二次創作小説(紙ほか)
- As Story〜クリスマス短編〜 ( No.217 )
- 日時: 2015/06/08 02:01
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: EMf5cCo0)
12月24日に完成させる予定です。。。。。。
タイトルも展開もベタです。。。
コントにならなくなりつつあります。。。。(汗)
書き途中なので、誤字脱字多いかも。。。。
〜2014/11/30〜
丸の内イルミネーションの現地見てきたのですが、あまりにもイメージと違ったので、最初からごっそり書き直します。。。。(焦焦焦)
登場人物の設定は変えません。
。。。にしても凄く綺麗だったなぁ。。。
〜2014/12/07〜
せっかく久しぶりに町田が登場するので、この娘にピッタリな曲をリンクに貼っときます。
『scarlet leap』(nao)
まぁ、(健全な)紳士向けゲームのテーマソングなんですけどね。。。(恥)
〜As Story クリスマス短編〜
『クリスマス・プレゼント』
駅舎の煉瓦の壁面が師走の柔らかく透き通った日差しを浴びて、素材の赤みを程よく浮かび上がらせている。
東京駅の丸の内側の駅舎は、2年前に復元が完了したばかりだった。駅舎といっても赤レンガの建築は、ほとんどが駅に隣接している東京ステーションホテルの建物であり、正面からみて左右に広がる二つの広大なロータリーは、昼夜を問わずタクシーが、駅を降りた客やホテルのチェックアウト客待ちで列をなしている。
最低でも50年の寿命を保証されている鉄筋コンクリート造の建築物の生涯からすれば、まだ幼子のような輝きを放つステーションホテルは、件のロータリーを隔てて150mほどのところにあるオープンスペースが絶好の撮影スポットとあって、休日になると、全国、海外からくる観光客のスマートホンやカメラの被写体となっているのがいつもの光景となっていた。
2014年12月24日 23時00分 東京駅丸の内北口——
月明かりを遮る濃灰色の雲が,、駅前に屹立するインテリジェントビル群の屋上に触れんとばかりに肉付きのよい体躯をせり出し、重たい冷気を都会の谷底に押しやっている。
天空の不穏な蠢きを察知したのか、痛ましく樹皮を晒す落葉の樹木らは、息を潜めるように小枝の先の振れを止めている。丸の内中央口前の巨大ロータリーは、オフィスが稼働している時間帯はひっきりなしにタクシーの出入りがあるが、終電も近いこの時間では、時間と共に客待ちの車列が伸びる一方であった。
例年に無く暖かな季節となった今年の冬。今日この日も例外なく、スプリングコートでも過ごせる日中を迎えていた。しかし天気の気まぐれさも例年にない傾向で、日没近くになってから、どこからともなく湧いて出てきた薄雲によって、宵の星々のきらめきが遮られると、雲はそのまま着々と増殖し続け、夜中には月の姿さえも完全に隠してしまうほどの分厚い黒雲と化していた。
一段と暗くなった深更の闇と、微動だにしない樹々、地の底にこずんだ空気が、実際の気温以上の寒さを演出し、小さき者たちは皆ねぐらで体を縮込ませて、遅い夜明けまでじっと耐え忍んでやり過ごそうとしていた。
丸の内北口から現れた人間のカップルが、仲間内との談笑で暇を持て余すタクシーの運転手らを横目に、ロータリーの外を伸びる歩道をゆっくりと進んでいく。女性が長身の男性の左脇にぴったりと寄り添い、ロングヘアーを相手の肩にあずけていた。
水分をたっぷりと含みよどんだ空気の中で、女性が静かに吐く息が本物の綿あめのように濃密な白い塊となって虚空で静止するのを二人が子供のように目を丸くして眺めている。日没から日の出にかけて気温は確実に下がる一方にもかかわらず、男と女の顔には笑顔があふれていた。カメラのシャッター音と子供の歓声で賑わっていた広場も今は人がはけ、先の男女の他に、数組の男女が二人の時間をゆったりと過ごしていたが、彼らそして彼女らは皆、真っ白な息を吐きながら、厳しい寒さに抗うように顔を、そして心をほのかに赤く火照らせていた。
広場の中ほどに来た二人がふと左に折れると、そこには遥か前方から後方に至るまで、両脇ををホワイトゴールドの輝きを放つイルミネーションで飾られた壮麗な光の隊列が暗闇に浮かび上がっていた。
時はクリスマス・イヴ。紀元0年に生まれた聖者の誕生日にもかかわらず、八百万の神々を信ずる日本人は、それを数多ある年中行事と同列に扱ってしまう。
プレゼントは開けるまでが楽しみであり、思いは告白するまでが華。聖なる日も午前0時が訪れるまでがイベントの盛り。その程度にしか考えていない彼らの気持ちは、前夜に訪れたイルミネーションの下でたけなわを迎えていたのである。
先のカップルに続くように、丸の内口北口の床に敷詰められたタイルを、象のように図太い足が踏みしめる。100kgを超える巨躯を前に進める重労働で切れ切れになっている息は、綿あめからは程遠い、消火器をみだりに噴射した後のごとく盛大に白濁した空間を作り出していた。
巨漢のオタク光曳梓は今日この日、現実が常に充実している者どもが、最高に充実した気分を味わおうとする空間、『丸の内イルミネーション2014』に敢えて単身で踏み込み、おニュウのカメラで夜景の撮影をしようとしていた。
実はそのような暴挙は、本人の望むところではなかった。この根暗がカメラで撮るものと言えば、重厚なドレスに身を包んだコスプレイヤーばかりであったのだが、ここ最近、廃墟に棲みついた黒ずくめの少女(悪魔?)と一緒に、屋根裏の窓から星空を眺めたりしているうちに、もっと綺麗な夜景を見せてやりたいという思いが抑えられなくなっていた。
だが、いざ撮影スポットをウェブで探してみると、期待に副う夜景はどこも都会ばかり。そしてイルミネーションの特別な演出があるのが——当然と言えば当然なのだが——クリスマス・イヴ、まさに今日であった。
北関東住まいでマイカーの無い光曳は、電車で移動しなければならない。ところが電車はおろか、ほとんど外に出ない黒衣の少女を一緒に電車で連れて行き、夜の都会をうろつかせるのは、同伴者がいたとしても危険極まりない行為に思えたのである。
寒さが苦手な光曳が、巨大な体を分厚いダウンジャケットで風船のように真ん丸に膨らませ、その上から屋外での夜景撮影には欠かせない大型の三脚を専用のバッグに入れて肩にかけて歩む様は、まるで聖夜の前夜に、巨大な雪だるまが魔法によって動き出したかのような光景だった。
「まだこんなにいるのかぁ」
溜息に不満をめいっぱいにのせて低い声を吐く。
丸の内イルミネーション2014の会場、東京駅の西側をほぼ南北方向に一直線に伸びる丸の内仲通りに辿り着いた光曳の眼に映し出されたのは、燦然と輝くイルミネーションとその傍らで幸福のオーラを撒き散らす男女の番達だった。帰りの終電を諦めてまで、人混みが捌ける時間帯を選んだつもりだったが、イベント会場にわくカップルの時間経過に対する耐性の強さは、アザラシを狩るイヌイットさながらだ。
もう少しあの種の人間どもが多かったら、もう少しこの界隈の充実感のガス濃度が高かったら、間違いなく光曳は重篤な酸欠に陥って、その場に倒れていたところだった。
己が身の重量による息切れと軽いガス中毒から引き起こされる眩暈を堪えながら、撮影スポットを探したが、ざっと見回したところ、めぼしいところは無邪気にじゃれあう異人種の二人連れによって場所を占拠されていた。
仲通りの北は冷たく黒光りする金融系オフィスビルの建ち並ぶ大手町に、南はカラオケやデパート、飲み屋、映画館など、遊興に事欠かない街、有楽町に繋がっている。既に電車だけでは自宅に帰る術のない光曳は、撮るものをとったら即、漫画喫茶に潜り込めるよう、南へ足を向けた。だが先を急ぎたい男の気持ちとは裏腹に、己の足取りは重く、体もいつも通りに重かった。
無粋な電線は地下に埋設され、計算しつくされたコーディネイトの建物の外壁と道路、街路樹、街路灯が独り身のヲタクを囲む。左右の瞳をばらばらに泳がせながら虚空を見つめると、街路灯から垂れ下がる西欧かぶれな赤いフラッグ状の美術展の広告が飛び込んでくる。大地を水平方向に進んでいるはずなのに、1歩進むたびに、海淵を沈降しているかのように、体躯を、気持ちを押し潰そうとする圧力が強くなってくる。
——街が僕を拒絶している。
100メートル進んだだけで肉体が疲労困憊していた。それ以上に精神的な消耗が激しかった。彼と彼女の世界に入りきっているカップルの脇を3度通り過ぎたが、誰もが光曳の顔をちらりと見上げ、背中の方をみやった。背中に背負いなおした大型の三脚を皆気にしているのだ。
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(2) ( No.218 )
- 日時: 2014/12/13 13:39
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: fWEbTo5I)
確かにイルミネーションや花見の会場で、周りを気にせず三脚を広げる一部のカメラ小僧、カメラオヤジがトラブルることはあるが、今はどうみてもそこまで混み合っているようには見えなかった。
ネットでは偉そうに異端の民族を断罪している根暗が、心細さで声にならない悲鳴を上げる。
綺麗な夜景撮ろうとしているだけなのに、混雑していない時間選んでるのに、そんなに悪いことなのかよ。
悄然としたまま進んでいき、一つ目の信号のある交差点で立ち止まった。青信号になっても溜息をついてそのまま立ちすくんでいた。信号の向こうにもイルミネーションで彩られた並木が続き、向こうの端は闇に呑まれている。一番手前の並木のしたには光曳と同じくらいの年の女性の3人組が黄色い声を上げてスマホで写真を撮り合っている。
一人が光曳のいる方を一瞥した。
また、男の背中の方を見た。
光曳は目が合う前に視線を逸らし、遠方にサンタクロースのコスプレをした、背丈のずいぶん違う二人組を見つけた。深夜のクリスマスのイベントか、それとも血の気の多いヤロウが、イブの夜にサンタのコスでナンパでもしてるのだろうか。
ヲタにとって完全にどうでもいいことだったが、なんとなくサンタの顔を見て、思わず声を上げた。
「サンタが覆面って、マジかよ」
遠巻きだが見間違えるはずがなかった。
「あのデコボココン——」
「へっ?」
男の虚を突いて背後の少し下の方から子供の声がした。これも聞き間違えるはずが無かった。
「え?!」
風を巻き起こしながら、恐るべき速度で巨躯を翻すと、いつも通りの漆黒のドレスと帽子を被り、スーパーロングの茜色の髪をこれ見よがしになびかせて立ち姿を決める少女の姿があった。
