二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.152 )
日時: 2013/10/05 17:15
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 夏休みが明け、九月も残すところあと少しという時期。この時期、学生には様々なイベントが訪れる。特に多くの学生からすれば絶対に外せないイベントが、雀宮高校にもやって来た。

 そう、文化祭が——



 今更、文化祭が何かという説明をする必要もないだろう。中にはそうでない者もいるが、それでも大半の生徒は熱心にこの日のために準備してきた。そんな、ある種の生徒による努力の結晶とも言える祭典。
 各教室の外装だけでなく、廊下にまで装飾が溢れ、その廊下を行き交う生徒たちの格好も様々。老若男女、クラスで揃えているのだろうTシャツを着ている者がいれば、なにかのイベントのためなのかコスプレや着ぐるみを着ている者もいる。
 そんな人混みを掻き分けながら、御舟汐はパンフレットを片手に一つの教室を目指す。自分の先輩たちのいる教室、一年四組へと進んでいく。
「……ここですか」
 人混みから脱せないまま、なんとか目的地まで到着した汐。しかし思った以上に人の出入りが多く、そこまで長くはないが列までできている始末。一番小さい先輩が『自信作』と言っていただけあって、かなり繁盛しているようだ。
「しかし、あの人らしいと言うのですか、些か安直な気がしないでもないですね……」
 列に並びながら、汐は手元のパンフレットに目を落とし、そして息を吐く。

