二次創作小説(紙ほか)

Re: 第二百二十四話 影響 ( No.389 )
日時: 2016/09/24 08:58
名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: 7zVKYUQq)

「ああっ、もう!」

薄暗い部屋の中に、若い少女の苛立ちの声が響く。
その少女の瞳は紫色の光を放ち、口元からは一筋の血が垂れていた。
夜天のラピスは今、望んで『覚醒』したわけではない。
勝手に瞳が輝き、勝手に口から血が漏れたのだ。
ラピスの精神は、それほどまでに不安定な状態に追い込まれていた。
何故か、何故か分からないが、自身の力や感情を制御することが出来なくなってしまったのだ。
(いや……違う)
何故か。そう思いたいだけだろう。
本当は、その原因など分かりきったことだ。
『ブロック』との戦いで交戦した、二人の少女。
彼女らによって、ラピスの精神は大きく狂わされた。
(落ち着くのよ。あたしの名は夜天将ラピス。この世界への復讐のために生きる、ネオイビル七天将第三位の女。それ以外の何者でもない。あたしの名は夜天将ラピス! それ以外の名前なんてない。名前なんてない!)
必死に自分に言い聞かせ、暴走する力を何とか抑える。
ようやく瞳の光が収まるが、その瞬間に疲労がどっとラピスの体に押し寄せてくる。
「……はぁ」
全身の力が抜けたように、ラピスはぐったりと車椅子に深く腰掛ける。
他の天将と違い、ラピスには心の拠り所がない。
そもそも何を考えているのか全く分からないオパールは除外するとして、セドニーやメジストなど多くの天将は深い関係の直属護衛がいるし、唯一それに当てはまらなさそうなトパズは拠り所など必要ないくらいの強い精神力を持っている。
しかしラピスにはそれがない。直属護衛ジンはマターの人選によるものだし、そのジンも命令自体には忠実だがプライベートな会話をしたことは一度もない。
他の天将との関係は良好だが、それだけだ。
「どうしてこうなってしまったのかしら。自分の感情の制御も出来ないほど落ちこぼれたつもりはなかったんだけど」
答えが返ってくるはずのない疑問を、ラピスは小さく呟く。
だが。

「気付いてんじゃねえのか? そもそもこの組織が、お前には合ってなかったってな」

部屋の扉が開き、一人の男が部屋に上がり込んできた。
その男は全身を黒服で覆い、紋章の描かれた真っ黒なフードを被っている。
「……珍しすぎるお客様ね。せめてノックくらいしてくれると助かるんだけど」
破天のメジスト。
その言葉にいつもの覇気がないことは、ラピスにもはっきりと分かった。
「それにしても元気がないわね。いつもの調子はどうしたのよ」
「今のお前にだけは言われたくねえな。精魂尽き果てたみたいな顔してるぜ、お前」
「多分あんたもそんな顔でしょうよ。フードで見えないけど」
そんなことはどうでもいいわ、とラピスは続け、
「で、どうしたのよ。あんたがあたしの部屋まで来るってことは、それくらいには重要な用事があるんでしょ」
「俺様への態度だけは相変わらずだな。お前実は元気だろ」
序列三位と四位を争っていたこともあり、メジストとラピスの関係はそこまで良好ではない。どちらかといえば仲が悪い方に当たる。
しかし、
「悪いが、そんな大した用じゃねえよ。多分、お節介だって言われるだろうな」
「ふうん。ま、話くらいなら聞いてあげるわよ。どうせあんた暇なんでしょ」
今回に関しては、ラピスもメジストも状況が違った。
少なくとも、あまり好きではない人間と話していて落ち着きを覚えるくらいには追い込まれていたからだ。
「ケッ、ムカつく物言いだぜ。ま、お前が拒否しねえならこっちで勝手に喋らせてもらうぞ」
フードで顔は見えないが、恐らくメジストも今のラピスとほぼ同じような表情をしてあるのだろう。
そんなラピスの思惑は知らず、メジストは話し出す。

「お前、あの派手なガキに何か言われたろ。それこそ、お前の最も嫌いな過去をえぐるような事を」

ラピスの表情が途端に険しくなり、小さい舌打ちが聞こえた。
「……図星か。テンモンでの戦い以来、お前の様子が明らかにおかしいと思ったが、あいつの影響を受けたか」
「っ……だから何よ。あんたに関係ないでしょ」
苛立ちを込めた声で、ラピスはそう返す。
「悪いがな、あいつと関わってそうなったんなら、俺としては関係大ありなんだ」
「何でよ」
ラピスの言葉に対し、メジストはすぐに言葉を返した。

