二次創作小説(紙ほか)

第71話 パニック ( No.179 )
日時: 2013/07/21 00:12
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)
プロフ: 港町に襲い掛かる異変——

 唐突にフィアとイオンのバトルに乱入してきたそれは、どうやらポケモンのようだった。
 強固そうな鋼鉄の鎧を身に纏い、鉄球のような尻尾と剣のような角を持っている。


『Information
 メタゲラス 鎧角ポケモン
 非常に硬い鎧に身を包んでおり、
 ダイナマイトどころか最新鋭の
 兵器でも無力化してしまうほど強固。』


「メタゲラス……なんで、こんなポケモンがここに……? っていうか、どこから入って来たの?」
 まだ動きを見せないメタゲラスを図鑑で調べつつ、疑問符を浮かべるフィア。どう見てもこのメタゲラスは鈍重だ。それがまさか、誰にも気づかれずにここまで来たということはあるまい。
 その時、イオンの荒げた声が聞こえた。
「フィア君! あれ!」
「え?」
 この場にいる全員——観客も含めた全員がそれの存在に気付いたのは同時だった。

 空から大量のポケモンが降ってきている。

「な……っ!?」
「なに、あれ……」
 驚愕するフィア。流石のイオンも絶句している。
 空、正確にはこの円形闘技場の頂上部分付近から、夥しい数のポケモンが落下し、闘技場や観客席に降り立つ。それだけで観客は疑念の眼差しを向け、不安そうにしているが、その不安が悲鳴という形で現れるのは早かった。
 地に降り立ったポケモンたちは、攻撃を始めた。人に対して、物に対して、無差別に攻撃する。観客席の一部は砕け散り、人々はパニックに陥り逃げ惑う。混沌とした混乱が、フィアの目の前には広がっていた。
「こ、これって、かなりまずいことになってるんじゃ……」
「フィア君! 後ろ!」
 イオンが叫ぶ。フィアが振り返ると、そこには今まさに飛びかかろうとしているポケモン——デルビルの姿があった。
「サンダース、マッハボルト!」
 咄嗟に指示を出すイオン。サンダースも刹那の内に電撃を発射し、デルビルを吹っ飛ばした。デルビルはその一撃で戦闘不能となる。
「ぼーっとしないでねー。なんか、まじでやばいっぽいからさ」
「ご、ごめん……ありがとう」
「ま、いいよ。それより、このポケモンたちをなんとかしないと」
 見れば、フィアとイオンもかなりの数のポケモンに囲まれている。小型のポケモンがほとんどだが、そのすべては獰猛な眼差しをこちらに向けている。
「何が何だかわからないけど、わかってることは、このポケモンたちは危険だってことだよ。だったら、助けが来るまでオレたちでなんとかしないと、ね」
「う、うん……そうだね」
 そう言って、二人は互いに近寄って背中合わせとなり、足元のポケモンに目線を落とす。
 ブースターもサンダースもバトルの疲れが残っている。だが、数が多いとはいえ相手は野生のポケモンのようなものだ。疲労していても戦えるだろう。
「さーて、行こうか?」
「うん……!」
 そして二人は、それぞれのポケモンに指示を出す。避難を促す放送をバックに、火炎と電撃が、周りのポケモンを次々と蹴散らしていく。
 そんな中、フィアはふと思った。
(なんかこのポケモンたちの様子、どこかで見たことあるような……?)



「——繰り返します! 突如、大量のポケモンたちがライウタウンに出現しました! ポケモンたちは非常に興奮しており、攻撃してくるので速やかに避難して下さい!」
 放送室では、試合の実況をしていた係員がアナウンスで避難を促していた。そんなこと言わずとも多くの人物は逃げ出しているだろうし、どっちみちパニック状態の人々にこんな放送をしても無意味だろうが、アナウンサー魂とでも言うべきものから、せずにはいられなかった。
 まだパニック状態の人は多いが、この大会に参加しているトレーナーたちが率先して暴れているポケモンを鎮圧しているようなので、被害はある程度抑えられるかもしれない。
 そう思いながら、アナウンサーは叫ぶ。
「ユズリさん! 緊急事態です! 寝てないで起きてください、ユズリさん!」
「んにゅ?」
 本来なら解説役としてバトルの内容を解説するはずだったユズリは、よだれを垂らしながら寝ていた。チャンピオンの威厳もなにもあったものではない。
「なーにー? お昼ならいっぱい食べたよ?」
「何の話してるんですか! 違いますよ、ポケモンが大量発生して暴れてるんです! 私たちも急いで避難しないと——」
 と、その時だった。
 ドォン! と大砲のような勢いの拳が放たれ、放送室のドアが吹き飛ぶ。そして廊下から一匹のポケモンがのっしのっしと侵入してきた。
「ベ、ベロリンガ……!」
 現れたのはベロリンガ。しかし普通のベロリンガのように呑気な表情はしておらず、非常に獰猛で鋭い目をこちらに向けている。
 ベロリンガは拳を振り上げると、一直線にこちらへと飛びかかった。
「う、うわ……!」
 反射的に両手で顔を覆うが、そんなことをしても無意味なのは分かっている。ベロリンガは意外と力が強く、人間なんて簡単に吹き飛ばしてしまう。
 だがベロリンガの拳がアナウンサーに届く直前、双方の間に一つの影が割り込んだ。
「ユ、ユズリさん……」
 一瞬だけ捉えた視界に映っているのは、小柄なユズリの体躯。まさか自分を庇うつもりなのかと思い、すぐに手を伸ばそうとするが、違った。
 ユズリは彼を庇ったのではなく——
「うんしょ——っと!」

