二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.396 )
- 日時: 2014/02/15 08:33
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
箱の中に入っていたのは、カードだった。
大量のカードが、いくつかのデッキケースに分けて入っている。
だが夕陽が着目したのは、それらのカードではなかった。
「これは——」
唯一デッキケースには入らず、単独でそこにある。彼女も、夕陽も、幾度となく手にしてきたカード。
「——《アポロン》」
真っ先、そのカードを手に取る。懐かしい手触り、そして温かな感覚が伝わってくる。
だが同時に、あの時の悲嘆が蘇る。
「先輩……なんで、いなくなってしまったんですか……!」
あの時、ジークフリートと戦ったのは、彼女だ。
しかし自分が戦うこともできたはずだ。そんな、今更変えようもない運命を考えてしまった夕陽。
もし自分が、勇気を振り絞って戦っていれば、こんな気持ちにはならなかった。そして、彼女も。
「あの時、僕が戦っていれば、先輩はここにいた……僕の、弱さのせいなのか……」
取り戻しつつある夕陽の心中。しかし無の侵食が再び始まろうかという、その時だった。
「そんなことはない!」
「っ!?」
どこからか、少年のような声が響き渡る。
「だ、誰……!?」
周りを見渡すが、しかしそれらしい人影は見えない。だが、
「ここだ、こっちだ!」
「え……?」
声は何度も響く。その音源をたどっていく夕陽。そして、一つのものへとその視線が向いた。
「《アポロン》……?」
「そうだ!」
刹那。
《太陽神話 サンライズ・アポロン》から、小さな影が飛び出した。
「うわ……っ!?」
あまりに突然だったため、尻餅をついてしまう。
手に持っていた《アポロン》のカードもない。さっきの拍子に落としてしまったのかと思い、近くの地面を探るが、カードは見当たらなかった。
代わりに、
「こっちだ、こっち!」
また、少年の声が聞こえた。その声の主へと、目を向ける。
「……アポロン?」
「そうだ。こうして会うのは初めてだな、夕陽!」
目の前にいるのは、幾度と召喚し、共に戦ってきた《アポロン》のカードに描かれたクリーチャーと、よく似た少年。
見た目はほとんど《アポロン》なのだが、しかし妙に幼く見えるというか、そもそも頭身がおかしい。手足は短く、二頭身程度しかないように見る。
妖精、もしくはデフォルメされた《アポロン》とでも言うべき存在が、そこに浮いていた。
「君は……アポロン、なのか……?」
「そうだって言ってるだろ。オイラはアポロン、十二神話の太陽神だ」
そう言って、くるくると夕陽の周りを旋回するアポロン。
しかし、まったくイメージが違う。今まで召喚してきたアポロンは、もっと凛々しかったはず。こんな少年ではなかった。
というか、
「なんで実体化してるんだよ……! しかもデフォルメで!」
「でふぉ……? よく分かんねえけど、オイラがこの姿なのは、単純に力が足りないからだ。クリーチャーがこの世界で実体を保つには、でっかいパワーは必要なんだ。だけど、ひまりからオイラたちに与えられた力は十二体分に分割されてるから、コンセンテス・ディー・ゼロの状態でしか実体化できない」
「はぁ……?」
正直、よく分からない説明だった。しかし、デフォルメの理由はこの際どうでもよかった。後から問いただせばいい。
しかし、実体化の方の理由は、是が非でも聞き出さなければならない。
「アポロン。お前、今、ひまり先輩から力を与えられたって言わなかったか……?」
「……そうだ」
アポロンは、やや沈んだように、静かな声で語り始めた。
「十二神話に、それぞれの力が備わっているのは知ってるよな。カードの状態でも、所有者がいればオイラたちはその力を使うことができる。いや、今まではそうしないと使えなかった。この世界で、実体化するほどの力がないオイラたちは、神話空間以外じゃカードの姿でいるしかなかった」
