二次創作小説(紙ほか)

Re: 第二百二十話 孤児 ( No.385 )
日時: 2016/09/13 10:17
名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: 9yNBfouf)

碧天将直属護衛ロフトには、親がいなかった。
正確に言えば、生まれてすぐに親に捨てられ、知らない大人に拾われて孤児院で育ってきた。
保護された、と言えば聞こえはいいが、実際の孤児院の環境など最悪だ。
生きるために必要な食事、睡眠などは取れるが、それ以外の環境が悪すぎる。
特に人間関係。住まされている寮舎ごとに派閥が生まれ、その派閥でいがみ合い、職員に対しても心を開かず、ドロドロとした人間関係の中でロフトは育ってきた。
だが、食事と睡眠が保証されているだけでも、ここでの生活は充分だったのかもしれない。
なぜなら。

九年前のB・S団襲来により、孤児院の子供たちは住む施設すら失われることになったからだ。

多くの孤児たちが、黒づくめの組織に連れ去られた。
何とか逃げ出すことができたのは、ロフトを含めた数名だけだった。
それからの生活は、まさに地獄。孤児院にいた方がよっぽどマシだと思えるほどだった。
ロフトをリーダーとして、商店街から食べ物を盗み取ったり、路地裏に入り込んだ哀れな酔っ払いを襲撃し、金品やポケモンを奪い取ったり、そんな生活が何年も続いた、ある日のこと。
その日も、腕っ節の弱そうな男が一人、路地裏に入り込んできた。
ロフトたちは生きるため、その男を狙った。


「ここに入り込んだのが運の尽きだな」
「お前に恨みはないが、金目のものは全て置いて行ってもらうぞ」
片手にモンスターボール、もう片手にバールや鉄パイプなどを手にし、ロフトたち五人は瞬時にその男を包囲した。
「なるほど。商店街に住むならず者の集団がいるって聞いてやって来たんだが、お前らのことだな。丁度いいぜ、お前らに用があるんだ」
だが五人に囲まれても、その男は余裕を浮かべたまま辺りを見回し、懐からボールを取り出した。
「っ、舐めてるな……!だったら! 行け、マリル!」
「出て来い、プラズン!」
「頼む、ドーミラー!」
「やれ、モンジャラ!」
「お前もだ、ゴキブロス!」
五体のポケモンが、その男を取り囲む。
「力尽くで奪い取る! お前たち、行け!」
それぞれのポケモンたちが、一斉に男へと襲い掛かった。
しかし。

「サーナイト、サイコキネシス」

次の瞬間には、彼女らのポケモンは全て吹き飛ばされていた。
「……!?」
男の方を見れば、見たこともないような美しい人型のポケモンが男の横に立っている。
「襲撃には手慣れてる様子だが、まだまだ子供だな。そんなんじゃ、いずれは捕まっちまうぞ」
「ぐっ……!」
ポケモンがやられ、今度は手にした鉄パイプで襲い掛かろうとするロフトたちだが、体が動かない。
「ダメだぜ。お前らの体はサーナイトが操ってる。諦めて降参しな」
「うるさい! 貴様のような平和な世界の人間に、捨てられた私たちの何が分かる!」
唯一動く口を開き、怒声を浴びせるロフト。
対して、
「お前ら、何か勘違いしてねえか?」
その男は、ロフトたちを見回し、そう言った。
「俺も親がいねえんだよ。お前たちと同じだ。そんでもって、最初に言ったがもう一度言うぜ。お前らに用があるんだ」
そして、男はロフトの前まで移動し、しゃがみ込む。
「お前がこいつらのリーダーだな。その往生際の悪さ、俺は嫌いじゃないぜ」
「……何が言いたい」
男を睨みつけ、ロフトはそう返す。
「自己紹介がまだだったな。俺の名はセドニー。とある組織の一員で、今は頼れる仲間を探してる」
セドニーと名乗った男は、ロフトの目を真っ直ぐに見据え、こう言った。

「お前ら、俺に力を貸してくんねえか?」

「なに……?」
ロフトにはセドニーの言っていることが理解出来なかった。
正確には言っている言葉の意味自体は分かるのだが、そのような言葉が自分たちに向けられていることが理解出来なかった。
そんなロフトをよそに、セドニーは再び周囲の少年や少女を見回す。
「言ったろ、お前らに用があるってな。俺は一応組織の幹部みたいな立ち位置にいるんだがよ、リーダーシップってもんがねえから、俺をサポートしてくれる有能な部下が欲しいんだ」
そして、セドニーは再びロフトの方を向く。
「特にお前だ。こんな滅茶苦茶な環境の中で、仲間をまとめて生きてきたその統率力、すげえ事だと思うぜ。少なくとも、俺には出来ねえ」
ロフトには何となく分かった。
根拠はないが、この男は素直に自分の力を賞賛している。
「お前らだってそうだろ? こいつがしっかりしてるから、ここまで生きてこれた。そう思ってんじゃねえか?」
周りの四人にセドニーが言葉を掛けると、四人は黙ったまま頷いた。
「ほらな。お前たち五人は凄い人間だぜ。少なくとも、こんな路地裏での生活を強いられないといけないような人間じゃねえ」
そう言って、セドニーは立ち上がり、後ろで控える人型のポケモンに指示を出す。
そのポケモンが手を降ろすと、ロフトたちを操る力が解けた。
「まぁ俺の組織も世間に誉められるような組織じゃあない。もしかしたら俺は今お前たちを深い闇の底に引きずり込もうとしてるのかもしれない」
だが、とセドニーは続け、

