二次創作小説(紙ほか)

第58話 ( No.176 )
日時: 2013/05/03 21:29
名前: 時橋 翔也 (ID: Sr8Gveya)


 四人続きでのバックパスが始まる。今度こそ成功させなければもう後はない。…すでにバックパス組は度重なるバックパスや激しいプレーで体力は限界だったのだから。

「アルティメットサンダーッ!!!」


 僅かなためらいが命取りとなるこの必殺タクティクス。だが剣城は迷いを全て捨て、ただ皆の想いがこもったボールを敵陣地へ飛ばすことだけ考えた。
 ボールは先程よりも明らかに違うパワーを携え、さっきのように敵陣地へと着弾した。その時。

 ボールは稲妻のような強力な衝撃波を生み出し、龍崎を始めとする鉄壁のDF陣を崩壊させた。

『成功したぞ…!』
「…うん」
 レインの声に、海音は頷いた。
 海音はすぐさまボールを奪うと、辺りを見回し近くにいた天馬へパスを出した。
「天馬!」

 仲間がアルティメットサンダーを練習している時に考え出した必殺シュート。今こそ…使うときかもしれない。
 そう思い、天馬はボールを保ったまますごいスピードで走り出した。

 そのスピードを保ったまま、今までのそよ風とは全く違った、強力な突風のようなシュートを放つ。
「マッハウインド!!」
 マッハとは音速を意味するらしい。
 音速を越えるようなシュートは帝国のゴールへと向かっていった。

 雅野は両手に力を溜め、思いきり飛び上がるとそのまま急降下した。
「パワースパイク!!」
 爆弾のような威力でボールにそのまま拳を打ち付ける。帝国のゴールをずっと死守してきた技だった。

 だがその技でさえも、天馬の必殺シュートを止められなかった。失点を許し、天馬のシュートが公式戦初ゴールとなった。

「やったね!」
 海音は天馬とハイタッチする。天馬のシュートにより、雷門の士気は上がり始めていた。
 チームプレーにおいて士気は大切だ。上がり下がりによって勝敗が左右される事もある。

 もう時間もあまりない。延長戦に持ち込む前に決着をつけないと、そろそろ体力的にチームは限界が近い。海音はそう思い、試合再開早々すぐにボールを奪った。
「くっ…」
 ドリブルをするたびに、傷が激しく痛む。だがそんなことも気に止めない。

 自分のシュートは通じないとレインから教えてもらった。だとしたら…。
「剣城!」
 素早くエースストライカーへパスを出す。剣城ならば、自分達が見ていない間に新しい必殺シュートを編み出しているかもしれない。

 その予想は見事に的中した。
 剣城はボールを受けるや否や、すぐさまゴール前へとやって来る。先程のアルティメットサンダーのせいか今までよりDF陣に手応えを感じない。

 剣城はボールを高く蹴りあげる。途端にボールは赤と黒の禍々しい光を帯び、剣城はそのボールをオーバーヘッドシュートした。
「デスドロップ!!」
 反応が遅れて雅野がゴールを守ろうとするが、先程のパワースパイクのせいか気力を使い果たしたため止められる筈もなかった。

 雷門に二点目が追加され、逆転する。
 同時に試合終了のホイッスルが鳴り響き、歓声が沸き起こった。

 ホーリーロード関東予選準決勝、雷門の勝利だった。

「やったああ!!」
「また勝てたね天馬!!」
 天馬と信助は嬉々として言った。海音も剣城を笑顔で見た。
「剣城、…ありがとうね」
「…ああ、……海音」
 握手を求められ、少しためらいながらも剣城は笑顔で手を握り返す。剣城が女子を下の名前で呼ぶなど珍しかったが、親近感があるようで嬉しかった。

 …兄さん、俺はもう迷わない。剣城は病院にいる優一へ心の中でそう呟いた。


 負けた…。地面に座り込み、俯く雅野に龍崎は近づいた。
「雅野」
「…先輩、やっぱり俺って弱いですね」
 雅野はそう言いながら龍崎を見た。弱々しい笑顔を向けながら。

「いっつもそうだ…。自信があったはずの事もまともに出来ない…出来ることと言ったら友情や信頼も全て『破壊』すること。…だから、誰も俺に近づかなかった」

 信頼出来るものなど、何もなかった。
 人は必ず裏切る。それを意識して生きているうちに、誰も寄り付かなくなっていた。
「……」
 龍崎はそんな雅野に手を出した。もう近づかないと思っていたのか、雅野は驚いて龍崎を見つめる。

