二次創作小説(紙ほか)

第20話 ( No.62 )
日時: 2013/02/10 19:50
名前: 時橋 翔也 (ID: cFLcjEJH)


何故俺はこんなにも…ピアノを狂ったように弾いているのだろう

神童はピアノに向かい、指を鍵盤に叩きつけながらそう思った
これは昔ある人に教わった曲だ 大嫌いで、繊細で温かい曲
ピアノは嫌いの筈だった なのに何故、こんなにも狂ったように弾いているのか…
「………」
やはり、サッカーの事が気になるのか
辞めたことに後悔はない…筈なのに、頭の中はサッカー部の皆や未来の事でいっぱいだ
だからこそこうしてピアノを弾いているのだろう サッカーの事を頭から切り離す為に
けど… サッカーが無くなったら、自分が自分じゃなくなる気がした

昔はサッカーが楽しかった サッカーを始めたのには理由があるのだが、あまり思い出したい記憶ではない
何故サッカーは管理されないといけないんだ?管理しなくても、サッカーはもっと楽しめるはずだ かつてイナズマジャパンがそうしていたように

…いや、どうなのだろう…

そのイナズマジャパンが世界一になった事でサッカーの人気が上がりすぎてしまった
サッカーがスポーツの主流となり、他のスポーツは大分衰退してしまったのだ いまだバスケや野球は勢力があるらしいが
さらにサッカーの強さが社会的価値を決めるようになった サッカーが弱い学校が廃校になったというニュースはフィフスセクターができる前は当たり前だった…サッカーが人の価値を決めていた時代だった

人々を楽しませるサッカーが、一部の人々を不幸にしている それならいっそのことフィフスセクターに従って管理サッカーをした方がいいのではないか
サッカーが人の価値を決めるなんて馬鹿げている サッカーではなくバスケや野球、最近大分衰退してしまったバドミントンやテニス そういったスポーツをしていた人はどうなる?サッカーをしている人に比べたらかなりの差が生まれている 自分の友人の中にも少なからずそういう人はいたのだ

サッカーは所詮スポーツだ 価値を決めるものじゃない

けれど、この気持ちはなんだろう

本当に管理サッカーが正しいと言い切れるのか 勝敗があらかじめ決まっているサッカーなんて、どこに価値がある?
価値を決めるものじゃないと言ったのに、価値を問うなど滑稽な話だなと我ながら思う

俺は…どうしたら…

その時だった
『拓人様、お客様です』
部屋に設置されているインターホンから執事の声が聞こえた
「…誰だ?」
神童は訊ねる ピアノを弾きながら
『雷門の…雪雨様と松風様です』
二人の名前が出たとき、神童はぴたりとピアノを弾く手を止めた
雪雨と…松風? なぜあいつらが…
「わかった…通せ」
神童は少し考え、執事にインターホン越しにそういった 何しに来たのかはわからないが、門前払いする気にもなれなかった

そして神童は再びピアノを弾き始めた


——————


周りには高そうな家具ばかりが揃えられ、二人が歩く絨毯も大分高そうだ
「……」
海音は神童が弾いているピアノの音色に耳を済ませる 神童の葛藤がそのまま音になったような感じがした

二人は執事に案内された部屋の前に立ち、ドアを開く 海音や天馬と比べるとかなり広い部屋で神童が奥の方に設置されたピアノをこちらに背を向けながら弾いていた
「…何か用か?」
神童は執事がドアを閉めると訪ねた ピアノを弾いている手を止めることなく
「……栄都戦は、悪かったなと思います」
海音は言った
「でも、サッカーはこのままではダメなんです… キャプテンも気づいていたんでしょう?だからボクとシュートした…」
「……」
神童は少し考え、そして言った

「俺は初め…お前も剣城と共に送り込まれたシードだと思っていた」

「え?」
天馬は驚いて声をあげ、海音と神童を交互に見た
「だが…栄都戦を見る限り、それは誤った判断だと思った…シードではないんだろう?」
「はい… ボクは剣城とは初対面だし、フィフスセクターに入ってもいません」
海音は言った そんなふうに思っていたのか…別にショックではないが、悲しい
「…キャプテン、練習に行きましょう 皆待ってます」
海音はそれを表に出すことなく言った

「……監督から聞かなかったのか?俺は退部したんだぞ」
神童はそれだけ言った
どうやら円堂の言っていたように、本気で退部する気らしい
すると天馬は声を上げた
「キャプテン!俺は…俺はキャプテンとサッカーしたいです!」

天馬が言ったとたん、神童は曲を弾くのを止め、手を思いきり鍵盤に乱暴に叩きつけた 不協和音が部屋中に響き渡る

「俺はもう辞めたんだ!!もう…情熱なんてないんだ!!」
神童は今にも泣き出しそうな顔で二人を振り返る
「違います!!キャプテンは…サッカーが大好きな筈です!!」
「黙れッ!!!」
海音を思いきり睨み付け、神童は叫んだ
「これ以上…これ以上サッカー部で管理サッカーをしていたら、俺は本当にサッカーが嫌いになる!!」
「キャプテン…」
天馬は悲しい顔で神童を見つめた そこまで追い詰めていたのに、自分達は気づかなかったのだ

「…下郎が」

部屋全体の空気が一瞬で変わる
二人は海音を見つめた 見た目に変化はないはずなのに、雰囲気が先程とは別人だ
「お前は逃げているだけだ サッカーとも試合とも向き合えず…現実逃避をする下郎だ」
海音は淡々と言った このような海音を、天馬は一度見たことがある
「嫌いになる訳をサッカーのせいにするな、原因はいつだって…お前の心の弱さだ」

「もう二人とも帰れ!!」

神童は二人に背を向けいい放つ
「話すことはもうない…もう出ていけよ!!」
「キャプテン…」
すると海音の雰囲気がいつもと同じになる とたんに天馬は少し安心した
天馬も神童を見た
「俺達は待ってます…またキャプテンとサッカーできる日を」
「帰れと言ってるだろ!!」
神童は叫んだ 海音はため息をつき、天馬を見た
「…帰ろっか、天馬」
「うん…」
天馬も仕方なく頷いた

二人は失礼しましたと最後に言うと、神童の部屋から姿を消した
一人残された神童は俯いている
「……」

『お前は逃げているだけだ サッカーとも試合とも向き合えず…現実逃避をする下郎だ』

『嫌いになる訳をサッカーのせいにするな、原因はいつだって…お前の心の弱さだ』

先程海音に言われた事が頭から離れない
神童は海音の雰囲気が変わった事より、この言われた言葉の方が印象強かった
雪雨海音… あいつは自分を否定している
管理サッカーをすることでサッカー部を守れると信じていた弱い自分を…

「…わかっているさ、そんなこと…」

海音からの言葉を噛み締め、神童は右手を見つめながら握りしめると、一人 そう呟いた