二次創作小説(紙ほか)
- As Story〜8話(2) 八回目(終わらん)、衝突〜 ( No.60 )
- 日時: 2012/01/04 08:10
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
日頃鍛えたことのない、鎖骨から耳元にかけて伸びる二本の筋肉が鶏の足のような筋となってみすぼらしく浮かび上がっている。
ドブネズミ色のジャケットの背中には、細い腕の先に生えている魔手が拳を固めて当てられていた。拳の裏には、ジャケットの生地より更に穢れた色をした円形のしみが広がり。そこから同じ色の一筋の線が下に伸び、やがて複数の筋へと広がっていくはずだった。
自分の右腕の先の光景を流れ星に願いを五回聞き入れさせるくらい繰り返し確認した。一回目に確認したときと十五回確認した0.7秒後では状況は大きく変わっていなかった。刃渡り10数センチのダガーはその身を肉付きの悪い男の背中に埋める代わりに、玄武岩のような色の男の右手に全身を握られていた。五本の指は行儀よくそろって右手の先に引っ付いている。ダガーとペーパーナイフの区別もつかない程麗牙の指揮官は平和ボケした暮らしをしてきたつもりはなかった。
悪運に助けられたのか或いは用意周到に張り巡らされた鬼蜘蛛の巣のごとき罠に誘い込むことができたのか、いずれにしても持ち主に負けず劣らず粋がった煌めきを放つ両刃のやいばは布を剥がされたミイラのように酸素に蝕まれた赤茶色の金属塊に変質していた。
壁の向こうで起きた不自然なタイミングでの移動音の中断。僅かな不注意が生命の存続を脅かす環境で蠢く暗殺者や特殊部隊という種族の人間は、身の危険が迫る予兆が限りなくシロに近いものであっても過剰ともいえる防御行動を取るように訓練されているか生来の癖になっていることが常であった。全世界の冷酷無比な闇組織を震撼させる彼の組織の隊員たちも例外ではなく、臆病と紙一重の件の反射が体躯に刻み込まれていた。聞いたことの無い音の変化のために、目線だけが向けられていた分厚い壁の向こうへ二人が注意の大半を向けたのはほぼ同時だった。そしてその瞬間、標的に近づき過ぎていた小賢しい青年、若しくは生気が失われ極端にシニカルな中年の男が、お互いの標的の注意が自分と同じようにわきに逸れていくのを感じ取ったのも同時だった。
男共が二人長年付き合っている恋人のようにぴったりと息をそろえて同時にそして情熱的に動く様は、木の葉が根こそぎ振り落とされ、軽やかなさえずりをする小鳥たちは去り、虚ろなな青に塗られた天が広がるこの季節においてあまりに熱く、目立ち過ぎた。日本には八百万の神といって何時でも何処にでも神がいるが、ひたすら出る杭をへこますためだけのお節介な神もいるらしく、即座に痩身の男の記憶から宙を舞う女の姿が引きずり出されその瞼の裏に映し出された。麗牙の指揮官の膨大な記憶のデータベースには読込むべき人物の姿が見当たらず、ピントの合わない人型のシルエットが表れただけだった。機先を制した右手が空気を切り裂き再び繊細な喉元に飛び込んできた。珍しく真円に開かれ双眸に寸止めする慈悲の色は見られなかった。
神と人間、司祭と信者、指揮官と隊員——二者の立場の違いが致命的な情報量の差を生じた。そしてそれは決断までの時間の差となり、絶命の一撃を繰りだすお互いの右腕が飛び出す瞬間の差となり、2分後の未来では地獄の業火に焼かれているか己の人生をより退廃したものにするべく東奔西走しているかの選択を決定していた。
——はずだった。
類い稀なる特殊能力の素質、そして集中力、人の気配を敏感に感じ取る生身のセンサー、色白の華奢な少年をECのエリートにまで上り詰めた三つの原動力である。少年ははなから第三者の足音の消え方など眼中になかった。最初に足音を聞いた瞬間、音のする方向に一瞥。それきり。青い瞳がどこを見ていようと少年の哨戒センサーはFIM−92スティンガーミサイルさながらに眼前の男の一挙手一投足を常にとらえていたのである。
