二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.315 )
日時: 2014/01/02 20:48
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 デュエルが終わり、夕陽とニャルラトホテプは神話空間から締め出された。
「負けてしまいましたか……想定内のことではありますが、正直なところ、まさか負けるなんて思っていませんでした。しかもあの状況からの敗北とは……」
 フードの上から頭を掻き、悔しそうなポーズは見せるものの、その声はあまり悔しそうには聞こえない。
「まあ……しかし、この程度の人間の“身体”ですし、そこまでの力は期待していませんでしたけどね。デッキだって師団長からの贈り物ですし、こんなものでしょう」
 ぶつぶつとなにかを呟くと、ニャルラトホテプは夕陽へと向き直る。
「この戦いは私の負けですよ、『昇天太陽サンセット』さん。しかしこれは戦争、個人個人の一戦に大きな意味はありませんし、私の役目はただの宣戦布告。今のは余興のようなものですから、勝敗の結果はあまり関係ありませんね」
「なんだよ、負け惜しみか? なんとか四天王とか仰々しい肩書を語ってたけど、意外とみっともないのな」
「私もそう思いますが、この“身体”の人物はそういう性格でして……それに、負け惜しみだとしてもそれが事実です」
「……?」
 ニャルラトホテプの言葉の意味が半部ほど理解できなかった夕陽だが、ニャルラトホテプは構わず続ける。
「ともあれ、とりあえずの私の目的はこれで完遂されました。ここであなたと雑談の花を咲かせる必要もありませんし、ひとまずここでお別れですね」
 と言うと、ニャルラトホテプは夕陽に背を向ける。追いかけようかとも思ったが、まだ【師団】、そして彼女も底が知れない。下手に近づくのは危険だと思い、踏みとどまった。
 去り際に、ニャルラトホテプは首だけで夕陽を見遣る。
「……再び申し上げますが、我々の目的はあくまで《アポロン》を筆頭とした『神話カード』です。ゆえに、『神話カード』を持たない者にはさしたる興味はありません。もしあなたが自分の保身を考えるのであれば、その辺に《マルス》のカードを捨ててから、私たちと他の『神話カード』所有者に干渉しないことを、勧めておきます」
 そして、そう言い残すと、瞬く間に消えて行った。
 自宅の玄関前で一人残された夕陽は、しばし彼女の言葉について考える。そして、ポケットから携帯電話を取り出し、電話帳から腐れ縁の彼女の名前を探し出す。

「……ここまで関わっといて、今更逃げ出せるかよ」



「……始まったかな」
 雀宮高校の屋上の、さらに給水塔の上で、白衣を着た女が座していた。白衣の下は制服のような恰好ではあるが、雀宮高校の制服ではない。
 女——ラトリ・ホワイトロックは遠くの景色を見つめ、白衣のポケットから一枚のカードを取り出す。
「じゃ、そろそろ私も、私の仕事を始めようかな——」