「メクチ」声を潜めた分を、瞼を開ける勢いに回して驚きの表情を満面に浮かべる。
「やっと気づいてくれましたね。どうしたのですか?声なんか潜めてしまって」
メクチが不満をめいっぱいに主張しようとしたつもりが、目の笑いが隠しきれていなかった。
「男爵の娘を置いてきぼりにして、こんな夜遅くになんの悪だくみでしょう?」
決めておいたセリフを言い切る前に、声が笑ってしまっていた。
「メクチ、どうやって?って、それどころじゃないんだ」
期待する反応がもらえず、ぽかんとしているストライヴァンをよそに、光曳が交差点の脇に飛び退いた。直後に身をかがめて少女を手招きした。
少女が子犬のように灼眼を輝かせて、てくてくと「飼い主」に寄っていく。
太すぎる太股とふくらはぎのせいで、屈むことのできない光曳が地に膝をつき待ちかまえていた。イルミネーションから離れた物陰では、都心といえど深更の闇が巨躯のまわりに落ち込み、白く浮かびあがるはずの息も覆い隠していた。
光曳のすぐ側で、漆黒の少女が身のこなしも軽やかに、静かにしゃがみ込む。この少女のユニフォームとなりつつあるゴスロリ風の漆黒のドレスのスカートが、内側の漆黒のパニエをちらちらと見せつつ、整った半球状に膨らみ、地面に舞い降りた。スカートの前面は光曳の体でつかえて波打っている。チュールの柔らかな感触と、香りというよりももっと淡い、場の空気を柔らかくする何かが、男の全身に電撃を走らせた。
寸でのところで意識がとびそうになり、白目を向いていた光曳が目線を戻すと、男の顔の中に、縦横3つずつは入りそうな小さな顔が、目と鼻の先に見えていた。
近い。膝を抱えてちょこんとしゃがんでいる少女の灼眼は、目の高さもピッタリ揃えられ、瞳の中に幾つもの星を瞬かせながら、光曳から発せられる言葉を待っていた。
——か、可愛い。
今なら赤ずきんの狼の気持ちがいたく判る。危うく丸飲みにしそうになる衝動を、鋼鉄の意志で抑え込み、全身から湯気を立ち上らせながら声を絞り出した。
「メ、メクチぃ、そんな楽しそうにしないで。今とんでもなくヤヴァいんだよぉ」
己の言葉がブーメランのように胸に突き刺さる。
危険な状況なのは間違いないのだが、誰が誰に対してどう危険なのか、これ以上触れるのはやめておくことにした。
「え?」
紅い瞳が期待で一層明るく煌めいた。
残酷な笑みに光曳が顔をひきつらせた。左右の瞳孔が2倍ほどに散大するなか、少女の周りに無数の蝶々と花びらと後光の幻影を見ながら口を動かした。
サンタクロースの格好をした二人組が、もしかすると銃を持っているかもしれないこと、嘗て自分があの二人組に絡まれたこと、そして最後に自分が夜景を撮りにここに来たことを話した。写真を撮りに来た理由までは、本人の前で言うのは照れくさいので、適当にはぐらかしておいた。
「まぁ、神様の預言者の生誕をこんなに素敵な場所でお祝いすることができるのですね」
ストライヴァンが驚いた拍子にやや身を引くと、胸の前で手を合わせ、鈴のような声を上げてではしゃぎ、そこで正体を取り戻した光曳がため息交じりに頭を振った。
説明する順番を考えるべきだった。そして、もう少し距離を置くべきだった。
一気に話したせいで、少女の頭から、最初に話した内容がきれいさっぱり抜け落ちてしまい、最後のクリスマスの話題で少女の気持ちが否応なしに高揚していた。
幸い、光曳たちの声はサンタの二人組には聞こえていないようだった。以前と違ってデコボココンビは、イルミネーションを見ている人々のそばを何事もなく通り過ぎている。
凶悪犯がまた凶行に至るかもしれないという切迫感と、せっかく夜景を見てほしい相手がすぐそばにいるのに、この機会をどうしても逃したくないという下心が、光曳の胸の内で激しくせめぎ合っていた。
とりあえず、背後で口を結び膝を抱えて男を見上げている少女にもっと奥に下がるように指示し、光曳はビルの陰からしばらく様子を伺うことにした。
2014年12月24日 23時15分 東京メトロ有楽町駅出口付近——
今年のクリスマス・イブは平日になってしまったためか、飲み屋のあつまるこの街も、毎週金曜ほどの賑わいを見せていなかった。
「なんで俺様がこんな無様な格好しなきゃなんねぇんだよ!」
見るからに凶悪そうなサンタクロースが、凹凸の目立つ巨大な白いサンタの袋を背中に背負い、独り言とは思えない声でつぶやく。数メートル先でぼんやりと星空を見上げていた、酩酊している男性が急に素面に戻り、何かを思い出したかのように足早にその場から立ち去った。
「だいたい、ミッションは終わったんだろうが。なんでまたカイワレ大根野郎と組まなきゃなんねぇんだよ!」
付近にいたカップルが、彼氏が手を滑らせて落としたスマホを拾い上げつつ、彼女が足を地面にひっかけつつ、巨大なサンタから距離を置いた。
「アビー、もう少し静かにしようよ。サツに通報されたら、この仕事失敗しちゃうよぉ。報酬がもらえなくなるよぉ」
二人の不審なサンタクロースは、目的地である大型のホールが背後に聳えているのに気づかず、よく地図を確かめぬまま、人の集まりそうな丸の内イルミネーションに足を踏み入れていた。
ABとCDは、未来の全国の運送業者らが協働して展開しているクリスマスキャンペーンに駆り出されていた。二人の所属している運び屋は法人格をとっているとはいえ、地下組織なので本来このようなキャンペーンに参加するのはあまり好ましいことではないが、なんらかの形で社会貢献したいという社長の意向で、毎年この行事に参加しているのであった。もちろん、架空の業者を装ってでのことである。
「なんで、見たこともねえ餓鬼のお願い事なんか聞いてやらなくちゃならねえんだよ。だったら俺にも金髪の美女一人か二人寄越せっつうんだ」
「しょうがないじゃん。そういうイベントなんだから」
声を出すのが億劫になったABが、憮然として赤いジャケットの左袖の裾を引っ張った。
「サンタの贈り物」と名打たれたこのミッションで必要となる衣装等については、運び屋にまず始めに支払われる手付け金で購入するよう指示されていたために、費用を節約するべく秋葉原のドン・キホーテでサンタクロースの衣装を購入したのだが、ABのがたいに既製品があうはずもなかった。
ズボンは膝より上に上がらないので、手持ちの服で赤系のカーゴパンツを選び、上は黒系の保温素材の肌着を何枚も重ね着した上に、赤いシャツを着て、サンタのジャケットを羽織っていた。バラクラバを脱ぐことは頑として拒んだため、ボンボンのついた赤い帽子をそのまま被るという、クリスマス限定の変質者然としたオーラをいかん無く放出して闊歩していた。
「でも、あれを見せられたら断るとどうなる——」
「るせえ!少し、だ、黙ってろ・・・」
傭兵上がりの屈強な運び屋が、長い人生でまだ片手におさまるくらいしか、どもったことの無い男が、動揺を露わにしていた。
「この時代とは、呪われたどす黒い綱で結ばれてる気がするぜぇ」
冷えきった大気の寒さをしのぐため、そして心の震えを隠すためか、ABが左の拳を固めると、右の掌でしきりにさすっていた。
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(3) ( No.219 )
- 日時: 2015/06/08 02:21
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: EMf5cCo0)
仕事柄殆ど人前に姿を見せない、見せたとしても、それは影武者だとか言う噂が常につきまとう、運び屋の社長が手紙ではなく、社長室で直々に面会を通して、二人に「サンタ」のミッションの依頼をしたのは、二日前だった。
2064年12月22日 1時00分 某ビル10F 役員室——
「サンタ」ミッションは、少年少女等がクリスマスのエピソードを短い文章にして、運送協会のサイトに投稿し、当選者のもとに、本人の希望するものを、運べるものなら何でも届けるというものである。運送会社の意地があるため、法的政治的な問題にならない限り、秘境だろうと極地だろうと、どこへでも赴き、取り寄せてくるので、この季節に注目度の高いイベントとなっていた。
二人が社長室で見せられたのは、広辞苑よりも分厚く積まれた、A4の紙の山だった。これが、キャンペーンに投稿されたものだという。普通投稿はオンラインで行うので、紙での応募は極めて珍しい。そして文章が見あたらなかった。山積みされた紙は、どれもスクリーントーンのような模様が紙面いっぱいについているだけであった。
本人もかつて裏家業をしていたという、でっぷりとした体つきの社長が、平時ならばどこにでもいそうな人のいいおじさんに見えるであろう面貌が、この紙の山の前では変わり果て、血の気もひいて土気色をしていた。
呪われている。
これを、どうにかして欲しい。
金は幾らでも払う。
少なくとも、仕事を提供する側の人間の、殊に隙あらば(無くても)足下をすくわれ命を狙われる業界のトップが使うべき言葉ではなかった。
二人が1枚目の紙を見て、その意味がすぐにわかった。スクリーントーンに見えていた黒い点々は、実は文字だった。しかも手書きだ。それだけなら、驚くべき技術だと、その少年か少女を称えたいところだが、書かれた内容を見て、二人が社長と同じ結論に至るのに、1分を要さなかった。
縦書きにつづられた文章の書き出しはこうだ。
『風也くんとクリスマス・イヴ(ハート)』
紙の山の5合目あたりの紙面の内容はこうだ。
『風也くんとクリスマス・イヴ(ハート)』
山の2合目、つまり麓付近の紙面の内容はこうだ。
『風也くんとクリスマス・イヴ(ハート)』
最後の一枚の内容はこうだった。
『風也風也風也風也風也風也風也風也』
最後の一枚の左下は、筆者が興奮し筆圧が高くなり過ぎたせいか、乱暴に破れ、飛び散った鉛筆の粉が所々にこびりついていた。痩身の運び屋が、音を立てて唾を呑んだ。やや間を置いて、右にいる相棒を一瞥した。鋼の心臓をもつ覆面の男の鼓動が、机に突き立てた腕をつたい、CDの腕に伝わってきた気がしたのだ。
「鉛筆だと?」
しばし呼吸をするのを忘れていたABが、呻くように言葉を吐いた。固まっていた社長室の時の流れが、再び動き出した。
最もこの物体の呪わしいところは、これがこの時代、2060年のものではないことであった。年代解析をかけてみると、2013年12月26日に書かれていたことが判明した。
考えたくもないシナリオだが、2013年のクリスマスを、恐らく彼氏ではない、一方的に思いを寄せる青年と一緒に過ごせなかった怨念を、紙にぶつけた。そして強過ぎる怨念が50年という時間を超え、この地に来てしまったのだ。
