二次創作小説(紙ほか)
- 第65話 ( No.202 )
- 日時: 2013/06/22 22:01
- 名前: 時橋 翔也 (ID: Y4EbjjKp)
取り合えずジュースまみれになった学ランは洗濯乾燥機に放り投げ、きれいになり乾くのを待つ羽目になった。
敵選手にジュースをぶちまける体験をするのはきっと自分くらいだろう…天馬は本気でそう思った。
「はあ…。キャプテンにバレたらとんでもない説教が…」
「だっ、大丈夫だよ!この事は言わないでおくから!」
本日だけで二つも秘密をつくってしまい海音はため息をつくが、まるで神様を見るような目で天馬に見つめられてはなにも言えない。
天馬の住む木枯らし荘には現在、食堂のテーブルに座る海音と天馬、ただいまシャワーを浴びている浪川の三人しかいない。
木枯らし荘の管理人である秋は今日、用事があるため夜まで戻らないらしい。逆に二人にとってはありがたかった。
「…借りるぞ、この服」
すると向こうのシャワールームから浪川がやって来た。天馬から借りたジャージを着て長い髪をタオルでふいている。天馬は申し訳なさそうに浪川を見た。
「本当にすいませんッ!ごめんなさい!」
「いや、もう気にしてないが…」
そんなに謝られては、浪川もどう反応していいのかわからない。今日学園を大遅刻し先生に説教を食らった揚げ句、こうしてジュースをぶちまけられた。自分の運の無さにため息が出てくる。
「…浪川さん、どうしたんですか河川敷で…」
「……偵察…」
「偵察!?」
海音と天馬は同時に声を上げる。偵察と言われれば黙っていられない。
「別に何も見てねぇよ…安心しな」
「よかった〜」
「いや、簡単に信用していいの?」
「宣戦布告したお前が言うな」
レインに指摘され天馬は何も言えなくなる。確かにある意味言えているだろう。
すると突然、腹が鳴る音がした。海音は天馬を見つめると、天馬はあっ…という顔をしている。
「お腹空いたな〜、ごはん作るか」
「天馬作れるの?」
海音は訊ねる。ある意味それは知りたいところだ。
だが、途端に天馬は無言になる。
「………」
「…天馬?」
「俺…料理…出来ないよ…」
「………」
しばらくの沈黙が訪れる。実を言うと海音も料理は全然できないので、いつもはレインに任せていた。
おかしな親近感が芽生えるなか、仕方ねぇ…と浪川が口を開いた。
「じゃあ俺が作ってやる、これでも料理は得意だしな」
「ええ!?でも…悪いですよ…」
「気にすんな、…シャワー借りたし」
ジュースぶちまけたのはこちらなのでシャワーを貸すのは当然だと思うのだが、そんな意見は聞かずに浪川はキッチンへ向かった。そして天馬を振り返る。
「冷蔵庫のやつ、勝手に使っていいか?」
「あ…はい!もちろん!」
天馬が言うと、早速浪川は準備を始めた。そんな光景を目の当たりに、天馬は海音に小声で話しかける。
「シードって…いい人もいるんだね、もしかしたらアールかな?」
「うーん…どうだろ」
夜桜のようなフィフスを憎んでいる雰囲気は感じられない。むしろフィフスを好んでいるようにも見える。
ともあれ、今目の前にいるシードがいいやつだと言うのは紛れもない事実だと二人とも納得していた。
* * *
こうして他の人のために料理をするのはいつ以来だろう。まあそれがまさかもうすぐ戦う事となる敵選手だと知れたら、野郎共の事だ、自分にちょっかいをかけてくるだろうな…。そう思うと包丁を動かしながら自然とため息が漏れる。
もしかしたら、監督に知れたら説教を食らうかもしれない。
「………」
言えない、絶対死んでも言えない。敵と仲良さげにしていたなんて…。そんなこともお構いなしに、二人はこちらを期待した目で見てくる。
———だがそんな二人を見ていると、施設でのあいつらを思い出した。
かつての友であり、仲間だったあいつらを。
「…出来たぞ」
浪川がそう言って海音と天馬の前に置いたのは、よく食べているカレーだった。空腹だった二人はその見た目と匂いに食欲をそそられる。
「やったカレーだ!」
「じゃあ…いただきまーす…」
天馬は嬉しそうにカレーを頬張る。空腹のせいか腕がいいのか、カレーは申し分なく美味しかった。
「このカレー美味しい!」
「…ほんとだ…」
「即席じゃなかったらもっと良かったが…」
そんな言葉を交わしながら、三人はカレーを頬張っていく。シードとこうして普通に話しているという概念など、どこかに行ってしまった。
「もう六時か…、野郎共心配してるかな…」
「す、すいません…( ノД`)…」
「いやいや!別に気にしてない!気にしてないから泣き目になるな!」
泣き出しそうな天馬に向かって浪川は焦りに焦る。泣かれてはどうしようもない。
「でもそろそろ乾く頃じゃない?」
海音は洗濯乾燥機がある方へ目を向ける。即行モードなので案外すぐに完了するはずだ。
お代わりも何度かして、ものの数分でカレーは鍋ごと平らげた。にしても天馬がよく食べたな〜と海音は思った。
「こんな美味しいカレー食べれるならシードになってもいいかも」
「何を言うかバカ者」
「いつでもうちは選手歓迎するぞ?お前らみたいなのは特にな」
冗談半分で浪川も言ってみる。すると天馬は思いきり首を横に振り冗談です!と言い切った。まさかカレー美味しかっただけでシードになるものは居ないだろう。
くくっ…と海音が笑みを溢した、その時だった。
木枯らし荘のインターホンが何者かによって鳴らされた。
「あれ、誰だろ…」
「………」
海音は何か嫌な予感がした。するとドアの向こうから声が聞こえてきた。
「天馬ーいるかー?」
途端に海音と天馬は顔を見合わせ、凍りついた。神童キャプテンだ!!
