二次創作小説(紙ほか)
- Re: 第二百二十二話 紛争 ( No.387 )
- 日時: 2016/09/17 13:59
- 名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: 5wdlXp6k)
輝天将直属護衛マツリは、治安の悪い区域に住んでいた。
法律があまり意味をなさず、小さな紛争ならしょっちゅう起こっているような、そんな不安定な環境の中で、マツリは両親とともに育ってきた。
マツリの家族は決して高い地位の一家でもなく、普通の家族に過ぎない。だから、彼らは常に紛争や犯罪から逃れるような生活を送ってきた。
元々気が強くもなく、曲がったことをあまり好まない少年であるマツリが、この環境の中で生きることが出来たのは、自分を育ててくれる両親がいたからだ。
しかし。
不幸なことに、その少年は、十代前半という若さでその唯一の心の支えを失ってしまうことになる。
真夜中だった。
大砲のような爆音でマツリは目を覚ました。
何が起こったのか分からず、部屋で呆然としていると、両親がマツリの部屋へと入って来た。
「ど、どうしたの!?」
「マツリ、早く起きるんだ! 今すぐここから逃げるぞ!」
酷く慌てた様子で父親に急かされ、マツリは急いで飛び起き、家を出た。
その瞬間、マツリの目に入ったのは。
炎に包まれた街と、激突する二つの軍、そして見たこともないような無数のポケモンだった。
「な、なんなの、これ……」
「分からない! でもこの村にはもう住めない! 逃げるしかないのよ!」
母親に手を引かれ、マツリも走り出そうとする。
だが。
体が、足が、動かなかった。
恐怖を目の当たりにし、体が強張り、動くことが出来なかったのだ。
そして。
戦争の波は、すぐそこまで来ていた。
「マツリっ!」
気づいた時には、既に遅かった。
流れ弾。
漆黒の衝撃波が、マツリの目の前に迫っていたのだ。
体が動かないマツリには、どうすることもできなかった。
恐怖に飲み込まれ、目を瞑ることしかできない。
一瞬後には、自分は意識を失い、二度と戻ることはない。
刹那。
戦地の隅で、炸裂音が響いた。
「……?」
おかしい。
いつまで経っても、自分は意識を失わない。
まだ体が強張っている中、マツリは恐る恐る目を開ける。
次の瞬間、目に飛び込んできたのは。
目の前で赤黒い液体を流して倒れる、両親の姿だった。
「父……さん? 母さん?」
マツリの口から、言葉が漏れる。反応は、なかった。
「嘘……父さん!? 母さん!?」
声を荒げても、体を揺さぶっても、両親の反応はなかった。
そこでマツリはふと気付く。戦争の炎が、かなり近くまで迫っていることに。
最早マツリに生きる気力は残っていなかった。
自分もここで親の後を追おう。このまま、戦火に飲み込まれてしまえばいい。
そう、考えたところで。
閃光、直後に大爆発。
天からの雷撃が、全てを吹き飛ばした。
それまで響いていた爆音や怒号、雄叫びが、一瞬で静まり返った。
マツリの耳に入るのは、僅かに残った炎が燃える音。
そして。
徐々に近づいてくる、二つの足音。
「……?」
マツリが顔を上げると、すぐ近くに人間がいた。
橙色の髪を無造作に跳ねさせ、軍服を着、背中に赤いマントを羽織った頑強な体つきの男。
その後ろには、片目の潰れた、刺々しい青色の獣のような大きなポケモン。その体には電気が迸り、火花が散っている。
「……子供か」
その男はゆっくりと口を開いた。
同時に、そのポケモンがマツリの近くに顔を寄せる。
怯えて声も出せないマツリだが、そのポケモンはマツリの匂いを確認し、すぐに顔を引っ込めると、男に向かって首を横に振る。
「そうか、この子供は奴らとは無関係か。ならば殺す必要はないな。堅気の子供を手にかけるほど落ちぶれたつもりはない」
そこでふと、男はマツリの目の前に目線を落とす。
動かなくなった二人の大人を見据えると、その瞳が僅かに険しくなる。
再びマツリに向き直り、男は口を開く。
「親か」