『一年四組  本格メイド・カフェ 〜aurora〜
 可憐な給仕がご主人様を光臨! サプライズなサービスもあります』



 メイドカフェが本格だとか、給仕が主人を光臨とはどういうことか、サービスはサプライズで良いのか、そもそも給仕が光臨させるわけではないだろう……などなど、パンフレットの煽り文に対して言いたいことは色々あったが、とりあえず汐はそれらをスルーして、やっと席が空いたらしい店内へと入る。待って五分くらいだろうと高を括っていたが、思った以上に時間がかかった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。カフェ『aurora』へようこそ!」
「お帰りなさいと言っておきながらようこそって、どういうことなんですか……」
 入店した汐を迎えたのは、一番小さい先輩こと、春永このみ。店の衣装らしきエプロンドレス——というかメイド服を着ている。
 いつもはこのみの天然ボケを無視する汐だったが、今はツッコんでくれる夕陽もおらず、流石の汐でもスルーし切れなかった。
「あ、汐ちゃん。来てくれたんだ……じゃなくて、お嬢様。お席にご案内します」
 途中で言い直して、流れるような動作で空いた席に汐を案内するこのみ。その立ち振る舞いは評価に値する。伊達に家が喫茶店ではない、と言ったところか。
「と言っても、あの店は制服がメイド服っぽいってだけで、実際はただの喫茶店のはずですが……」
 少なくとも、入店した客に対して開口一番に「お帰りなさいませ」などとは言わない。
 とりあえず席に着いてメニューを受け取る汐。所詮は学校の文化祭だと思って少し舐めていたが、外装も内装もかなり凝っており、非常にそれらしく見える。メニューも見た感じでは、そこそこ本格的だ。なにも本格的とのたまっているのは恰好だけではないようだ。
「ところで、このみ先輩」
「ん? なに汐ちゃ……じゃなくて、お嬢様」
「私は気にしないですから、無理せず名前で呼んでも構わないですよ。というか、途中で言い直されるとこっちが気になるので、普通に呼んでください」
「そう? で、なに? なんでも聞いて」
「その恰好、『popple』の制服ですよね」
「あ、やっぱり分かった? ちょっと手を加えたんだけど、あんまり改造する時間がなかったんだよね」
 このみや、他の女子生徒が着ている衣装は春永家の経営する喫茶店『popple』の制服に少々手を加えたものだ。
「いやー、そもそもうちのクラスって、文化祭の出し物決めるのが遅れちゃったんだよ。だから時間も少なくてねー。そんで、内容は分かりやすいものってことになって、最終的に喫茶店になったんだ。まあ喫茶店ならあたしは色々知ってるし、衣装もどうせなら家の余ってる制服を使えないかなーって思って、あたしがちょちょいっと改造したんだ。そしたら意外と受けが良くってさー、みんな張り切って頑張ってくれたんだよー」
「そうですか……大活躍ですね、このみ先輩」
 出し物が喫茶店に決まってからは、恐らくこのみの独壇場だったのだろう。そう考えれば、内装や外装もどことなく『popple』と似た雰囲気を感じる。名前も『popple』が《春風妖精ポップル》から取っているのに対し、この『aurora』は《妖精のイザナイ オーロラ》から取っているようであることからも、それは伺える。
 しかしよくこの人数分の制服があったものだ。見たところ、男女で完全に役割が分離しており、女子が接客、男子が調理などを担当しているようだ。中には裏方に回っている女子もいるようだが、ほぼ全員が接客に回っている。ちょうど姫乃の姿も見えた。
 これだけの人数分の制服を揃えるのは余りだけでは不可能だと思うのだが、恐らくこのみが木葉に駄々をこねたのだろう。あの妹に甘い姉ならその可能性もありうる、と汐は結論付けた。
「……メニューは先輩に任せるですよ、先輩が思う自信作を注文です」
「オッケー、了解したよ、お嬢様!」
「随分と軽いメイドですね……それより、このみ先輩」
「ん? 今度はなに?」
 近くの女子生徒に自分が受けた分のオーダーも伝え、このみは汐に聞き返す。
「先輩はやはり調理ですか。受付にはいなかったようですが……それとも、今日は当番ではないのですか」
 汐が言っているのは夕陽のことだろう。男子は調理場所から出られない規則でもあるのか、教室内には女子しかいない。どうせなら彼にも一声かけておきたいと思ったのだが、このみの反応は汐の予想とは反するものだった。
「あー、ゆーくんかぁ……あははっ。ちょっと待ってて、今呼んでくるよ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、このみは調理スペースとなっている衝立で仕切られた教室の一角へと向かう。そこで思ったが、この教室、学校の教室にしては広い。人やテーブルが多いため気付きにくかったが、かなりの広さがある。だから同じ教室内に調理スペースを設けられたのだろうか。
 などと思っていると、調理スペースから聞き覚えるのある声が聞こえてきた。
「やめろ、離せ! 僕は絶対にここから出ないと決めたんだ!」
「ほらほら、汐ちゃん来ちゃったよ? ここは先輩として、ちゃんと接客しないと」
「嫌だ、断固として断る! くそっ、こんなもの……って、お前ら押すな! 押すなって、いや本当に勘弁してくだ——うわっ!」
「はいはーい、フロアにメイド一人追加でーす」
 などと言うこのみに腕を引っ張られ(そして調理担当らしき男子に背中を押され)て出て来たのは、女子生徒だ。他の給仕と同じ衣装を身に纏っている。
 まず最初に目を引くのは、高い身長。低いものは低いが、背の高い女子も多い一年四組、しかし周りの女子と比較してもその者の身長は高かった。
 流麗な黒髪と、どこか凛々しさもある整った顔立ち、細いが虚弱さを感じさせない体型。容姿は女子として考えれば、かなりの高ランクに位置するだろう。ただそのベクトルは、見る人によって可愛いとも格好良いとも取れるのだから不思議である。
 絶望し切った表情の彼女を連れて、このみは汐の席まで来る。そしてそっと汐に耳打ちした。
「汐ちゃん、実はね、このカフェ『aurora』にはサプライズなサービスがあるんだよ」
「はぁ……そういえば、パンフレットにそんなこと書いていたような……」
「うん、でね。そのサプライズっていうのが、メイドの中に一人だけメイド服を着てるけど“メイド”じゃない人がいるんだ。その人が誰かを見つけられればなんと、どんなものでも一品だけ無料になるんだよ」
「確かにそれはサプライズなサービスですが——え」
 絶句する汐。さっきの自分の発言と、それに対するこのみの行動。そしてこの店のサプライズなサービス。この三つの要素から辿り着いた、汐の答え。
 汐は視線を先程の女子生徒に向ける。すると彼女は、バッとあからさまに視線を逸らした。
 考えたくはない。正直、そんなことはないだろうと思うが、万が一、誰かの悪ふざけで起こりうるかもしれない可能性を捨てきれず、汐はその女子生徒に向かって、口を開く。

「もしかして……先輩、ですか……」

「……うん」

 空城夕陽。彼は雀宮高校文化祭、一年四組模擬店、カフェ『aurora』における、唯一の男の接客……ありていに言って、女装したメイドであった。