二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.366 )
- 日時: 2014/02/01 08:29
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
ひまりを探す夕陽。捜索が始まってからもう何時間経過したか分からないが、ひまりは一向に見つからない。姿も影も、気配すらも感じられない。それでも夕陽は、一心不乱に彼女を捜索する。
その道中に訪れた自然公園、その広場で、彼は足を止める。理由はない。あえて言うのであれば、疲労が溜まってきたからか。
「もう何時間経つ……? この事態に先輩が気付いていないはずがないし……」
ひまりの性格を考えれば、率先して夕陽たちの元へと向かうはずだ。いや、逆にひっそりと行動しているかもしれない。
どちらにせよ、はっきりしていることが一つだけある。
「あの人がやられたなんてことはありえない……絶対にどこかにいるはずだ」
何度もそう思っているが、何度だって自分に聞かせ続ける。
そして夕陽が再び一歩踏み出したその時。
「見つけたぜ、『昇天太陽』」
広場の奥から、呼び止められる。
「……!」
一歩踏み出したまま、夕陽は動きを止め、その声の方向へと視線を向ける。
こちらに歩んで来るのは、一人の若い男。体格と顔つきからして日本人ではない。適度な長さの白銀の髪に、喪服のような真っ黒なスーツをカジュアルに着崩している。さらにその上から、これも黒いコートを羽織った出で立ち。
日本人ではない、という一点を除けば、そこまでおかしな風貌ではない。海外から仕事かなにかできたサラリーマンだと思う程度だ。
しかし、今のこの場で、そんなことを思う夕陽ではない。たとえこの男がサラリーマンであったとしても、それ以外にも、それ以上に重要な要素を含んでいるはずなのだ。
「…………」
夕陽は男を凝視する——いや、男から目が離せない。どころか、指一本動かすことすらも、抵抗を感じる。
(なんだ、こいつ……)
言い様のない圧迫感。凄まじいほどの威圧感。幾人もの“ゲーム”参加者と関わってきた夕陽だったが、この男は今まで出会ってきたどの人物とも違う。直感的にだとか、雰囲気で分かるだとか、そんな次元ではない。その存在が、彼自身が確固としたルールであるかのように、男はそこにいる。
(やばい……なにがやばいのかは分からないけど、とにかくやばい……頭がおかしくなりそうだ……)
目を逸らしたくても、この場から走り去りたくても、それができない。彼の存在そのものが、それを許さない。
足も指も目も口も、なにも動かせないでいる夕陽。しかしそんな夕陽のことなど意に介さず、男は口を開く。
「おいおい、なにか反応しろよ。これじゃあまるで、俺が独り言を言ってるみてえじゃねえか」
夕陽はこの男とは初対面のはずだが、彼の口調はフランクだった。とはいえ、“ゲーム”の世界では他人に気を遣うようなことはまずないため、自然体の口調でいることが多いが。
「結構早く見つかったな……まあ『太陽一閃』じゃねえのがあれだが、いいとするか」
「いいの?」
ひょこっと。
男の後ろから、一人の少女が顔を出す。
(今度はなんだよ……子供……?)
かなり幼い少女だ。このみや、いつか現れた【師団】の団員、ミウよりも小柄で、幼い風貌をしている。
男とは対照的に、非常に華奢で背が低い。顔立ちも明らかに日本人のそれであった。ストレートロングの真っ黒な髪。その発育していない身体にはまるで合わない、相当大きなサイズの白いブラウスをワンピースのようにして着ている。
「サンシャイン、さがすんじゃないの?」
「だから、そのための『昇天太陽』なんだよ」
「ふーん。サンセット……はじめてみた。いがいとふつー」
「そうだな、俺も直で見るのは初めてだ」
どこか舌足らずな少女の言葉。それに和むほど夕陽は空気の読めない人間ではないが、それでも金縛りにあったように固まってしまった体が動くようにはなった。
「なんだ……お前ら」
ようやく開いた口から発せられたのは、そんな言葉。
そして二人は、その問いに対し、名乗りを上げる。
「【神聖帝国師団】師団長。ジークフリートだ」
「【しんせーてーこくしだん】しだんちょーほさ。シャルロッテだよ」
男——ジークフリート。
少女——シャルロッテ。
【神聖帝国師団】のトップである二人。実質的に【師団】を統括しているのはジークフリートだが、この二人は基本的にセット、二人で一組の存在である。
