二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.404 )
日時: 2014/02/16 13:37
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

(あれ……?)
 崩れ落ちていくのは、夕陽の体だけではない。意識もだった。
 思い返してみれば、昨日、家に帰ってからすぐにベッドに入り、家を飛び出すまで昼夜泣き通しだったため、その間にも食べていないし、飲んでいもいない。寝てすらいなかった。
 さらにここに来るまでなにも考えていなかったので、冬の寒さも受けてガタガタとなった体で隣町まで全力疾走、山を登って穴掘り、さらに命懸けのデュエルを一戦交えた。
 ここまでやっておきながら、今まで倒れなかった方がおかしい。ひまりのメッセージに気を取られすぎて空腹や疲労に気づかず、気力だけでここまで来たが、しかしもはや限界だ。
 ニャルラトホテプとの戦いを終え、やっとのことで緊張の糸が切れた夕陽は、遂に自身の身体の異常を認識し、これ以上動くことができなくなってしまう。
「お、おい夕陽! 夕陽!? 大丈夫か!?」
 アポロンの叫びが聞こえるが、それも次第に遠のいていく。意識が朦朧とし、なにも考えられなくなる。
 さらに、アポロンも、
「や、やべ……もうオイラの力も切れてきた。実体を、保てない……すまねぇ、夕陽——」
 アポロンも力を使い果たし、カードの姿に戻ってしまう。夕陽はその様子を見ていたが、動かない脳ではなにが起きたのか理解できない。
(アポロン——)
 そして夕陽の意識は、闇の底に沈んだ。


「——『昇天太陽サンセット』」
 一人の女が、山を登ってくる。
 少々息は荒いが、目の前で倒れている少年のことを思えば、その程度の息切れなど気にならない。
「こんなところにあったんだね、《太陽神話》」
 女は少年の傍まで寄ると、その傍らに落ちていたカードを拾い上げ、まじまじと眺める。
「こういうのは『太陽一閃サンシャイン』らしいね……それに気づくこの子は、やっぱり《太陽神話》の、そして彼女の継承者なんだろうね」
 言って女は、そのカードを少年の持っていたデッキケースにそっと収める。
 それから腰を下ろし、背負っていたリュックサックも地面に置く。そこから一枚の毛布を取り出し、少年に掛けながら、
「君は私たちの世界で戦うことを選んだんだね……まあ、そうすると思ってたけど。それは私としても嬉しい。昨日はああ言ったけど、君にはもっと戦ってもらわないといけないんだ。君のこっち世界での戦いは、その世界に大きな影響を与える。君は、私たちの世界ではかなめとなる存在なんだよ。だから君の選択は、きっと間違ってない。でも、これだけは覚えておいて」
 ポスッ、と少年の頭に手を乗せる。特に意味はないが、少し気分が良かった。
「昨日も言ったけど、君たちは甘すぎる。その甘さを今すぐ捨てろとは言わないけど、早く捨てないと、君たちはもっと傷つくことになるよ。そしてもし捨てたとしても、君の大切なものが失われない保証はどこにもない。君は、君たちは、この過酷な世界で、傷つきながら、大切なものを失う危険を常に考えながら、戦わなくちゃいけない」
 そのためには、
「君たちには、もっと強くなってもらわないといけない。君の敵は彼だけじゃない。他にも君を狙う人が襲ってくるだろうし、君の知らない『神話カード』だって存在する。彼だって、君たちを本気で潰す機会を窺ってるはずだよ」
 最後の方は少しだけトーンを低くする。だがすぐにその声は和らいだ。
「……でも、今はお疲れ様。こんなところだけど、ゆっくり休んで……って、私が言えた義理でもないか」
 くすっ、と笑い、女は立ち上がる。ついでにリュックサックの中から懐中電灯を取り出して足元に落とした。
「まあいいや。とにかく、君の戦いはこれからなんだよ。その時が来るまで、精々小さな幸せを謳歌しててね……ばいばい」
 女はリュックサックを置いたまま、その場から立ち去って行った。
 そこに残ったのは、空城夕陽という、少年だけだった——



「ん……」
 目が覚めたら、そこは暗黒の空間だった。
 上も、下も、右も左も、真っ暗だ。
 自分は死んだのだろうか。ここは死後の世界なのだろうか。自分の身体を酷使しすぎたせいで、死んでしまったのだろうか。
 当然と言えば当然だ。今は冬も冬、十二月の真冬だ。ロクに防寒着も着ず、疲労困憊、満身創痍、全身傷だらけの状態のまま山の中で寝たりすれば、それは死んでも文句は言えない。
 ということは、やはり自分は死んだのだ。空城夕陽としてこの世に生を授かってから十六年。短い人生だった。
 だがこれで、大切な先輩と共にあれると思えば悪くない。しかし彼女の遺志を継げなかったのは心残りだ。

