二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.387 )
- 日時: 2014/02/09 23:10
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
「——これが“ゲーム”だよ、空城夕陽君」
ラトリの声は、いつもよりも低いトーンだった。だがそれ以上に、彼女の言葉の裏には重みが感じられた。
「はっきり言うよ。今までの君たちは、甘すぎた」
本当に、はっきりと言い放つ。その言葉が夕陽に届いているかは定かではない。しかし、もし届いているならば、その言葉の本当の意味が、理解できるだろう。
「君たちは今まで、多くの組織と戦ってきた。【神格社界】【慈愛光神教】【ミス・ラボラトリ】そして【神聖帝国師団】……どれもこれも大物組織、私たちでもこれらの組織と戦うなら、それなりの被害を覚悟しなければならない」
でも、とラトリは続けた。
「君は、君たちは、奇跡的にも、今までほとんど被害を受けずにそれらの組織を退けてきた。勿論、相手の戦力が分散した状態だったり、私たちがサポートした影響もあるだろうけど……君たちが今まで生き残ってこられた最大の要因はたった一つ。運が良かったんだ」
実力じゃない、と。やはりラトリは、淡々と告げる。
その感情のこもらない声は、どれほど夕陽に響いているのだろうか。
「運が良かった……うん、それが一番の理由だよ。君たちの実力を否定するわけじゃないけど、それでもこれまで、君たちの被害がその程度だったのは運が良かっただけ。君は今まで戦ってきて、どんな傷を負った? シールドの破片に切り刻まれたよね、クリーチャーの炎で火傷はしたかな? 電撃を掠めたこともあると思う。有毒な瘴気で吐き気を催したことは? 冷気を浴びせられたり、爪で引き裂かれたりしたこともあるはず。でも所詮、その程度だよ」
今この場で起こった最大の被害と比べれば、取るに足らない傷だ。
「もう一度言うよ。君たちは甘すぎる。“ゲーム”の有力組織と戦って、ちょっとした傷を負うだけで、頑張れば勝てる気でいる。負けたとしても怪我するだけ。そんな低い意識で、私たちの土俵に上がってるんだよ」
辛辣だが、ラトリの声に非難の色は見えない。むしろそれは、警告しているようだった。
「そんな甘ったれた意識で、“ゲーム”に関わらない方がいいよ。君が最初に出会った“ゲーム”参加者は『炎上孤軍』だよね。だったら彼女から聞いてないかな。“ゲーム”は、戦争だって」
聞いた。最初に、本当に最初に、その表現は聞いた。
様々な組織が入り乱れて、多くの敵と戦っていくその様子は、確かに戦争だ。しかし夕陽たちが見て来たのは、その戦争の一側面でしかなかったのだ。
「しつこく言うけど、君たちは甘いんだよ。自分たちは負けない……とまではいかなくても、死なないと思ってるんじゃないかな? だったらアフリカの紛争地域に銃でも持って行ってみるといいよ。命っていうものがどれだけ簡単に散ってしまうか、そして誰だって死ぬ時が来るってことを、思い知らされるからさ」
流石にこれは本気ではないだろう。だがそれでも、ラトリの言っていることは、今の夕陽なら、少しは分かる。
分かりたくはないが、分かってしまう。目の前に、いるはずの人間がいないことを考えれば。
「死なない人間はいない。“ゲーム”でも、負けないデュエリストはいない……『太陽一閃』は“ゲーム”で無敗だったけど、君たちとの対戦では負けたこともあるんじゃないかな。ジー君——ジークフリート・フォン・パステルヴィッツだって、無敗と言いながらも負けたことがないわけでもない。つまり、そういうことなんだよ。誰だって負ける時は負けるし——」
——死ぬ時は死ぬんだ。
「君は、自分や自分の仲間は死なないと思い込んでいるかもしれない。いや、死んで欲しくない、消えて欲しくない、いなくなって欲しくないという思い込みが、そんな幻想に変わっているんだ。でも、それは幻想で、まやかしだよ。人は死ぬし、自分も仲間も、消えてしまう。私も今まで、大事な部下が消えていく様を、何度も見た」
君も見たでしょ、とまでは言わなかったが、ラトリは無言でそう告げる。
「戦争っていうのは、無慈悲で残虐なもの。次に消えるのは君かもしれないし、君の後ろにいる、君のお友達かもしれない。もし君がその残酷さを受け入れられないのであれば、もうなにも失いたくないのであれば今すぐ“ゲーム”から降りて日常生活に戻るべきだよ」
ここからが本題だとでも言うように、ラトリは一呼吸おいてから、再び言葉を紡ぎだす。
「もし“ゲーム”から降りたいなら、君たちの『神話カード』をすべて私に渡して。そうすれば、私たち【ミス・ラボラトリ】が総力を挙げて君たちを守るよ。残念ながら、君たちはもう“ゲーム”に深く関わっちゃってるから、その名前が消えることはない。でも、普通は『神話カード』を持たない君たちを付け狙う理由はないし、もしそんな人がいても、私たちが全力で阻止する」
これは、取引だった。それも、夕陽たちに、非常に有利な。
ラトリの言うように、これ以上なにも失いたくないのであれば、なによりも安全な日常に戻るべきだ。しかしそのためには『神話カード』が障害となる。それらを有する限り、彼らが日常に戻ることはできないだろう。
だがラトリは、組織としてそれを引き取る。その代わりとして、私怨などの理由で夕陽たちを狙う者がいても、その魔の手から夕陽たちを保護する。つまり、夕陽たちの日常を守るのだ。
「……ま、今すぐにその答えを出せ、なんて言わないよ。決まった時に、黒村君でも言いつけといて……でも、これだけは分かっておいてね。私からはどっちがいいかなんて言えない。だから決断するのは君なんだ——『昇天太陽』、空城夕陽君」
なにも失わない、なにもない道を選ぶか。戦い続ける、茨の道を選ぶか。
「——私が伝えたいのは、それだけだよ。じゃあね」
十二月一日。
この日は、“ゲーム”の世界で、そして夕陽たちにとって忘れられない人なる。
一つの太陽が消えた——【太陽一閃】朝比奈ひまりという存在が、この世から消えた日。
彼女の輝きは、一閃の太陽の如きだった——