「風也」という少年の将来の身の安全のためにも、筆者の気持ちを鎮めなくてはなんらない。あるいは既に「成仏させる」と言わなくてはならない状況かも知れない。
ミッションの目的は極めてシンプルなものだった。
【目的】筆者と少年「風也」をクリスマス・イブに一緒に過ごさせる
ミッション遂行のために必要な情報は、社長がもつ一枚の紙に書かれていた。
件の紙の山を作り出す前に、筆者本人が書いていたものをもとに調査をかけ、まとめたものということだった。
〜ミッション・ブリーフ〜
【場所】東京国際フォーラム前
【日時】12月24日23時30分(厳守)
【運搬物】紫苑風也(17歳)(写真は別紙)
最後に、A4縦の紙に印刷された、少女の顔写真が机上に放り置かれた。少しウェーブのかかったポニーテールに、首の上端までのびる前髪の両サイド。これも少しウェーブがかかっている。目はパッチリとしていて、小鼻。今でも通用しそうな、都会風で華のある顔立ちだ。
「なぁんだ、結構可愛いじゃん」
「餓鬼にしちゃよくできてるぜ。男の方が贅沢すぎるんじぇねぇか」
ブリーフィングの最後の欄に依頼主の姓名が書かれていた。
【依頼主】町田
「おい!下の名前はどうした!」
一旦緩みかけた場の雰囲気が、一番の緊迫感に包まれていた——。
2014年12月24日 23時15分 丸の内イルミネーション有楽町側入り口付近——
丸の内仲通りにパトカーのサイレンが未だに響かないのは奇跡と言うほかなかった。
不審極まりない二人のサンタクロースが、相変わらず地図を確認せず、漫然と北上を始めた。デザインから案内標識まで多カ国語対応で1ブロック毎に、歩道に小さな周辺地図もある。それが目に付いたCDが唐突に声を発した。
「そういえばさ、国際フォーラムって確かこの辺だよね?」大股で1歩先を行くサンタの帽子を見やる。
「そんなの知るかボケ。それは貴様の仕事だろうが」
「え、そんなのいつ決まったんだよ!」「今だぜぇ。言い出した奴が調べやがれ!」
この状況で反抗するのは文字通り身を滅ぼす羽目になるのを、身を持って思い知らされているの若者は、相棒に聞こえないように唸り、眼前の周辺地図を見に行った。
ABが先に行ったカイワレダイコン野郎をしばらく眺めていると、ふと背中に背負っている白い袋の様子が気になった。
ターゲット(依頼人)は23時30分に会いたいという願望をメモに残していた。その願いを叶えるべく風也の身柄を確保しに行ったが、念のため「町田」に会う気はあるか最後の確認をとったが、恐怖に顔を歪めて必死に否定していた。既に予定があると。
名前は聞き出せなかったが、丸の内で午後7時。風也のお相手には悪いが、今年はそれはさせられない。彼女はきっと、ここ数日で特に厳しく冷え込んだ今夜、さんざん待って、お怒りになって帰ってしまっただろう。
地図を読むのに手こずっている細ものサンタクロースに、サンタクロースの格好をしたヤクザが怒鳴り声をあげる。
「モヤシサンタ、遅刻するぜぇ!早くしやがれ!」
CD慌てふためく様に、嘲笑を浮かべていたABの目線が、ふと、更に奥のイルミネーションの下で止まった。
前方50mくらいのところに、ブラウンのウールのコートに身を包み、一人たたずむ女性の人影が見える。「町田」と年齢が近そうだった。厳しく冷え込む予報だったので、しっかりと着込んでいるが、右手は手袋を外してスマートホンの画面を眺めていた。頻繁にキョロキョロと周囲を見ては、虚空を見上げてため息の綿雲を天空に放っている。
——まさかな。
この糞寒ぃときに4時間以上も待つバカはいねぇよ。そう言い聞かせると、コードが戻ってきてフォーラムのある方を指さしたときだった。
ブーンと低い振動音がどこからともなく響いてくる。1秒間隔くらいで鳴り続けている。CDが首を適当に首を振って、あたりを見回している間、素性のわからない音に神経質なABが、慎重に耳をそばだてる。
更に3回、鳴動し終えると、覆面のサンタの両目が少し細められた。
「とんだバカがいたもんだぜぇ」
自分のことと勘違いして文句を言う相棒の頭越しに、再びさきの女性の人影を睨んだ。右手のスマートホンはまだ持ったままだった。
「あ・・・ゆ・・・みぃ」
掠れ声が細切れになって袋から漏れてくる。何かをまさぐる音がした直後に鳴動音が切れた。睡眠薬が切れた。まずい。
CDが、1歩、2歩後ずさった。「風也」が起きる前に「町田」に渡す予定だったのに、またあんな命がけの格闘はごめんだよ。
袋を背負う大男は、金縛りにかかったかのように、四肢が硬直していた。
——あいつが「あゆみ」なのか?
再び50m先に目を戻すと、いつの間にかスマートホンを握る右手が胸に当てられ、顔が、全身がまっすぐこっちを向いていた。
「なんでこんなに離れてて聞こえてやがる」
ABの心臓がのたうち回っている。呼吸が乱れに乱れまくっている。
気合いの声と同時に、袋を掴んでいた手を開いた。
「ずらかるぜぇ!もやしぃ!一時避難だ」
動かせるようになった左腕をラリアットと変わらない勢いでCDの首に引っかけると、サンタが二人、フォーラム方面に猛然と疾走していった。もはや変質者が警察から逃げているようにしか見えなかった。
もぞもぞと蠢く白く巨大な袋がイルミネーションのオレンジ色がかったライトに照らし出されていた。
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(4) ( No.220 )
- 日時: 2014/12/20 07:35
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)
- プロフ: https://onedrive.live.com/?cid=E58D6A0AAEE260B3&id=E58D6A0AAEE260B3%214510&v=3
「あ、え・・・・・・と、風・・・・・・也?」
不審者が立ち去った後に残された不審な白い袋の傍らにしゃがみ込み、袋の中の風也にあゆみと呼ばれた少女が、瞼を全開にしてしげしげと眺めている。
「早く袋を開けねえと・・・・・・コロス」
「え、許してくださいぃ、風也ぁ」
泣き顔になりながら、友賀亜弓が4時間30分も待たされたことも空の果てに吹き飛び、死に物狂いで、袋の紐を解いて、口を広げようとする。
だんだんと、周りから集まってきて、亜弓に声をかけてくる。亜弓が、友人のどの過ぎた悪ふざけと言うことで、その場をうまく切り抜けていた。
袋の中にたまっていた熱気が、パンドラの箱から飛び出した災いののように一気に散った。亜弓が屈んだまま指先を地面について、顔を傾げて中をのぞき込んだ。残されたひとかけらの希望が、窮屈そうに手足を折り畳み、いつも通りのむすっとした顔を確認すると、安堵の息をつき、頬を赤らめ小声で声をかけた。
「メリィ・・・クリスマァス」
「コロス・・・・・・」
亜弓が取り乱して尻餅をついた。頭をくらくら揺らし、とにかく何か言わなければと、泣きながら返す。「え、え、どうして、どうしてですかぁ」
風也の双眸が刃の切っ先の煌めきを宿した。
「袋から出るの手伝えって・・・」
情けない格好のまま、風也がため息をついた——。
2014年12月24日 23時20分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点付近——
遠巻きなのではっきりと確認はできなかったが、サンタの人影が建物の脇に消えていったように見えた。
「行ったのかな」
通りに三々五々としている人々らが、夜景に目もくれず話し込んでいるのは、その話題なのだろうか。もしそうであったとしても、それ以上騒ぎが大きくなることが無いところからして、やはり、イヴの台風は去ったのだろうか。
「ものすごく<ヤヴァイ>状況は無くなったのでしょうか?」
すぐ後ろから、楽しそうな声で話しかけてくる。確かに、一つ目の危機的状況は回避できたかもしれない。だが、もうひとつの危険な状況は、全く回避のめどが立っていない。
そもそも公共の場で、しかも日本では実質クリスマスイベントのクライマックスであるイヴの夜に、筋金入りのヲタが女の子と二人きりでいることが既に「ヤヴァイ」で済まされる一線を越えてしまっている。この状況を回避するなんて、完膚無きまでに叩きのめされて終わった戦を、引き分けになるまでやり直すようなものだ。言うまでもなく相手は手加減することを知らない。敗者がぼろぼろになっている事にさえ気付いていない。
今の光曳とストライヴァンの間隔が、男の鋼鉄の意志が己が身の衝動を抑止できる限界点であった。1mmでも少女の顔やドレスが男に近づこうものなら、間違いなく2014年度版赤ずきんの再現になってしまう。
クリスマス・イヴの夜に、二人でビルの影に隠れて、息を潜めている。空間と時間を共有していることを否が応でも意識させられてしまうこの瞬間が、この上なく胸を高鳴らせるのだが、同時に不安も際限なく膨らんでいってしまう。
「メクチ」「はい」
「・・・・・・」
つい声の余韻に浸ってしまって、自分の声で台無しにしてしまうのが嫌になる。
「光曳さん?」
光曳が唇を噛みしめ、左右の瞼を、眼球が押し込まれそうになるほどに強く閉じる。そして決意の鼻息の噴射と共に全開にした。後ろは絶対に振り向かない。
「メクチ」
「はい」今度は可笑しそうに笑っているみたいだ。
「・・・・・・まだ・・・」
「・・・はい」
「<ヤヴァイ>状況はまだ続いてるから、もう一歩、後ろに下がった方がいいかも」
「そうなのですか。わかりました」
言ってしまった。メクチとの距離が一歩離れる。ため息と共に魂が一緒に抜けていった。
「でも、少し様子を見させてもらえませんか?」
不吉な天使の矢が光曳の心臓を背中から貫く。
「いいでしょう?レディのお願いを聞いてもらえないのですか。まだ光のデコレーションも殆ど見られておりませんわ」
光曳の返事の冒頭が口から飛び出すよりも速く、男の右脇に茜色の艶やかなスクリーンが現れていた。<ヤヴァイ>状況の現場を見ようと、右を向くと、少女の長い髪が音もなく、光沢が完璧な弧を描きながら、さらさらと小さな背中を流れていく。少女と隔てられているのに、不意に丸い鼻先を撫でられたような感覚に襲われた。
——息を呑んだ。
絢爛豪華なイルミネーションと言えど、単なる電飾。聖夜と言えど、それは神でもない、33歳で死んだ一介の人間の誕生日に過ぎない。そんな
——人為にまみれた、些末な奇蹟に、
——人々が心酔しているのに、
何もかもが枯れ木のように見えた。しまいには全部真っ黒に見えた。
——900年もの歳月を凌駕した、
——魅惑に……
——己が心が屈して、
——何が悪い!
