二次創作小説(紙ほか)

第57話 ( No.169 )
日時: 2013/04/29 19:31
名前: 時橋 翔也 (ID: Z6SnwTyI)


 水分補給をし、汗をタオルで拭っていたメンバー達の視線が全て同じ方向に向けられる。そこにいた人物を見て、天馬は嬉しそうな顔をした。
「剣城…来てくれたんだ!」

「なんとか間に合った〜…」

 幽体離脱していた海音は身体に戻るとそう言い、ホッとしたような表情となった。途端にレインの声が聞こえる。
『…どうやって連れてきたんだ?』
「ボクじゃないよ…。でも何かきっかけがあったんじゃないかな」
 海音は剣城を見つめながら言った。


「俺を出せ…。シードとしてではなく、一人のサッカープレイヤーとして!」


 剣城は必死に言った。ここまで走ってきたのか、息切れしながら。
「…信じられるかよ」
「また俺達を潰す気じゃ…」
 だが今までの行為から考えるに、簡単に信用は出来ないようだった。周りはそれぞれ顔を見合わせる。
 …やはり無理なのか?
 そんなことを考えた時だった。


「…俺は、信じていいと思う」


 霧野は手を挙げ、皆に聞こえるようにそう言った。神童は驚いて霧野を見る。
「霧野…お前…」
「…何となく、だけどな…」
 弱々しく霧野は微笑んだ。剣城も驚きを隠しきれない。

「ボクも信じます!」

 するとさらに海音も言った。その眼差しに迷いは一切無かった。
「…剣城はサッカーが好きなんです!ただそれを伝えないだけで…」
「俺も信じる!剣城のプレーを思い出して下さい!サッカーが好きじゃないとあんなプレー出来ません!!」
 天馬も海音をフォローするかのように言った。三人の言葉に、皆の心は動き始める。

「…わかった。剣城には試合に出てもらう」
 円堂は笑顔で言った。その言葉に、反対するものは居なかった。

 ホッとしたような表情になった剣城に海音は近づく。
「剣城!頑張ろうね!」
「……」
 海音を見たとたん、直矢の言葉を思い出し、言い表せない複雑な心境となる。
 だが今は試合に集中しよう。優一の為にも。

「ああ…」
 剣城は海音に頷き、音無から背番号10、エースストライカーのユニフォームを受け取った。



 * * *



 試合開始のホイッスル。新たに雷門の一員となった剣城からのキックオフで試合が再開される。
 後半戦、決着の時だった。円堂と鬼道の。

 誰にもパスを出さず、一人で剣城は次々と敵選手を抜いていく。プレーに迷いは全く無かった、——今のところは。
 剣城は完全にフィフスセクターを裏切った。帝国のシード達にそう認識されたが、剣城は気にも止めなかった。

「剣城!アルティメットサンダーだ!」

 海音は剣城に思いきり叫ぶ。足を怪我した自分の代わりに剣城が成功させてくれると信じて。

 その言葉を聞き、剣城はアルティメットサンダーバックパス組にボールを回す。そして本日何度目になるのかわからないアルティメットサンダーが発動した。

「アルティメットサンダーッ!!」

 神童や倉間に制御出来なかった雷のボールを剣城は打ち付ける。いける!だがそう思った剣城の中に優一の言葉がこだまする。
   ———夢だったんだよ!世界のフィールドに立つのが!!

「…くっ」
 ほんの僅かなためらい。剣城は何とかその言葉を押し退け、無理矢理打ち返す。
 大きな弧を描き、絶大なパワーを持ったボールは敵陣地へと着弾する。
 だが、肝心の衝撃波は起こさなかった。

 アルティメットサンダーは衝撃波を起こし、敵の防御を崩壊させなければ完成しないのだ。
 剣城のためらいがアルティメットサンダーの不発を招いたのか?霧野は剣城を見つめる。

「……」
 何で…打てないんだ!?剣城は動揺を抑えられなかった。
 もし試合に雷門が勝てば、フィフスセクターとの契約は無しになる。そうしたら優一は…兄さんの足は治らない。
  ———今後このような事があれば、君の兄は生きる希望を失うことになる。
 今さらになって言われた言葉が蘇った。

「剣城ボール!」
 すると天馬に言われ、ハッと我に返る。こちらへパスをしていたのに気付かず、敵選手にボールを奪われてしまった。
 選手は剣城を見つめた。かつてシードの養成施設で話した…龍崎。

「…また、逃げるのか?」

 龍崎は言った。剣城はそう指摘され、動揺と冷や汗が出てくる。
「なん…だと?」
「逃げてばかりでは、守れるものも守れないんだぞ」
 そう告げると、龍崎は剣城を置き去りにして走り出した。———守れるものも守れない。この言葉が剣城の中に焼きつく。


  「どうしたんだよ剣城ッ!!」


 すると剣城にそんな声が飛んでくる。ボールを追い掛けている天馬だった。
「そんなんじゃ……うわっ!」
 ボールを奪い返す事が出来ず、天馬は地面に転んでしまう。それでもなお、天馬は剣城を真っ直ぐ見つめた。

「……サッカーが、泣いてるよ!!」

 ずっと、入学したときから嫌いだった天馬の口癖。だが今となっては大切な言葉なのかもしれない。
 剣城は俯いた。ただ昔みたいに、兄さんがサッカーする姿を見たかった。…一緒にサッカーしたかった。償いになるとも思っていた。
 兄さんを泣かせるつもりなんて無かったのに。

「……」
 剣城は顔を上げた。もうそこに先程までの迷いなど一切無かった。
 もし…俺が兄さんに償えるとしたら…。


    ———俺と兄さんのサッカーをすることだ!!


「いくぞ!もう一回アルティメットサンダーだ!!」
 迷いを捨てた剣城を見て、霧野は叫んだ。それを見ていた海音も少しだけ笑顔になる。
   ———やっと、枷が外れたね。

 そう心の中で呟き、海音も走り出した。



 * * *



 「それでいいんだ。…京介」


 TV越しに弟の様子を見ていた優一は呟いた。そこに先程の涙はない。

「…わかっていたさ、お前がずっと罪悪感を抱いていたって、俺からサッカーを奪っておいてサッカーする資格なんかないって、サッカーから遠ざかっていたのも」
 兄だからこそ、弟の気持ちはよくわかる。…それでも。

「でも…だからって、お前までサッカーを見失う事はない。管理サッカーではなく、俺達の本当のサッカーをするんだ。
  ———そうしたら俺は、お前と同じ夢が見れる」

 二人で目指した、世界のフィールドに立つと言う夢。
 果たせない自分の代わりに弟にその夢を託したかった。


 だから…がんばれよ、京介。