でも、とアポロンは続ける。
「ひまりは、オイラの力を使って、オイラたちに力をくれた。お陰でオイラたちは、こうして実体化することもできるようになった。だけど代わりに、ひまりはオイラの力の代償を払うことになったんだ」
「アポロンの力の代償……?」
『神話カード』に、それぞれ特別な力が備わっているのは知っている。姫乃の《慈愛神話》には振り回されたし、ラトリの《守護神話》には助けられた。
ならば、《太陽神話》は? この、アポロンの備える力とは、一体なんなのか。
「オイラの力は、簡単に言うと、奇跡を起こす力だ。人間やクリーチャーじゃあ到底辿り着くことのできない奇跡を発動することができる。要するに、なんでもできるんだ」
「え、なんだよそれ、凄いじゃん……」
思考を同調させたり、神話空間を展開したりするものとは格が違う、ように思えた。
なんでもできる。その言葉が本当なら、ひまりも——などと考えてしまう夕陽だったが、アポロンの話は終わらない。
「でも、タダじゃねえぞ。オイラの力を行使するには、その奇跡の大きさに見合った命を削る必要がある。ものよっちゃあ、力を使った瞬間に死ぬことだってあるんだ」
「死……」
それが、さっきアポロンが言っていた代償なのだろう。
そして夕陽は、あることに気づく。
「あれ……ってことは、ひまり先輩は……」
「……ああ、そうだ。オイラの力を使って、オイラたちに力をくれて、そのまま戦って、それで——命が、底を尽きたんだ」
定め、代償——彼女の言葉は、このことを意味していた。
そしてその代償で彼女が消えたとするのなら、そう思った夕陽は、再びアポロンを見据える。
「ひまりは、オイラが殺したようなものだ……夕陽、オイラが憎いなら、それでもいい。今すぐカードに戻って、それを破ってもいい。そうすれば、オイラは消えるはずだ」
「…………」
一瞬、アポロンに掴み掛りそうになった。しかし、思い留まる。そして考える。
(最後に先輩は、アポロンに言っていた。みんなを——僕たちを助けてくれって)
その意味も、理解する。それもこのことを指していたのだろう。
ひまりはアポロンの力を使い、自らの命を削ってまで、彼らに力を与えた。なぜそこまでしようとしたのかは謎だが、しかしそれが、ひまりの選択なのだ。
(あの人がなにを考えてこんなことをしたのかは分からない。けど、先輩が、自分の命を投げ打ってまでしたことだ。なにか、大きな意味があるはず)
その意味を知る術は、今ここにはない。しかし、ここで立ち止まっていては、どうにもならないことも、また事実だ。
(それに、これは先輩の遺してくれたもの……あの人がいなくなったなんて、受け入れたくはない。受け入れられないし、まだ頭の中はぐちゃぐちゃだけど)
彼女の遺志を継ぎたいと思った。そもそもその遺志がなんなのかすら分からないが、しかし、彼女遺したものを、引き継ぎたいと、夕陽は思う。
(あの人は完全にいなくなったわけじゃない。まだ、ここに、先輩は生きてる……!)
夕陽はゆっくりと手を伸ばし、アポロンに触れる。温かい。もっと熱いかと思っていたが、人肌に近い温もりがある。
「アポロン……お前、先輩になにか言われなかったか?」
「……言われた。自分の命を差し出す代わりに、夕陽を——みんなを助けてくれって」
「そうか」
ならその思いも、汲み取らなければならないだろう。
そう思った夕陽は、次の言葉を紡ぎだす。
「アポロン……もう一度、僕と一緒に戦ってくれないか?」
一度はこの手を離れた力。彼女の手に戻った力。
しかし彼女亡き今、その力はどこへ行く。
決まっている。彼女の力を、遺志を継いだ、自分の手だ。
「……もちろん!」
アポロンも、威勢よくその申し出に応える。
《太陽神話 サンライズ・アポロン》は、空城夕陽という、新しい所有者の手へと渡る。
この日、《太陽神話》が、空城夕陽へと継承されたのだった。