20cmたらずの空間を隔てて、見える漆黒のドレスと帽子が、暗闇でくっきりと見える。茜色の髪が、己が心を紅蓮に燃え上がらせる。音を立てて殻を砕く感情が、心臓から迸り、抑えきれない一部の塊が目尻に押し寄せる。
形を失い、揺らめく紅い影を見つめたまま、魔力に導かれるように、光曳の右手が前に伸びていった。
「この時間帯に来るのって、結構当たりかもね」
歯切れのいい女の子の声が至近距離で聞こえて、光曳の手が止まった。ドレスの襟のレースが揺らめくその先に、右手の人差し指の先端が触れる寸前で小刻みに震えている。二粒の氷の汗が、熱い頬を舐めながら垂れていく。我に返った男の右手が、風切音を立てて引っ込んでいった。
——触れたら、きっと自分が自分でなくなる。ダメだ。絶対にダメだ。
「メクチぃ、気は済んだ?もう少し下がっててよ」
少女は何が危ないのか、しきりに左右に首を傾げながらも、言われるがままにすごすごと後ろに下がっていった。
男の人生最大の窮地を救った声の主に、光曳が声無き感謝の言葉を投げかけていた——。
「感激です!ゆっくり風景が楽しめて、とても綺麗ですね」
まだ小学生風な背丈のツインテールの少女が、脇でエスコートする少年の顔に感激の目線をぶつけた。
「はは、みぃちゃんそんなにじろじろ見られると、ちょっと・・・・・・」
少女に一瞬目線だけ向けると、火照った顔を伏せ、セミロングの銀髪で覆った。
「あとは、明日が平日じゃなきゃいいんだけどねぇ。ってなんでわたしが一歩後ろなのよ!」
右手を肩の高さまで持ち上げ、物知り顔で語っていた高校生くらいの年端の少女が、打って変わって口をとがらせた。図らずも、光曳の暴走を間一髪のところで止めた声の主である。
「ぐ、偶然だよ、恵玲。ほら駅のコンコース狭かったから、自然とそうなっちゃったんだよ」
麗牙光陰の3人も、今日は「仕事」を休み、クリスマス気分に浸ろうとイベントスポットに繰り出していた。恵玲は、亜弓がクリスマス・イヴに予定が入っていることは知っていたが、場所も時間も知らなかったので、麗牙のリーダーのウィル・ロイファーが突然、深夜の街を見に行こうと言い出したのは、心底感心していた。ふつう、デートするなら、待ち合わせはせいぜい21時くらいまでだろう。まさか、亜弓達が深夜に、しかも自分らと同じ場所にいるなんて、予想だにしてなかった。
巨漢のヲタクが、想像を絶する重力をかけられ、コンクリートのタイル地にスニーカーをめり込ませながら前進したあの道程は、裏組織にいる身とは言え、根は光曳よりは格段に普通な3人の少年少女にとって、とりわけ女子の二人には、聖夜を華やかに彩る仕掛けでいっぱいの空間だった。
フェンディ、プラダ、その他やたらと長い名前の(英語ではない)ヨーロッパ系の言語の看板を掲げる高級ブティック。イルミネーションには目もくれず、明らかに日本人の体型とはかけ離れた頭身、長足のマネキンが並ぶ店頭のディスプレイに釘付けになっている。
置いてきぼりをくったウィルは、からかう気持ちでそれを眺めていた。地区全体が高級ブランドになっているこの場所では、ブランドのもつ魔力を、さらに高めるようなオーラのようのものが漂っているのだろうか。二人を見ていると、あながち間違いでは無いようにも思えてくる。これがもし、深く考えもせずに19時集合にしていたら、神と崇める科学者に途轍もない金額の請求書を持っていく羽目になっていたに違いない。裏組織の中でも最も凶悪かつ狡猾な部類に入るECは、常に暴利を貪っているため、ブランドの服を何着買おうとも痛くもかゆくもないのだが、トップの心証を悪くするようなことは絶対にしたくなかった。
女子二人があの調子なので、少年もイルミネーションから視線を外し、何か興味を引くものがないか、ざっと見回してみたが、目につくのは、小さなモーターショーが開けそうなほどに、海外の高級車がならんだ路上駐車の列くらいだった。
前後が異様に長い、アメ車のリムジンが一際存在感を放っているが、その向こうにクラシカルなデザインのロールスロイス・ファントムⅥが止まっているのに気付くと、つい笑みをこぼした。
まだ年端もいかない頃から既に日本に住んでいた少年が、世界の自動車の絵本で祖国イギリスの自動車として載せられていた車だった。実用性重視でずんどうな形の車しか知らなかった少年にとって、ひたすら優美さを求めて複雑な曲線が取り込まれたデザインと、乗り手を導くようにスピリット・オブ・エクスタシーがフロントで優雅に舞う英国のリムジンは、幼心にも高貴、優美の代名詞として刻まれていたのである。
「なぁにニヤけてんのよ、ウィー君!向こうにいい人見つけちゃったのかしら?」
有能な暗殺者であるはずのゲルマンの少年に、後頭部を強打されたような衝撃がはしった。
寄り道ばかりしていて遅れていた女子の二人組にいつの間にか追い越されていた。演技派の恵怜の険悪な表情は、8:2で冗談が勝っているとみて問題なさそうだが、更に離れたところで、閉店後の証券会社の店先で、文字の消えた株価ボードとにらめっこをして頑なに少年の方を向こうとしないツインテールの中学1年生は、本気で何かを誤解していた。
調子にのった恵怜が肩をすくめ、冷やかしの微笑みを浮かべて頭を振っている。
「誤解だよ、みぃちゃん!」
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(5) ( No.221 )
- 日時: 2014/12/20 07:50
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)
- プロフ: https://www.youtube.com/watch?v=ifCWN5pJGIE
冷や汗を滝のよう垂れ流すウィルが、恵玲の髪が舞い上がるほどの勢いで脇をかすめ、4歳年下の部下に駆け寄っていく。
漆黒のセミロングの髪が勢いを失い、あるべき位置に戻り始めると、程なくしてか細い色白のうなじを覆い隠した。二人に背を向けたまま、恵玲がもう一度ため息をついた。今度は軽く、でも僅かに寂寥を込めて。
——みいちゃん、能力を強くするって言い出してから元気なかったしな。
こんなに元気いっぱいの水希の姿を見るのは何か月ぶりだったろう。
徐に深更の冷気を深く吸い込んだ。体と心の隅々まで、清々しい気持ちで満たされていく——。
少し後ろから聞こえる二人のやり取の内容が、よく聞こえてくる。リーダーの狼狽ぶりと、後輩が心底困惑している様子がなんとも微笑ましい。
——よし。
今回はあの娘に塩を送ろう。みぃちゃんが全快になったら、その時はわたしも全力で張り合っちゃうからね。
膝上のハイソックスで防寒は完璧という口実で、この酷寒のなかでも逞しく着用しているミニスカートを軽やかにはためかせながら、二人の方に向き直ると、ちょうど向かう先のほうで、数名程度の歓声と拍手が聞こえてきた。
恵怜がそちらを一瞥すると、ふと店のショーウィンドウの向こうの時計を気にした。
もう23時半だ。親友は彼氏との時間を満喫して、家に帰ったところだろうか。それとも今帰途についているところか。
明日は根堀り葉堀り聞いてやろう。顔を仄かに赤く染めて楽しげに語る友人の顔を、瞼に浮かべながら、二人に声を掛けた。
「ねぇ、向こう行ってみようよ!」
二人の危険なサンタクロースがいた場所から人々の歓声と拍手。そして、光曳の目の前で盛り上げっていた中高生の3人組が、その方に走り去っていった。
二つの事実を総合すると、完全に危険は過ぎ去ったということなのだろうか。
「みなさん、向こうでとても盛り上がってるみたいですね」
「……」
「お城で舞踏会をしていたころを思い出しますわ」
「……」
「束の間でいいから、あの頃をもう一度……」
少女は伊達に900年もの歳月を過ごしてはいなかった。髪の毛を威嚇で舞い上がらせる程度の魔力しか持ち合わせることのできない人間共の世界で、最弱の烙印を捺された魔物が作り出した武器に形は無かった。
男の背中から漏れる逡巡を見透かしたかのように、恨めしさたっぷり、色気たっぷりの溜息ひとつ。そして男の背後にもかかわらず、物憂げに流し目を決めたのは、眼前のヲタクが背中についた心眼で少女の気配を感じ取り、Retinaディスプレイも驚きの精緻さで、彼女の様子を己の脳裏に再現している習慣を巧みに利用した、ダメを押す一撃であった。
間もなく、3人の中高生の50メートル後を、少女と野獣の黒影が追随していった——。
2014年12月24日 23時30分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点から1ブロック南——
僅か1ブロックを進んだところで足を止めたのは、先頭を行く荒木恵怜だった。それを見て即座に二人の麗牙光陰の仲間が前進をやめる。イルミネーションの南側(有楽町側)の端まで、恵怜たちの場所から4ブロック、約200〜250mあり、そこにいる人々の顔は点かごく小さな丸にしか見えない。だが、それでも小さな二つの人影が、何か見覚えのある形に、そしてそれが知り合いの影だという確信に至るまでには殆ど時間を要さなかったのである。
——ストップ、ストップ!