蒼眼の指揮官が素早く腰を落とし、右脇を引き締める。少量の酸素を取り込みそのまま呼吸を静止する。バックスイングは腕で行わず肩から回し上半身全体でコンパクトに。モーションは目標に見せつけるようにやや大袈裟にした。雪色の髪の毛を振り乱しながら本日2回目の麗牙の指揮官の右腕と、彼に相対する男の鳩尾を結ぶ閃光が煌めいた。
麗牙光陰のリーダーとはいえ所詮は素質の高さに助けられている青二才、成長して輝きを失う神童の類。麗牙の指揮官の感覚が第三者の物音に反応し目線が靡いたとき、この組織の成長を大崎と共に見続けてきた者の慢心が青二才の指揮官に反撃の機会を与えてしまった。そしてその一撃もまた脅しなどではなく、確実に男の命のともしびを吹き消す急所を貫こうとしている。回避するには左右か真後ろに飛び退かなければならない、
だが——。
下唇を噛みしめ悔恨の表情を砂色の顔いっぱいに浮かべ、左足を本来の相手のいるほうへの踏込とは90度反時計回りずれた方向、つまり真左に蝿取蜘蛛のごとく低く素早い跳躍をした。わずかの時間だが両足が空中を滑るように進む。視界から小癪な指揮官を見失わないよう、体と顔を少年のいる方向、進行方向に背を向けるように体をひねった。剃刀のように薄い双眸が捉えた世界では最悪の展開を迎えていた。視野のど真ん中にいたはずの少年が消えた。これでどこから奴が現れるかわからなくなってしまった。
地に足を着け静止状態であれば二手先、三手先の回避、防御をこなせた。今は中学生でも理解できてしまうような物理法則に従い、単純な放物線を描きながら指をくわえながら着地を待つほかないのだ。四肢を動かすことはできるが、設置状態より遥かに鈍重な動きしかできない。
儘よ!
あてずっぽうで後ろに回した右手で握る動作をした。拳が虚しくわずかな空気を掴むというのが神にすがることのできない死神の悲観的セオリーだった。
右手に硬い感触が走る。それは本来男の指を切り落とすほどの鋭さとベルサイユの鏡の間の銀板のような完璧な滑らかさがあるはずであったが、彼の掌と五本の指の皮を擦過した瞬間、日曜大工で使う紙やすりのような無数の凹凸を感じさせた。
あらゆる宗教から悪魔と罵られるであろうこの能力の持ち主に戦の女神ミネルワが微笑んだのか。
咄嗟に脳裏をかすめた陳腐で荒唐無稽な想像に男は張り付いた表情を崩した。
生気のない瞳はいつもの凍りつくような温度を取り戻し、目の前で純真無辜な子供が八つ裂きにされようとも変わることのない双眸だけの微笑を浮かべていた。
疑心暗鬼が生んだ思い込みに端を発した暗殺者の対峙は、目の眩むように長い二手の苛烈なやりとりを経て、終幕を迎えようとしていた。
- Re: As Story〜8話(2) 八回目(終わらん)、衝突〜 ( No.61 )
- 日時: 2012/01/03 06:26
- 名前: 書き述べる ◆KJOLUYwg82 (ID: 7lLc0QEy)
あけましておめでとうございます!!
そして大会期間最終更新です!!
帰省の前にあらかた書き上げていたんですが、(あまり効果ないですが)誤字のチェックができていなかったのでこのタイミングでのアップとなりました。
たぶん自分の頭の中だけで話が盛り上がってしまい、意味不明な記述が幾つか(幾つも?)ありそうな気がします。
でも、なんとか期間中に3回アップしたという事実は、日ごろの更新に1〜2ヶ月かかる小生としてはとても嬉しいことでありますっ!
それと、あと一話でウィルと天銀の対峙は終わる予定です。
その後は運び屋の二人や麗牙の長期任務、新展開(順不同)に取り掛かかれると思います。この3つは書くのが楽しみでしたので、焦って足早な展開にならぬよう気をつけねば。
でも今回みたいに間延びしすぎも禁物ですねぇ……。
それでは、また〜〜〜!!