二次創作小説(紙ほか)
- 第49話 ( No.147 )
- 日時: 2013/04/04 21:08
- 名前: 時橋 翔也 (ID: TaF97fNV)
まさかこのような足で練習など続けられる筈もなく、海音はベンチに座って仲間達の試合風景を傍観していた。アルティメットサンダーはどうやら神童と倉間を中心に進めているようだが、いまだに成功はしていない。
「レイン…」
『どうした』
「…今ならさ、ベンチ入りした人の気持ちがわかるな」
海音の今の気分は、はっきり言って『暇』のただ一文字で言い表せる。いつもは怪我してでもプレーをするが、今回はそうもいかないだろう。
まさかベンチにいることがこんなに暇なことだとは思わなかった。向こうで皆がサッカーしているのを見ると、サッカーしたくなる。
「…レイン、ボク暇だからさ…出掛けていい?」
『出掛けてって…まさか』
「そのまさか」
海音はレインにそう告げると、意識を宙に浮かすことに集中した。するとするりと幽体離脱した海音は本体から出ていった。
「ボクちょっと帝国見てくる」
「帝国だと?…偵察か?」
「まあね。…あと鬼道さんを見に行きたい」
本当に鬼道がフィフスセクターに支配されたのか、この目で確かめたい。それもあるが…。———久々に姿を見たくなった。
「あまり時間はかけるなよ…。俺もお前に成り済ましてみるが、限界があるからな」
「うん、わかった」
海音は頷き、空を飛び上がって屋内グラウンドの天井を突き抜け外に出た。周りには稲妻町の姿が広がり、知り合いの家や見慣れた建物などがちらほら見える。
「…帝国は…あっちか」
辺りを見回し、帝国学園と思われる建物を見つけると、海音はそちらへと飛んでいった。
幽体離脱しているせいか、風が吹いているのはわかるが冷たくも何ともない。だから格別空を飛んでも『景色がいい』程度であり、よく空を飛んだ時に使われる『気分がいい』は殆ど体感することもなかった。
…ただ、『鳥になったみたい』なら体感しているかもしれない。と少しだけ海音は思ったりした。
* * *
昔、帝国学園の写真を見たことがあるが、10年経った今もなお、帝国学園の校舎は『学校』ではなく『どこかの軍隊の基地』のような姿をしていた。黒がベースの校舎で、『1−A』『2−D』等と書かれたプレートが取り付けられている教室と思われる部屋が幾つも無ければ、確実に基地だろう。
多少の工事で内部は少し変わっているものの、雰囲気は昔から変わらない。少なくとも写真で見た限りでは。
海音は軍服のような制服に身を包んだ生徒たちとすれ違いながら、校舎内を見て歩いていた。ここはサッカー以外にも他の部活も盛んなようで、様々なスポーツの大会で会得した賞やらトロフィーやらが飾ってある。その数は雷門の倍はありそうだ。
「ありがとうございましたッ!!」
歩いていくうちにそんな声が聞こえた。数人の、15人位の声。海音は声がしたドアの向こうを除いてみると、雷門に負けないくらいの屋内サッカーグラウンドの中央に帝国サッカー部が見えた。
「………」
あれが帝国サッカー部…。だがどうやら鬼道は居ないようで、代わりにコーチと思われる青年が仕切っていた。
銀髪に黒い眼帯の青年…。かつて鬼道のチームメイトだった佐久間次郎だと、海音にはすぐにわかった。
サッカー部員達は別口から去っていき、佐久間まで消えると残されたのは海音と、サッカーボールを片付けている部員の二人のみとなった。
片方はユニフォームからしてGKだった。跳ねた紫っぽい髪のGKで、転がるボールを丁寧に拾っている。
「…次の試合、確か相手は雷門ですよね先輩」
「ああ、監督はそう言っていたな」
先輩と呼ばれたのは、もう一人の部員だった。長い髪が少し跳ねていて、顔立ちは良いが左目を髪で隠している。
「…雅野は勝てると思うか?」
「もちろん!…俺と龍崎先輩が居れば帝国の守りは鉄壁ですから」
自信ありげに雅野と呼ばれたGKは言った。龍崎と呼ばれた選手は雅野を見つめる。
「その自信がお前の強さだな…」
「自意識過剰とでも言いたいんですか?」
雅野は言った。別に…と目の前の先輩は言うが、あまり説得力は無い。だが確かに自信が強さに繋がっているのは自分自身もよくわかっていた。
「まあ…俺は力の限り守りに入る。お前も頑張ることだ」
「…はい!」
なんかこの二人仲良いな…。間近で二人を見ていて海音は思った。グラウンドに取り付けられた時計を見ると、そろそろ雷門の方も練習が終わりそうな時間だ。