喋ることもできず、それでもマツリはゆっくりと頷いた。
その後ろのポケモンが進み出て再び匂いを確認し、もう一度首を横に振る。
男はそれを見て頷き、再びマツリに声を掛ける。
「これから、生きる当てはあるのか」
あるわけがなかった。
寧ろ、たった今死にぞこなったばかりだ。
悲しみと恐怖を通り越し、一時的に感情を無くしていたマツリは、ただゆっくりと首を横に振った。
「……そうか。ならば」
そんなマツリの様子を見ても、男はほとんど表情を変えない。
後ろのポケモンが唸り声を上げるが、男は気に留めない様子で淡々と言葉を続ける。
「生きる気力があるのならば、我について来い。いい環境かどうかはともかく、充分に生きられる環境なら得ることは出来るぞ」
マツリは動かなかった。
沈黙の時間が続いた後、それを破ったのはその男だった。
「……この状況で言われても、流石に立つことなど出来ぬか。仕方あるまい。間も無く警察が来るだろう、保護してもらうといい。マカドゥス、我らの任務は終了した。行くぞ」
男は踵を返し、マカドゥスというらしいその獣のポケモンを連れ、そのまま立ち去ろうとする。
が、直後、男はすぐに足を止めた。
少年が、男のマントを掴んでいたからだ。
「……いいだろう。マカドゥス、頼む」
振り返らず、男はマカドゥスに指示を出す。
マカドゥスがマツリに顔を近づけ、服の襟を咥え、その背中に乗せた。
そこでようやく。
「あの……名前……を……」
マツリが、ゆっくりと口を開いた。
「……我が名はトパズ。この世の戦争を無くすために、戦場に生きる者だ」
トパズと名乗ったその男は、やはり振り返ることなく言葉を続けた。
「精神状態が戻ったら、親の名を言え。この地に、立派な墓を建ててやろう」
そうして、マツリは輝天将トパズの配下となった。
マツリの知る由もないが、トパズが彼を直属護衛にしたのは、近くでいつでもマツリの様子を確認することが出来るからだ。
初めこそ直属護衛としてどころか、まともに戦力としても活動出来なかったマツリだが、徐々に自分を取り繕うことが出来るようになっていった。
変装と閉心によって本当の自分を抑えることを覚え、ようやくマツリは軍神トパズの直属護衛として、活動が出来るようになった。
しかし。
(俺は自信を持ってお前に言える。お前の生き方は間違ってんだよ! それを教えるために、僕は最後まで戦い抜くぞ)
ヨザクラタウンで戦った、要注意人物なる少年。
あの交戦の後、自分のやっていることに対しての疑問をどうやっても打ち消すことができない。
さらには、時々過去の記憶がフラッシュバックするようにまでなってしまった。
本当の自分を隠すために拵えた、生きるための自分。
その外殻は、既にボロボロだった。
バタン! と。
乱暴に、マツリの部屋の扉が開けられる。
「……! トパズ……様?」
真っ暗な部屋の隅で蹲っているマツリが、顔を上げた。
「マツリ、話がある。大事な話だ」
トパズが部屋の椅子に座り、口を開く。
「話……? なんですか……?」
弱々しい声で、マツリは聞き返す。
一瞬、トパズはかつて戦場でマツリを拾った時を思い出した。
「『ブロック』との決戦が終わったら、我はネオイビルを抜ける。お前も、共に来い」
「え……?」
呆然とした様子で、マツリは聞き返す。
「お前は全人類が平和に暮らせる世界を望んでいるのだろう。だとすれば、この組織ではそんな世界を創ることは出来ない。次の決戦、我らが勝てば戦闘専門の我は最早必要なくなる。負ければネオイビルは壊滅だ。いずれにしても、次の戦いが最終決戦となる。それが終われば、我はお前を連れてこの組織を去る。この組織にお前を引き入れたのは我だ。お前の人生を変えてしまった者として、少なくともお前が一人で生きられるようになるまでは、我はお前と共に生きることを約束しよう」
そう言葉を続けた後、トパズはマツリの反応を待たず、それ以降何も言うこともなく、部屋を出て行ってしまった。
「トパズ……様……」
マツリの目元に、再び涙が溢れる。
長い長い呪縛から彼が解放されるのは、そう遠くない未来だ——