二次創作小説(紙ほか)
- Re: イナズマイレブン 異世界の危機・3 ( No.6 )
- 日時: 2012/12/25 20:47
- 名前: 桜花火 ◆snFB/WSLME (ID: /HyWNmZ0)
1 新たな希望と絶望
あの壮絶な戦いから3週間が過ぎようとした。今日の天気も相変わらず、青空は晴れ渡っていて、太陽の光がとても気持ちがいい。開いた窓の隙間から流れ込む微風が、優しく頬を撫でると同時に、部屋のドアが軽くノックされた。
「どうぞ」としか相手に返すことができない自分が少しだけ恥ずかしくなる。足の力がまだ戻っていないのだから、仕方がないことかもしれないが、やはり罪悪感というものは、出てきてしまうものだ。
「ずっと外ばかり見ていて、つまらないんじゃない?」
「そうでもないさ。むしろ、安心できるんだ」
「フフッ、変な人」
少年、“郁斗”が目を覚ましてから、毎日彼女はこの部屋を訪れるようになっている。籐かごの中に手作りの昼食を入れて。
まさか、自分がこの国にいないあいだ、彼女の料理の腕がこんなにも上がっていたとは思ってもいなかった。最初、サンドイッチを渡された時は、買ってきたものだと勘違いしてしまったほどだ。後で真相を知ったとき、なかなか信じることができなかった。
「すげぇ、良い匂いがする」
「食い意地だけは変わらないのね」
もう一度小さく笑うポニーテールの少女は、郁斗の幼馴染の“夏未”だ。スタスタとベッドの横まで歩くと、椅子に腰かけて、籐かごを自分の膝の上にのせると、中から大きな白い布を取り出し、郁斗の前に広げた。そして、テキパキと慣れた手つきで、本日の昼食を彼に手渡す。それはきれいな黄金色に焼けた、円筒形のパイだった。
「アップルパイ、食べたいって言っていたでしょ。秋と一緒に作ったのよ」
「おっ、サンキュー。秋にも礼を言っておいてくれ」
言い終わると同時に、郁斗はまだ暖かいアップルパイにかぶりつく。城が出してくれる料理も美味しいが、やはり出来たてのものには敵わない。サクサクした歯ごたえと、蜂蜜と焼きリンゴの甘くも香ばしくある味が、郁斗の口の中で広がる。
本当に夏未は天才なのではないか、と感心してしまう。
「喉、つまらせないでよ」
「はいはい、分かってるよ」
適当に答えると、郁斗は最後の一切れを口の中に放り込んだ。その次に冷たいミルクを流し込むと、郁斗はほっとため息を吐いた。
「城の料理って、毎日同じ感じだから、あきるんだよな」
「早くアンタの足を治せば、もっと食べさせてあげられるわよ」
「そんなこと言われてもな…」
申し訳なさそうに郁斗は軽く指で頬をかく。フッと最初は微笑みを零した郁斗だが、すぐに真面目な表情に戻って、真剣な眼差しで夏未を見つめた。
「———で、守の状態は?」
「変わらないわ。眠ったままよ」
郁斗は何も答えぬまま、黙って俯いた。自然と両手にも力が入り、拳をつくっていた。
あと、あの戦闘に巻き込まれて、目を覚ましていないのは、“守”だけだ。理由は明白だ。受けたダメージが他の人たちよりも多かったこと、そして、もっとも大きく関係しているのは————彼の体質だ。
昨日の夜のことだった。見舞いに来てくれた修也が郁斗に言ったのだ。「守に関して、知っていることを全て話せ」と。状況が読めていなかった夏未や秋は、訳が分からず、少し動揺していた。そして、郁斗は言ったのだ。「明日の夜、皆を集めてほしい」。
相変わらず首を傾げる夏未だったが、みんなに伝言をしてくると、病室を去っていった。ほかの人たちも彼女の後を追って、次々と出て行き。やっと一人になったとき、大きなため息を吐いて、ベッドに倒れ込んだのは覚えている。
「今日の夜、ティアラとラティアも来るけどいいわよね」
「あぁ。一郎太があの二人を怒らせるなって言ってたけど、結構話しやすい人たちだと思うんだよな」
「まぁ、怒らせなければ、ね」
念を押すようにして、夏未は言った。
すると、郁斗は起こしていた上体を倒して、ベッドに寝転がった。
「うわぁ、暇」
「さっき、自分で暇じゃないって言ってたじゃない」
「さっきはさっき、今は今だ」
幼稚な文句をつぶやいて、郁斗はそっと目を瞑った。
思い返すのは、守と戦ったあの場面。今となっては、あの時の自分の心境がどうしても思い出せない。どうして、あんなにも守が憎かったのか。どうして、故郷である自分の国を壊そうとしたのか。言い訳にしか聞こえないだろう。しかし、本当のことなのだ。
「郁斗、私はそろそろ帰るわね」
そんな郁斗の複雑な感情を読み取ったのか、夏未はそっとしてあげようと、病室を出ることにした。
「夏未、ありがとな」
「……うん」
短い一言を去り際に残して、夏未はそのまま部屋を出て行った。
☆
「やっぱり、まだ目が覚めないの?」
「うん、相当重傷だったみたい」
春奈は低いトーンで小さく呟いた。その背後を、音無や木野達が悲しそうに見つめる。
「面会もだめなんだよな」
「夏未がね、今はまだやめた方がいいだって、だから、ごめんね」
いつもの春奈とは思えないほど素直だった。やはり、幼馴染が傷ついて、心が不安定になっているのだろう。ここ数日もとても静かなのだ。
どうしても面会がしたいと円堂は言っているのだが、なかなか承諾してくれなく、円堂は肩を落とした。
「でも、あいつならすぐに目を覚ますよ!だって、すごく丈夫なんだもん。そんな簡単に死んじゃったら、私が許さない!」
突然大きな声で春奈は言った。無理やり笑って音無たちの方を見る。まるで、心配をするなとでも訴えるかのように、元気に見せていた。
「じゃあ、今日はここで解散ね!」
「あっ、おい!!春奈!!」
軽く円堂たちに手を振ると、春奈は自分の家に向かって走って行った。追いかけようとした円堂を木野が止める。
「そっとしておこうよ…」
「……あぁ」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
家に入ると同時に、リビングにいる修也や秋の顔を見向きもせず、春奈は自分の部屋に駆け込んだ。ドアを勢いよく閉めて、その場でうずくまる。
「うっ、ぁぁ……」
双眸から我慢しきれなくなった涙が溢れ出してきた。流れ落ちた涙は、春奈の頬を濡らして、床に一滴ずつ落ちていく。
「まもる……まもる……」
幼馴染の名前を呼ぶたびに、円堂の顔を見るたびに、守の横顔が頭を横切る。
また、自分の弱さのせいで、誰かを巻き込んでしまった。もう二度とこんな悲しみは味わいたくないと決めたのに、またやってしまった。
「あぁ、うぅ……どうして、私はこんなに弱いの……?」
日が暮れるまで、春奈はその場でずっと泣き崩れていた。