二次創作小説(紙ほか)

第66話 ( No.203 )
日時: 2013/06/22 22:03
名前: 時橋 翔也 (ID: Sr8Gveya)


 気が付くと、海音の目の前には見覚えのある光景が広がっていた。
 シュウが住んでいる、あの神秘的な森だ。

「…あれ…いつの間に寝たのかな?」
 そもそもこれが夢なのか定かではないが、ここが現実なのか夢なのかわからない以上、夢と仮定しておくしかない。

 シュウの姿が見えず、海音は辺りを見回す。すると向こうにある大きな樹の近くに人影が見えた。この場所で自分以外の人影と言えば一つしかない。
「シュウ!」
 海音は嬉しそうにシュウに近づく。

 その事に気づき、シュウは海音の方を向いた。
「海音…」

 あまり近づいた事が無かったため気付かなかったが、大きな樹の側には珍しい形のお地蔵様が置かれていた。ボールのような球体を頭に乗せ、何かを祈っているようにも見える。
 シュウはそのお地蔵を見つめていた。どこか悲しそうに。

「シュウ…これは?」
「このお地蔵様は、この島の守り神と言われているんだ」
 シュウは答えた。守り神…。
「へぇ〜…でも何で頭にボール乗せてるの?」
「この島には、古くからサッカーみたいに玉を蹴りあう競技があったんだ」
「じゃあこれはサッカーボール?…サッカーの神様だね」
 海音は言った。サッカーの神様がこの島の守り神…、何か不思議な感じだった。

 するとシュウはさらに悲しげな表情をした。昔を思いだし、それを悔やむような瞳だった。
「そうだね…でもこの島ではサッカーで大事な事を決めてた。村のリーダーとかね…。だから僕も昔からボールを蹴ってた」
「だからシュウはサッカーが上手いんだ…」
 サッカーで大事な事を決める…すなわちサッカーの強さが人の価値を決めるのだ。
 だからこそシュウは強くなる必要があったのかもしれない。
  ———フィフスセクターと同じだ…。
 海音は少し寂しげにそう思った。

 あ、そうだ…とシュウは立ち上がった。
 そして海音を見つめる。

「そう言えば君に約束したね…。人が化身を持つようになるわけを教えるって」
「あ…忘れてた」
 シュウに言われ海音も思い出す。強くなりたいという思いが化身を作り出す、それは二番目だと言っていた。
 じゃあ、最も大事なのは何なんだ?

「シュウ何なの?人が化身を持つ理由って…」
「………」
 シュウは一呼吸置き、海音を見つめる。そして答えた。



 「———人が化身を持つための一番の条件。それは……過去に大切な物を失っていることさ」



「え…?」
 海音は頭が真っ白になる。意味が理解できない、したくない。過去に大切な物を失っていること、それが…化身使いになるための条件?
「シュウ…それって…」
「そのままの意味。だから化身使いはどんな形であれ、過去に何かを失っているんだ」
 ということは逆に、化身使いになるためには自分の大切な物を失わないといけないのか?

 そんなの…残酷すぎる。

「大切な物を失えば、人の心には穴が開く。その穴を埋めるために化身が生まれるんだよ…、これが化身の真実。まあ化身程度では穴を完全に塞ぐことなんてできないけどね」
 淡々とシュウは言葉を紡いでいく。
 途端に視界がくらみ始めた。

「…この事実をどう受け止めるかは、君次第さ」

 そのシュウの言葉を最後に、
 海音の意識は完全にそこで途切れた。



 * * *



「——い、起きろ!海音ッ!」

 思いきり揺さぶられる感覚と共に、海音は目を覚まし顔を上げた。どうやら教室の机に顔をうずめて寝ていたらしい。
 横を見てみると、改造制服の剣城が立っていた。風邪は治ったようで、顔色も悪くない。

「…剣城…」
「もう部活が始まるぞ、いつまで寝てんだよ」
 剣城は呆れ顔でそう言った。海音はまだ目覚めきっていない目をこすり、椅子から立ち上がった。
 思考が完全に回復していなくても、シュウの言っていた事はハッキリと思い出せる。

 ———過去に大切な物を失っている、それが化身使いになる条件。

 この事は天馬に話すべきか?
 …いや、やめておこう。余計な混乱を招きそうだ。

「………」
「…海音ほら行くぞ、もう部活始まる」
「……うん」

 海音は頷き、剣城と共に誰も居なくなった教室を出ていった。



「…ねぇレイン、君は知ってたの?化身が過去に大切な物を失っていないとつくれないこと」
 剣城と廊下を歩きながら、海音はレインに問いかけた。しばらくレインは何も言わなかったが、答える。
『ああ、わかっていた』

