二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.217 )
- 日時: 2013/11/20 22:22
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「これですか……よっと」
汐は店の外、裏口を出てすぐのところに積んであった段ボール箱のうち一つを抱える。
『御舟屋』は狭いので、一部の物資は店の外においてるのだが、どうしてもセキュリティの問題があるように思える。それは澪も重々承知しており、こんな入り組んだ裏道のさらに奥にある通路なんかには滅多に人が来ないので大丈夫だろうと高を括っている。
「もう少し繁盛すれば、店も改築できるんですけどね……こればかりは、仕方ないですか」
などと呟きながら、汐は店内に戻ろうとする。だがその時、背後になにか気配を感じた。
「……っ」
思わず段ボール箱を取り落す。そしてすぐさま周囲を見渡し、今自分が置かれている状況を理解した。
(これは、神話空間……いつの間に……)
目の前には、実体化間近と思われるクリーチャーの残像。この段階ではまだ、どんなクリーチャーなのかは分からない。しかしわりと大型ではあるようだ。
「……少々驚いたですが、文化祭の件もあるわけですし、そこまで驚くことでもないですね。兄さんや先輩たちに心配はかけさせないです、ここで私が——」
とそこまで言ったところで、汐の言葉と、腰に向かっていた手の動きが止まる。汐の細く小さな手は、虚空しか掴まない。
「デッキが……」
いつもならすぐに取り出せるよう、腰にセットしているか、もしくはポケットに入れておくなど、肌身離さず身に着けている。しかし、今は違った。
(そういえば、さっきデュエルした後、店の中に置いたままでした……)
我が家という気の緩みかなんなのか、彼女らしからぬ不注意だ。
そうこうしているうちに、クリーチャーの実体化が完了する。
「《暗黒の悪魔神ヴァーズ・ロマノフ》……」
それは巨大な悪魔だ。巨大すぎるほど巨大な大剣を構え、空洞な瞳は虚空を見据えている。ロマノフ一族の中でも悪魔の力を取り込み、さらに騎士と魔銃の力を持たない異形のロマノフ、それがヴァーズ・ロマノフだ。
ヴァーズ・ロマノフは視線を汐に向けると、少しだけ体を傾ける。まるで、汐を標的として定めるように。
「う……まずい、です……」
今の汐はデッキを持っていない。かといって今からデッキを取りに戻ったら、店内の者——夕陽や澪たち——に被害が及ぶ可能性が高い。夕陽たちならともかく、澪には“ゲーム”のことを知られるわけにはいかないので、なおさらだ。
「しかし、このままなにもせず放っておくのも危険です……どうすれば……」
一歩後ずさる汐。それに合わせ、一歩前進するヴァーズ・ロマノフ。激しい焦燥感に駆られ、思考も鈍ってしまう。どうすればいいのか、今の最善の行動はなにか、考えられない。どうしようもない、危機的状況。
その時だ。
「やっぱり……汐ちゃん!」
「っ……朝比奈、さん……」
誰も通らない裏通りに、最近覚えた声が通る。
「だからひまりでいいよ。それより、ここの道って随分入り組んでるね、ちょっと迷いかけたよ」
「……なんで、ここに……」
本来なら礼を言うべきなのだろうが、まだひまりとなじみ切っていない汐は、自分で思いながら少し刺々しく言う。しかしひまりはそんなことは意に介さない。
「なんでって言われると答えにくいんだけど……あえて言うなら私の勘、かな。なにか出るような気がしたんだよね。それに汐ちゃんは友達なんだし、助けに来るのは当たり前だよ。自分で言ってて、ちょっとくさいとは思うけど」
本音とも建前とも、そして照れ隠しとも取れることを言って、ひまりはデッキを取り出した。
刹那、ひまりとヴァーズ・ロマノフは神話空間内のさらに独立した戦いの空間へと導かれる。
ひまりとヴァーズ・ロマノフのデュエル。
現在、両者シールドは五枚。バトルゾーンを見ると、ひまりの場には《コッコ・ルピア》《エコ・アイニー》《インフィニティ・ドラゴン》の三体。
対するヴァーズ・ロマノフの場には、デーモン・コマンドとエンジェル・コマンドのコストを2下げる《聖黒獣アシュライガー》と、破壊される代わりに墓地の進化デーモン・コマンドを回収できる《暗黒導師ブラックルシファー》の二体だ。
「私のターン。呪文《メンデルスゾーン》で、山札の上二枚を見る。その中のドラゴンをタップしてマナゾーンへ。さらに《紅神龍バルガゲイザー》を召喚!」
マナを増やして次のターンに備えつつ、ドラゴンを並べていくひまり。そして、攻め始める。
「《インフィニティ・ドラゴン》でシールドをWブレイク!」
除去に対して耐性を持つ《インフィニティ・ドラゴン》ならS・トリガーや殴り返しも怖くない。安全にシールドを割ったところで、ひまりはターンを終える。
『私のターンだ。《アシュライガー》の効果でコストを2減らし、《魔刻の斬将オルゼキア》を召喚。《オルゼキア》の能力で、《ブラックルシファー》を破壊し、貴様も自身のクリーチャーを二体破壊しろ』
「う……なら、《バルガゲイザー》と《インフィニティ・ドラゴン》を選んで破壊するよ。でも《インフィニティ・ドラゴン》がいる時、山札の一番上を墓地に置いて、それがドラゴンかファイアー・バードなら私のドラゴンは場に残る!」
ひまりはデッキのほとんどをドラゴンとファイアー・バードで構成しているので、かなり高い確率で《インフィニティ・ドラゴン》は生き残ることができる。実際、最初に捲ったカードは《コッコ・ルピア》。これで《バルガゲイザー》は生き残ったが、
「っ、《メンデルス・ゾーン》……!? こんな時に限って……!」
運悪く次に捲れたのは呪文。《イニフィニティ・ドラゴン》は破壊されてしまった。しかも、
『《オルゼキア》の能力で《ブラックルシファー》が破壊されるとき、《ブラックルシファー》の能力発動。《ブラックルシファー》は破壊される代わりに、墓地の進化デーモン・コマンドを回収できる。墓地から《ヴァーズ・ロマノフ》を手札に』
ヴァーズ・ロマノフの場数は減らず、手札まで増えてしまった。一気にひまりは苦しくなる。
『さらに、《ブラックルシファー》と《アシュライガー》で、それぞれ貴様を攻撃、シールドブレイク!』
「く、うぅ……!」
《ブラックルシファー》のWブレイクと《アシュライガー》のシールドブレイクで、シールドも残り二枚。シールドの枚数でも不利になってしまった。
「……大丈夫、でしょうか……」
外野から戦いを傍観している汐は、思わず呟く。
しかし彼女には、ひまりの口元に浮かんだ笑みが見えなかった。