二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.153 )
日時: 2013/10/05 21:59
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「先輩、なんでこんなことを……」
「僕だって好きでこうしてるわけじゃないんだよ……」
 周りに聞こえないように、小声で言う夕陽。初見ではまず男とは思えないその恰好は非常に似合っているのだが、自分の先輩がそんな姿をしていると考えると少々複雑な心境である。
「やっぱお客さんをゲットするには、なにかしらのサプライズとサービスがないとね。けっこーイケてると思うんだけど?」
「ねぇよ。僕への精神被害も半端ねぇよ。くそ、なんでこんなことに……」
 要するに、夕陽はこのみの『なにかしらのゲーム的要素を絡めた条件をつけて商品を無料サービスする』という提案の餌食になったらしい。しかも多くの生徒が悪ノリか本心かそれに賛同し、空城夕陽くんはカフェ『aurora』においては空城夕陽さんになっているのだそうだ。
 とはいえ、空城という苗字も夕陽という名前も他のクラスや学年にはおらず、名前がばれてはサプライズにならないため、基本的に夕陽は名前で呼ばれず、「ゆーちゃん」なるあだ名が付けられている。
「屈辱だ、今すぐ屋上から飛び降りたい気分だよ……」
「先輩……同情はするですが、少し美人さんだと思ってしまった私を許してください」
 今にも泣き出しそうな夕陽と、その傍らで笑いをこらえているこのみ。ちょうどその時、厨房から姫乃がやって来た。トレイにティーカップなどを乗せているため、彼女が汐の注文を持って来たようだ。
「あ、御舟さん、来てたんだ」
「どうもです、光ヶ丘さん」
 軽く挨拶して、持ってきた品をテーブルに並べる姫乃と、無表情でそれを眺める汐。
「あ、そうだ。このみちゃんと、そら——じゃなくて、ゆーちゃん。そろそろ時間だって」
「そっか、りょーかい。じゃ、行こうか、ゆーちゃん?」
「うっ、マジか……」
「どこへ行くのですか」
 出された紅茶を啜りながら訪ねる汐。このみはそれに笑いながら答えた。
「宣伝だよ。今からゆーちゃんと宣伝」
「こんな格好をさせられた挙句、外に出て宣伝しろとか、拷問だよ……「羞恥」の極だよ……」
「進化ゼニス級の羞恥ですか」
「ごめんね、ゆーちゃん。私が文化祭の出し物決める時に倒れちゃったから……」
 姫乃の話を聞くと、なんでも夕陽と姫乃は文化委員で、文化祭の出し物を決める担当だったそうだ。しかしその時になって姫乃が倒れてしまい、てんやわんやだったらしい。
 そこで立ち上がったのがこのみ。クラスのアイドルかマスコットと化している彼女がクラスをまとめ上げ、現在の状況を作り出しているとのことだ。
 だからか、姫乃は自分が倒れたせいで夕陽が今の姿になっていると思っているようで、実際その通りなのだろう。しかし、
「そう言うわりには、僕がこの恰好することに反対しなかったよね。どころか《ヴィーナス》の力を使って皆の意識を同調させてたよね。あの時のクラスのシンクロで取り押さえられたんぞ、僕は」
「え、あ……うん。ごめんね、わたしもちょっと、ゆーちゃんのメイド姿見たかったから……」
 少し申し訳なさそうに、しかし同時に嬉しそうに、そんな絶妙な表情で照れながら言う姫乃。涙を流したくなる。
「このクラスに僕の味方はいないのか!」
 そんな夕陽の悲痛の叫びも虚しく、このみと夕陽は宣伝へと向かうこととなった。



「本当にごめんね。その代わりと言ったらなんだけど、接客の方はわたしができるだけやるから」
 と姫乃に送り出され、宣伝のために学校中を歩き回る夕陽とこのみ。汐は教室で自分が注文した品を頂いているところだ。
 宣伝と言っても、『aurora』は人が多く来るわりには回転が遅い。意匠が目当てなのか、店に入ってもなかなか出て行かない客が多いのだ。なのでこれ以上客が来ても、そこまで利益にはならない。
 なので正確に言うならこの宣伝は、連日働き通しであるメイド長(自称)であるこのみと、看板メイド(他称)の夕陽の僅かな休憩時間のようなものだ。女装したまま他の店を回る羽目になった夕陽にとっては災難なことだが。
「んー、じゃあまず、二年二組の教室に行こうか。佑さんとリュウ兄さんのクラス」
「なんで初っ端から知り合いがいるクラスに行かなくちゃならないんだ……」
 いつもの夕陽なら真正面から突っぱねるところだが、今日に限っては完全に主導権をこのみに握られており、反抗できない。一年四組という後ろ盾を持つこのみに対し、夕陽は無力だった。