「少なくとも俺の仲間になれば、今よりもずっといい環境で生きられる。それだけは間違いない。俺はお前たち五人を、俺の仲間に引き入れたい。来てくれるなら、立ち上がれ」

生まれて初めて掛けられた言葉だった。
今まで関わってきた人間とは違う。この男は、自分たちを一人の人間として見てくれている。
人から必要とされていると感じたのは、初めてだった。
男について行くかどうか、考える時間など、一秒もいらなかった。
「……あぁ!? ちょ、やめろって、おい!」
セドニーが素っ頓狂な声を上げる。
ロフトたち五人が涙を流しながら一斉にセドニーにしがみついたからだ。
今まで耐え続けてきた苦しみから、やっと解放される。殺していたはずの感情が、溢れ出したのだ。
「あー、分かった分かった! 分かったから! だから泣くな! おい! 聞いてんのか! サーナイト、助けてくれ! 動けねえ!」


その後、ロフトは努力の末にセドニーの直属護衛までのし上がり、他の四人は下っ端の中でも上位についた。
セドニーへの恩を、忠誠心を、彼女らは一時も忘れた事はない。
例えこの組織が闇の最深部を生きる組織だったとしても。
ロフトたちにとって、セドニーは、自分たちの人生を変えてくれた命の恩人なのである。



「サーナイト、十万ボルト!」
サーナイトが高電圧の電気を生み出し、強力な電撃を発射する。
「マリルリ、躱してアクアテール!」
跳躍して電撃を躱し、マリルリは尻尾に水を纏うが、
「そこだ! サーナイト、ムーンフォース!」
サーナイトが両手を構え、月光のように神秘的な純白の光線が撃ち出される。
月の光がマリルリを飲み込み、壁まで吹き飛ばした。
「っ、マリルリ!」
壁に叩きつけられ、マリルリは地に落ち、戦闘不能となった。
「マリルリ、よく頑張った。休んでいろ」
マリルリをボールに戻し、ロフトはセドニーの方へと向き直る。
「流石セドニー様ですね。やはり私ではセドニー様には及びません」
「まぁ仮にも天将の一員だからな。つかお前にポケモンでも負けたら、それこそ俺の存在価値がなくなっちまうよ」
冗談交じりにセドニーは笑う。
「そんなことありませんよ。私はセドニー様が上司だからこそ、ネオイビルでやって行けるのです」
真剣な表情でそう返し、ロフトはセドニーの元に歩み寄る。
「セドニー様、改めてお礼を言わせてください」
「いやいや、やめてくれよ。バトルに付き合っただけだぜ」
「いいえ、そこではなく」
「あん?」
頭に疑問符を浮かべるセドニーに対し、ロフトは深く頭を下げた。

「あの時、私たちを拾ってくださり、本当にありがとうございました」

それを見たセドニーの顔が、急に赤くなる。
「や、やめろって急に。恥ずかしいわ、お前今日本当にどうしちまったんだ? さ、さあ、バトルも終わったし、明日も早いし、部屋に戻るぜ。明日以降も作業は残ってるんだからな」
「はい、了解です!」
いつも寡黙で表情を変えないロフトが、珍しく微笑んで頷いた。


ロフトと別れ、セドニーは一人で自室に戻り、座り込む。
バトル前のロフトの言葉が、セドニーには衝撃的だった。

直接一戦交えれば、セドニー様の抱えている悩みが何か分かるかもしれません——

その言葉が、ずっとセドニーの頭の中に響く。
(部下にも見破られるくらい、顔に出てたってことか)
はぁ、とセドニーは息を吐く。
相当な苦悩がセドニーの脳内で渦巻いているのは、紛れもない事実だった。
(だけど、この問題だけは誰の力も借りられねえからな)
こればかりは自身の問題だ。
部下が力不足という意味ではなく、自分でしか解決出来ない問題。
二つのモンスターボールを取り出し、足元に置く。
一つは普通のボール、もう一つは二重の鎖の描かれたボールだ。
「こいつらを守るために、俺は、何が出来る……?」
セドニーの口から、言葉が零れた。
まるで、考えていたことが思わず口から漏れてしまったかのように。