 次の瞬間、女を中心とした町全体の空気が——豹変した。



 ニャルラトホテプは、この町の奥部にある廃墟へと向かっていた。理由は単純、そこが拠点なのだ。
 【神聖帝国師団】は軍隊と比喩されるほど巨大な組織であり、当然ながら金もある。その気になれば近くのホテルでもなんでも貸切にできるのだが、それをしない理由は二つ。
 一つは人数。今回の作戦は、戦争と言いつつも兵の数が少ない。比較的少数精鋭なのだ。ゆえに、ホテルを貸切にする意義が薄く、このような廃墟の方が身を隠すには都合がいい。
 もう一つは、自分が属する組織のトップ、即ち師団長の趣味だ。今のニャルラトホテプの性格でなくともその感性は理解しがたのだが、彼はどういうわけか、壊れつつあるもの、崩れゆくもの、破滅に近いものを好む傾向にある。そう言えば恰好はつくが、結局はただの廃墟好きなだけだが。
 ニャルラトホテプは廃墟に入ると、フードを取り払う。背が高い割に意外と童顔だった。
 見た目の割に大きな建物で、元はなにかの工場だったらしい。錆びついた扉を押し開けていき、ニャルラトホテプは先へと進んでいく。
「ただいま戻りました」
 広間のようになっている部屋へと入るニャルラトホテプ。そこで見えたのは、四人の人影だ。
 そのうちの一つ、錆びついたドラム缶の上に座っていた少年が真っ先に声をかける。
「お帰りニャルー。どうだった?」
「役目は果たしました」
「うっわ、面白くない即答……今のニャルはそういう性格か」
 面白くないと言いつつも、笑みを見せる少年。その顔はまだあどけなさが残っている。
 次に言葉を発したのは、最奥部にいる男だ。ボロボロのカーテンが引かれたベッドに座っており、その佇まいはこの場の支配者であることを示しているかのようだった。
「戻ったか、ニャルラトホテプ。宣戦布告は果たしたようだが、もう一つ。『昇天太陽サンセット』はどうだった?」
「……流石は元《太陽神話》の所有者といったところです。人によりますが、副隊長以下の隊員では相手にならないと思われます。場合によっては、隊長クラスでも——」
「そんな細かいことはどうでもいい。お前は、どうだった?」
「…………」
 少し黙りこむニャルラトホテプ。しかし彼女は、ここで真実を告げたところで目の前の男が憤慨することはないことを知っている。ゆえに黙ったのには他の理由があるのだが、このまま黙っていると自分の立場を悪くするだけ。そう思い、ゆっくりと口を開いた。
「……負けました」
「負けたんだ」
 ニャルラトホテプの言葉に反応し、瞬間的に言葉が返ってきた。その声の主は、ニャルラトホテプの左側——これもボロボロになった椅子から立ち上がり、ニャルラトホテプへと詰め寄る。
「それでのこのこ戻って来たの?」
「それが命令ですから」
 ニャルラトホテプに詰め寄る赤毛の少女は、身長差があるためニャルラトホテプを見上げるようになったが、それでも威圧感のある視線と言葉を突き刺す。しかしニャルラトホテプも、それを受け流す。
「それに、今の私は四天王最弱の力しか出ないようですしね。デッキも師団長から渡された、力をセーブしたものでしたし。加えて言うなら、先の戦いは勝つ必要のある戦いではありませんでした」
「それは言い訳。どんな場合でも最善は勝利、そして【師団】は最善の展開を目指すもの。私なら勝ってた」
「それはどうでしょう? 彼のデッキは速めのビートダウン、あなたのデッキが彼のスピードに追い付けるのでしょうか?」
「余裕」
 漫画ならバチバチと火花が散っていそうなほど厳しい視線をぶつけあう二人。
 そんな二人を見て、またか、と言うように少年の顔が歪む。
「あーあー、始まった。相変わらず仲悪いなぁ、この二人。いや、一人といっぱいか? 魂まで嫌ってるって、遺伝子レベルとかそんな次元じゃないよね。ねえルーさん、どう思います?」
 少年はすぐ近くで直立不動のままぴくりとも動かない青年に話を振る。青年は視線こそ少年に向けているが、口を開く様子は一切ない。
「なにも思わないってことですか。こっちも相変わらずですねぇ……それより師団長、姫様どうしたんですか?」
「あ? こっちで寝てるが」
 ベッドに座っている男が、ちらりとカーテンで隠れている空間を見遣る。
「あー、それで今日はなんか静かだったんですね。姫のことだからまたどっか行っちゃったのかと思って心配しましたよ。あーよかった、姫探すの大変なんだよね」
「…………」
「第一、負けたならそれなりの態度がある。その態度は傲慢。四天王失格」
「わざわざ申し訳なく言っても、師団長はそういう態度嫌いますよね? あなたって意外と自分たちのリーダーを見ていないんですね。あなたこそ四天王を降りればよいのでは?」
 四者四様の言動を見せる四人。
 その時、その空間の空気が変わった。
「っ……」
「これは……」
「おーぅ……」
「…………」
 いや、その空間だけではない。外に出てもこの感覚は同じだろう。
「……あの女、まだこの町にいやがったか」
 舌打ちし、男はその場の四人全員に目を向けた。
「おい、お前ら。コントは終わりだ。あの女がこんな真似するってことは、今回の戦争に真正面から向かうつもりに違いねえ」
 だから、と男は続け、
「やっぱお前らの力も必要になりそうだ。各小隊は適当に散らせた、お前らも適当に散開し、目的を完遂しろ」
 男の命令に、黙って頷くく四人。
「俺はこいつが目を覚ましてから出る。一応、雑兵代わりにクリーチャーは撒いているが、今回の戦争は一騎討ちが基本。各個撃破で『神話カード』を蒐集しろ。所有者じゃねえ奴はほっとけ。本気に関しては各自で判断しろ」
 続く命令にも、四人は黙って頷く。
「命令は以上だ。お前らのことだから心配はねえだろうが……気は抜くなよ。あの女が関わってんなら、俺の思い通りの展開に持っていけないケースを想定しなければならなねえ。分かったらもうどっか行け。後は適当に任せる」
 再三頷く四人。そして、すぐさま部屋から出て行った。
「さて、あの女はなに企んでやがるのか……」
 四人がいなくなると、男はベッドに倒れ込む。その傍らには、小さな寝息を立てて眠る、幼い少女の姿。
「……ま、だが俺のやることは変わらねえ。あいつがなにをけしかけようと、俺とお前の神話の前には、有象無象の塵芥同然だ——」