二次創作小説(紙ほか)

第56話 ( No.166 )
日時: 2013/04/21 22:48
名前: 時橋 翔也 (ID: ozdpvABs)


 直矢にそう言われても…自分には優一の足を治さないといけない。しかし直矢のあの寂しげな笑顔が、剣城の心に焼き付いて離れない。
 迷いと葛藤が渦巻く中、剣城は優一の病室へと戻ってくる。

「………」
 優一は戻ってきた剣城を、悲しそうに見つめた。
「…兄さん?」
 様子が明らかにおかしい。そう感じた途端、優一は鋭く言った。


 「…京介、俺は頼んだのか?」


 本日何回目だろうか、何を言われたのか理解出来なかったのは。
「…え…?」
「俺はこの足を治して欲しいと頼んだのか!?一度でも!!」
 剣城の困惑など知りもせず、次々と優一は剣城に感情をぶつけていく。いつもは温厚な優一がこれほど感情的になったところなど、一度も見たことは無かった。

「に、兄さん…」
「…なんで…」
 すると優一はうつむき両手でシーツを握りしめる。そのシーツに何かが落ちた。
     ———涙だった。

「お前に…フィフスセクターが強要している管理サッカーをさせたくは無かったのに…」

「……!」
 胸が痛くなる。兄をここまで傷つけた自分が…許せなかった。
「兄さん、俺は…」
「出ていけよッ!!」
 剣城の言葉を最後まで聞かずに、優一は叫ぶようにいい放った。
「お前は…俺を、サッカーを裏切った!!出ていけよ!!」

「……くっ…」
 反論が出来ずに、ゆっくりと剣城は優一の部屋を後にした。


 人が全く見当たらない通路をゆっくりと剣城は歩いていき、大きな窓の所で立ち止まる。悲しさと罪悪感、その他諸々の感情が混ざりあって複雑この上ない気持ちだった。
 昔から、泣いたら過呼吸になるから泣くなとよく言われてきたが、泣きたかった。

 泣いて感情を全て吐き出せたら、どれほど楽だろうか。

 サッカーを裏切っている。…どこかでそれは少なからず理解していた。なのに…優一の足を治すことを否定しているようで、ずっとその気持ちを押し殺していた。

 ———君は何で、気持ちを殺すの?

 すると海音に言われた事が頭の中でこだました。行動を否定されるのが怖くて、ただ逃げたかったのかもしれない。…『あの時』と何一つ変わりやしない。


「…なあ…。まだ…やり直せるかな」


『それは、君の思い次第だよ』

 何となくの呟きに返ってきた答えは、剣城も心の奥底で信じたかった事かもしれない。
『君は…十分に尽くした。…もう、無理しなくていいんじゃない?』
「……華音」
 剣城はそう言い、首を横に振った。



 海音はやっとの思いで病院の上空までやって来る。幽体離脱しているので疲れはしないものの、汗が垂れるような感じがした。
 このまま優一の病室へ向かえば、剣城に会えるかもしれない。…だが海音はこのとき重大な失敗に気づいた。

「…剣城って、ボクのこと見えるの…?」

 頭を抱え、青ざめながら海音は呟く。
 失態だ。そこまで考えて無かった。
 もし、剣城が見えていなかったら…?幽体離脱しているためものに触れもしないし、伝えるすべなど一つもない。
 レインに試合を任せてここまで来たのに…!罪悪感が海音に襲いかかる。

 だがそんな思いも、すぐに消えてしまった。
 ここから見える窓の通路に、剣城が立っていた。

 しかし、何だか様子が違う。

「剣城…?」



「十分に尽くしてなんかいない…。兄さんの選手生命を奪った俺は、どんなに尽くしても尽くしきれないんだよ」
『…そうか。君らしいと思うよ』
 華音は言った。見えないが、華音が窓の外を見たのがわかった。

『行ってみなよ、帝国にさ。…君の仲間も待ってるよ。お迎えまで用意して』
「…え……?」
 華音の言った意味がよくわからなかったが、その答えを教えることなく華音は消えたのがわかった。また隠れたのだろう。

「………」

 このとき、すでに剣城は決心をしていた。兄とそれから…直矢の願いの為にも。



「…来る必要なんて無かったね」

 走り出した剣城を見つめて、海音は呟いた。どこか嬉しそうに。



 * * *



 …こうしてまともにボールを蹴ったのは、一体いつ以来だろうか。

 レインはそんなことを考えながらボールを追い走っていく。海音が戻るまでの間、代わりを努めねば…。
 それが自分に課せられた義務なのだから。

「ダイヤモンドショット!」
 久しぶりに打つ氷のシュートをレインは放つ。だがGKである雅野はそれを簡単に止めてしまった。
「……」
 やはり無理か…。ボールを向こうへ投げた雅野を見てレインは苦々しくそう思った。


