二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.386 )
日時: 2014/02/09 21:01
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

「————」
 神話空間が閉じ、二人の人間が姿を現す。一人は憤怒の形相を浮かべた男。もう一人は、なんの変哲もない、普通の少女。
 ただし、全身に惨憺たる傷を負っていなければ、の話だが。
 ドサッ、と。少女は重力に逆らえず、仰向けに倒れる。
「——ひまり先輩!」
 真っ先に駆けたのは、夕陽だった。
「先輩! しっかりしてください! 先輩!」
 まだ息はしている。死んではいないはずだ。
 外傷も確かに酷いが、即死するようなものではない。多く出血しているわけでもないので、失血死もない。ひまりは助かる。
 しかし、夕陽の直感は、違う答えを出していた。
 その答えを否定するように、夕陽は呼びかける。
「先輩! ひまり先輩!」
「……ん……あぁ、夕陽君か……」
 ゆっくりと目を開けたひまり。それだけで安堵の溜息を漏らすが、そうしてばかりもいられない。
「ごめんね……負けちゃった……」
「そんなことはどうでもいいんです! それより、早く病院に——」
 慌てて携帯を取り出す夕陽。119番が何番だったか忘れるほど混乱していたが、考えるより先に三桁の番号を押す。
 だが、三桁目の番号を押そうとした時、その手は止められた。
「いいよ、病院なんて……私、もうダメみたいだし……」
「そんなこと……!」
 ない、とは言えなかった。
 夕陽も直感的に分かっていたのだ。漠然と、曖昧だが、分かってしまっていた。
 しかし漠然としていて、曖昧だからこそ、否定していた。していたが、本人の言葉を聞いてしまい、その否定も、霞んでしまう。
「はは……情けないなぁ、私。ボス戦くらいは任せてとか言って、負けちゃってるよ……やっぱり強いなぁ、師団長は……」
 こんな状態でも、ひまりは笑っていた。陽だまりのような微笑みを、見せていた。
「……正直、あんまり勝てるとは思ってなかったよ……こうなるかもって、思ってた。いや、きっとこうなるって、分かってた。夕陽君たちを巻き込んだ、罰だよね……もしくは、償い、かな……?」
「なに言ってるんですか! 罰とか、償いとか、そんなこと……!」
 最初の頃ならいざ知らず、少なくとも今現在、夕陽たちはひまりを好意的に見ている。自分たちを巻き込んだとか、スケープゴートにされたとか、そんなことはもう、関係ない。
 しかしひまりはずっと気にしていたのかもしれない。だがそれでも、そんなことで自分の命を投げ出そうとするなんて馬鹿げている。少なくとも、夕陽はそう思う。
 本当に償いたいのであれば、もっと一緒にいて欲しい。共に笑い、戦いたい。
「まあ……罰とか贖罪とか、そんなことは私の都合だけどさ……私はもう、退場すべき、なんだよね……時が来たんだよ。生き物がいずれ寿命で死んじゃうみたいに、私にも、その時が来たんだよ……」
「なんですかそれ、わけわかんないですよ!」
「じきに分かるよ……それよりも、夕陽君。君には、これを渡しておくよ」
 今にも消え入りそうで、どんどんか細くなっていく声と共に差し出されたのは、デッキケース。先ほどひまりが使用していたデッキが入っていた。
「これって……なんで、これを僕に……」
「私から、君へのメッセージだよ……先代の《太陽神話》からの、ね……」
 ひまりは混濁していく瞳で夕陽を見つめる。
「ごめんね夕陽君、本当に……巻き込んじゃって……このみちゃん、姫乃ちゃん、汐ちゃん、流君、みんな……」
「先輩……」
 もはや譫言のように、力なく呟くひまり。夕陽へと向いていた視線も、虚空を彷徨っていた。
「……やっぱり、やだなぁ、死ぬのは……もっとみんなと遊びたかったよ……でも、仕方ないよね。それが私の定めなんだし……これが、代償だからね……」
 ひまりから感じる力が、ほとんど感じられない。覇気も生命力も、朝比奈ひまりという存在そのものが、小さく消えていく。
「《アポロン》、私は代価を払ったよ。だから、お願い……夕陽君を、みんなを、助けてあげて——」
「先輩——!」
 刹那。

 ひまりの身体は、淡い陽炎となり、消滅した。

 太陽が終わりを告げるように、最後の輝きが、消え去った。



「先輩……せん、ぱい……」
 夕陽は地面に手を着く。そこには、今さっきまで、ひまりがいたはずだ。
 しかし、そこにはなにもない。影も形も、残響さえも残らない。
 彼女と彼女が存在していた影響が、完全に消失した。
「そんな……先輩……嘘、だろ……」
 朝比奈ひまりは消滅した。それが現実であった。
 このみは沈痛な面持ちで視線を逸らし、姫乃は悲嘆の表情で口元を押さえ、汐は顔が見えないほど俯いている。
 そして夕陽は、なにが起きたのか理解できないとでも言うように、なにもない空間を見つめていた。
「なんで、違う、こんなことあるわけ、そんな、先輩が、嘘——」