 ダァン!

 ——彼を救ったのだ。
「……!」
 絶句するアナウンサー。今彼の目の前で何が起こったかというと、ベロリンガの正面まで移動したユズリが、ベロリンガの腕を掴み、自分の体を支柱にして背負うように地面に叩きつけたのである。要するに柔道などにおける投げ技だ。
 その一撃でベロリンガは完全にのびてしまい、しばらく動くことはできなさそうだ。
 チャンピオン・ユズリ。小柄で能天気な彼女だが、意外と腕っぷしは強いようだった。
「うーん、なーんか大変なことになってるみたいだね……ルカリオ、いる?」
 グッと体を伸ばしながら、ユズリはどこかへと声をかける。
 すると次の瞬間、部屋の陰から、人型の影が出て来た。
 細身だが引き締まった青い肉体、犬のような頭部に、両手の甲と胸に一本ずつ突き出た棘。全体的に獣人のようなポケモンだ。


『Information
 ルカリオ 波導ポケモン
 あらゆるものの波導をキャッチ
 する。熟練されたルカリオは、
 どんな生命とも意思疎通が可能。』


「ルカリオ……これが、ホッポウ地方チャンピオン、ユズリのポケモンか……!」
 ホッポウ地方のポケモンリーグシステムは、他の地方とはやや異なる。いや、システム自体に大きな差はないが、そもそもホッポウ地方は、四つの島から成り立つという特異な形態の地方なので、ポケモンリーグという場所が特殊なのだ。その特殊性から、ホッポウ地方の四天王とチャンピオンのポケモンは、基本的に公開されない。強い、ということは分かるのだが、その強さがどういうものなのか、ホッポウ地方の人々は直に見ることがほとんどないのだ。
 そのためホッポウ地方の四天王は、各街のジムリーダーから選ばれることが多く、今は四人中三人の四天王がそうだ。
 そんなシステムの中、他の地方からのし上がってきたユズリが注目されるのも、無理からぬ話である。
「——ねーねー、聞いてるの?」
「あ、はい。なんでしょう……」
 と、ユズリの声に気付くアナウンサー。ユズリは闘技場と放送室を遮る強化ガラスを指差し、
「あのさ、もしこの事件を私が解決したとして、その解決のために仕方なく出てしまった損害は、やっぱり私の責任になっちゃうの?」
「え、いや……」
 そんなことはないと思う。
 ふざけたような態度のユズリだが、それでもチャンピオンだ。事件解決に乗り出してくれるのはありがたいし、もう闘技場のいたるところがポケモンによって破壊されているので、ユズリがバトルかなにかでさらに被害を出したとしても、よっぽどのことでない限り賠償を請求されるようなことはないだろう。
「そっか、ならいいや。よーし、そんじゃルカリオ、一発かましちゃって!」
「へ? あ、あの、ユズリさん……?」
 ぶんぶんと腕を回すユズリ。その背後からルカリオが音もなく歩み、強化ガラスの前に立つ。
 そして、

「ルカリオ、バレットパンチ!」

 次の瞬間、強化ガラスが大破した。
「……!」
 本日二度目の絶句。アナウンサーは相手口が塞がらない。
 ユズリはそんなアナウンサーに見向きもせず、綺麗に粉砕されたガラス(というかもはやただの穴)から顔を出し、外を見遣る。
「うーん……あれかな? ルカリオ、私はあっちに向かうから、ルカリオはその人を安全なとこまで連れてって」
 と言うと、ルカリオはすぐにアナウンサーを担いで消えた。あまりに速すぎて、アナウンサーは何も言えないまま連れて行かれた。
 ルカリオがいなくなったことを確認すると、ユズリは廊下に出る。
「そんじゃ、ちょっくら仕事しちゃいますか」



というわけで、突如街にポケモンが大量発生、という形でフィア対イオンのバトルは中止です。そしてユズリのポケモンも一体判明。誰かが予想していたと思うのですが、ルカリオです。さて、もう書くことも特にないので、次回、遂にあの人が登場です。お楽しみに。