二次創作小説(紙ほか)

Re: 少年陰陽師1夜 『花』 ( No.21 )
日時: 2013/03/07 19:51
名前: 透明 (ID: 1.h02N44)

「姫宮、ちょっといい?」
一声かけた風音は命婦がいないことを確認すると姫宮の前に座った
命婦の前でこんなことをしたら命婦の眉がつり上がるだろう
なんせ命婦は姫宮をとてもとても敬愛しているのだ
姫宮と呼ばれた内親王・脩子は首を傾げた
ちなみに彼女は今年で九歳になった
「風音、なに?」
「昌浩があなたに会いたいと」
ぱっと脩子は瞳を輝かせた
その仕草が愛らしく、風音は内心微笑ましかった
脩子はちょうど万葉集を読んでいたので、自分で作ったしおりをそれに挟めると文机に置いた
「本当?私、久しぶりに昌浩と話がしたかったのよ。…この間は結界を見て帰ってしまったのでしょう?」
昌浩がこの宮に来たというのは彼が帰った後、藤花に聞いただけだ
脩子は頬をふくらませた
「また命婦がなにか言ったのでしょ。どうして昌浩を嫌うのかしら」
風音は肩をすくめた。彼女は理由を知っているが、余計なことは言わない方がいいだろう
「さあ…。でも姫宮は昌浩のこと、嫌いではないでしょう?」
脩子は頷いた
「なら大丈夫よ。あなたが昌浩を好んでいるなら」
ほっとした様子の脩子は気持ちが軽くなったようだ
「そうね。昌浩はとても頼りになる陰陽師だわ。風音、よんできてちょうだい」
「ええ」
風音は立ち上がると廊下に座している藤花に話しかけた
「藤花様、昌浩を迎えに行ってあげて」
「…わかりました」
藤花が昌浩の所へ向かっているのを見送った風音は、ふと眉根を寄せた
一瞬霊力が迸ったのを感じた
場所はどこだろう
「庭に…結界が張られている?」
どうやら昌浩の霊力で作られたものらしい
風音は結界の種類をさぐった
「…姫宮に害を成す結界ではない」
そうしてこんなことをする必要がないことに気づいた
昌浩が術で人を傷つけようとする人柄ではないのを風音はわかっているつもりだからだ
彼女は頭を振ると脩子がいる対屋に戻った
「姫宮、昌浩が来るまでに御召し替えましょう」
「昌浩は?」
「伝言をこちらに届けただけだからまだ大内裏にいるわ」
昌浩が大内裏にいるというのはもちろん嘘だ
彼が幻影の結界を作り上げたのは何か理由があると思ったので時間稼ぎをしたのだ
—藤花様に見せたいものがあるんだわ
前に昌浩から聞いたことがある
—……彰子に見せるって約束したんだ。…まだ一度も見せられてないんだけど
風音が何を見せるのかと問うと彼は秘密、と笑っていたのを覚えている
—……彰子の喜ぶ顔が見たいんだ
子供ながら誰かのことを大切に想える昌浩
昌浩がそう想うくらい彼にとって特別で心優しい性格の持ち主である彰子
風音は子供の頃、そんな人はいなかったし小さな幸せもめったになかった
だから本音がぽつりと口から漏れた
「…羨ましいわ」
「風音、どうしたの?」
不思議そうにしている脩子に呼ばれて急いで笑顔を顔に貼り付けて唐櫃に手をついた
「なんでもないわ。どれがいいかしら」
衣を何枚か取り出した風音は瞳を伏せた
昌浩と彰子、互いに強い想いは同じだが、生涯共にいられるかというと無理だろう
左大臣・道長の実の娘である彰子、いや、藤花と結ばれるのに昌浩が足りないもの
それは高い身分だ
彼が心得ているからこそ周りはなんとかしたいと思うのだろう
—身分ってどうしてこんなに面倒なのかしら
しみじみそう思うのは藤花が昌浩を見送るとき、昌浩が藤花の後姿を見つめるときにとても切なく、寂しそうな瞳をしているからだ
命婦が二人に目をつけている中、命婦がいない今日はいい機会だ
「二人には少しくらい会う時間がいるのよ」
開いた蔀戸の間から見える雲ひとつない青空を風音は目を細めて眺めた