「嘘なわけねえだろ」

 呆然と錯乱する夕陽に、打ち砕くような言葉が振り下ろされる。
 見上げた先にいるのは、いまだに怒りの収まるジークフリート。
 朝比奈ひまりを消し去った、張本人。
「いつまでもガタガタ抜かしてんじゃねえぞ、ガキ。お前は《太陽神話》の在処、知ってんじゃねえのか」
 知らない。夕陽にもそれは分からない。
 しかし今の夕陽は、そんなことに答えられるような精神状態ではないし、ジークフリートの怒りもそんな答えで引き下がるほど静かではない。
「…………」
「黙ってねえでなんとか言ったらどうだよ、おい。いつまでもめそめそしてんじぇねぇ」
 どちらも、言葉の上では静かだった。しかし夕陽は心中は奈落の如く深く沈み込んでおり、ジークフリードの心中は大地にも鳴動が伝わりそうなほど荒ぶっている。
 絶望的なほど無力な夕陽と、破壊的な暴力を振りかざすジークフリート。
 圧倒的に残虐なこの差を埋めることは、今の夕陽には不可能。後ろにいるこのみや姫乃、汐にも同様だった。
 しかし、

「そこまでだよ」

 夕陽とジークフリートの間に割って入るように、女の声が響き渡る。
「あんまり怒りに任せてると、部下に嫌われるよ。ジークフリート・フォン・パステルヴィッツ……なんて。こんな呼び方、私の柄じゃないね、ジー君」
「ラトリ……!」
 そこにいたのは、ラトリ・ホワイトロック。【ミス・ラボラトリ】の所長。
「【神聖帝国師団】っていう組織の特性を考えれば分からなくもないけどさ。無抵抗の高校生を虐めるの、そんなに楽しい?」
「なんの用だ、てめぇ……!」
 怒りをあらわにしていたジークフリートの形相が、さらに歪む。しかしただの怒りではない、どこか鬱屈とした、苦虫を噛み殺したような表情だ。
「なんの用、ね……友達に会うのに、理由が必要?」
「もうお前らなんかとはつるまねぇよ。今の俺たちは敵同士だ。失せろ」
 底知れぬラトリと、敵意剥き出しで切り捨てるジークフリート。こちらも、対照的な二人であったが、どこか通じ合っているようにも見えた。
「……そうだね。もうあの頃のようには行かないよね。分かってるよ。それに、用事自体は、ちゃんとあるよ。君を止めるっていう、用事がね」
「……はっ」
 ラトリの言葉を、ジークフリートは笑い飛ばした。激昂してから初めて見せる笑いだが、しかしそれは嘲笑であり、すぐさま憤りを見せる。
「お前が俺を止める? とんだ戯言だな、寝言は死んでから言いやがれ。お前如き、俺の相手になんかならねえよ」
「そうだね。私たちの中じゃあ、私は一番弱かったし、今も弱いよ。君には絶対と言ってもいいくらい勝てない……でも、別に私が君の相手をするわけじゃないよ?」
 その瞬間だ。

 掛け値なし、文字通り、空から人が降ってきた。

「っ!?」
 流石のジークフリートも吃驚する。いや、人が降って来たという事実ではなく、振ってきた人物に対して、驚きを見せる。
「てめぇ、なんでここに……いや、ラトリ、お前の差し金か!」
「まあね」
 ラトリが短く答えると、その人物とジークフリートの間に、神話空間が展開されようとする。
「ちっ、くそがっ……今はてめぇなんかの相手してる暇はねぇんだよ!」
 だがその空間は、ジークフリートの放った一枚のカードで打ち消された。その隙に、シャルロッテを抱え上げ、踵を返してジークフリートは走り出す。
「……!」
 しかしその後を追い、またも神話空間が広がった。ジークフリートはカードを飛ばして相殺する。その連続だ。
「ああくそっ! 鬱陶しい! てめぇなんざお呼びじゃねぇ! すっこんでろ!」
「そんなこと言って引き下がる彼じゃないのは、君もよく知ってるでしょ」
 しかしラトリの言葉は、もう彼らには届かない。執拗にジークフリートを神話空間に引きずり込もうとするも、ジークフリートはそれを拒み、逃走。それの繰り返しだ。
「……さて」
 ジークフリートが見えなくなったところで、ラトリはゆっくりと視線を動かす。その先にいるのは、いまだ地に両手を着き、世界の終わりでも見ているかのように愕然としている夕陽。
 ラトリは夕陽の元へと、緩やかな歩調で歩み寄る。
 そして、淡々と、しかしはっきりと、宣告するように、口を開いた。

「——これが“ゲーム”だよ、空城夕陽君」