「俺も、奴の影響を受けてるからだよ」

メジストにしては極めて珍しいことに、彼はまっすぐな口調でそう返した。
「奴は一年前にこの組織の前身、イビルの幹部を務めていた奴だ。外部情報に疎いお前が知ってたか分からねえが、あいつは俺たちと全く同じ闇の中を歩んでいた人間だ」
「……通りで妙に言葉に説得力があるわけね。アジトで戦った子と違って、あの派手な子の言葉には変に重みがあると思ったけど」
「それだけじゃねえ。奴は一年で闇から抜け出し、『ブロック』側に付いている。信じられるか? 俺たちが今いるこの闇の最深部から、たった一年で光の世界に戻ってんだぞ? そんなことあり得るか? 奴の口調からすると誰かの力を借りて闇から抜け出したみたいな事を言ってたが、だとしてもあり得ねえだろ」
信じられないといった様子でメジストは語るが、ラピスは違った。
「……そういうことね」
小さく、ラピスはそう呟いた。
「あぁ?」
「何でもないわ。ただ何となく、あの子があたしに言った言葉の意味が分かった気がして」
怪訝な表情を浮かべるメジストだが、対照的にラピスは小さく笑っていた。
「ねえメジスト。あんたさ、この組織、この後どうなると思う?」
「分かりきったことを。『ブロック』に勝っても負けても、ネオイビルは終わりだ。お前だって気付いてんだろ? 『ブロック』に勝つってことは、マターがアスフィアの力を完全に手に入れたことと同じだ。そうなっちまえばあのマターのことだ。そこに俺たちが必要だと思うか?」
「いいえ、全く。でも、あたしのやることは変わらない」
「だろうよ。例え世界が終わるとしても、俺たち二人はこの世界への復讐を目指す人間だ」
最後の最後で、メジストとラピスの意見は一致した。
「ま、やりたいようにやれ。お前の心配をする気など全くないがな、お前がヘマすることで俺のやる事に支障が出ると困る」
「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。あんたが最後に負けてもネオイビルを抜けてもあたしの知ったことじゃないけど、あたしに余計な負担を掛けないでよね。ああ、一つ言い忘れてたわ」
「あぁ? 何だよ」
表情の見えないメジストに対し、ラピスは小さく笑い、一言だけ告げた。
「お節介」
「ハッ、そりゃどうも」
フードの下から僅かに見えるメジストの口元が、少しだけ緩んだ。
その後の会話は特になく、メジストは無言で部屋を去っていった。


五分後。
「失礼します!」
またもノックなしに勢いよく扉が開かれ、ラピスの部屋に一人の少女——正確には女性が飛び込んで来た。
「何よさっきから騒がしいわね。今度は誰?」
「突然ですみません! ソライト様の直属護衛、シーアスです! メジスト様がこちらに来ませんでしたか!?」
「五分ほど前に出て行ったわよ。どこに行ったかはあたしも知らないわ、残念だったわね。ちなみに、メジストにはどんな用?」
「ソライト様からメジスト様の元気がないと聞いたので、私が励ましてあげようと思いまして……」
「それなら心配なさそうよ。妙に元気になってあたしの部屋を出て行ったから」
「そうですか……急にすみませんでした! 失礼します!」
声だけは威勢がいいがしょんぼりしたような様子で、シーアスは部屋を出て行った。


結局、どこを探してもメジストは見つけられなかった。
「おやおや、残念でしたね」
「うぅ……ソライト様ぁ……」
机に突っ伏しながらバタバタと両腕を振るシーアスを見て、ソライトはやれやれといった笑みを浮かべながら肩を竦める。
その時。
「失礼します」
音もなく、ソライトの背後から一人の女が現れた。
傍には、スプーンを手にしたエスパーポケモン、フーディンを連れている。
「おやオパール。貴女がここに来たということは、そろそろですか」
「ええ。主からの伝言です」
オパールが唇をソライトの耳に近づけ、小さい声で話す。
「分かりました。それまでには間に合うと、マター様にお伝えください」
「了解いたしました。それでは」
それだけ告げると、オパールはフーディンのテレポートで消えてしまう。
「何だったんですか?」
「決定事項の報告です。予定通りに浮上を行うと」
「ってことは、いよいよですね」
「ええ」



この日は。
ネオイビルと『ブロック』が雌雄を決する、実に三日前であった。