 やっぱり。海音は特にレインを攻めることはなくそう思った。
 そして海音は剣城の方へ目を向ける。剣城は何となくわかる、優一の足だろう。
 だが神童は?化身を出せるということは何かを失っているのだ。

  ———いや、考えるのは止めよう。考えれば考えるほど深追いしてしまう。

 すると海音の少し前を歩いていた剣城は海音を振り返った。
「お前、誰と話してるんだ?」
「え?あ、いや…独り言だよ」
 海音は笑ってごまかした。
 剣城は少し訝しげに海音を見たが、…そうかと言うと再び前を向いた。
 二人が歩いている時だった。

「…あ、二人とも」

 声がして二人は一度立ち止まり、横を見ると、向こうの通路から霧野と神童が歩いてくるのが見えた。
「霧野先輩…キャプテン…」
「お前らもまだ部活行ってなかったんだな」
 二人を交互に見ながら神童は言った。

「先輩方はどうしたんです?」
「図書室掃除だったんだ」
 霧野は剣城に苦笑する。すると神童は少し真剣な顔で海音の方へ目を向けた。
「なあ海音、お前——」


 だが神童の言葉はそこで途切れた。


 いきなり、不可解な映像の羅列が神童の頭の中に流れ込んできた。

「え…?」


 木造の部屋の中で、二人の少女の姿が見えた。青い長い髪を二つにまとめた少女と、きれいな栗色の髪を前で一つにまとめた少女。青い髪の少女は大体六歳ほどで、栗色の髪の少女は神童より年上で十六くらいだ。
 栗色の髪の少女は部屋の中の、窓の隣にあるベッドの上に寝ていて、青い髪の少女はベッドの前の椅子に座り少女の右手を握っている。

 …いや、栗色の髪の少女はすでに亡くなっていた。恐らく青い髪の少女がそれを見届けたのだろう。

『…莱瑠らいる、亡くなったの?』

 すると部屋の中に別の女性が入ってきた。二十代前半の若い女性で、黒い髪を腰辺りまで伸ばしている。
 莱瑠というのは、きっと亡くなった栗色の髪の少女の名だろう。

『うん…、莱姉死んだよ…』

 青い髪の少女は背を向けながら言った。俯いているのがわかった。
 そして少女は女性を振り返る。窓からの逆光で顔はあまり見えない。

『ねぇお母さん…、私も…こんな風に死んじゃうの?私も…莱姉みたいに、大人になれずに弱って死んじゃうの?』

 恐怖と悲しみが鮮明に伝わってくる。
 母と呼ばれた女性は涙を流していた。そして一言、娘に
『ごめんね…』
 それしか言えなかった。


「———神童?」

 突然涙を流し始めた幼馴染みを前に、霧野は驚きを隠せなかった。いきなり泣き始めるなど、いくら泣き虫の神童でも今までになかった事だ。
 呼んでも微動だにしない。異常事態だと感じた剣城は、神童の両肩を掴んで思いきり揺さぶった。
「キャプテン!しっかりしてください!」

「あ……」
 すると神童は我に返り、目を見開き剣城を見つめた。
「剣城…?」
「大丈夫ですか?」
 海音も心配そうに神童を見つめる。剣城の時みたいだ…と海音は思った。

 神童はたった今流れ込んできた映像の羅列が忘れられない中、右手で涙を拭いた。何故泣いたのか自分でもよくわからない。もしかしたらあの映像の影響を受けたのかもしれない。

 そう考えた時だった。


「神童ッ!!」


 海音が歩いていた通路の向こうから声が飛んでくる。そしてこちらへ走ってくる先輩ストライカーの姿があった。
「倉間先輩…?」
 何故倉間がここに?海音の疑問など知りもせず、倉間は神童の前まで走ってきては荒く肩で息をした。どうやら相当急いで走ってきたらしい。

「倉間どうしたんだ?そんなに慌てて…」
「大変なんだ!今すぐ第二グラウンドに来てくれ!」
 倉間は言った。驚いて四人は倉間を見つめる。
「どうしたんだよ倉間…」
 訊ねる霧野や三人に伝えるべく、倉間は今の現状を口にした。



 「フィフスセクターが来たんだ…!」