二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.347 )
- 日時: 2014/01/19 06:00
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「やっぱりいないなぁ、ひまり先輩……」
比較的近場の公共グランドの中央に立ち尽くす姫乃。探せど探せどひまりは見つからない。
「空城君やこのみちゃんも見つかってないみたいだし……どこにいるんだろう……」
携帯を片手に、ぼんやりと空を見つめる。ちなみに姫乃は携帯電話を所持していないので、汐のものを借りている。このみが汐と一緒に行動しているのは、そのためだ。
「早くしないと、【師団】の人たちに先に見つけられちゃう。それでもひまり先輩なら大丈夫だと思うけど……でも、やっぱり心配だし、早く見つけないとっ」
キリッと気を引き締め、一歩を踏み出す姫乃。その時だ。
「見つけた」
どこからか、声が聞こえてきた。
「え……っ? だ、誰……?」
「ここ」
きょろきょろと辺りを見回す姫乃。グランドには遮蔽物はないので隠れる場所はない。そのことに気付くと、視線を上げ、グランドに降りる階段の上を見遣る。
案の定、そこには一人の少女の姿があった。
「光ヶ丘姫乃、《慈愛神話》の所有者」
少女は妙に速い、しかし自然の足取りで階段を降り、姫乃の正面まで歩いて来る。
その容貌は明らかに日本人ではない。日光をほとんど浴びていないかのような白い肌、その白さと対比するかのようにはっきりしている鮮やかな長い赤毛を、二つに振り分けた髪型。背丈は姫乃よりも高いが、体つきは負けず劣らず華奢だ。黒いブレザーに赤いネクタイとプリーツスカートという、学校の制服を思わせる出で立ちをしており、どこか非難めいているじっとりとした視線を姫乃に向けている。
「私は【神聖帝国師団】“帝国四天王”が一人『炎精火滅』」
年齢的には姫乃とそう変わらないであろう少女、クトゥグアは静かに名乗る。しかし瞳の奥では、明らかに敵意の炎が見て取れた。
「【師団】の、四天王……?」
その名には聞き覚えがある。というより、数時間前に聞いたばかりだ。
「確か、空城君が言ってた……ニャルラトホテプって人と同じ——」
「あんなのと同じにしないでほしい」
姫乃の言葉を鋭く遮り、クトゥグアは主張する。抑揚のない静かな声ではあるものの、その言葉には、それだけは絶対に譲れないとでも言わんばかりの力強さがあった。
「あんな男か女かも分からない謎生物と同じ扱いなんて心外」
「えっと……」
言っていることはよく分からないが、どうやらこのクトゥグアという少女は、夕陽と戦ったニャルラトホテプを嫌っているようだ。【師団】の内部事情など微塵も知らない姫乃でも、それだけは理解できた。
「あれは『昇天太陽』に負けた。でも、私は違う。負けはない」
言って、いつの間にかクトゥグアはデッキを手にしていた。大人しそうな容姿と声だが、意外と好戦的だ。
「…………」
姫乃はこの状況で、思案する。今はひまりを見つけることが優先だ。だが目の前にいる少女はそれを阻害する。
しかし逆に考えれば、クトゥグアもひまりを探しているはずなのだから、ここで姫乃が彼女の相手をすれば、その分彼女を足止めできる。
それは同時に姫乃の足止めにもなってしまうのだが、相手は四天王と呼ばれるほど高い地位にいるであろう人物だ。それを止めておけるのは大きなプラスになるはずである。さらにここで姫乃が勝利すれば、そのプラスはさらに大きくなる。
それになにより、
「……うん、そうだよね。こんなところで逃げてたら、みんなの力に何てなれこいないし、ひまり先輩も喜ばないよね」
正直な話、姫乃はあまり戦うことに対して積極的ではない。仲間内で楽しくデュエマをするのであればいいが、こういう命懸けの対戦には抵抗がある。
しかし、この状況ではそんなことも言ってられれないし、なによりその抵抗感を踏み越えなければ、前には進めない。
そんなことを思いながら、姫乃もデッキを取り出す。そして、一歩前に進み出た。
その瞬間、二人は歪んだ空間へと誘われる。
「…………」
ひまりを探し回り、そのために走り回り、時には他の組織の者の私情から逃げ回り、夕陽は町の中央部のほぼすべてを回った。
そしてとある三叉路に差し掛かった今、凄まじい威圧感を発する男と相対している。
「……なんだよ、お前。【師団】の人間か……?」
