二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.103 )
日時: 2013/08/15 12:29
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)

 夏休みと言えば、学生は何を連想するだろうか。
 夏らしいものと言えばパッと思いつくのは海、プールや川、山などだろうか。他にも高校野球や高校総体といったイベントもある。
 しかしここで重要なのは、“学生”にとっての夏、である。成績不振者にとっては、遊びに行く余裕もなく、補習という名義で投稿させられることになるだろう。
 そうでなくとも、学生の夏というのは勉学にも勤しまなければならないもの。具体的に言えば、宿題だ。長期休暇の間に頭のスイッチが完全に切り替わらないようにするため、そして休暇までに習ったことを復習するため、夏休みという期間には多くの宿題が課せられる。そのあまりの多さに辟易し、夏休みの終わりまで溜め込む学生は一体どれだけいることだろう。
 だがしかし空城夕陽は、身近なところに毎年宿題を溜め込んで発狂しかける親友がいるため、それを反面教師としそのようなことが起こらないよう、コツコツと課題を消化している。
 また話が切り替わるが、夏と言えば学生にとって勉学の時期、というようなことを前述した。特にそれが当てはまるのが、受験である。
 あまりそのことに触れるのも気分がいいものではないのでその前段階の話をするが、高校三年生の多くは大学受験をする。そのためしなくてはならないことはなにか。勉強? それもあるが、その前にしなくてはならないこともある。
 それは、大学を決めること。志望校を決めなければ受験も何もない。
 雀宮高校は偏差値はそこまで高くないが、表向きは進学校、ということになっている。一年生の時期から、ある程度は大学受験のことも考えなくてはならない。そしてその手始めとして、大学のオープンキャンパスレポートなる課題が存在する。
 そういうわけで夕陽は、課題のレポートを仕上げるために、鶴田大学のオープンキャンパスを訪れていたのであった。



「やっぱ大学は広いなぁ……うちの学校も公立高校にしては広いけど、大学には遠く及ばないな」
 説明会や模擬授業などを受け、軽くオープンキャンパスを一通り見て回った夕陽。今はキャンパス内の食堂で昼食を摂っているところだ。
「市をまたぐからもっと移動に時間がかかると思ったけど、案外そうでもなかったな。説明も授業も短縮版だったし、早く来すぎた。どうしよ、もう帰るか、それとももう少し見て回るか……」
 などと一人ごちりながら食堂を出る夕陽。すると、ふと一つのグループが目に入った。
 この大学の女学生と思しき三人組だ。全員女で、周りの喧騒に溶け込みつつ自分たちの世界を作りながら、楽しそうに会話している。
「——で、高校時代の後輩にばったり会ったんだよ。いやもう、すっごくカワイイ後輩だったからさ、ここに決めてくれないかなー……」
「ああ、前に言ってた子? でもその子って頭良いんでしょ? だったらもっと上の大学目指さない?」
「いやーそうなんだけどねー。でも、アミみたいなパターンもあるかもよ? 頭良くってもこの大学入る人だっているよ! ね、アミ」
「い、いや、あたしはただ、家から近いってだけでこの大学選んだから……」
 容姿はそこまで目を引く三人ではない。しかしそのうちの一人を、夕陽は凝視せずにはいられなかった。
 それは、上背のある女だ。ややツリ目気味で、少々険しい顔をしているものの顔は整っており、全体的に凛々しい雰囲気がある。
 女も夕陽の視線に気づいたようで、こちらに目を向ける。そして、夕陽と同じ状態になった。
「な……っ」
「えっ……」
 互いに顔を見合わせ、しばし硬直。急に女が動きを止めたため、彼女の友人と思しき二人が疑問符を浮かべている。
「アミ? どうしたの? その子アミの知り合い? 見たところ高校生っぽいけど、後輩?」
 夕陽にも女にも、その声は届かない。今はそんなことを気にしていられる状態ではなかった。
 まさか、ここでその姿を見ることになるとは思わなかった。完全に予想外、ここで会うはずなどないと無意識のうちに思っていた相手。
 夕陽は枯れたように音を発さない喉を無理やり動かし、震えた声を絞り出す。
「お、お前……アーミ——ずっ!?」
「ちょっと来い!」
 夕陽の言葉は最後まで続かず、女からラリアットを喰らうように首を掴まれ、そのまま途轍もない勢いで引きずられていく。
 そして、食堂前に女は友人二人を残し、夕陽と共にいずこかへと消え去った。