恵怜の声が後続の麗牙の仲間の意識にダイレクトに響く。間隔を詰めて走っていた二人が、恵怜と真横の反対側の歩道にウィル・ロイファーが、そして水希がやや後退して恵怜と同じ側の沿道の建物に体を寄せる。ECの能力者間でしか聞き取ることのできない遥声が発せられ、恵怜を除く二人に、一気に緊張が張りつめる。
遥声は聞こえないが、前の3人が突然止まったので、光曳とメクチも様子を窺うべく歩道の脇に寄り、止まっていた。ただ、光曳に限っては、前が止まらなくとも、既に酸欠と激烈な動悸のために、歩みを止めるのは時間の問題であった。
——ごめんっ。大したことじゃないんだけどね。
少年が瞼を半分おろし、氷のように冷たい眼差しを右に向ける。それを見るなりツインテールの少女が、遥声でリーダーを牽制すると、リーダーが身ぶり手ぶりで必死の釈明をする。会話の聞こえない後方の二人が、少年の挙動不審さにすこし後ずさりした。
——なぜか亜弓がいるの、風也と一緒に。私たちには気付いてなさそうだけど、こっちに来てる。
今度は二人の視線がリーダーに集まる。ウィルと水希が恵怜と居合わせているところを見られるのは勿論避けなくてはならないが、恵怜だけであっても、今夜は会うべき時ではないのは明らかだった。全員未成年という重たい制約付きで、この時間帯にイヴを愉しめるところはあるだろうか。
確かに事態は大したことではないが、なかなか対応が面倒になりそうだった。
——とりあえず、少し道はずしてやり過ごそう。
3人が急に進路を変えて、東京駅方面に走り去っていった。残された二人は、全く事情が呑み込めずしばし立ち尽くしていたが、気を取り直して歓声の上がる現場へと先を急いだ。
2014年12月24日 23時30分 丸の内イルミネーション有楽町側入り口付近——
「すみません、すみませんっ。お騒がせしてしまいました」
過激なサンタクロースのプレゼントの演出に集まってきた人々の拍手に囲まれて、友賀亜弓がお辞儀する人形のように、何度も頭を下げていた。観衆は、彼女を非難するどころか、ボーイフレンドが窮屈そうなプレゼントの袋から出てきたことに感動の雨嵐に包まれていたのだが、亜弓はそんなことお構いなしに、ひたすら頭を下げていた。
亜弓の手助けのおかげで、無事袋から脱出できた風也が、彼女の顔よりも先に目の当たりにしたのは、二人をぐるりと囲む人垣だった。
風也は周りの拍手などお構いなしに、露骨に気難しそうな表情を見せると、亜弓の右腕を乱暴に掴んで引き寄せ、人の壁をかき分けて大股で北へと歩き出した。
亜弓がバランスを崩しながらも、首だけで最後のお辞儀をすると、彼の顔を見上げた。久しぶりに声もかけられそうにないくらいに怒っている。わたしの手伝い方が悪くて風也を怒らせてしまった。
途中で風也が手を放すと、お互いの間隔を少し開け、彼は前を睨み、彼女は俯いたまま、歩き続けた。静寂の時は尚も続き、大通りまで来て、自動車がほとんど通らない交差点の信号待ちになったときに、やっと沈黙が破られた。風也が亜弓の方に向き直って、静かに話しかけた。
「悪ィ」
亜弓が少し驚いた顔をして、小さく首を横に振った。「そんな、わたしの手際が悪くて、みんなが集まってきちゃったから・・・」
「そんなんじゃねぇよ」
亜弓がわずかに口を開けたまま考え込んでいるうちに、風也が再度話し始めた。
「オレ、人に拍手とかされたことねぇからさ。つい、な」
左手で髪をかきあげて顔を逸らすと、軽く息をついた。「強かったな・・・あのサンタ」」
何となく言ってみただけのように見えたが、そのために亜弓の思考時間が延長された。そういえば誰が、風也をこんな目に合わせたのだろう。人を袋詰めにするなんてもっての外だが、この人を喧嘩で遣り込める人なんて——。
横の街並みを見ながら思索に耽っていた風也が、不意に声をあげた途端、凍りついたように動かなくなった。
「風也?」不安にかられた亜弓が、左手で風也の手を握る。彼の手が震えていた。
「そういえば、あのサンタ達、俺とやりあう前に、妙なこと訊いてきやがった」
風也の右手を握る亜弓の掌に、彼の手の甲の血管の脈動がはっきりと伝わってくる。
「え?」
何か悪いことを思い出しつつあるのか、風也の顔が見る間に蒼白になっていく。瞳の動きが、必死に何かを求めるように、左右にひっきりなしに振れる。
「風也?何、何を訊かれたのですか?」
風也が肩で息をし始めた。極冷の環境で、汗をかいている。
「風也?どうしたんですか?ねぇ、かざや!」
うわの空で彼がつぶやいた。「俺は、あのサンタ達にここに運ばれてきた…」
亜弓が風也を落ち着けるように両腕を掴み、彼の双眸をまっすぐに見つめてゆっくりと頸を縦に振った。
「そこに偶然、亜弓がいた」亜弓が彼に言い聞かせるように応える。「偶然じゃないですよ。ここで待ち合わせようって……」
「違う!」風也が目を真っ赤にして亜弓を睨みつける。「アイツら、亜弓のために俺を運んできたんじゃない!」
「どういう、こと・・・ですか?」
風也の震えと恐怖が、亜弓にものりうつりかけていた。亜弓の両手に異常に力が籠められる。
「最初に訊かれたんだ、あいつらに……」
亜弓の大きな目が、涙でいっぱいになっていた。
風也が、続きをいう恐ろしさで暫し沈黙し、下を向いた。そして、再び亜弓を見つめると、静かに言った。
「町田に・・・・・・会うつもりはないかって」
界隈を覆い尽くす黒雲の深奥部で、痛苦に喘ぐように雷が小さく轟いた。
光は、見えなかった——。
〜2014/12/10 コメ〜
そろそろ真打登場です!あぁぁぁ怖い
〜2014/12/13 コメ〜
>>221
町田登場直前まで追加
>>220 >>221
メクチと光曳のやり取りちょっと修正。。。。
町田も怖いが、メクチもなかなか強烈。。。
リンクはPentatonix "Mary did you know"です。なんか絶望な感じしませんか??歌詞の意味知らないけど。。。(恥)
〜2014/12/20 コメ〜
風也が町田の件について告白する部分の、二人の口調をより原作に近づけました。
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(6) ( No.222 )
- 日時: 2014/12/21 11:15
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)
2014年12月24日 23時37分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点付近——
鈍い雷鳴が鳴り止むと、建物の陰からウィルが一瞬顔を出し、二人の様子を窺った。麗牙の3人は亜弓たちが赤信号で立ち止った信号の交差点の、東側(東京駅側)に伸びる道沿いにある複合型施設「ブリックスクエア」の外壁や柱の陰に散開していた。全員、風也と亜弓と面識があるが、あの二人はECの絡んだ事件に深入りし過ぎたために、ECに関わる記憶を消されているはずだった。それでも、3人は不安があった。
信号が青く点灯した。早く通り過ぎてくれ。風也たちがそのまま北側(大手町側)に抜けてくれれば、お互いに何の心配も無くクリスマスを祝うことができる。風也が東京に来た経緯を知らない麗牙のリーダーは、そうなることを信じて疑わなかった。。
風也の右足が動き出す。ウィルが即座に顔を引っ込め、建物の壁に背中をぴたりと貼り付けた。左右の瞼を下ろし、彼方に走り去るであろう足音に耳をすませた。
一歩。それに追随するように、細い足音が響く。二歩、三歩。二つの足音は急速にテンポを速めていく。ただ、その向かう先は北ではなく、ウィル達が身を潜める東側だった。
どうして?俄に3人に緊張が走る。指揮官から遥声で指示が飛び、各自不審さを漂わせず、面貌の割れないように振る舞う。
一心不乱に疾走する風也と亜弓は、周囲に目を遣る間もなくブリックスクエアのブロックに東端まできた。東京駅。理由はわからないが、ウィルは、件の二人が何らかの理由で、イルミネーションの散策を中断し、東京駅に戻ろうとしているのだと推測していた。
だが、二人は麗牙のリーダーの予想をことごとく裏切り、今度はその交差点で立ち止まったままでいたのである。
東向きの通りの一番東寄りの柱の陰に隠れていた荒木恵怜が、僅か数メートル先の二人の会話に耳をそばだてる。一度だけ紫苑とは拳を交えたことがあるが、こんなに近くに居続けながら、自分の気配に気付かないのが疑問だった。
紫苑風也の呼吸音が止まった。微かなに聞こえてくる音は恐らく、亜弓のコートの擦れる音。それもやがておさまった。気配からして、二人は微動だにしていない。恵怜が慎重に、二人の様子を窺うと、凍りついた表情で、南東方向を向き、一点を凝視していた。
「ダメだ、こっちだとやつの気配が強くなった。戻るぞ」
——紫苑君がこんなに怯えているなんて。ヤツって…誰なの?
再び、漆黒の天空の奥深くで、雷鳴がぼやけて轟いていた。
2014年12月24日 23時37分 東京国際フォーラムガラス棟前——
丸の内仲通りから1ブロック隔てて聳える、全面を3,600枚ものガラスで覆われた巨大な建造物。このガラスの壁と自分の心とどっちが透き通っているだろう。……嗚呼、愚問だった。自分の心の方が透き通っているに決まっている。
ガラスの向こう側にのびる、電飾で彩られた歩道を並木を眺めていた一人の少女が悩ましげに溜息をついた。目の前に対峙していた己の顔がガラスの曇りで覆われる。
ガラスは目の前にあるもの全てを自らに映し出すが、自分の心に映し出されるものは常にただ一つ、いや、一人というべきなのかしら。
程なくして曇りがひいてゆき、赤地にライトグレーを合わせたタータンチェックのマフラーに埋もれて仄かに笑みを浮かべる少女「町田」の鏡像が再び目の前に現れる。
ガラスや鏡に映る自身の隣に何度、幻想の「彼」を描いてきただろう。去年、そして一昨年、更にその前の年も、「彼」があまりにシャイであったために、両想いのカップルとしてクリスマスイヴを過ごすことができなかった。でも、今年は「彼」もついに心を決めたようである。
彼の帰りの足を絶つために、夜通し彼と過ごすために、待ち合わせの時間を23時30分にしたのに、「彼」は更に遅れてやってきた。今、フォーラムの裏から——「彼」との間に巨大な遮蔽物があるにもかかわらず、「彼」と100m近く離れているいのもかかわらず——「彼」の声が聞こえた。こっちにアイツが居る。早く逢いたい!とはっきり聞こえたのだ。
「もうっ、明日の学校のことなんか放っておいて、夜明けまで、いえ、クリスマスもずっと、…まさか、永遠に一緒にいようってことなの?!」
頬を真っ赤に染めて黄色い歓声を上げる。
彼女の足元で何かを漁っていた大型の野良犬が驚いて彼女に吼えたてようと首を上げた瞬間、昂揚する気持ちを抑えきれない女子の平手打ちの連撃が犬畜生の反撃の隙を与えず脳天に炸裂し、犬は為す術もなく尻尾を巻いて逃げていった。
ひとしきりはしゃぎ終えると、耳を澄ませた。紫苑風也の足音が北に向かっている。また、遠ざかっている?