「うわあっ!」
 必死に守ろうと意気込んでいた信助も、帝国の技術の前ではなすすべが無かった。呆気なくボールが奪われ、悔しさと情けなさが身に染みる。
「くそおっ…どうしたら…」

「アルティメットサンダー!」

 再び神童の掛け声がフィールドに響き渡る。何度やっても、どうしても失敗する。
 アルティメットサンダーは高いキック力と狙いを定める精神力を必要とする必殺タクティクスだ、そのため繰り返せばそれだけ体力の消耗も激しい。

 アルティメットサンダー組を初めとした雷門メンバーは激しい戦いに疲労困憊の状態だ。レインもそれは同じだった。
「………」
 あくまでこれは海音の身体だ。足も怪我しているし、無理をして身体を破壊する訳にはいかない。

 …だが、きっとそんな理由で手を抜いた所で、海音は喜びはしない。決して。

 諦めない心があればなんとかなる、そんなきれい事が通じる世界ではないのもよくわかっている。
 それでも、やるしかないのだ。

 奪われたボールを少し強引なスライディングで奪い返すと、レインはフェイントを駆使した鮮やかなプレーで敵をかわしていく。…戦場では、僅かなためらいが命取りになる。

「天馬!」
 シュートするかの勢いでレインは天馬へパスを回す。あまりにも勢いがあるのでミスを起こしそうになるが、ドリブルが得意なお陰でなんとかボールを受け取った。
 そしてそのまま走り出した。

 帝国の一人が天馬からボールを奪いにやって来る。ボールを守ろうと身構えた天馬の背後から紫色のオーラが見えたのを、レインは見逃さなかった。
 「あれは…!」

「遅い!」
「うわあっ!!」
 だが技術は圧倒的に帝国の方が勝っている。オーラは消え、ドリブルが得意な筈の天馬はボールを奪われた。

 そしてボールは宙を飛んでいった。
 雷門のゴールを狙う選手へと向かって。


  ———僕が止めないと、点が取られる。


 そう思った信助は空を舞うボールを見つめた。だが同時に、自分なんかに止められるのかという疑問が生まれる。せっかく練習しても、実際その成果を発揮出来て居ないのだ。


「……自信を持てッ!!」


 すると信助にそんな声が飛んでくる。海音の身体を借りたレインだった。
「この日の為に練習したのだろう!?躊躇うな、自分を信じろ少年!!」
「……!」
 目が覚めたような気がした。
 やる前からすんなり諦めてしまうのが悪い癖なのは、自分自身もよくわかっていたのだ。

 …今だけ、信じてみよう。

 そう思い、信助は思いきりジャンプした。

「なっ…!?」
 帝国の選手をも驚かせるジャンプを見せ、信助は空中でボールを拾うとそのまま倉間へパスを回した。

 ボールを受け取り、勢いが出てきた雷門は再びアルティメットサンダーを発動させようとする。今度は神童に代わり倉間がストライカーだ。
「いかせるか!」
 するとその様子を見ていた龍崎が駆け出した。背後には形成を始めた紫のオーラ。

 不適に笑う竜騎士をかたどったような緑色の化身だった。
「竜騎士テディス!」
「うわああ!!」
 龍崎とテディスは倉間を吹き飛ばす勢いでボールを奪い返す。そしてゴール前へと迫っていた帝国キャプテンへとロングパス。

 ボールを受け取ったキャプテンは、甲高い指笛を思いきり吹いた。途端に現れたのは、それぞれ虹の七色をした七匹のペンギン。
「皇帝ペンギン7!!」
 キャプテンのシュートをカバーするかのように、七匹のペンギンは共に飛んでいく。

「うわっ!!」
 反応しきれず、三国は帝国に先制点を許してしまう。得点を知らせるホイッスルと歓声が響き渡った。


 ここで前半戦が終了した。
 一点リードされた雷門の士気は下がる一方だった。

「…っ!」
 するとレインは怪我した足に鋭い痛みを感じた。下を見てみると、じわじわと血が滲んでしまっている。
 傷がまた開き始めた…。焦りのせいか冷や汗が出てくる。

「…海音達来ないね…」

 天馬はそう言いながらレインに近づく。それなりに時間は経っている筈だが、二人は姿を現さない。

 だが、途端にレインは笑みを浮かべた。
 訳がわからない天馬に、レインはこう告げた。
「…来たぞ」

 その時だった。


「…俺を、試合に出せ!」


 待ち望んだ戦士の声が響いた。