 夕陽が連行されたのは、どこかの空き教室。ここに来る道中、他の学生から奇異の視線を受けた気もするが、夕陽の動きはほぼ完全にロックされていたのでどうしようもなかった。
 その教室に飛び込むように入ると、夕陽は床に放り投げられた。硬い床なのでそれなりに痛かったが、血流が止まりかけるほどホールドされ続けるよりはマシだろう。
 とりあえず夕陽を解放した女だが、すぐに夕陽の襟元を掴んで持ち上げる。痩せ気味とはいえ片腕で軽々と夕陽を持ち上げているところを見ると、力は強いようだ。
 ただ、至近距離で夕陽に見せつけている鬼のような形相も、無関係とはいえなさそうだが。
「おい、てめぇ、なんでここにいやがる……!」
「い、いや、その、オープンキャンパスのレポートを書く宿題があって、そのために……じゃなくて! それはこっちの台詞だ!」
 あまりに恐ろしい表情とドスの利いた声で思わず退け腰になってしまう夕陽だったが、女の腕を振り払い、なんとか言い返す。

「お前こそなんでここにいるんだよ……『炎上孤軍アーミーズ』!」

 それは、かつて夕陽が戦った敵。“ゲーム”においての、最初の相手。夕陽が“ゲーム”に関わる切っ掛けを与えたのは《アポロン》だが、直接的に引き込んだのは彼女と言っても過言ではない。
 そんな、夕陽にとっては因縁深い、というより印象深い相手。【神格社界ソサエティ】という“ゲーム”の中でもトップクラスの規模を誇る組織に属している彼女が、なぜこんなところにいるのか。夕陽はその疑問を、勢いよくストレートにぶつけた。
 ぶつけた、のだが。
「そんなの、あたしがこの大学の生徒だからに決まってんだろ」
 予想以上に普通の答えが返ってきた。
 そのため、夕陽も面喰ってしまい、次の言葉が上手く続かない。
「え、あー、えー……お前、ここの大学の生徒、だったのか」
「だからそう言ってんだろ。そうでもなきゃ、こんなところにいねぇっつの」
「いやまあ、そうなんだろうけど……でも、“ゲーム”に参加してる奴が、そんな普通の生活を営んでるなんて、ちょっと意外で……」
 夕陽がそう言うと、『炎上孤軍アーミーズ』は呆れたように溜息を吐く。
「お前なぁ、自分のこと棚上げにしてなに言ってんだ。そもそも【神格界ソサエティ】は他の組織と違って、共通目的が統一されていない。【ラボ】や【師団】は、それぞれ研究機関と軍隊みてぇなもんだが、あたしらはただの“集まり”だ。召集がかかった時でもない限り集まることはねぇし、だからこそ日常生活も普通に営んでんだよ」
「へぇ……」
 いまいち実感のない説明だが、しかし事実、目の前にキャンパスライフを謳歌していた人物がいるのだから納得するしかない。
「……てゆうかお前、前に会った時と口調が違わないか? さっき友達? といる時は、まあ相手に合わせた口調なんだろうけど……そう言えばアミって呼ばれてたっけ。まさか『炎上孤軍アーミーズ』ってここでも名乗ってるわけじゃないよな」
「いっぺんに言うな。口調に関しては、お前が言ったように相手によって使い分けてるだけで、これがあたしの素だ。それにあたしは、プライベートと仕事は分けるタイプだ。デュエルする時はスイッチが入るから、そのせいもあるんだろ」
「ふぅん。じゃあ名前は?」
 一つ目の質問は正直どうでもよかったので軽く聞いて流し、自然な形で次の質問に繋げる夕陽。
「別にいいだろ、そんなこと。それより——」
「アミってお前の本名なの? さっきはああ言ったけど、流石にここで“ゲーム”の異名を名乗るわけないよな」
「……それより——」
「関係ないとは思うけど、お前の異名も本名から取られてたりするの? ほら、アーミーズって響きとかさ」
「…………」
「流石に公共の場で『炎上孤軍アーミーズ』とか呼ぶのは躊躇われるよねぇ、周りから変な目で見られそうだし」
「……てめぇ」
 夕陽の次々と繰り出される言葉に、『炎上孤軍アーミーズ』は逃げ場を失う。ギロリと夕陽を睨み付け、自棄になったように言い放つ。
「ああそうだよ! 本名は火野亜実つーんだよ! 悪いか!」
「そうなんだー、意外と女の子っぽい名前だねー」
 白々しく、嘲笑に近い笑みを浮かべている夕陽。相手からほぼ完全に主導権を握った余裕の笑みだ。
 なにはともあれ、夕陽は意外なところで、意外な人物と出会ってしまったようだ。