二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.338 )
日時: 2014/01/17 23:03
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「あの、黒村先生は……」
「息はしてるし、死んではいないね。外傷もそんなにないし、あの子に負けたわけでもないみたい……どっちかっていうと、体力が尽きた、って感じがするよ」
 なんとか龍泉とジュリア、隊長クラスの【師団】を二人退けた九頭龍と葵は、他の【師団】の団員からの追撃がないことを確認すると、一度黒村の元へと戻って来た。
 しかし第三図書室には、本棚を背にして気を失っている黒村の姿があったのだった。
「あれ……あの、黒村先生の手、なにか持ってますよ?」
「ん? 本当だ。なに——」
 葵に言われて黒村の手中にあるものを取り上げる九頭龍は、少しだけ目を見開く。それがここにあることに、驚きを禁じ得なかった。
 黒村が持っていたのは、一枚のカード。それも、
「《守護神話》……!」
 本来なら彼の上司、ラトリが持っているはずのカードを、今は黒村が持っている。その事実に困惑する九頭龍だが、すぐに理解が追いついた。そして、頭の中でいくつかの疑問点が繋がっていく。
「……成程ね。黒村さんが所長に呼び出されたのはこれか」
 察するに、《守護神話》の権利を一時的に委譲されたのだろう。《守護神話》は他の『神話カード』以上に、カードそのものの持つ力が強い。それゆえに、カードの所有者に大きな負担がかかるのだ。
 今、この町は《守護神話》の力で守られているが、町一つを覆い尽くすほどの神話空間を展開すれば、その負担は相当なものになるだろう。最初に神話空間を生成したのはラトリだろうが、ラトリはあくまでも研究者、身体的にも優れているとは言えない。その負担をすべて受けるとなれば、体が持たないだろう。
 だからといってこの神話空間を解くわけにもいかない。【師団】も“ゲーム”における暗黙の了解、一般人には手を出さないというルールを理解はしているだろうが、団員のすべてがそうだとは限らない。下手すれば、一般人を盾にされる恐れもある。
 ゆえに、ラトリは彼女が最も信頼する黒村に、《守護神話》の負担を肩代わりさせたのだろう。
「と言っても、黒村さんも耐え切れなかったっぽいけど……とりあえず所長に連絡入れないと。黒村さんの携帯に、所長の番号あるかな……?」
 ちなみに九頭龍はラトリの携帯番号なんて知らない。そもそも、【ラボ】内で携帯番号を教えてもらった記憶がない。
「お、あった。登録名は『所長』かぁ。まあそうだろうね、期待はしてなかったさ」
 などと意味のない軽口を叩きつつ、ラトリに電話をかける。とりあえず、なるべく手短に用件を伝え、こちらに来てもらうよう頼む。向こうも向こうで珍しく困惑しているようだったが、最終的には承諾してくれた。
「黒村さんも大変だなぁ、よりにもよって《守護神話》を押し付けられるなんて……まあ、黒村さんはそうは思わないだろうけど。しかし、やっぱり『神話カード』の力は壮絶だね——」
「『神話カード』?」
 何気なく発した九頭龍の言葉に反応を示したのは、意外にも葵だった。そもそも、反応を示す者は葵しかいないのだが。
「……そういえば、君にはまだ説明してなかったっけ。でも、僕より黒村さんが説明した方がいい気がするんだけどな——」
「少し、詳しく聞かせてくれませんか?」
「ん?」
 またも言葉を遮られた九頭龍は、葵の反応に少々の違和感を覚えた。かなり小さな感覚で、気にしない、見過ごすことの方が多いだろう感覚だ。
 しかし、他の研究員よりも比較的多くの“ゲーム”参加者や関係者と関わり、言葉を交わしてきた九頭龍だからこそ、その小さな違和感に気付くことができた。
(この子、戸惑いがない……?)
