二次創作小説(紙ほか)

AsStory 『ひかり、在れ』〜クリスマス短編更新中(4) ( No.220 )
日時: 2014/12/20 07:35
名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: WkkVAnf4)
プロフ: https://onedrive.live.com/?cid=E58D6A0AAEE260B3&id=E58D6A0AAEE260B3%214510&v=3

「あ、え・・・・・・と、風・・・・・・也?」

 不審者が立ち去った後に残された不審な白い袋の傍らにしゃがみ込み、袋の中の風也にあゆみと呼ばれた少女が、瞼を全開にしてしげしげと眺めている。

「早く袋を開けねえと・・・・・・コロス」

「え、許してくださいぃ、風也ぁ」

 泣き顔になりながら、友賀亜弓が4時間30分も待たされたことも空の果てに吹き飛び、死に物狂いで、袋の紐を解いて、口を広げようとする。
 だんだんと、周りから集まってきて、亜弓に声をかけてくる。亜弓が、友人のどの過ぎた悪ふざけと言うことで、その場をうまく切り抜けていた。

 袋の中にたまっていた熱気が、パンドラの箱から飛び出した災いののように一気に散った。亜弓が屈んだまま指先を地面について、顔を傾げて中をのぞき込んだ。残されたひとかけらの希望が、窮屈そうに手足を折り畳み、いつも通りのむすっとした顔を確認すると、安堵の息をつき、頬を赤らめ小声で声をかけた。

「メリィ・・・クリスマァス」
「コロス・・・・・・」
 亜弓が取り乱して尻餅をついた。頭をくらくら揺らし、とにかく何か言わなければと、泣きながら返す。「え、え、どうして、どうしてですかぁ」

 風也の双眸が刃の切っ先の煌めきを宿した。

「袋から出るの手伝えって・・・」

 情けない格好のまま、風也がため息をついた——。



2014年12月24日 23時20分 丸の内イルミネーション 大通りの交差点付近——

 遠巻きなのではっきりと確認はできなかったが、サンタの人影が建物の脇に消えていったように見えた。

「行ったのかな」

 通りに三々五々としている人々らが、夜景に目もくれず話し込んでいるのは、その話題なのだろうか。もしそうであったとしても、それ以上騒ぎが大きくなることが無いところからして、やはり、イヴの台風は去ったのだろうか。

「ものすごく<ヤヴァイ>状況は無くなったのでしょうか?」

 すぐ後ろから、楽しそうな声で話しかけてくる。確かに、一つ目の危機的状況は回避できたかもしれない。だが、もうひとつの危険な状況は、全く回避のめどが立っていない。
 そもそも公共の場で、しかも日本では実質クリスマスイベントのクライマックスであるイヴの夜に、筋金入りのヲタが女の子と二人きりでいることが既に「ヤヴァイ」で済まされる一線を越えてしまっている。この状況を回避するなんて、完膚無きまでに叩きのめされて終わった戦を、引き分けになるまでやり直すようなものだ。言うまでもなく相手は手加減することを知らない。敗者がぼろぼろになっている事にさえ気付いていない。

 今の光曳とストライヴァンの間隔が、男の鋼鉄の意志が己が身の衝動を抑止できる限界点であった。1mmでも少女の顔やドレスが男に近づこうものなら、間違いなく2014年度版赤ずきんの再現になってしまう。
 クリスマス・イヴの夜に、二人でビルの影に隠れて、息を潜めている。空間と時間を共有していることを否が応でも意識させられてしまうこの瞬間が、この上なく胸を高鳴らせるのだが、同時に不安も際限なく膨らんでいってしまう。

「メクチ」「はい」

「・・・・・・」

 つい声の余韻に浸ってしまって、自分の声で台無しにしてしまうのが嫌になる。

「光曳さん?」

 光曳が唇を噛みしめ、左右の瞼を、眼球が押し込まれそうになるほどに強く閉じる。そして決意の鼻息の噴射と共に全開にした。後ろは絶対に振り向かない。

「メクチ」

「はい」今度は可笑しそうに笑っているみたいだ。

「・・・・・・まだ・・・」

「・・・はい」

「<ヤヴァイ>状況はまだ続いてるから、もう一歩、後ろに下がった方がいいかも」

「そうなのですか。わかりました」

 言ってしまった。メクチとの距離が一歩離れる。ため息と共に魂が一緒に抜けていった。

「でも、少し様子を見させてもらえませんか?」
 不吉な天使の矢が光曳の心臓を背中から貫く。

「いいでしょう?レディのお願いを聞いてもらえないのですか。まだ光のデコレーションも殆ど見られておりませんわ」

 光曳の返事の冒頭が口から飛び出すよりも速く、男の右脇に茜色の艶やかなスクリーンが現れていた。<ヤヴァイ>状況の現場を見ようと、右を向くと、少女の長い髪が音もなく、光沢が完璧な弧を描きながら、さらさらと小さな背中を流れていく。少女と隔てられているのに、不意に丸い鼻先を撫でられたような感覚に襲われた。

——息を呑んだ。

 絢爛豪華なイルミネーションと言えど、単なる電飾。聖夜と言えど、それは神でもない、33歳で死んだ一介の人間の誕生日に過ぎない。そんな

——人為にまみれた、些末な奇蹟に、

——人々が心酔しているのに、

 何もかもが枯れ木のように見えた。しまいには全部真っ黒に見えた。

——900年もの歳月を凌駕した、

——魅惑に……

——己が心が屈して、

——何が悪い!


