二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.371 )
- 日時: 2014/02/02 00:09
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「ひまり先輩……」
「ごめんね、夕陽君。ちょっと遅くなっちゃった」
軽い調子で謝るひまり。ウインクまでする軽さだが、嫌にはならない。
むしろその軽さと明るさが、夕陽に平静の心を取り戻させる。
ひまりは夕陽に目を向けた後、今度は鋭い視線を、ジークフリートへと移す。
「……で、私の後輩になんの用だったの? 流石に温厚な私でも、後輩を虐められたら怒るよ」
「別に虐めてねえし、まだなにもしてねえよ。んでもってお前の後輩に用もなくなった。今現在において用があるのは……お前だぜ、『太陽一閃』」
夕陽に向けたものと変わらない笑みを浮かべるジークフリート。しかしその視線は、夕陽に向けた時よりも熱が入っている。
「んー……まあ話には聞いていたが、やっぱ普通だな。ま、普通の女も悪くはない。特に日本人は俺好みな感じだ——」
と、そこまで言ったところで、ジークフリートは視線を落とした。その視線の先には、彼のコートの裾を引っ張っている膨れっ面のシャルロッテ。
「ダーメー! うわきはダメ! ダメなの!」
ぐいぐいとシャルロッテは裾を引っ張る。ジークフリートはそんな彼女の頭をくしゃくしゃと撫で、
「分かってるっての。一番はお前だ、ロッテ。単純に俺の好みを暴露しただけだから気にすんな」
「むー……ほんとう、ジーク?」
「本当だ。俺がお前に嘘を言ったことあるか?」
「あるけど……わかったよ、しんじる」
「そりゃよかった」
そして、またひまりと向き合うジークフリート。年齢で言えば、シャルロッテはまだ小学校に上がっているかいないかくらいだろう、ジークフリートは確実に成人はしている。二人の間には十歳以上の年齢差があるはずだが、ジークフリートのシャルロッテに対する接し方は、子供をなだめるようなそれではない。本当に、男と女の関係が現れているように見える。
(いや、まさかな……)
夕陽はあらぬ想像をしてしまったが、それを振り払う。今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
「……特徴のない見た目してるのは私自身が一番よく知ってるよ。そんなことよりも、なんの用なの?」
「ああ? なんの用もへったくれもねえよ。お前、まさかとは思うが、自分がどういう存在か分かってないわけないよな?」
「……まあね」
朝比奈ひまり。『太陽一閃』。
《太陽神話 サンライズ・アポロン》の所有者。
そのプロフィールだけで、十二分に【師団】から狙われる理由にはなる。
「あんまりお前が見つからねえものだから、お前の後輩とやらを餌につるつもりだったが、そっちから出向いてくれるとはな。お陰で手間が省けたぜ。日本人ってのは気が利くな」
「あなたに気を利かせるつもりで来たんじゃないよ。ただ、用事が終わったから後輩たちの様子を見に来ただけ」
素っ気ないひまりの返しに、しかしジークフリートは愉快そうに口元を緩める。
「つれねえなあ……ま、なんでもいい。あんまりぐだぐだしてっと、あの女に邪魔されかねねーし、さっさと始めるか。……ロッテ」
ひまりに視線を向けながら、シャルロッテの名を呼ぶジークフリート。しかし、当のシャルロッテからの反応はない。
「……あ? おい、ロッテ?」
「むー」
シャルロッテは、分かりやすく頬を膨らませて、ジークフリートを睨んでいた。
「どうした? 早くお前のカード渡せよ、戦えねーだろ」
「やだ。ロッテがたたかうもん」
「はぁ? なに言ってんだお前」
「こーいうとき、いっつもジークばっかりたたかうなんてずるい。ロッテももっとあそびたい」
「遊びじゃねーし……ったく、参ったぜ……」
ジークフリートは、本当に困ったような表情で顔を覆う。
「あー……じゃあこうすっか。あのな、今回は今までの戦争の中でも特に重要なんだ」
「しらないもん。そんなのジークのつごーじゃん」
「最後まで聞け。だから、お前に任せるわけにはいかねえんだ。ここは俺に譲れ。そしたら今度、お前の好きな相手と好きなように好きなことを好きにさせてやる」
些か意味不明な発言だったが、その言葉でシャルロッテは目を輝かせる。
「ほんとっ?」
「本当だ。俺が今までお前に嘘を言ったことあるか?」
「あるけど……だったら、わかった。やくそくだよ」
「ああ、だから早くカードを渡してくれ」
「うん……はい」
シャルロッテはブラウスの胸ポケットから一枚のカードを取り出し、ジークフリートに手渡す。
「待たせたな。こっちは準備万端だぜ」
「……とてもあの厳格な【師団】の長とは思えないなぁ」
夕陽も同意見だ。
「ま、でも人は見かけで判断しちゃいけないか。特にデュエマと“ゲーム”は、ね」
「先輩……」
一歩前に出るひまり。どうやら、彼女も彼女で、戦う気のようだ。
だが、夕陽としては今すぐひまりを連れて逃げたい。戦ってこそいないが、戦わなくても分かるほどにジークフリートは強い。しかもただ単純に強いのではなく、言葉では言い表せないが、こちらとは存在している次元が違うかのような、ルールの根底から噛み合わないような、そんな異質さを感じる。
ひまりが負けるとは、夕陽も思っていない。しかしジークフリートとだけは、戦ってほしくない。それが夕陽の考えだった。
しかし、
「大丈夫だよ、夕陽君」
そんな夕陽の心中を見透かしたように、ひまりは背を向けたまま言葉を紡ぐ。
「私が自分の用事を済ませてる間、みんなに任せっきりで、随分と迷惑かけちゃったみたいだし、ボス戦くらいは私が請け負うよ」
だからさ、と彼女は続け、
「私に任せて」
短い言葉で、締め括った。
「……はい」
夕陽は頷くことしかできない。正直、不安に思うところはいくらでもある。だが、ここで戦いに出るひまりの行動を否定することは、夕陽にはできなかった。
広場の中央で、ひまりとジークフリートが向かい合う。
「俺は女には優しいつもりだが、万が一って事態もありうる。なにか言い残すことはないか?」
「ないよ。そういうのは全部、終わったから」
刹那。
二人を飲み込む神話空間への扉が、開かれた——