なんとなく予感していたが、やはりこの男は【師団】の頂点。即ち、【師団】の中の、最強の人物。
少女の方はよく分からないが、こちらもこちらで、どこか不気味だ。
「……っておい。わざわざ名乗ってやったつーのに、無反応かよ。なんとか言えよ」
ジークフリートは不敵に微笑みながら言う。体は動く、視線も逸らせる、口も開く。しかしその発言に応える余裕は、夕陽にはなかった。
そしてジークフリートも、返しは期待していない。
「ま、いいけどよ。さっきも言った通りだ。俺が【師団】のボスだぜ。『サンセット(昇天太陽)』、今までうちの団員が……つっても、お前個人に対してはそこまででもないか。まあなんにせよ、うちの団員が世話になったな」
フランクに話しかけて来るジークフリート。だが、やはり夕陽は答えない。
「……なんにもいわないよ? どーしちゃったの?」
「さあな。ま、予想外の大物が出て来てビビッてるだけかもしれねえし、返しがないのは大目に見てやろうぜ。そんなことより、『昇天太陽』、俺はお前に用があるんだ」
「用……?」
やっと口を開いた夕陽が発したのは、そんな二音。
確かに、夕陽は【師団】にマークされているが、それでもわざわざそのように宣言するほどのことなのだろうか。
「ああ。『太陽一閃』は、知らねえはずねえよな。朝比奈ひまりだ。俺たちがそいつを探してることも、知ってるか?」
知っている。夕陽は小さく首肯したが、実際に首を縦に振ったかは分からない。ジークフリートの巨大すぎる存在感で、今度は感覚が麻痺したような錯覚に囚われる。
「俺たちは『太陽一閃』を何時間も捜索しているわけだが、お前の仲間にうちの隊長連中が全員やられてな。四天王の奴らはまだ残ってると思うが……なんにせよ人手不足なんだ。あんま時間もかけてらんねーし、『太陽一閃』の捕捉に関しては、てっとり早く済ませようと思ってな」
そしてジークフリートは、夕陽に人差し指を向ける。
「『昇天太陽』、前《太陽神話》の所有者。お前を餌に、『太陽一閃』を炙り出す。流石の奴も、そこまですれば姿を現すだろ」
だから、と続け、
「『昇天太陽』、空城夕陽。お前には『太陽一閃』を釣る生餌になってもらうぜ。無論、拒否権はない。ただ、チャンスはやる」
そう言って、コートの内側に手を突っ込むジークフリート。彼の手に握られているのは、カードの束——デッキだった。
「俺に勝て。“ゲーム”は勝者がものを言う世界、俺が負ければ、俺はお前に命令する資格はなくなる。だがお前が負ければ、お前は奴隷も同然だ」
まあ餌だけどな、とジークフリートは笑う。夕陽からしてみれば、笑えない。
その喩えも、この状況も、ジークフリートの目的も、なにもかも笑えない。
まったく、笑えない。
「…………」
いつもなら勇んでデッキを取り出すはずの夕陽だが、デッキケースに手はかけているのだが、そこから指が動かない。
(分かる……こいつには勝てない。こんなの、初めてだ……)
夕陽は今まで、猛者、強敵と呼べるようなプレイヤーと、何度も戦ってきた。しかしその中で、一度たりとも戦う前に負けると思ったことはない。どんなに強くても、勝てる可能性はある。夕陽のデュエル・マスターズに対する考えの根底には、そんな言葉がある。
しかしこの男、ジークフリートを前にしている時だけは、その考えを、正に根底から覆される。勝てない、負ける。戦う前から、そう思ってしまう。そしてその考えを、否定することができない。
「……どーしたの? こわいの?」
「っ……!」
シャルロッテが、あどけない表情で夕陽を見上げる。幼い子供だ、ジークフリートとは比べるべくもない。しかし、そんな幼い少女に対しても、夕陽は後ずさった。
(やばい、やばい、やばい……どうする、どうすればいい……)
焦燥感が募ってくる。好戦的な笑みを見せるジークフリートも、無邪気な瞳を向けるシャルロッテも、どちらも夕陽の心中を抉ってくる。
加速する不安感。様々な思考がない交ぜになり、混沌として、なにがなんだかわけが分からなくなり、気が狂ってしまいそうな——そんな時。
「ちょっと待った」
夕陽の背後から、声がする。
酷く掻き乱された夕陽の心を安心させる、少女の声。
「私の後輩を、虐めないでくれるかな?」
ゆっくりと、足音が夕陽へ近づき、その隣で止まった。
夕陽はその人物を凝視する。ジークフリート同様、目を逸らすことができない。だが、それも苦ではない。むしろ、胸の内が安らいでいく。
そして、その人物の名を、口にする。
「ひまり先輩……」