「ちょっ…どうするの?」
海音は言った。敵選手と仲良く食事をしていた等と知れたら、どういうことだ?と問いただされてしまう。
結果、浪川にジュースをぶちまけた事がバレて、大説教……。
「松風ー、忘れ物届けに来たぞ」
その声を聞いて、さらに二人は凍りつき冷や汗が垂れる。紛れもなく剣城の声だ。
どうやら雷門の中で、最も知られてはならない二人が来てしまったようだ。
せめて信助や、霧野だったらよかったのに。
「仕方ない…、海音は浪川さんと隠れてて、俺が出てくるから」
「わかった…、てか天馬、何忘れたの…?」
「そんなのわからないよ…」
天馬はしょげた声でそう言い、食堂を出て玄関へ歩いていった。
取り合えずこちらへ来て、浪川を見られなければいいのだ。海音は浪川を見つめる。
「浪川さん、声出さないでくださいね…」
「……わかった」
威圧感に圧され、浪川は首を縦に振った。もし見られたら、海王学園にまで知られかねない。
本当に今日は災難だ。
ドアの鍵を開け、天馬はドアを開く。そこに立っていたのはジャージ姿の神童と剣城。
「天馬、これ忘れてたぞ」
すると神童は手に持っていたサッカーボールを天馬に渡した。少し汚れていて使い込まれたそれは、河川敷に忘れていた天馬の私物だった。
「あ、忘れてた…ありがとうございます!」
恐らく二人も河川敷で練習していたのだろう、天馬はそう察しながらボールを受け取った。
すると剣城は木枯らし荘の中を覗くように天馬の横を見てみた。
「松風…誰かいるのか?」
ギクリ!と天馬の中で何かが音を立てた。本能的に天馬は首を横に激しく振る。
「いや!俺一人だよ!今日は秋姉もいないし…」
「じゃあ何で靴が三人分有るんだよ」
さらりと剣城はそう言い、玄関に置かれている靴を指差した。天馬の分とあと二人分、靴が置かれている。
まずい、これはまずい。今だかつてない危機に天馬の冷や汗はだらだらと出てくる。
「こ…これは使ってない靴だよ!うん!」
「にしてはきれいだが…」
「とにかくありがとうね!また明日!」
天馬は無理矢理話にピリオドを打ち、二人の言葉を聞かずにドアを閉めた。完璧に怪しまれただろう。
「おつかれ〜…」
食堂に戻ってくると、海音は天馬に言った。剣城の勘の鋭さに、三人の心臓の高鳴りは最高潮だった。
「し、死ぬかと思った〜」
「剣城あの野郎…今度覚えてろ」
「天馬よく頑張ったね…」
三人は顔を見合わせる。焦りはしたものの、自然に笑顔が溢れていた。
すると向こうからピーという音が聞こえてきた。洗濯乾燥機の音だ、乾燥機が終わったのだ。
「じゃあ俺着替えてくる…」
浪川はそう言い、洗濯乾燥機があるシャワールームの近くへと歩いていった。
姿が見えなくなると、海音と天馬は顔を見合わせた。
「…とりあえず、今日のことは誰にも言わないでおこうか。余計な誤解招いたら嫌だし」
「そ、そうだね…。でも…浪川さんいい人だよ?」
「まあ…そうだけど…」
海音がそう言うと、数分経たずに学ランに着替えた浪川がやって来たのが見えた。学ランが黒かったお陰か、特にシミも見当たらない。
「じゃあ世話になったな雷門の」
「あ…いえ!こちらこそすいませんでした!」
天馬が言うと、すぐさま浪川は木枯らし荘から出ていった。しばらくの間二人は沈黙する。
「…なんかすごかったね…」
「うん…」
もしかしたら今日の事を、一生忘れないかもしれない。
そう思った二人だった。