 宣伝文句を大声で叫ぶように言いながら、ずんずんと進んでいくこのみ。その現実離れした容姿から、このみの存在は学年を超えてわりと知られていた。なのでこの場合、話題になるのはその傍にいる夕陽ことゆーちゃんだ。
 いつもこのみの傍にいるのは夕陽、というのが一般的な見解だ。しかし今日は、文化祭とはいえ夕陽がいない。どころか別の知らない女子生徒を連れている。それだけで——はないが、夕陽は注目の的だった。通り行く生徒からは「可愛い」だとか「美人」だとか「綺麗」だとか、言われ、果ては「春永さんの隣にいるのって空城くんじゃかったっけ? 可愛いは正義の理論で春永さんに捨てられちゃった?」などと言われる始末だ。秒刻みで夕陽の精神がすり減っていく。
「もう嫌だ、早く帰りたい……」
 確かに夕陽は女顔で、比較的華奢な体つきをしているものの、まさかこんな目に遭うとは思いもしなかった。高校に入って、このみの悪ノリも少しは大人しくなるかとも思ったが、完全に逆だったようだ。
「別にいいじゃん。というか、けっこー評判いいみたいだよ? 可愛いって言ってくれる人もいれば、美人だって言ってくれる人もいるし。まーでも、やっぱあれだね。あたしのメイク技術のたまものだね」
「うぅ、これは女装がばれていないことを喜ぶべきなのか、それとも女として評価されていることを悲しむべきなのか……」
 などと言っているうちに、二年二組の教室まで辿り着いた。ここも一年四組に負けず劣らずの繁盛っぷりで、『aurora』よりも回転が速いように見える。
 二年二組は露店のような屋台料理を振る舞う模擬店……だったはずなのだが、扉が外されて前回となった入口を抜けると、そこには広大な海——の写真が広がっていた。
「……海の家?」
「いらっしゃいませー! 奥のカウンターで商品を注文してから空いてるお席に座ってください」
 元気溌剌な女子生徒の案内を受けて奥のカウンターまで来ると、見知った顔を二つ見つけた。
「お? 春永じゃねえか。なんかまた妙な格好してるな」
「うちの衣装なんですよ、これ。暇だったら後で一年四組カフェ『aurora』にどうぞ。リュウ兄さんもお願い」
「ナガレだ。とはいえ、俺は今日ほぼ一日中シフトだからな、暇はないかもしれない」
「…………」
 その二人は、鉄板で焼きそばを焼いている流と、具材を運んで鉄板に放り込んでいる零佑の二人だった。
「二年二組って、お祭りの露店みたいなものって聞いてたんですけど、海の家になったの?」
「まあな。うちのクラスはなかなかまとまらなくて、焼きそばくらいしかできそうになかったんだが、リュウがその焼きそばのクオリティを上げてくれたお陰で、今や大繁盛だ。な、リュウ?」
「ナガレだ。俺はあの海の家でタダ働きをさせられていた時期があるからな、このくらいなら作れる。それと、店長が無駄に海産物を送って来たから、それを消化しなければならない。九月とはいえまだ残暑が続くからな、腐ったら処理に困る」
「あー、だから目玉がシーフード焼きそばなのかぁ……じゃあそれ二つ、お願いしまーす」
「了解だ」
 焼きそばの知識などというものは持ち合わせていないが、しかし流のヘラを操る動きは明らかに玄人のそれだった。職人技、というと大袈裟だが、手慣れている感はある。
「リュウくーん、追加注文! シーフードをプラス二人前!」
 二人が流の作業を眺めながら待っていると、クラスメイトらしき生徒がパタパタとやって来て、追加注文を流に伝える。
「ナガレだ。今すぐ作る、少し待て……ほら、お前たち分だ」
 と言って、夕陽とこのみの分をプラスチック容器に盛って渡す。その後、流はすぐさま次の調理に入った。クラスメイトの挙動や流の受け答えから、転校生のわりにかなり早い段階からクラスに溶け込んでいるようだ。
「そういえば、今日はあいついないな、空城。いつもお前と一緒にいるのに。シフトか?」
「ん? いや、ここにいるよ?」
「おい、このみ……!」
 今までばれないようにとずっと黙っていた夕陽だが、思いのほかあっさりばらされた。
 だが零佑はよく分かっていないようで、
「? どこだ? 俺の視界には入っていないんだが……」
「だから、この子がゆーくん……じゃなかった、ゆーちゃんだよ」
 そんなこのみの一言で、絶句する零佑。同時に、ヘラを操り損ねて落としてしまう流。
「……空城?」
「……言わないでください、僕だって好きでこんな格好してるわけじゃないんです」
「『昇天太陽サンセット』……」
「お願いだから、これ以上詮索しないで……」
 そんな夕陽の懇願に、流も零佑もそれ以上は何も言わなかった。
 それから夕陽の食べた焼きそばは確かに美味だった。好評なのも頷ける。しかし、ソースの味とは違う、少ししょっぱい味が口の中には広がっていた。