二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.393 )
- 日時: 2014/02/13 20:19
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
世界が暗い。
今まで、挫折という挫折を経験したことはなかったが、そんなことなどうでもよくなるほどに、今の世界は暗く、冷たいものだった。
彼女と出会ったのは、ほんの一月ほど前。たったそれだけの付き合い——などと言うのは、薄情が過ぎるだろう。
しかしたった一ヶ月でも、彼女の影響力は大きかった。特に、彼女の力を受け継いでいた、自分にとっては。
胸の内どころか、からだのあらゆるところに空洞ができたようだった。それも、ただ穴が空くのではなく、その空洞という空間すらも削り取られて、虚無しかない、虚無すらもないような感覚。
無も存在できないほどに、自分の中身は劣化していく。絶望に苛まれ、喪失に蝕まれた心は、無の侵食が進んでいく。
頭の中に蓄積された記憶や知識も、霞んで消えてしまう。友人との思い出も、共に戦った戦果も、すべてが虚無へと還っていく。
そんな中で、たった一つ残っているものと言えば、存在しないはずの太陽だけだ。
「先輩——」
日曜日の次は月曜日、というのが、世界の理だ。そして月曜日と日曜日に差異が存在するのも、また然り。汐は、この日が月曜日であることをここまで疎んだ日はないだろうと思う。
昨日の今日ではあるが、世界のルールを曲げる力は、残念ながら汐にはない。兄に言い訳することもできず、曇天の寒空の下、制服を着て学校へと向かっていた。
(こんな時に登校できる自分の神経が理解しがたいです……)
昨日の出来事は、当然ながら汐にとってもショッキングだった。しかしそれ以上に衝撃を受けた先輩がいる。
本当なら、どうにかしたい。しかしどうすればいいのか分からない。下手に干渉してもいい結果を生めるとは思えないし、自分がいい結果を出せるとも思えない。
だからといってのうのうと学校なんかに行っている場合か。そんなジレンマが彼女を苛む。
その時だ。
「シオせんぱーい!」
後方から、声が聞こえてくる。振り返ると、そこには見知った顔が。
自分の後輩で、自分の先輩の妹な少女が、軽い足取りで駆けて来る。
「おはようございます、シオ先輩!」
「……おはようです」
自分の先輩の妹というだけあり、彼女とも、汐は交流があった。学年こそ違うが、むしろ共にいる頻度だけなら、このみや姫乃よりも多いかもしれない。
汐は挨拶を返してから、かける言葉に悩む。自分の気になることを言及するべきか。間接的とはいえ、やはり干渉すべきではないのか。その二つを天秤にかけ、しばらく口をつぐんでいた。
だが汐の天秤など関係なく、彼女の方から切り出した。
「先輩。実は今日、お兄ちゃんが変なんですよ。あ、いや、昨日から変なんですけど。なんか、どっかから帰って来たと思ったら、すぐに部屋に引きこもっちゃって。ご飯も食べずに……気になってちょっと部屋を覗いてみたら、ベッドの中で蹲ってて」
概ね、汐の予想通りだった。あれだけのことがあったのだ、悲嘆にくれる時間は必要だろう。
「先輩は、学校には……?」
「私が先に出たんで、そこまでは分かりませんけど、たぶん行ってないと思います……なんだかお兄ちゃん、泣いてましたから」
「…………」
「朝、このみさんからも電話が来たんですよ。ゆーくんのことはしばらくそっとしておいてあげて、って……シオ先輩は、なにか知りませんか?」
知っている、嫌というほどに。
彼の気持ち、そしてその後の行動はよく分かる。できることなら自分も、学校など放っておきたい気分だ。
「……知っていたとしても、それをあなたに教えることはできないです」
汐は彼女の問いに、そう答えた。
「先輩があなたになにも言わないのであれば、それは先輩の意向です。私が口をはさむ余地はないですよ。私は先輩に従うです。先輩にその気がないというのなら、私はあなたになにも言わないです。それは、先輩の意思に背くことですから」
「むー……このみさんと同じこと言われちゃいました」
聞くとこのみも、「ゆーくんが言ってないなら、あたしからはなにも言えないよ。ごめんね」と返事していたらしい。
「シオ先輩もこのみさんも言わないなら、これ以上は聞きません。でも、お兄ちゃんの様子は、ちょっと酷いというか、やばいというか……」
「……確かに、このまま放っておくのは、危険かもしれないですね」
時間が彼を落ち着かせるのなら、それでいい。しかし時流が彼を破滅に追い込んでしまうのなら、それは絶対に避けなければならない。
そう思っていると、見慣れた校舎が見えてきた。あと三ヶ月ほどで立ち去る、学び舎が。
「……先輩」
校門を潜ると同時に、汐は虚空を見つめながら、ふっと呟いた。
