二次創作小説(紙ほか)
- 第53話 ( No.159 )
- 日時: 2013/04/13 20:45
- 名前: 時橋 翔也 (ID: ozdpvABs)
『…頼む…』
頭の中にそんな声が響いた。レインでも剣城でもない、今まで聞いたこと無い声。
「え…」
『…過去に囚われた哀れな戦士を…助けてくれないか…?』
過去に囚われた…哀れな戦士。それはきっと剣城の事なのだろう。
そしてこの声は…。天河原戦を思いだし、うっすらと検討が着いていた。
「……剣聖…ランスロット…?」
その名を海音は呟いた。次の瞬間。
海音が立っていたのは、全く別の場所だった。
「え…ッ!?」
驚いて海音は辺りを見回す。だがこの場所には見覚えがあった。———今日見た、剣城がサッカーをしていたあの公園だった。
だとしたらあの二人も…。そう思い探してみると、すぐ近くで二人はサッカーをしていた。
「爆熱スクリュー!」
「ファイヤトルネード!」
幼い二人は、かつてのイナズマジャパンの必殺技の名前を叫びながらボールを蹴っていた。無邪気で楽しそうだった。
剣城の過去の中にいるせいだろうか…。このときはっきりと『楽しかった』と剣城が感じていたのが明確に伝わってくる。
「………」
海音は二人を少し寂しげに見つめた。この二人の姿が、昔の自分と重なる気がした。
———あの頃の、まだ何も知らなかった頃の自分と……。
「あっ…」
すると幼い剣城が蹴りあげたボールは思わぬ方向へと飛んでいき、近くの樹の枝に引っ掛かってしまった。さっきは確かここで映像が途切れたのだった。
「俺取ってくるよ!」
「おい京介、危ないぞ!」
優一の警告を無視して剣城は平気平気!と樹に向かって走っていく。恐らくこの先に剣城の…。
剣城はよじ登り、ボールを取ろうと手を動かす。あと少しで取れそうだ…だがそう思ったその時。
剣城の身体を支えていた樹の枝が折れ、剣城の小さな身体が空中へ投げ出される。
「うわああああああ!!」
「京介!!」
弟を救うべく飛び出した優一の姿を見て、思わず海音は目を反らしたくなる。だがそれをしなかった。そして嫌な予感は的中した。
聞こえた嫌な音。恐らく何かが壊れてしまった音。幼い剣城の身と引き換えに失った大切なもの。
「え…」
始め剣城は何が起こったのか理解が出来て居ないようだった。痛みは無い。その代わりに下に柔らかい感触と温もり。
「ううっ……」
優一のうめき声が聞こえた途端、剣城は何が起こったのか理解した。樹から落ちた自分を守るため落下から受け止めたのだ。自分の身と引き換えに。
「…兄ちゃん…?」
「うっ…あ…」
見た目にそれほどの外傷は見られない。だが目に見えなくても、優一が大きな怪我をしたことは一目瞭然だった。
するとまた更に場面が変わった。今度は今居る病院のようだった。剣城が薄暗い廊下の外で待っている。
やがて目の前の病室から声が聞こえてきた。恐らく両親と話している医師の声だ。
「…残念ですが、優一くんの足は…もう…」
その言葉を聞いた途端、計り知れない悲しみが剣城を通して海音に伝わってきた。剣城はそれを聞き、膝をついた。
「うそ…だよね?兄ちゃんの足が動かないなんて…うそだよね……先生…!」
これこそがレインの言っていた事なのだろう。泣きじゃくる幼い剣城を見つめながら海音はそう思った。
『…だからこそ、こいつはフィフスセクターと契約をした』
すると背後から聞き慣れた声がした。急いで振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
歳は十代後半くらいの、赤い瞳の少女。それが誰なのかは、海音にはすぐにわかった。
「…レイン…」
青いツインテールに眼帯を着けた左目。着ている服もマントがついた騎士の服だ。
ツインテールは化身の時よりもだいぶ短く大剣を持っていない違いはあるものの、氷界の覇者レインであることは間違いないだろう。
『兄に再びサッカーをさせるべく、ホーリーロードの成功の代わりに手術費を負担するという契約をな』
「…だから剣城はフィフスセクターと…」
全てを納得した瞬間だった。
サッカーが上手いのにサッカー嫌いを自称していたのも、自分の感情を殺して別のことを口にしていたのも、時折見せていた悲しげな表情も、全て、全て。
———兄にサッカーさせたいという思い故の行動だったのだ。
『…どうする海音?これでもなお、剣城にサッカーを強いるか?』
「………」
海音はレインに背を向ける。そしてただ一言。
「…ありがとねレイン」
それだけを言った。
* * *
長いようで一瞬で終わった映像の羅列が終わり、海音は剣城を見つめた。
「…君の思いはわかるよ。…でもそれが本当に正しかったのか、もう一度考えてみて」
そして海音はすぐさま背を向けた。
「……待ってるよ」
「雪雨!」
剣城は意味がよくわからず、走りだそうとした海音の左手首を掴んだ。
「……!」
だが剣城はすぐにあることに気付いた。ジャージの下から見える巻かれた包帯から血が滲んでいた。傷が開いていたのだ。
「雪雨…おい、これ…」
「……」
何も言わずに海音は手を振り払い、そのまま走り出した。恐らく剣城の過去を見たせいで傷口が開いたのだろう。
だが今はそんなことどうでもよかった。
一心不乱に海音は走っていく。
過去に縛られた戦士に、全てを委ねたかのように。