二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.2 )
日時: 2013/06/29 01:49
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: PNtUB9fS)
プロフ: http://dm.takaratomy.co.jp/card/search/

「——というわけで、今回のデュエルはこのみ先輩の勝ちですね」
「いぇーい!」
 淡々とした無感動な声と明朗軽快な声が続けて耳に届く。少年——空城夕陽はその声を聞きつつ、広げたカードを片付ける。
「にしても、やっぱり速いよな、このみは……同じビートダウンデッキでも、こうも違うか」
「まーねー。て言っても、今回はちょっと冷や冷やしたよ。けっこー危なかったし」
 今しがた勝利を喜んでいた少女——春永このみも、同じようにカードをかき集め、デッキケースに戻した。
 ここはデュエル・マスターズ専門のカードショップ『御舟屋』。小さな店なのだが、最新のカードパックや構築済みデッキを数日早く店頭に並べたり、今はもう絶版になっているはずのカードを置いていたりと、デュエマ好きにとっては泣いて喜ぶような謎多きカードショップだ。
「では、この新発売の最後の1パックはこのみ先輩のものということでいいですね」
「うん、まあ約束だしね……」
「わーい! ゆーくん、汐ちゃん、ありがとー!」
 さっきまでのデュエルは、この1パックを巡ってのものだった。それを手にすることができたこのみは、ほくほく顔でそれを開封している。
「はぁ……参ったなぁ。発売が遅れた上に買えないなんて……」
「ごめんなさい、先輩。発売日に関しては本来今日が正しいですが、こっちの発注ミスのせいで在庫が全然なくて」
 無表情な瞳で夕陽を見上げ、無感動な声で謝罪するのは、このみと張り合えるくらい小柄で華奢な少女。細く跳ねるようにして飛び出たサイドテールが童顔と相まって幼さを強調しているが、雰囲気はどこか大人びており、ミステリアスでクールな空気を醸し出している。
 御舟汐。それが彼女の名前であった。苗字からも分かるように、このショップのオーナーとは血縁関係にある。
「別にいいよ。来週にはまた入荷してるんでしょ? その時にでも買いに来るさ」
「そうですか……では、少なくとも一箱分の在庫を残しておくですよ」
「それはやり過ぎな気も……いや、一箱ぐらいなら普通なのか? ……まあなんでもいいか。とにかくありがとう」
「はいです」
「汐ちゃーん! 今即興でカード入れ替えたから、デュエマしよー!」
 夕陽とシオの間に、このみが割り込んで来る。この喜びっぷりを見るからに、彼女のデッキに合うレアカードでも手に入ったのだろう。
 空城夕陽、春永このみ、御舟汐。
 デュエル・マスターズが好きな、ごくごく普通の学生たち。
 しかし彼らの物語が歪み始めるのは、そう遠くない未来であった——



「はぁ……結局、今日は一度もこのみに勝てなかったな……」
 夕暮れの太陽が昇る頃、夕陽は一人帰路についていた。
 いつもテンションの高いこのみだが、今日はパックを賭けた最初の一戦からさらに気分がうなぎ上りで、フルブースト状態だったのだ。マナもバトルゾーンもフルブーストで、今日のこのみは夕陽も汐も、手も足も出なかった。
 やや沈んだ気分で歩くうちに、家に辿り着く。ごくごく普通な一戸建ての家。門扉を潜り、ついでに郵便受けをチェックする。
 ここまではいつも通りの、日常の些細なひとかけらだが、一つだけ日常から外れたものがあった。
「ん……? なんだ、これ?」
 スーパーや塾や宗教やらのチラシに混じって、一つだけ——いや、一枚というべきか——違和感を感じるものが入っていた。
 いつもならそれを見たからと言って、そこまで反応は示さないだろう。いやいや、ある意味では喰いつくところかもしれないが、それ自体は夕陽が日常的に見て、触れているものだ。しかしこの時、この場、郵便受けに入っているという現象は、かなりの違和感と不可解を与える。
 夕陽はチラシを左手でまとめて引っこ抜き、最後に残ったそれを、右手でゆっくりと引き寄せる。
「カード……?」
 そう、それはまさしく、デュエル・マスターズカードだった。
「なんでこんなものが……なにか懸賞に応募したっけ? 見たことないカードだし……でも懸賞にしたって、裸のままカードを放り込むか、普通?」
 多くの疑念は残るものの、とりあえず夕陽は、暫定的に『なにかの懸賞で当たったカード』と認識することにした。

 当たり前のことであり、当然のことだが、夕陽はこの時まだ知らなかった。
 そのカード——『神話メソロギィカード』の重要性を。そのカードが及ぼす、自身への影響を。
 そして、そこから始まる、残酷非道なゲームの実態を——