気が付けば、時計の針はほとんど四の字を指していた。しかし今の夕陽には、それが意味することが分からない。
喉が焼け付く。灼熱の砂漠のようだが、この感覚をなくすためにどうすればいいのかも分からない。
体を起こす。枕やシーツが濡れていた。なぜ濡れていたのかも、分からない。
なにもかも空っぽになってしまった夕陽。今の彼には無すらも存在しないほど、虚無だった。
「先輩……」
うわ言のように呟く。何度その言葉を口にしたか分からない。分かったところで、意味もない。
「…………」
それは人としての、本能的な動きだったのかもしれない。ベッドから這い出て、床に足を着け、立ち上がる。
だが、崩れてしまった。
「う……ぁ」
力ない呻き声が、弱々しく響く。
同時に、手の内からなにかが零れ落ちた。
「ぁ……デッキ……」
それはひまりから渡されたデッキだった。床に落ちた衝撃で蓋が開き、中身がばら撒かれる。
「いけない……先輩の、カードが……」
自分を責めるという気すらも欠落している夕陽は、カードを掻き集める。
その時、ふとデッキケースの中身が目に飛び込んでくる。
「あれ……このケース、二重底になってる……?」
二重底といっても、単純に薄い底板を二重にしていただけで、なにかを入れるような隙間はない。
しかし、薄い紙一枚程度なら、その限りではない。スッと、ケースから小さな紙切れが落ちた。
「なんだ、これ……」
小さく折り畳まれた紙切れだ。広げても大した大きさにはならず、小さな文字で、短い一文だけが書かれていた。
——君の見えるあの場所で
一見すると、意味不明なその一文。夕陽もその意味を理解しかねていたが、このデッキケースを渡されたあの時、消え逝く彼女の言葉を思い出す。
——私から、君へのメッセージだよ……先代の《太陽神話》からの、ね……
「……!」
その言葉と、復活した彼女との記憶が結びつく。
その瞬間、夕陽は獲物を見つけた獣のように部屋を飛び出していった。転げ落ちるように、というより実際に転げ落ちて階段を通過し、廊下を駆ける。
「ただいまー——ってお兄ちゃん!? もう大丈夫なのっていうかさっきの音なにっていうかそんなに慌ててどうしたのっていうかどこ行くのっていうか!?」
「ちょっと出かける!」
妹を押しのけて玄関を飛び出した。門も閉めず、そのまま駆け抜ける。
「コートも着ないで大丈夫かな……?」
おかしな兄ではあったが、妹としては、少し安心できた。
目的地は隣町。電車で向かうのが最も効率が良く、駅へと向かっていたが、しかし途中で財布を持っていないことに気づく。
今から引き返す時間も惜しい。徒歩でも行けない距離ではないので、そのまま走って行くことにした。
今の夕陽は、息切れや疲労などという概念とは無縁であるかのように、減速せずに走り続けている。陸上部からスカウトが来ても不思議はない。
しかし夕陽は陸上など眼中にない。どれくらい走ったのか、しばらく走り続けているうちに、目的地に着いた。
目的地とは山だ。大きな山ではないが、長距離走の直後に登山とは、アスリートでもない限り勘弁したいところだろう。
しかしアスリートではないが、夕陽は迷わずその山に足を踏み入れる。草木を掻き分け、どんどん先へと進んでいく。
この山は、かつて【慈愛光神教】なる宗教団体の根城があった。
しかし夕陽にとってはそんなことはどうでもいい。それ以上に、この場所には意味があった。
しばらく進むと、崖のようになった、開けた場所に出た。
「着いた……!」
この場所は、いつか彼女に連れてこられた場所だ。この場所で、夕陽は彼女の本心を知った。
そして彼女は、ここから見る夕日がお気に入りだと、言っていた。
君の見える場所。あのメッセージが夕陽にあてたものであれば、即ち夕日が見える場所。
彼女にとってその太陽が意味を持つ場所は、ここ以外に考えられない。
最初に来た時は雑草が生え放題のこの場所だったが、今はある一ヶ所だけ、不自然に雑草が抜かれている。そこの土を触ってみると、誰かが掘り返したように柔らかかった。
最初は手で掘り返そうとしたが、流石に思い留まる。軍手もなしに素手で穴を掘りは無理だ。
一旦引き返して、道を逸れ、もはや廃墟と化している【慈愛光神教】の倉庫へとやって来る。かなり劣化しており、簡単に蹴破れた。
中になにかないかと探ると、スコップを見つけた。多少錆びているが、問題なく使えるはずだ。
また例の場所へと戻り、土を掘り返す。先に掘り返されて柔らかくなっていたので、簡単に掘ることができた。
そうして土を掘り返していると、カツン、となにか硬いものにスコップの先端が当たる。
「これ……」
金属製の箱だ。金属といっても、恐らくアルミ製。かなり簡素で、中に菓子でも入っていそうなほどありふれたものだ。
まるで子供がタイムカプセルでも埋めたようなチープさだったが、夕陽は真剣に、その箱の蓋を開ける。