ああ、そうか。今の時刻からして、イヴ夜12時に運命的な出逢いを演出するつもりなんだ。
「なんてことなの。逆シンデレラなんて!」
深紅のティアード・スカートをはためかせて華麗にターンを決める。彼方でガラス棟沿いのイルミネーションを愉しんでいた人々が一斉に声のした方を向いた。町田が胸の前で両手を組み、黒雲で埋め尽くされた空に満天の星空を見ながら、天に向かって叫んだ。
「でもね、わたし……」
空だけでは飽き足らず、己が双眸にも天の川を煌めかせる。街の明かりが弱まっていき、突如スポットライトが町田に当てられる。
「待てない!」
街並みが元の明るさを取り戻した。
「風也くん!今行くわ!」
ブーツのヒールが少し高めなのもものともせず、少女が颯爽と北に向かって駆け出した。
2014年12月24日 23時40分 東京国際フォーラム西口——
東京国際フォーラムのガラス棟の裏に広がるオープンスペースは、表側よりもさらに多くの人が集まり、翌日が平日であることを忘れているかのような賑わいだった。ある一角では大きな人だかりができ、その中心に行こうとしたり、腕を高く上げてそこを撮影しようとしたりと、やや騒然としていた。人だかりの中心には、明らかに他の人間たちとはサイズの違うサンタの仮装をした男の姿があった。そして、その傍らには、一般的なサンタクロースのイメージとは正反対の、ひょろ長いサンタが身動きが取れずに足掻いていた。
寝床に紛れ込んだ蚊でも追い払うかのように、ABが図太い腕を力任せに振り回した。
「チキショウ!なんで払っても払っても人が寄ってきやがる!俺たちゃ棘抜き地蔵じゃねぇぞコラァ!」
クリスマス当日へのカウントダウンが間近になり、ますます盛り上がりを見せる仲間連れや酔っ払いたちが、怖いもの見たさに入れ替わり立ち代わりABに寄ってきていた。超弩級のガタイのせいか、殴られたら縁起物のように思われており、ABが荒れるほど人だかりが大きくなる始末の悪さであった。
「でもさ、これだけ人が集まってれば、町田って子もたぶんいるだろうね」
「直接ブツを渡さなくても、女が男に会ってる現場を撮れば同じことだぜィ」
ABが左手首に装着しているガジェットのビデオカメラレンズを示した。
「あんな糞餓鬼とまた一戦するよりは、女に居場所を知らせて会いにいかせる方が1万倍スマートだぜぇ!」
「オヤジ冴えてんじゃん」
「人を褒めんのは手前がいっちょ前に仕事できるようになってからだ、ボケ!さっさと仕事しやがれ」
大男が、宛先の人物の名字を必死に連呼する。CDが謝りながら名前を呼ぶ。
裏家業が生業の男にとって、己が身を隠すための人混みは大いに歓迎であるが、自分が中心に据えられた人だかりなど、殺してくれと首を出しているのに等しい愚行以外の何物でもない。1秒でも早くこの情況から逃れなくてはならない。
ターゲットがガラス棟の反対側を突っ走っているのに気づかぬまま、終わりの見えない試みは暫く続けられることになるのである。
2014年12月24日 23時40分 丸の内仲通り北端(大手町側の端)——
「大丈夫か?」
片側の並木だけ電飾が煌めく通りの歩道の真ん中で、風也が膝に手をつき、肩で息をしていた。不良どもの巣窟で肉体的、精神的に鍛えに鍛えられた少年が、たった300m走っただけでここまで乱れるのは、彼の町田に対する脅威のほどを如実に著していた。
沿道の建物のガラス張りの壁に寄りかかっている風也の連れは、更に情況が深刻だった。息が凍り付きそうなほどに冷えた外気に4時間もの間晒され続けた体は、いつもの身軽さを失っていた。履き慣れない、高めのヒールのついたブーツも、文字通り彼女の足を引っ張った。顔は火照るどころか、酸欠で蒼白になっている。
「もう・・・・・・大丈夫でしょうかぁ。・・・・・・走りたくないです」
大丈夫だ、と言いたいところだが、なぜかヤツの気配が弱まった感じがしない。呼吸を整えることに集中しつつ、情況を整理していた。
姿も見せてないのだから、気付かれることなど無いはず。周囲を見回してみたが、不審な人影はない。さすがに杞憂だったか。
「ああ、大丈——」
「風也ぁ!」
久しぶりに聞いた亜弓の絶叫と同時に、風也が至近距離に殺気を察知し、咄嗟に体を翻す。恐れていた笑顔が激突の6歩手前まで迫っていた。
「風也くぅん!」
「テメェ、いつの間にっ」
「今年のプレゼントはぁ〜」
町田が三段跳びの跳躍の準備態勢に入る。
風也が即座に車道に飛び退く体勢をとった。
「わ・・・」1段目。跳躍が始まった。風也が植栽を踏み破り、横に大きく跳ぶ。
「た・・・」2段目。町田の踏み込み足が風也に向いた。
「し!」3段目。
町田が風也に向かって渾身の跳躍。抉れたコンクリートタイルの破片が頭を越えて舞い上がる。風也はタイルをひび割れさせながらも踏みとどまり、相手の突撃を横にかわす。町田の体が風也の目の前を横切る際、彼女が思い切り横に広げた左手の指先が風也の胸の当たりの服をかすめた。
ポニーテールの長い後ろ髪を激しく舞わせながら、町田がコンクリートタイルの上を前転しながら着地した。
「そんなに恥ずかしがらないで。風也くぅん」
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(7) ( No.223 )
- 日時: 2014/12/21 11:13
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)
——くそっ!アイツ、また体のキレがよくなってやがる。
「亜弓!絶対そこから動くな!」
前に踏み出そうとする亜弓を睨みつけて制する。風也が南に向かって疾走した。
いつになったら二人でゆっくりとイルミネーション見れるのだろう。
片側だけのイルミネーションを横目に、想いが過ぎる。そして瞬く間に小さくなっていく恋人と、一向に小さくならない町田を確認し、更に強く地面を蹴った。
直後黄色い悲鳴が後ろから風也を追い抜いた。恋人の声を聞き間違えるはずもないが、もう片方の人間が本当の意味での悲鳴を出すはずもなく——悲鳴のような歓声は腐るほど聞いているが——、やむを得ず速度を落として後ろを振り向いた。そのまま男の前進が止まった。何があった?
町田が全速力でのまま、何も無いところでバランスを崩し、土石流の岩石の如くバウンドし、転がり、新調したコートやスカートに砂を巻き込みながら風也の足下で止まった。最初は演技かと思ったが、どうやら本当に痛がっている。俯せになり、髪の毛で顔を覆い隠し、呻いてはいるが身動きがとれる状態ではなさそうだった。
「お、おい、大丈夫か」
無言のまま髪の毛の塊がゆさりと揺れる。本人は頷いたつもりだった。そして、何かを呟いた。風也が少し身を乗り出して聞き返す。
「目が、見えない・・・・・・」
「なに?」
「何も・・・・・・見えないの」
「突然なに言ってんだ。嘘だろ?」
今度は髪の毛の塊が横に揺れた。
少しの沈黙のあと、鼻をすする音がする。
「おい・・・大丈夫か?」
「・・・・・・」
あの不屈の少女が、泣いていた。
2014年12月24日 23時44分 丸の内イルミネーション 東京駅正面——
——あの人起きてこないよ、恵怜。ちょっとやり過ぎちゃったかな。
——優し過ぎよ、みぃちゃん。あの子にはちょっときついお灸を据えてやらないと、いつまでも同じ事の繰り返しになるだけよ。
以心伝心よりもよりはっきりとした意思疎通ができる声なき会話、遥声が交わされる。
風也たちが立ち止まっているポイントから約100m南。東京駅丸の内北口から延びる通りが水希の目と鼻の先で交差する。
親友と彼女の彼氏の様子が明らかにおかしいのが心配になり、恵怜が指揮官に状況を報告し、急遽二人を追跡することになった。更に町田が来ていることを知った恵怜と水希が、指揮官の許可をもらったうえで、ターゲットの町田に能力攻撃を仕掛けたのである。
水希は通りの真ん中で東京駅の駅舎を眺めるふりをして町田を照準に収めつつ、亜弓たちに顔の割れている恵怜は、もう少し風也たちから離れたビルの陰からスポッターを担っていた。今の水希なら、五感を無効化することができるが、それはさすがに生命の危機に陥らせる可能性が極めて高いので、今は視覚だけを無効化している。
——みぃちゃん、僕が終了の合図を出すまで能力を続けて。恵怜はいつでも飛び出せるようにね。
——了解です。
——オッケー。
指揮官ウィルは水希が一人だと思われない程度に少し離れたところで、周囲の状況把握に努めていた。すっかり意識がミッションモードに切り替わってしまった3人が他のカップルやグループのように1カ所に群れることははなかった。
万が一、まずないと思うが、水希の能力だけで事態が収拾できない場合は、恵怜を動かすことになっていた。顔が割れているとはいえ、仲通りを偶然通りかかったことにすれば言い訳は立つし、彼女の能力は極端に力を発揮しなければ、目撃者の記憶違いや見間違いで言い逃れができる。ウィルの能力は、それが難しい。少年の能力の目撃者は基本的に抹殺。今回は指揮に徹することになりそうだった。
指揮官が碧眼を眇め、風也たちの監視を続けた。
2014年12月24日 23時44分 丸の内イルミネーション 東京駅正面から2ブロック北——
彼氏を奪おうとする傍若無人な同級生が遠くで派手に転んだのを目撃すると、根っからのお人よしはいてもたってもいられず、風也たちのいる方に駆け寄ってきた。
「亜弓、戻れ!」
「でも」亜弓が風也に懇願の表情を向ける。大人しそうな顔をして、中身は不良集団のトップすら突き動かす芯がある。風也がしばらく亜弓を睨み付けた後、少しだけ離れろと彼女に目配せをする。亜弓が黙って従う。
気を取り直して風也が、町田の腕の射程に入らない程度に距離を置き、左側にしゃがみこむ。救急車を呼ぶから、と風也がスマートホンをとろうと目線を落としたとき、町田の左手の当たりに煌めくものがあった。
薬指にダイヤの……指輪?
風也の背中に悪寒が走る。全身の関節が軋みながら硬直していく。
「左手の……なんですか……それ」
亜弓の声が向こうからした。てっきり、町田の左手の事を言っているのだと思った。そう思いたかった。
だが、友賀亜弓は、町田の右側に立っている。亜弓から見える左手は……。
風也の体の異変は関節に収まらず、呼吸すら困難にした。恐怖で震えることすら許されない少年が、左右の眼球をぐるりと左下に回す。鷲の足のごとき形に左手が固まっている。人差指、異常なし。中指、異常なし。
薬指……。思わず瞳のピントをぼかした。更に瞼を下ろす。サルヴェ・レジーナ——。
ゆっくりと、瞼を開く。
見覚えのない、プラチナの指輪が、数分のサイズの狂いもなく、綺麗に収まっていた。
「風也くぅん、私の目が見えなくなっても、私たち別れたりしないよね?」
町田にとって目が見えないことなど、彼との永遠の愛を一層鮮やかに飾るアクセサリでしかなかった。町田が顔の周りを髪の毛で覆ったまま、ゆっくりと立ち上がる。亜弓が声を失い、しりもちをついた。
風也が思わずスマホを落とし、立ち上がれぬまま後ずさりした。それでも少年は果敢に応えた。
「もともと付き合ってねぇし!」自身の怒声で辛うじて奮起し、足をもつれさせながらも立ち上がり、とにかく亜弓から化け物を離すべく、三度南に走り始めた。
「ああ、待ってよぉ。風也くぅん!」
24日24時0分までは恋の追いかけっこは続くのだ。絶対に置いてかれるものか。町田が力強く右足を踏みしめた瞬間——。
「いい加減にしなさいよ!」
後ろから声が聞こえるなり、左右の二の腕を掴まれ、肩甲骨まで捻りあげられた。
「イッタァい!」
「え?恵怜?!」
既にしりもちついてしまい、驚愕を顕す術を失った亜弓は、ただ友の名を呼ぶばかりであった。
「ここはもう大丈夫!行って、紫苑君のところに!」
ミニスカートを揺らめかせ、お決まりの勝気な笑みを親友に向ける。
亜弓が両目を涙いっぱいにし、声を詰まらせながら何度も頷き、南へと走って行った——。
2014年12月24日 23時46分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点付近——
大通りとの交差点の前で、二人はイルミネーションは眺めていた。向かい側には、丸の内ブリックスクエアのガラス張りのビルと、美術館や小さなビルがいくつか並んでいて、建物の列の向こうから、人々の声が聞こえてきていた。向こうには美術館の中庭があり、あの盛り上がりようだと、アルコールの出るレストランか何かがまだやっているようだった。
光曳たちは、先行していた3人組の中高生らが急にバラバラに動き出し、来た道を戻って行ってしまったあと、取り残されていた。とりあえず拍手と歓声のした方に行ってみたのだが、あの3人組にペースを合わせていたせいで、目的の場所についたころには大きな白い袋が一つ、道端に放置されているだけだった。
美術館が何かクリスマスにちなんだアクセサリでも配っていたのだろうか。今となっては勝手に想像する他なくなってしまった出来事に思いを馳せている巨漢の周りでは、メクチが電飾の施された街路樹を見上げながら、おおいにはしゃいでいた。レースの黒手袋をはめた小さな両手には、光曳が持って来ていた大型のレンズ一体型カメラを抱えていた。写真の撮り方を教えると——といっても、ズームダイヤルとシャッターボタン、画像の確認ボタンの使い方を教えただけなのだが——、最初は光曳に言われるがままに、そしてカメラで風景が残せるということを理解し始めると、勝手動き回っていたるところを撮り始めた。
時々、この子の年齢は見た目と、生きてきた時間のどっちで考えたらいいのか、わからなくなる時がある。
「光曳さん、二人と夜景を写せませんか?」
ひとつ向こうの街路樹の下にいたメクチが声をかけてきた。「ああ、三脚って道具を使えばいいよ」
光曳が背中に抱えていた三脚のソフトケースをおろし、畳まれている三脚を取り出して組み立てはじめた。
「光曳さん、ビルの間から広場が見えますわ。騒ぎ声のもとはここでしたのね」
メクチが最初に連れに話したことをそっちのけにして、手招きしている。光曳が三脚を抱えて行くと、建物の間が、人が3人ほど通れる程度に空いていて、その向こうにはトランプの兵隊を模した装飾が一面に飾られた、人の高さほどのクリスマスツリーが半分だけ姿を見せていた。
時々ほろ酔いの客が、間を横切るのも見えたりして、とても賑やかそうだった。何か買うつもりはなかったが、中庭の向こうが垣間見える巧みな仕掛けに、二人が見事に引っかかってしまい、中庭に誘われるがままに入っていった。
(2014/12/19 追記)
そろそろ尻に火がついてきました。。。。
こんなに長引くとは思ってなかった。。。
ぁぁ、誰か助けておくれ。。。。
〜2014/12/20 追記〜
2度目の忘年会の二日酔いに苦しみつつ。。。追加。
先の見え過ぎな展開でスンマセン。。。。(涙)
もうすぐエンディングです!