帰るか…。海音はそう思い飛び上がるべく力を込めた。
———時だった。
突然、海音は何かに右腕を掴まれ動作が止まる。何だ?と海音は横を見てみた。
…龍崎が海音の腕を掴んでいた。
「え…!?」
思わず海音は声をあげる。逃げようとしようにも、力が強くて離れられない。
何故幽体離脱した自分に触れるんだ?次々と海音の中に疑問が滝のように押し寄せてくる。
ふと海音は龍崎を見てみる。龍崎と目が合った瞬間、今まで感じたことのない悪寒を感じる。『動くな、じっとしていろ』そう目を通して伝えている気がした。
「…先輩?」
「ああ、何でもない…。俺は少し居残り練習をしたいから、雅野は先に帰っていろ」
「あ…わかりました」
少し変だなと思いながらも、雅野は近くのベンチに置いてある自分のスポーツバッグを肩に持ち、先程の部員達のように別口からグラウンドを出ていった。
数秒の沈黙。それは龍崎によっていとも簡単に破られる。
「…お前、何しに来た?」
龍崎は海音を見つめながら言った。睨む訳でも怒ってもいないが、凄い威圧感を感じる。
「…見えるんですか?」
「ああ。…俺の目に見えないものはない」
どうする…?実体はないが冷や汗が出始める。今はレインが居ないし『力』も使えない。
するりと海音は掴まれている腕を見た。痛みは感じないががっしりと掴んでいるのは分かる。だが驚いたのはその先だった。
長袖の帝国ユニフォームのせいで腕は見えないが、掴んでいる手の甲に腕の方から人間ではあり得ないものがうっすらと張り付いていた。
薄く灰色に近いそれは、どこをどう見てもウロコだった。
「え…!?」
「………」
海音が声を上げると、龍崎は海音を放す。海音が龍崎から離れると、龍崎は手の甲をさすった。
「…力を入れすぎたか…」
「ウロコ…?何で…!?」
「………」
まさかこの人も自分と同じ…『あれ』なのか?ふとそんなことを考えたが、どうやら違うようだった。
「…竜の一族を知っているか?」
「竜の…一族?」
聞いたことも無かった。そもそも竜は仮想上の生物のはずだ。
「人間に見つからないようひっそりと暮らしている一族…。俺は祖父が竜の一族だった」
龍崎の手の甲から次第にウロコが消えていく。未だに竜の一族の存在が信じられないが、今目の前にいるのは竜のクォーターだと言うことは、ウロコを持っているため嘘ではないのだろう。
「…まあ祖父が竜だからと言っても、俺には殆ど力は無い。竜のように空を飛べる訳でも竜の姿になれる訳でもない。…ただウロコを出して防御力を高める程度だな」
「……」
だから幽体離脱した自分が見えるのか…。海音は思った。
「…それでお前は偵察に来たのか?」
改めて龍崎は海音に訊ねる。どうしようか…。もし『そうです』と答えたら、帰してくれないかもしれない。
回答に詰まっていると、龍崎はため息をつきながら海音を見た。
「まあ偵察に来ようと俺は気にしないがな…。お前も早く戻った方がいい、幽体離脱は精神力を消耗するからな」
「え……」
意外だった。海音はそう思ってすぐ、帰るため飛ぼうとした。
「…一つ訊ねる。…お前の名は?」
その言葉に、海音は少し飛び上がり止まる。少しだけ考えたが、海音は龍崎を見て答えておいた。
「…雪雨海音です」
「…雪雨か、覚えておこう」
龍崎のその言葉を聞くと、海音は高く飛び上がり帝国グラウンドの天井から外へ出ていった。
それを見送ると、自分も帰ろうとベンチの上にある自分のスポーツバッグを持った。
そして別口を見てみると、そこにはまだ帰っていなかった雅野が立っていた。
「雅野!…帰っていなかったのか」
「はい。待ってたんです先輩を」
雅野は言った。と言うことは先程の海音との会話も聞いていたのだろう。
「誰か居たんですか?俺には見えなかったけど…」
「…まあな」
「便利ですね…竜の目って」
「………」
帝国では、自分が竜だと知っているのは雅野のみだった。とある出来事がきっかけで雅野には竜だと知られてしまったが、そのお陰かかなり親しい仲となっている。
———まあこの竜の血を、誇りに思ったことなど一度も無いがな。
「先輩久々にあの店行きましょうよ!あそこのラーメン美味しいし!」
「そうだな…。雅野おごってくれるのか?」
「先輩が食べる量をおごったら俺の小遣い破産するんで嫌です!」
そんな話をしながら、二人は帝国学園の薄暗い廊下を歩いていった。