怯みながらもそんな問いをぶつける夕陽。しかし、男は答えない。
その男は、かなり目を引く容姿をしている。まず体が大きい。2mはあるのではないかと思うほどの大男だ。染めているのだろう、不規則に垂れ下がるように伸びた青い髪。巨躯を包むローブの大きさも相当だ。
男と言うが、巨体の割に顔はまだ若い。まだ青年と言える程度の年齢だろう。
青年は夕陽の言葉を受けても、なにも言葉を発しない。だんまりを決め込んだまま、ジッと夕陽を見つめている。この巨人が黙ったまま睨みを利かせていると、その圧力は途轍もない。夕陽は決してメンタルが強いわけでも、精神が図太いわけでもないので、多少なりとも臆してしまう。
「おい……なにか言ったらどうだ。名前はなんだ」
いつまでも会話が進まず、どころか始まりさえせず、夕陽が何度か問いをぶつけてみるが、ようやっと青年は口を開いた。
「……我は【神聖帝国師団】“帝国四天王”が一人『夢海星辰』」
静かだが重い声で、彼——クトゥルーは宣告するように名乗った。
「四天王? ってことは、あのニャルラトホテプとかいう奴と、同じくらいの格、ってことか……?」
夕陽の言葉に、クトゥルーは肯定も否定もしない。まったく反応を見せない。
いきなり襲ってくる気配もないが、まったく反応がないのも困る。しかしやがて、クトゥルーはゆっくりとローブの内側から、なにかを取り出す。
「……? デッキ?」
それは、数多くのカードの束、即ちデッキだ。
「戦え、ってことか?」
その問いにも、やはり彼は答えない。しかし彼の発する空気ははっきりと告げていた。戦え、と。
「……仕方ない。正直、こんな不気味な奴とは戦いたくないけど、場合が場合だ。やって——」
夕陽もデッキケースからデッキを取り出そうとするが、その時だった。
三叉路の一方から、声が飛んでくる。
「待て」
短いが、力強く鋭い言葉だ。思わずそちらを向くと、夕陽は少しだけ目を見開く。
「……亜実!」
そこにいたのは、『炎上孤軍』こと火野亜実。【神格社界】に属する“ゲーム”参加者の一人だ。
「お前、なんでここに……?」
「知り合いの情報屋から聞いた。つーか、んなことはどうでもいんだよ」
ドスの利いた声で言い、コンバットナイフのように鋭い目つきで睨みつけてくる亜実に、一歩下がる夕陽。すると、次の瞬間、思い切り胸ぐらを掴まれた。
「うぉ……!」
「おいてめぇ、前にあたし言ったよな?」
「な、なにを……?」
どうやら怒っているように見える亜実。いつも厳しい目つきや声で、いつでも起こっているような様子だが、今この時は確実に激怒している。胸ぐらを掴む力を強め、夕陽にさらに詰め寄りながら、亜実は突き刺すように言う。
「強い敵が来たら、あたしにも知らせろって。なんだよ、わざわざ【師団】か来るって情報をくれてやったってのに、あたしには連絡の一つもなしか? あぁ?」
「ちょっ、近いというか怖いというか凄むなよ……! 知らせなかったのは悪かったから——」
どうやら、それについて怒っているようだ。強い敵と合い見えることが亜実の目的。同時に夕陽たちの戦力増強も合わせた協定を(半ば一方的ながらも)取り決めたにもかかわらず、連絡を寄越さなかったことに対して、亜実は憤慨しているらしい。
夕陽がそこまで言うと、亜実は不愉快そうに鼻を鳴らし、夕陽を誰もいない方の道路に投げ捨てた。
「ぐぁ……いつっ……!」
受け身も取れずアスファルトの地面に叩きつけられ、蹲りながら呻く夕陽。なにか抗議しようと亜実に視線を移すが、
「……お前は、さっさと『太陽一閃』を探して来い」
歪みだす空間の中で、亜実は声のトーンを少しだけ落として、告げる。
「あたしの目的は強い奴と戦うこと。だが、お前は違うだろ。あたしはあたしのやりたいこと、するべきことをするだけだ。だからお前も、同じようにしとけ。恐らく、それがこの状況における最善手だ」
「いや、でも……」
歪みに飲み込まれていく亜実を見つめながらも、足を進むことにためらいを感じる夕陽。
「いいからとっとと行け。いつまでもそこにいたら邪魔だっつーの」
追い払うように、吐き捨てるように言って、亜実はほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……ここは、あたしに任せろ」
次の瞬間、亜実とクトゥルーは、完全に神話空間へと引きずり込まれていった。
「亜実……ありがとう」
二人が消えた空間を最後に一瞥し、夕陽は背を向けて走り出す。