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編(8) ( No.224 )
- 日時: 2015/06/08 02:50
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: EMf5cCo0)
- プロフ: https://www.youtube.com/watch?v=MptnOJsIlyE
1分後、例の大通りの交差点の手前に設定してあるベンチに、困憊しきった風也と亜弓がへたり込んでいた。亜弓がついてきた理由は、走っているときに聞いた。風也が真黒は天空を仰いだ。際限なく気温が下がり続けているような錯覚を覚えた。
偶然なのかのもしれないが、荒木恵怜がそこにいた疑問が一つ残ったとしても、あいつには大きな借りが出来てしまった。どうやって返すか。
「綺麗ですね……ルミネーション」
彼女をおいて沈潜してしまっていた風也の左脇では、亜弓が顔の周りを真っ白に曇らせて上を見上げていた。「恵怜、どうしてるのかな」
電飾の光を浴びて輝いていた笑みが、途端に消えた。
「そうだな……」
確かに、町田からは解放され、当初の目的通り、イルミネーションをゆっくり楽しめる状況にはなったが、会話は途絶え、心あらずな面持ちで、正面の真っ暗な中層ビルを眺めてばかりだった。
「あれ?」
亜弓が、耳を澄ませる。クリスマスキャロルだ。確かこれは"Oh, Holy Night"だ。混声のア・カペラ。なんて透明感のある響きなんだろう。頬の力がほのかに緩んだ。
「あっちから聞こえるな」風也が美術館の中庭の入り口になっている、ビルの隙間を目配せで示した。
「恵怜にも聞かせられたらなぁ」
なんとなく亜弓の口から、言葉が漏れた。風也の眉間に、深く皺が刻まれているのに気付くと、亜弓が思わず目を伏せた。風也も亜弓の素振りで初めて自分の表情に気付き、目を反らした。
気まずい沈黙が続いた……。淡々とアカペラが、冷え切った空間で響いていた。
「……一緒に聴きたいよな、この歌」
沈黙を破った風也の言葉に、亜弓が彼に顔を向ける。そしてゆっくりと頷いた。
しばし俯いていた風也が、不意に不敵な笑みを亜弓に向け、右腕を掴む。「行くぜ!悪ぃがまた走ってもらうぜ」
亜弓が少し目を丸くして応える。
「風也が慌てるなんて珍しいですね。大丈夫ですよ、スマホでちゃちゃっと呼び出すのです」
完全に虚を突かれた風也が赤面し、顔を空を仰ぐ。隣で亜弓がスマホを2タップして、相手が出るのを待った。
「……」
「……」
数秒後、淡々とした調子で、電波の届かないところでという旨のメッセージが返ってきた。
「うぅ、つながりません。たぶん、恵怜の電話電池切れしてます」
待ってましたとばかりに、風也が泣き顔の亜弓の右手首を再度掴み引き寄せる。危うく落としかけたスマホを、風也が空中でキャッチし、亜弓に手渡した。「じゃぁ、行くか」
「え?!でも間に合い——」
「間に合わせるんだよ!」
亜弓の驚きの声もやまぬうちに、風也が全力のスタートダッシュを決めた。一足早く、イヴの夜空低く、友賀亜弓に姿も大きさもそっくりの凧が向かい風にあおられて舞っていた。
ガラス張りのブリックスクエアの中にある時計が、午後23時53分を指していた——。
2014年12月24日 23時52分 丸の内イルミネーション 東京駅正面から2ブロック北————
台風一過の静寂に心を委ね、通りのベンチに腰掛けて光廊の向こうの闇をじっと見続けていた。常に威勢良く振る舞っているせいか、親友を慮る本人の気持ちに反して、黒目の大きな彼女の瞳はいつもと変わらず爛々と輝いていた。
「亜弓、ちゃんと紫苑君に逢えたかな」
恵怜が誰に話しかけるでもなく、ふと言葉を漏らしていた。隣では権謀術数の限りを尽くそうとしているのか、町田が不気味に黙りこくって虚空の一点を凝視している。やぱりこの子を連れて歩くのは危険すぎるわ。
——寒いなぁ。
恵怜がほう、と大きく息を吐き、小さな綿雲を目の前につくると、空を見上げた。片側だけのイルミネーション、星空の見えない大空。イルミネーションは12月だけは点灯時間が延長されるが、それも24時まで。残り8分を切った。ウィルと水希も、危険分子の見張りのため、あまり遠くまで行けない。
——ごめんね。こんなことになっちゃって、来年はしっかりイブ愉しもうね!
少し離れた場所に立っていた二人が、不意に飛んできた遥声に、とんでもない、と手を振り、首を振る。
——それよりも、さっき恵怜のスマホ鳴ってたみたいだけど?
ツインテールの後輩の指摘で初めて気づいた恵怜が、ショルダーバッグを引っ掻き回すと、光を失った6インチのディスプレイがかばんの底に埋もれていた。
恵怜が苦笑いで返事に応え、もう一度肩を落したとき、何度となく聞かされてきた情けない悲鳴がイルミネーションの列の向こうから聞こえてくる。その後に、3人を呼ぶ力強い青年の声。
想定外の事態に、麗牙の3人が声も出せずに立ち尽くしていた。一人町田だけは、金切り声を出し、大はしゃぎをしている。
「ど、どうして?どうしたのよ亜弓ぃ!」眉を吊り上げて亜弓に詰め寄ろうとする恵怜を風也が遮った。
「ちょいまち。クリスマスキャロル、聴こうぜ」不良集団のトップの口から、全くらしくない単語が飛び出してきて恵怜が思わず噴き出した。先ほどまでのいろんな感情が全部笑いに変わってしまった。
「聴くのです!みんなで!……あれ?この人達は、恵怜のお知り合いですか?」
亜弓の何気ない一言で一気に笑いが止まった恵怜が、必死に取り繕う。風也どこか腑に落ちない顔をしているが、亜弓はキャロルを聴く仲間が増えて、手を叩いて歓喜していた。
改めて全員がお互いの顔を見回すと、全員の表情に光が戻っていた。風也も、今日だけは素性の知れない人間と行動を共にする気持ちを決めたようだった。町田の顔は輝き過ぎて風也が手で目を覆っていた。
「時間がねぇ、突っ走れ!」
先頭を風也、そして往路と同じく右腕を掴まれた亜弓が後に続き、そのすぐ後ろを驚異的な脚力で町田が追いかける。そして、眼前のストーカー少女の潜在能力にすっかり舌を巻いた恵怜が跳躍の様な走りを見せ、最後にウィル・ロイファーが水希と手をつなぎ、非常に小刻みに瞬間移動を繰り返して、疾走する一団に続く。
進路上のカップル達を脇に飛び退かせ、驚愕と憤懣の視線を背後に浴びつつ、6人の学生達が、111万球の光点の廊を走り抜けていった。
東京駅正面を通り過ぎた時、駅舎中央の時計が23時55分を指していた——。
2014年12月24日 23時54分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点付近——
サンタ姿のABとCDが東京国際フォーラムの北側の通りを西に行き、丸の内イルミネーションと交差する、信号のある交差点に辿りつくところだった。
ABの面貌は常にバラクラバで隠されており、表情を読み取ることはできないが、口が露出するタイプであったので、極めて鋭角にへの字に曲がった唇を見れば、子供でもこの凶暴なサンタが、噴火寸前まで憤懣を溜めこんでいることが一目でわかるに違いなかった。
「っキショウ!アンだけ危険な思いして探したのによぉ!」
巌の様な左右の拳を胸の前で突き合わせ、界隈に鈍い音を響かせた。左脇を歩いていた痩身のサンタクロースが、相棒の顔を見上げてなだめる。
「ますます目立っちゃうよ。もう少し落ち着きなよ」
「こんなわりのいい依頼、滅多にねえってのに、落ち着いてられっかヴォケ!」
二人が、会話に気をられ、無意識に交差点を右に曲がる。すると、ABが急に足を止め、喋るのを止め、相棒の顔の前に左手を広げて黙らせた。CDはその理由が分からぬまま、指示に従った。
長年、平和な環境に身を置くことが無かった巨漢の運び屋が、記憶のある中で初めて、静かな環境で聴くクリスマス・キャロルだった。名前くらいは知っている。"O, Holy Night"だ。女声がわずかに混じる変則的な編成のコーラスのようだった。人数もそんなに多くは無い。コーラスの居場所はすぐに分かった。
建物の隙間から人だかりの端が見える。その中に飛びぬけて背の高い、そして横幅をある人影にも気づいていたが、それが誰かなど考えもしなかった。
「おい、モヤシ」
CDが数えきれないほど使われ続けてきた己の蔑称に、眉間に皺を深々と刻み、斜め上を見上げる。そして思わず目を瞬かせた。ABが柄でもなく微笑みを浮かべていた。ニヤけていたのではない。人並みに微笑みを浮かべていたのである。これが聖歌の魔力だとは思わなかった。ついに世界の終りが来たのだと、CDが胸の前に不可視の十字を組んでいた。
「おい!ちょっと顔出してくぜィ」
デコボコのサンタクロースのコンビ、広場へと吸い込まれていった——。
広場の時計が示す時刻は23時55分。丁度、疾走する6人組が東京駅正面を通過したところだった——。
2014年12月24日 23時55分 三井一号美術館前パブリックスペース——
広場の前の通りにいたカップル達は殆ど、いや全てがこの狭い空間に集まってきたのではないか思えるほどの混み具合だった。だが混雑している様子はなく、皆、広場中央に小さく聳える、トランプの兵隊のデコレーションが施されたツリーのオブジェを囲むように、整然と弧を描いて並び、沈黙を守り、透き通るような無伴奏コーラスに耳を澄ませていた。
ここに居合わせている聴衆の約半数は、世界一有名な「アリス」が冒険した世界から着想を得たツリーをカメラに収めるために、わざわざこの狭い空間に来ていた。だが、広場に面するレストランのテーブルで盛り上がっていた一団が、様相を一変させたのだ。
彼らはクリスマスコンサートの帰りのアマチュア・アカペラ・アンサンブルだった。そして彼らがコンサートの打ち上げで大いに盛り上がり、酔っぱらい、その勢いで歌い始めたのである。
アルコールでのどが痺れ、ベストコンディションからはほど遠い状況であったが、余りに有名でまっすぐなコード進行のこのキャロルを歌うには、お釣りが返ってくるほどの理性と音感が彼らには残っていた。
光曳がそっと右下に視線を落とすと、メクチが左右の瞼を優しく閉じ、旋律に心を委ね、安らかな笑みを浮かべていた。
〜2014/12/21 追記〜
諸般の事情で、チェックあと回してあげてしまいます。。。誤字脱字だらけでスミマセン
時刻を修正しました。
(風也)「間に合わせるんだよ!」
↑我にはかなり痛い。。。。
急げ、風也!!