 翌日。
 夕陽は普通に学校に登校していた。変なカードが送られた程度では、学生の生活パターンは崩れたりしないのだ。
 昨晩、夕食の席で夕陽は妹にもカードのことを聞いてみたが、知らないと返答された。その後、インターネットでそのカードについても調べてみたが、それらしい情報は一切なかった。
(うーん、結局あのカードはなんなんだ……謎すぎる。今度、御舟にでも訊いてみようかな)
 謎が深まる未知のカード。これがカードではなく別のものだったらゴミ収集車のお世話になっていたかもしれないが、いくら謎めいていても夕陽が手にしたのはデュエル・マスターズカードなのだ。
 強力だと感じたカードを使いたくなるのは、デュエリストの性。つまり、
(カードについては分からなかったけど、昨日は張り切り過ぎた……夜中にデッキなんて作るもんじゃないな。眠い……)
 大きく欠伸をしながら、机に突っ伏す。
 昨日、というより日付的には今日の夜中、四時を回るほどの時間をかけて、夕陽は謎のカードを切り札に据えたデッキを作ってしまったのだ。
 ここまで来ると、もはや性分。デュエマ好きの衝動だ。
「——ということで、年々雇用情勢は悪化しつつあるのですが、その理由を……えぇと、今日は……光ヶ丘さん、お願いします……」
 教壇では新任教師が現代社会の授業をしていた。まだ若い男の教師で、影が薄く前髪で顔も隠れがち、さらにぼそぼそと喋るのでかなり陰気な感じの教師だが、意外とイケメン(このみ談)らしく、女子受けは良い。
(とか、そんなことはどうでもいいんだよな……この声、聞いてるだけで眠くなる……)
 大声で授業をされたら眠気など吹き飛ぶのだが、こんな囁くような声を聞いていたら睡眠欲求が現れるのは当然。さらに新任教師という立場からなのか、彼の態度は自信なさ気で、他にも多数いるであろう居眠りしている生徒を叱咤するようなことはしない。事実、夕陽の視界に映っているこのみは爆睡していた。
(僕も、そろそろ限界か……)
 そして、夕陽もまた、眠りの世界に誘われるのであった。



「——つまり、《アポロン》は別の奴の手に渡ったと?」
『そういうことになるね。ま、あれほど戦うことを嫌っていたのだから、いずれ誰かに譲渡するだろうことは、なんとなく読めてはいたさ。ただ、譲渡した相手との繋がりが見えないんだけどね……まさか見も知らぬ男に押し付けるほど、非常識だとは思えないし』
「どうだか。肉体的にも精神的にもかなり追い詰められていたようだからな、非常識な行動の一つや二つ、あってもおかしくないだろ。戦場で数々の死を経験し、恐怖した兵士は、奇行に走ることもある。だからあたしとしてはむしろ、その辺に捨てなかっただけでも僥倖と言えるよ」
『それはあれじゃない? その辺に捨てたら、こっちでも見つけられないから、拷問とかされるとでも思ったんじゃない? そこまで考えられる思考力が残っていたかは、甚だ疑問だけど?』
「とにかく、次の標的はその男ってことだな。どこにいる、どんな奴だ?」
『ちょっとは待ちなよ、すぐに調べるからさ……て言っても、実はもうほとんど情報が集まってるんだけどね』
「そうか。ならさっさと教えろ」
『だからそう急かすなってば』
「戦場では一分一秒が惜しいものだ。それはこの情報社会でも同じこと。そして、あたしたちが参加している、この“ゲーム”においてもな」
『……まあね。でも良かったじゃん、今回の相手は前のと違って狩りやすそうだよ?』
「油断は禁物だがな。それと、お前は無駄に賢しい奴だから一応、釘を刺しておく。《アポロン》はあたしの標的だ、横から掻っ攫うような真似をしたら、焼くぞ」
『何を?』
「お前とお前のカードとお前の持ち物とお前の存在に直結するもの全てだ」
『それ、もういっそお前の存在をこの世からなかったことにしてやるー、とか言った方が良くない? どっちでもいいけどさ。まあいいよ、僕は《アポロン》に興味はないし。あーゆー暑苦しいの、苦手なんだよね』
「それはあたしに対する侮辱か? 嫌味か? 悪態か?」
『君自身は別にいいんだけどね……それより大丈夫なの? 前の奴もそうだったけど、《アポロン》って相当強いんでしょ? 百パー勝てる見込みとかあるの?』
「強いと言えば、『神話メソロギィカード』は全てそうだろう。それに、絶対に勝てる戦などは存在しない」
『えー? それって、だいじょ——』
「だが、あたしは負けるつもりはない。確実に敵を仕留めてみせる。この——」
 そして彼女は、一枚のカードを掲げた。

「——全てを焦土と化す、絶対的な軍神の力を持ってな」