「…俺は強さで人を決めつけたりはしない」
「え…」
「お前も俺も『孤立』していた者だ。だからこそ他の者とは違った価値観を共有できる………お前が俺を拒絶しなければな」

 竜の一族は、人間からみれば脅威以外の何者でもない。幼い頃からこの血とウロコのため、近寄る者などいなかった。
 成長しウロコを隠せるようになっても、長年の末に蓄積された人とのわかだまりは消えることもなく、人と接する事も殆ど無かった。———シードの養成施設に入るまでは。

 龍崎にそう言われた途端、手を掴むこともせずに雅野は勢いよく立ち上がった。
「俺は…先輩を拒絶しないです!先輩がいたから強くなれた!友達の大切さを理解できた!…だから…」
 すると雅野はまた俯いた。そして震える両手を握り締める。
「…シードなんて止めて、楽しくサッカーしましょうよ…」

「…気付いていたのか」
 悲しげに龍崎は言った。出来ることならずっと一緒にサッカーしていたかった後輩に、その事を知られてしまうのはどこか辛く感じた。

 …いや、例え知られていなくても、もうすぐ自分は目の前の後輩から姿を消すのだ。


「…龍崎さん、本当に行くんですか?」

 海音が近づき、話しかけると龍崎はこちらを振り返る。
 海音は悲しげに龍崎を見つめた。
「何か方法は無いんですか?夜桜みたいに…エンドレス・プリズンに行かなくて済む方法は…」

「例えあっても、俺はアールだ。…行かなくてはならない、仲間の為にも」
 龍崎は言い切った。今まで夜桜達と同じ『アール』として、フィフスの情報を探ってきた。
 もう、思い残すことはない。

「…お前は何故、俺がアールだと気づいた?」
「……何となくわかりますから」
 海音は言った。根本的な答えになっていなかったが、龍崎はそれでよかったらしい。そうか…と苦笑しながら言った。
 理由としては、試合前に言われた言葉が気づいたきっかけだ。

 雷門のメンバーが集合を始めた。行かなくては…そう思ったが海音は最後に龍崎を見つめて訪ねた。
「…最後に教えてください、どうしてアールに?」

「………」
 少し間を置き、

「…俺は、仲間を一度…守れなかった」

 龍崎は痛々しく言った。仲間を守れなかった、その意味がよくわからない二人に、龍崎は続ける。

「シードの養成施設では、何度か選手が消えていく事件があったんだ。戻ってきたものは一人もいない…。脱走、そんな噂が立っていたが、…俺は見たんだ。フィフスセクターの教官達が選手を連れていくのを」
「選手を連れていく…?一体どこへ?」
 だが海音の問いに、龍崎は首を横に振った。

「…わからない、だが鎖などで拘束されていたのを見ると、ろくでもないところなのは間違いない…。俺は助けようとしたが、無駄だった。到底教官達には及ばなかった」
 悔しかったのが一目で分かる。そして龍崎は間を埋めるように言った。
「だから…俺はもうそんなことないように、フィフスセクターを潰そうと決めた。…もしかしたら、連れていかれた仲間たちを助け出せるかもしれない」


「海音ー!早く〜!」


 雷門の方からそんな声が聞こえた。天馬だ…そう思い、海音は龍崎を見て、
「…あなたの思い、しっかり受け止めました」
 そう言うとメンバーの元へと走り出した。

「先輩…」
「………」
 雅野が悲しげにこちらを見てくる。すでにグラウンドの入り口付近には、フィフスの手の者の影がちらほら見え始めていた。
 今日の朝、試合が始まる前に自分がアールだとフィフスのネットワークに暴露してきた。アールとして自分も行くべきなのだ。自分だけ助かるようなことは、したくない。

「…世話になったな」
 そう言うと、龍崎は入り口へ向かって歩き出した。その後ろ姿は、酷く悲しげでもある。
 もう会えないかもしれない。せっかくの友に、親友に。そう思った刹那。


 「俺…待ってますからッ!!」


 雅野の声が響いた。龍崎は思わず足を止める。
「また先輩とサッカーできる日を!!また先輩が…シードとしてじゃなく一人のサッカープレイヤーとして帝国サッカー部に戻ってくるの!!待ってますから!!だから…… 

   ———絶対に、帰ってきてください!!」


「ッ…!」
 その言葉に涙が出そうになるのを堪え、代わりに龍崎は右手を挙げて返した。そして再び歩き出す。

 帰ってくるから、待ってて。