞬きもせずモニタを睨み、外国語の文章が表示された大量のウィンドウと、処理の進捗状況が表示されたダイアログを器用に切り替えながら作業を進めていた。時折処理中断のメッセージが表示されている。海外のサイトのハッキング、いやクラッキングを試みているのだろうか。
突然、男の手が止まった。鼻息も荒く画面を凝視している。メガネの分厚いレンズが煌き、こめかみから汗が滴る。分厚い唇の端が僅かに上向いた。
「智秋ちゃん、かわいい……」
画面には、チェック柄の制服を身に着けた14、5の少女のイラストが映し出されていた。少女は、滑らかな弧の光沢を放つ髪を靡かせながら、正面に振り返ろうとして居るところであった。彼女は、深夜番組にも関わらず、毎週20%以上の高視聴率を叩き出しているアニメ『Dear.ふぉーしーずんず』の主人公姉妹の三女、至紀智秋である。
このアニメは当初、18歳未満プレイ禁止のジャンルのゲームとして売り出されていたが、その手のシーンがあまりにも少なかったため、業界内の評価は最悪であった。だが、制作者の熱意が関係者を突き動かし、制作会社からマスコミまでが一丸となってこのゲームの製作に携わった結果、「Japanese Dream」という代名詞が付けられるほどの人気作品となったのである。
再び男のパソコンの画面に戻ると、他のウィンドウにも、似たような趣向の画像や動画が表示されている。そう、画面の前の男は必死になって同人アニメサイトから、その筋のアニメや漫画のイラスト・動画をダウンロードしていたのだった。
ウェブブラウザのお気に入りには、夥しい数のアニ関連ウェブサイトのURLが登録されており、この男のアニメ・漫画への忘我の程が窺える。
欲しいデータが一通り入手できたのか、慣れた手つきでキーボードのショートカットキーを連打し、大量に開いていたウィンドウを瞬く間に消した後、Windowsキーとカーソルキーの流れるような操作で、Windowsをシャットダウンした。一般的なパソコンの使用方法では考えられないような熱気を排気するために、うなりをあげていた電源ファンに久々の休息が与えられた。
男は眼鏡を外し、目薬のCMのように天を仰ぎ瞼を強く閉じた。乾き切った角膜に、涙が沁み渡る。不意に居間を挟んで向かいにある冷蔵庫のコンプレッサが、静寂を破るようにぶぅんと音を立てて起動した。
男は大きく息を吐くと腕を放りだし、背もたれに上半身を預けた。突然スーパーヘビー級の負荷をかけられた椅子が、痛々しい音を立てながら軋む。既にモニタの電源も切れ、男の居る部屋は自分の指先も見えない真の闇に包まれていた。何か深刻な考え事をしているらしく、顔をしかめ、口は真一文字になり宙を見つめたまま微動だにしない。
だが、先程まで虚構の少女にうつつを抜かしていた人間のことである。文字通り一般民衆とは「次元の違う」問題で頭を悩ませているのだろう。
男が重い腰を持ち上げるまで、あれから30分以上を要した。