〜2014/12/21〜
スマホという文明の利器の存在をすっかり忘れてました。。。
まだ、ガラケーなので。。。(言い訳になってない)
(私事)『ico(上・下)』(宮部みゆき)の小説買った。。。。うぉぉぉ
〜2014/12/23〜
学生のグループを登場させると、全員で走らせるシーンを描きたくなるのは年のせいか。。。。。(溜息)
でも、町田が一緒に走らせられたのが、我ながら少々嬉しかったりする。。。
本当の嫌われキャラがいないのがECのいいとこだと思ってるので。。。。
ヤヴァイ、今日仕上げないと、明日書く暇が無い可能性が。。。。。
急げ、我。。。!
- AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編(9) ( No.225 )
- 日時: 2014/12/24 20:49
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: ..JV/GOK)
- プロフ: https://www.youtube.com/watch?v=pFjdfjrtf1Q
讃美歌を愉しむ魔物なんて——。光曳の心が針で刺されたように痛んだ。でも、今日だけは、せめて今、この歌が流れている間だけは・・・・・・。
本人が笑っているのに、取り巻きが悄げているなんて、可笑しいじゃないか。
光曳の意識が黒衣の少女の笑みで埋め尽くされていった。少女がメロディにあわせてほのかに髪を揺らすと、光曳の体も自然と左右に揺れていた。周りの聴衆も、それぞれの思いをそれぞれの方法で表現していた。
暫しの間、氷点を下回った気温を忘れ、広場が興奮と思慕の熱気に包まれていた。
キャロルの演奏が終わる少し前から気の早い拍手が鳴り始めたとき、巨躯のサンタの格好をした運び屋が、彼らの正体の目撃者である超肥満体の青年を見つけていた。青年もまた、背後に不穏な人の気配を感じて振り返り、運命の分岐点に立たされていることを意識せざる終えない状況に陥っていた。
束の間にらみ合っていた二人だったが、サンタはすぐには襲ってくるつもりではなさそうだった。最期の哀れみなのだろうか。だが、自分には何もすることがない。何もできない。右隣の少女はアンサンブルに気をとられていて、光曳の挙動の不穏さに気付いていなかった。
光曳は正面に直り、メクチと一緒に、全力で歓声と拍手をアンサンブルに送り続けていた。
己の素性を知られている恐れがあるのだから、相応の対処をするのは当たり前のことだ。だがABはそれを実行に移す気になれなかった。
人間は何かにつけて殺し合いをしたがる生き物だが、そんな彼らにも共通認識している休戦期間というものがある。世界規模ではオリンピックの開催中、中世ヨーロッパなら寒さの厳しくなる冬季、同の日本であれば足軽になる農民が集まらない稲刈りの時期などがそうだ。そして、未来の運び屋は初めて最後まで聴いたそれを、その一覧もう一つ、キャロルの演奏中という項目も追加していた。
ところが既にキャロルはもう終わり、賞賛の拍手ももうすぐ止むにもかかわらず、ABは動き出す気配を見せなかった。
まだある。まだ、何かある気がするのだ。
「もう、演奏・・・・・・終わってしまいましたか?」 か細い声と同時に、広場の時計の長針が低い音を立てて、「56」を指した。
通路をすり抜け、高校生くらいの少女が広場の入り口に立ち尽くしていた。その後間髪入れず、目つきの悪い少年、そして頸根を掴まれて喘ぐ少女、頸根を掴む背の低い少女、そしてゲルマン系の少年、ここまでは先頭の少女と同じ年齢のようで、最後にツインテールの小学生らしき女の子が連なってきた。
最後の少女が、子供の夢を木端微塵にしそうな風体のサンタクロースに唖然としていた。
拍手を止めた聴衆のあちこちからため息が聞こえてくる。
アンサンブルの一団がばつの悪そうにお互いの顔を見合わせ、一言二言言葉を交わすと、更に困惑の気色が強くなった。
「アンコール・・・・・・お願い、できますか?」
亜弓が、消え入りそうな声で言った。程なく、騒然とした空気の中に霧散してしまった。
「アンコールだ!」
「アンコール!」
風也が叫ぶと、すかさず町田が続いた。ようやく気付いたアンサンブルが6人組を一瞥し、再び仲間内で顔を突き合わせ、談義を始めた。
「おぅ、俺からもアンコールたのむぜぇ!」
ABの地響きのようなコールが周囲を圧倒した。
アンコールを期待していなかった他の聴衆も、予想外の展開に、口々にコールを始め、最後には一つのコールとなり、空気を震わせた。
アンサンブルが動き出したのは、コールが揃いはじめてからすぐだった。時刻は23時57分。
リーダと思しき男性が左手で聴衆を制し、やや沈黙をおいてじらした後、オーバーなアクションで右手で丸をつくると、広場から雄叫びと歓声と拍手で埋まった。
風也が真上に息を噴き上げて前髪を揺らした。
町田を含めた女子の4人はさっきまで牽制しあっていたのもお構いなしに、お互いの手を取り合って、跳ねて歓喜した。
5人組のポジションが一部入れ替わり、やや弧を描くようにして整列しなおす。それを見て歓声が一気に止んだ。
中心の男が歌い出しの音をハミングで発声すると、僅かの時間差をおいて残りの4人がハミングで和音を合わせる。
広場の空気が一気に緊張で張り詰める。あまりの緊張感に、胸の前で手を組んだり、音を立てて息を吸い込んだりと、場の空気がやや乱れた後、すぐに元の静寂に戻った。
列の真ん中の男性メンバーが、右手を前にだすと、メンバー全員が少し前かがみになった。
今度は本番だ。
男の右手に、メンバー、聴衆全員の視線が隙間なく突き刺さる。
右手が軽く振り上げられ、 囁き声でリズムをとる。「one…two…one,two,three」
——The fireplace is burning bright, shining along me...
最初のワンフレーズが、非の打ち所のないハーモニーで決まった。早速拍手と指笛が鳴り響く。
曲目はPentatonix(ペンタトニックス)『That's Christmas to me』
1コーラス目は全員でのコーラスで華やかに奏でられていく。
殆どの聴衆がイルミネーションに包まれた空間で瞼を下ろし、神がかったコーラスに耳を澄ませた。
2コーラス目。
バスのソロで始まった。他のパートは伴奏にまわり、先ほどまでとは一変して落ち着いた雰囲気が広がる。凛とした冷気も手伝い、聴衆の感覚が一層鋭敏になっていく。
そして5人がハミングで奏でる間奏に入った。
肩まで夢心地に浸っている水希が、ぼんやりと左右の瞼を持ち上げた。全体がぼやけた水希の視界を何かが上から下に横切った。
はっと目を醒ました水希が上を見上げる。そして双眸を星空の如く輝かせ、思わず叫んだ。
「あ、雪だ!」
亜弓や恵怜達がそれを聞いて上を周りを見回し、ちらほらと舞い降りる雪の結晶に小さく歓声を上げた。そして次の瞬間——。
広場が闇に呑まれた。
24時を回ったのだ。仲通りのイルミネーションの消灯に合わせ、広場のイルミネーションも消され、付近の灯りは、広場に面する店仕舞い後のレストランの薄暗い明かりだけだった。
アンサンブルの5人組は演奏家の意地で、何事もなかったかのように演奏し続けたが、視覚が闇に慣れて鮮明に映し出された夜景の変容には心を動かされずにはいられなかった。
無数の輝点が一面に散りばめられた漆黒の天空。
地上10数メートルまで降りてきた雪の粒は優雅に舞い降り、上空で煌めく結晶は、その場に止まり続けているかのように振る舞い、1等星のような輝きを見せていた。
完璧なハーモニーで演奏を終えると、拍手も程々に、広場を埋めていた聴衆が、アンサンブルの5人までもが、仲通りに繰り出した。
光曳が一層広がった空を見上げ、天に向かって腕を広げた。
風也と亜弓が肩を寄せ合い、静かに空を仰いだ。
ウィルと水希が手をつなぎ、ぐるりを見回した。
恵怜と町田が手を取り合い、子供のようにはしゃいでいた。
CDがくしゃみをした。
怪物サンタが拳を振り上げ、叫んだ。「よっしゃぁ!てめえら、縁もたけなわなところで、一発いくぜェ!」
そこら中から、地割れのような歓声と拍手、待ってましたと囃す声が上がる。
「おぉし!お手を拝借!関東一本じ……!」
「違うだろ、オッサン!」
突っ込みを入れた痩せのサンタに、巨漢のサンタが3倍返しで突込みを返し、笑いの熱気で通り一帯が曇った。
「気を取り直していくぜィ!」
ABが掛け声をあげる。
それに続き、全員が同じ言葉を——何世紀にも亘り、あらゆる場所で、あらゆる方法で、何億回も言われ続けてきた——、未だに輝きを失わないあの言葉を、天に向かって叫んだ。
「メリー!クリスマス!!」
余韻が空気を震わせる中、黒衣の少女がが最後に呟いた。
——to you….
(クリスマス短編『クリスマス・プレゼント』完)
〜コメント〜
どうにか終わらせました。。。。
アンサンブルが最後に歌った"That's Christmas to me"がどんな曲なのか知りたい方は、速攻リンクをクリック!!(前にも紹介しましたけどね。。。)
ラストを水希にするかメクチにするか、それとも"to you"削除するかでものすごく悩みましたが、結局こうなりました。。。。。
それでは、
Merry! Christmas!!