 20cmたらずの空間を隔てて、まみえる漆黒のドレスと帽子が、暗闇でくっきりと見える。茜色の髪が、己が心を紅蓮に燃え上がらせる。音を立てて殻を砕く感情が、心臓から迸り、抑えきれない一部の塊が目尻に押し寄せる。

 形を失い、揺らめく紅い影を見つめたまま、魔力に導かれるように、光曳の右手が前に伸びていった。


「この時間帯に来るのって、結構当たりかもね」

 歯切れのいい女の子の声が至近距離で聞こえて、光曳の手が止まった。ドレスの襟のレースが揺らめくその先に、右手の人差し指の先端が触れる寸前で小刻みに震えている。二粒の氷の汗が、熱い頬を舐めながら垂れていく。我に返った男の右手が、風切音を立てて引っ込んでいった。
 
——触れたら、きっと自分が自分でなくなる。ダメだ。絶対にダメだ。

「メクチぃ、気は済んだ?もう少し下がっててよ」

 少女は何が危ないのか、しきりに左右に首を傾げながらも、言われるがままにすごすごと後ろに下がっていった。
 男の人生最大の窮地を救った声の主に、光曳が声無き感謝の言葉を投げかけていた——。



「感激です!ゆっくり風景が楽しめて、とても綺麗ですね」

 まだ小学生風な背丈のツインテールの少女が、脇でエスコートする少年の顔に感激の目線をぶつけた。

「はは、みぃちゃんそんなにじろじろ見られると、ちょっと・・・・・・」

 少女に一瞬目線だけ向けると、火照った顔を伏せ、セミロングの銀髪で覆った。

「あとは、明日が平日じゃなきゃいいんだけどねぇ。ってなんでわたしが一歩後ろなのよ!」

 右手を肩の高さまで持ち上げ、物知り顔で語っていた高校生くらいの年端の少女が、打って変わって口をとがらせた。図らずも、光曳の暴走を間一髪のところで止めた声の主である。

「ぐ、偶然だよ、恵玲。ほら駅のコンコース狭かったから、自然とそうなっちゃったんだよ」

 麗牙光陰の3人も、今日は「仕事」を休み、クリスマス気分に浸ろうとイベントスポットに繰り出していた。恵玲は、亜弓がクリスマス・イヴに予定が入っていることは知っていたが、場所も時間も知らなかったので、麗牙のリーダーのウィル・ロイファーが突然、深夜の街を見に行こうと言い出したのは、心底感心していた。ふつう、デートするなら、待ち合わせはせいぜい21時くらいまでだろう。まさか、亜弓達が深夜に、しかも自分らと同じ場所にいるなんて、予想だにしてなかった。


 巨漢のヲタクが、想像を絶する重力をかけられ、コンクリートのタイル地にスニーカーをめり込ませながら前進したあの道程みちのりは、裏組織にいる身とは言え、根は光曳よりは格段に普通な3人の少年少女にとって、とりわけ女子の二人には、聖夜を華やかに彩る仕掛けでいっぱいの空間だった。

 フェンディ、プラダ、その他やたらと長い名前の(英語ではない)ヨーロッパ系の言語の看板を掲げる高級ブティック。イルミネーションには目もくれず、明らかに日本人の体型とはかけ離れた頭身、長足のマネキンが並ぶ店頭のディスプレイに釘付けになっている。

 置いてきぼりをくったウィルは、からかう気持ちでそれを眺めていた。地区全体が高級ブランドになっているこの場所では、ブランドのもつ魔力を、さらに高めるようなオーラのようのものが漂っているのだろうか。二人を見ていると、あながち間違いでは無いようにも思えてくる。これがもし、深く考えもせずに19時集合にしていたら、神と崇める科学者に途轍もない金額の請求書を持っていく羽目になっていたに違いない。裏組織の中でも最も凶悪かつ狡猾な部類に入るECは、常に暴利を貪っているため、ブランドの服を何着買おうとも痛くもかゆくもないのだが、トップの心証を悪くするようなことは絶対にしたくなかった。
 女子二人があの調子なので、少年もイルミネーションから視線を外し、何か興味を引くものがないか、ざっと見回してみたが、目につくのは、小さなモーターショーが開けそうなほどに、海外の高級車がならんだ路上駐車の列くらいだった。

 前後が異様に長い、アメ車のリムジンが一際存在感を放っているが、その向こうにクラシカルなデザインのロールスロイス・ファントムⅥが止まっているのに気付くと、つい笑みをこぼした。
 まだ年端もいかない頃から既に日本に住んでいた少年が、世界の自動車の絵本で祖国イギリスの自動車として載せられていた車だった。実用性重視でずんどうな形の車しか知らなかった少年にとって、ひたすら優美さを求めて複雑な曲線が取り込まれたデザインと、乗り手を導くようにスピリット・オブ・エクスタシーがフロントで優雅に舞う英国のリムジンは、幼心にも高貴、優美の代名詞として刻まれていたのである。

「なぁにニヤけてんのよ、ウィー君!向こうにいい人見つけちゃったのかしら?」

 有能な暗殺者であるはずのゲルマンの少年に、後頭部を強打されたような衝撃がはしった。
 寄り道ばかりしていて遅れていた女子の二人組にいつの間にか追い越されていた。演技派の恵怜の険悪な表情は、8:2で冗談が勝っているとみて問題なさそうだが、更に離れたところで、閉店後の証券会社の店先で、文字の消えた株価ボードとにらめっこをして頑なに少年の方を向こうとしないツインテールの中学1年生は、本気で何かを誤解していた。

 調子にのった恵怜が肩をすくめ、冷やかしの微笑みを浮かべて頭を振っている。

「誤解だよ、みぃちゃん!」