二次創作小説(紙ほか)

Re: 【inzm】想像フォレスト ( No.17 )
日時: 2013/08/11 07:44
名前: 柳 ゆいら ◆JTf3oV3WRc (ID: J69v0mbP)

(長いです)


Page3  《物語》





 もう、ずっと部屋にこもりっきりでした。

 何週間、ここにいたのでしょう。すでに、月を数えることすら、忘れてしまいました。長いことここに座りっぱなしで、おしりの感覚はとっくのむかしに無くなっていました。

 ずっと座りっぱなしのまま眠っていないので、目の下のくまは、酷いものです。毎日、三食すべておにぎりふたつだったため、すっかり彼女はやせてしまっていました。

 ここからは、誰も救ってくれません。

 父ですら、この少女を見捨てました。まだこの子は中学生になって間もないというのに、父はこの少女を「どうでもいい。」と放っておいています。
 母は父の発言に怒りの表情をあらわにしましたが、いまではおにぎりをふたつ作り、それをドアの前に置いておくだけになりました。彼女の予想では、父が母を服従させるため、暴力でも振るったのだと思います。

 クラスメイトも同様です。いえ、クラスメイトのせいで、彼女はこの部屋から出ることができなくなってしまったのですから。

 母は、ほんとうにたまに、彼女のもとにやって来て、なにも言わずに頭を撫で、静かに出て行きます。母なりに、なぐさめてくれているのだということが、彼女にはぼんやり分かっていました。

 部屋の外は、彼女にとって深い森です。一度踏みこめばなかなか出ることができなくなる、迷いの森です。
 彼女は、迷って出られなくなるのが怖いです。もっと深いところに行けば、少女は野獣たちにやられ放題になってしまいます。それも、怖いのです。

 誰もここから助けてくれない。少女は、そう思っていました。

 ですが、きょう、それは間違いだと気づきました。

 ふいに、戸がノックされました。おそらく母でしょう。母はいつも戸をノックしてから、少女の了承を得て、部屋に入ってきます。

 少女は、ひざに顔をうずめたまま、できる限り声を振りしぼり、返答しました。


「どうぞ。」


 その声は、思った以上にかすれていました。
 ほんとうに、久しぶりに声を出しました。

 とびらが開く音がしたので顔を上げると、そこには、少女のまったく知らないひとがいました。

 まっ黒な髪を短く切って、ちょっと茶色っぽい瞳で、じっと少女を見つめています。どうやら、男性のようです。ですが、少女の目を引いたのは、彼が着ていた服でした。

 なんと、少女と同じ学校の男子用の制服だったのです。

 少女は、なにかされるのではないかと、身を震わせました。

 ですが、彼は少女に笑みました。

 きど
「木戸さくらさん……だよね。」


 思っていた以上に、彼の声は優しかったです。

 少女——さくらは、はっとして顔を上げました。
 いつぶりだろう……きちんと、名前を呼ばれたのは。

 さくらは小さく、こくりとうなずきました。それを見て、彼は安心したように、ふたたび笑みます。


「よかった。写真とは、ずいぶん違ったふうになってしまっていたから。」


 写真……ああ、入学したときに撮った、クラス写真のことでしょう。

 あたりまえです。さくらはこの何ヶ月にもわたって、おにぎりを一日六つしか食べていないのですから。

まつだかずま
「松田和馬。ぼくの名前だよ。」
「なんの用なの? わらいに来たの?」
「なにいってるの。ぼくは、さくらさんに学校に来てほしいんだ。」

 さくらはぎょっとして、目を見開きました。

 なにをいっているのでしょう、このひとは。


「ぼくは、1−Bだよ。」


 1−Bといったら、さくらのクラスです。しかし、こんなひと、いませんでした。


「ぼく、転校してきたんだ。二週間前に。九月のあたまにね。」


 なるほど。転校生とあらば、さくらが知るわけがありません。

 ですが、いったいなぜ、さくらに学校に来てほしい、なんていうのでしょう?



「さくらさんの席がずっと空席で、どうしたのかと先生に訊いたら、ずっと学校に来ていないと聞いたんだ。しかも、学校はとっとと休学扱いにしていた。」


 しかたないでしょう。五月頃からずっと、さくらは学校を休んでいたのですから。


「けれど、先生の話を聞いていると、どうしてもさくらさんに学校に来てほしくなった。いまのクラスは、完全に荒れきって、腐りきっているから。」


 なるほど、そういうことなのですか。

 さくらが学校にいたときは、クラスをまとめる役でした。だから、荒れきったクラスを仕切り、まとめ、もとにもどしてほしいのでしょう。
 もともと、1−Bは問題児ぞろいですし。


「駄目……かな。」
「どうしても、わたしじゃなきゃ駄目?」
「うん。お願いだ。」


 きゅうに、体中が暖かくなりました。

 その数秒後に、やっとさくらは抱きつかれていることに気づき、しかし、抵抗する力なんてないので、ただそのままになりました。

          ☆          ☆          ☆          ☆

 本にしおりをはさみ、私は本を閉じた。

 しょうじき、こんなのは、きれいごとだと思う。現実では、こんな暖かくて、優しいことはおきない。

 でも、私は、この物語の主人公——さくらが、うらやましかった。


 私もこんなふうに……抜け出せたらいいのに。


 そんなふうに、思ったりもする。