 簡単に言うと、そういうことだ。
 普通、初めて“ゲーム”に関わったものは、常識を逸した現象と、不可解な用語の数々に困惑する。“ゲーム”に限らず、突発的に起こった初めての体験、思いもよらない常識外れの現象、そういう次章に直面すれば、人間は恐怖なり困惑なりを感じるものだ。
 しかし葵にはそれがあまり見られない。そういう性分だと言うのであればそれまでだが、彼女の眼を見る限り、そういうわけでもなさそうだ。
「……君、なにか知ってるっぽいね。ただの一般人、じゃあないのかな……?」
 どこまで一般とずれているのかは分からない。しかし、一つだけ分かることがある。
(“ゲーム”と無関係じゃなさそうだな、この子は。もしくは『神話カード』そのもの、か)
 最初に『神話カード』という言葉に反応を示したことからも、それは察することができる。
「ともかく、所長が来てから、君からいろいろ聞かないとね。黒村さんもなんとかしないといけないし……」
 言って、息を吐く九頭龍。
 こんなことは自分の役回りではない、と思いながら。



 【神聖帝国師団】が拠点を構える廃墟。とある工場跡を無断で占拠してしまっている【師団】の面々は、自らがとある条件に合致したために、この場所へと集まっている。
 第七小隊長村崎陽花もまた、その条件を達成してしまったために、この場へと戻って来た。
 埃まみれの廊下を軽快な足取りで進み、一つの扉を押し開け、部屋へと入る。中はちょっとした広間のようになっており、幾人か——計三人の人間がいた。
「ドグマさんに、葛葉さんとジュリアさんか……まさかお三方がこんな早く戻ってるなんて、思いもしませんでした。驚きです」
 言うほど驚いているようには聞こえない陽花の言葉。龍泉は少しばかり目元を歪めたが、三人とも特に何も言わない。
「……これで四人目、ですか。いがいと侮れねーですね、【ミス・ラボラトリ】も」
「だな。くそっ、あんな野郎がいるなんて聞いてねえぞ」
「九頭龍希道は、【ラボ】の中でも比較的有名ですけれどね。それよりも、私を退けた彼女の方が、未知の存在ですわ」
 各々愚痴るように対戦相手の感想を述べる。
 この場に帰還する条件、それは敗北することだ。ある作戦の中で、敵対勢力となりうる者に敗北したものは、原則としてその作戦における拠点への帰還を命じられる。
 さらに一度敗北すれば、一定期間、他の組織、勢力との戦いも禁じられる。これは対戦に負けてその報復心に燃え、ヒートアップしすぎて本来の目的を見失わないようにするための、クールダウンの期間だ。【師団】の中でも高い地位につくものは、それ相応の実力者だ。ゆえに負けず嫌いな者も多く、そうした制度を設けなければ組織が分裂しかねない。
 そう考えれば、一度帰還するというのも、条件と言うよりは罰則だ。ある程度、自由行動を一時的に禁止する罰とも言える。
「……私は『傀儡劇団ティアリカル』と戦ったけど、なんか変な感じでしたよ。明らかに使ってるデッキが、巷で言われてるのとは違ってました」
「どんなデッキでしたか?」
「見た感じ、白青緑に黒がタッチされてるコントロールっぽいデッキでした。かなり粘り強くて、ブロッカーとかS・トリガーとかで攻め難いことこの上なかったですよ。四回もターンを続けても負けました」
「ブロッカーとS・トリガーですか……その色でその手のデッキは、【ラボ】の所長が使用するデッキに近いですわね」
「つっても、そいつはまだ情報が少ねえだろ。まだなんとも言えねえんじゃねえか?」
 といった具合に、負け組は負け組なり、大人しく反省しつつ情報を交換し合う。
 その最中、陽花はまた別のことを考えていた。
(……あの時、少しだけ見えた子。まさか……)
 黒村と戦う直前に、ほんの少しだけ見えた少女の後姿。どこかで見覚えのある、胸中に引っかかる姿だった。
 あまり頭には自信がないのだが、しかし一つだけ、心当たりがないこともない。その小隊を今すぐ突き止めたいところだが、しかし軽く謹慎処分を喰らっているような身なので、それもできない。
(でも、なにもしないわけにはいかない。今回の戦争が終わってから。私も少し、違う方向で動こうかな——)