二次創作小説(紙ほか)

第29話 ( No.89 )
日時: 2013/03/08 21:31
名前: 時橋 翔也 (ID: FMSqraAH)


「…剣城が?」

話を聞いた神童は驚いて声を上げる
昼休み、昼食を済ませた海音、天馬、信助、神童、三国の五人は人気のない廊下に集まり話をしていた
剣城が気を失って保健室に運ばれたというニュースは意外なことに噂にはなっていなかった 存在感が無いわけではないが、剣城がどうなろうと生徒たちは気にも止めないのだ
「はい… 突然様子がおかしくなって…」
海音は俯いたまま話した もしかしたら自分があんなこと聞いたせいだろうか…そんな不安と責任が重くのしかかる
「…剣城が以外だね」
信助は言った 剣城のあのイメージから倒れたり泣いたりすることなど想像もつかない

すると三国が自分の後輩たちを見た
「実は…話は変わるが、今日は全員で練習が出来そうにない」
「え、どういうことですか?」
天馬は三国を驚いて見つめた 三国は続ける
「さっき車田と天城に、今日は一緒に練習出来ないと言われたんだ」
「…俺も霧野達に、別々に練習したいと言われました」
暗く神童は言った 自らの親友に言われた一言が針のように心に突き刺さる

「…それでもやるしかないんです」
海音は四人に言った
「もう後戻りは出来ない… ボクらでフィフスセクターと戦いましょう」
「…そうだね海音」
天馬は微笑むと、右手の拳を前に出した 続いて海音、信助、神童、三国の順に拳を前に出す 円形にそれぞれの拳を触れ合わせると、なんだか勇気が出てくる気がした

「…頑張りましょう、ホーリーロード!」

「オオッ!!」


「………」
そんな五人を少し離れた曲がり角の向こうから見ていた霧野は俯いた そして持っていた青いファイルを抱き締める
天河原戦…いや、神童が退部を取り消して戻ってきた時から、見えない厚い壁が自分と神童を隔ててしまった気がした

昔から仲がよかった筈なのに、こんなにも簡単に引き裂かれるものなのか?そんな疑問を振り払い、霧野は神童達の方に背を向け、保健室へと歩き出した


——————


目覚めて始めに感じたのは、薬品の香りだった

剣城は目を横に向ける どうやらここは保健室のようで、保健室のベッドの一つに寝ていたらしい ベッドの横には着ている改造された制服の上着がハンガーで壁に掛けられ、毛布にしまいこまれていなかった右腕の裏には点滴の針が管と共にテープで貼られていた 点滴の透明で鉄の棒に吊るされた袋の中には透明な薬が入っていて、速くも遅くもない一定の早さで一滴ずつ落ちていく

いつの間にか気を失っていたのか そんな考えと共にふと思い出すのは、突然頭に流れ込んできた阿鼻叫喚の映像の羅列
酷い有り様の集落 泣き叫んでいた少女
思い出すだけで悪寒と吐き気がする
剣城はゆっくりと起き上がる 寝ていたはずだが身体はかなり重く感じた
辺りを見回すと保健室の先生は見当たらない 一刻も早くこの点滴を外したいが、知識を持たない自分が勝手に抜けばどうなるかわからない

「………」
一体あの映像は何だったのだろう 剣城の記憶ではあんな出来事は知らないし、もしあったとしたら決して忘れることも無いだろう だがあの出来事は紛れもない事実である気がした
少なくとも、普通の人なら気が狂う有り様だった 剣城もあのまま映像の羅列が続いていれば、精神に異常をきたしていたかもしれないと考えると怖くなった
情けないな… そう思った時だった

ドアが開かれ、そこから霧野が入ってきたのが見えた
「……!」
剣城は霧野を見つめる 少し歩き、剣城の存在に気づいた霧野も剣城を見た
「…剣城…」
霧野は言った 黒の騎士団戦の時とは違い、敵意はまるで無かった
「本当に保健室に居たのか」
そう言うと霧野は持っていた健康観察ファイルを保健室の机の上に置いた
剣城は何も言わずに霧野を見つめている
「…お前、以外と髪長いな」
すると霧野は言った
そして剣城はいつの間にかポニーテールにしていた髪がほどかれ、肩より長い髪が垂れている事に気がついた
あまり見られたい姿では無かった 剣城は急いで髪を縛ろうとするが、肝心のゴムがどこにも見当たらない

その様子を見ていた霧野は何を思ったか二つ縛りにしていた髪のゴムを二つとも外した 普通の男子より圧倒的に長い髪がほどかれ、ますます女子のように見える
そして霧野は剣城に近づいた
「…ほら、やるよ」
剣城は目の前に差し出された抹茶色のヘアゴムと霧野を交互に見た
「………」
剣城は何も言わずにゴムを取ると、すごい早さで髪を縛り上げた
霧野も残ったゴムで長い髪をひとつ縛りにした あまり見られない霧野の髪型だ
何故霧野がゴムをくれたのかはわからないが、取り合えず考えないことにした

「…ありがとう、ございます」
普段の剣城からは想像もつかない言葉を小さく、俯いたまま言った
霧野にはその言葉が聞き取れたようで、少し笑うとそのまま保健室から出ていった

後に残るは、静寂のみだった