 ——などと思っていたが、そんなことはなかった。

 手元に棒状のなにかが落ちていたので、適当に弄ってみたら電気が付いた。懐中電灯だ。
 それで辺りを照らしてみると、どうやらここはあの山の中のようだ。もう少し照らすと、リュックサックも落ちている。
「死んでない……」
 気付けば、毛布も掛けられている。誰がやったのかは知らないが、ありがたい。
 いや、毛布を掛けて温めるくらいなら、いっそそのまま山の麓まで運んでくれと言いたい。もしくは救助隊でもなんでも呼んでほしいところだ。こんな中途半端な救命をされても困る。
「あ……アポロン!」
 ふとアポロンの存在を思い出して周りを照らすが、カードの姿すらない。だが、
「ここだ、夕陽……」
「アポロン……って、なんでデッキケースに?」
「オイラにも分からねぇ……でも、気付けばここにいた」
 アポロンは、力なく声を上げる。実際、力はほとんどないのだろう。
「少し休めたから実体化できるぞ。出て来た方がいいか?」
「いや、どうせ今から帰るし……う」
 立ち上がろうとするが、腹部に奇妙な痛みを感じる。
 痛みと言うより、疼きかもしれない。腹の内部になにも存在しない、虚無感が漂う。その虚無感が引き起こす疼き。
 要するに空腹だ。
「このままだと、また倒れかねないな……」
 言いながら、チラッとリュックサックに視線を向ける。しばし考えてから、夕陽はそのリュックサックの中身を漁り始めた。
「栄養食品にミネラルウォーター……誰のか知らないけど、頂きます」
 救命する気満々の中身だったが、こんなものを用意するくらいならやはりちゃんと救助してほしかった。しかし今は四の五の言わず、その中身を取り出す。
 一本100キロカロリーのブロック状になった固形栄養調整食品を口に放り込みつつ、ミネラルウォーターも喉に流し込む。
 そんな食事に数分。夕陽は立ち上がる。
「とりあえず、これで生きていける……このリュックサック、どうしよう……?」
 とりあえず毛布とアルミケースはその中に突っ込む。代わりに中から安物っぽいが十分な防寒性を備えたコートと、時計(なぜか目覚まし)、そして小銭入れが出て来た。
「この時間なら、まだ終電には間に合うな。小銭も……きっかり帰り道分ある。なんだ、なんかピンポイントすぎて怖いな……」
 外気とは違う寒気を感じつつ、夕陽はコートに袖を通し、リュックサックを背負う。そして、下山した。



 夜の山道で軽く遭難しかけたが、なんとか終電には間に合い、日付が変わりそうな時刻には帰宅できた。
「ただいまー」
「おかえりー、お兄ちゃん……って、どうしたの!? なんかすごいことになってるよ!? そのコート誰の!?」
「うるさいな、夜中に騒ぐなよ」
 靴を脱ぎつつ、妹を諌める。だが彼女からすればそれどころではないだろう。
「こんな時間に帰ってくるお兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。なに、どこ行ってたの? なんでそんなボロボロなの? そのコート誰の? リュックサックもどうしたの? こんな時間までなにしてたの? っていうか大丈夫なの?」
「なにが?」
 前の質問に答えるのは面倒だったので、というより夕陽にも分からないことがあるので、無視した。
 代わりに、最後の質問だけ、質問で返す。
「昨日からなんか変だったもん。帰って来るなり部屋に引きこもっちゃって。ご飯も食べないし、なんかすすり泣くような声が聞こえるし。お風呂入んないし。学校行かないし。今朝もこのみさんから電話かかってきたし、シオ先輩もなんか暗かったし。お母さんもお父さんも、私だって心配したよ。大丈夫なの?」
「あー……うん、まあなんとか。体じゃない方はとりあえず大丈夫」
 言われて思い出す。そういえば今日は月曜日だ。学校もサボってしまった。明日、このみや姫乃、汐にも謝っておかなくては。
「っていうか、お兄ちゃんなんか臭う、土臭い。早くお風呂入ってきてよ」
「地味に傷つくことを言うな。まあ、入るよ。今日は疲れた、早く寝たい。山の中で寝たから、体中も痛いしさ……」
「!? 山の中!? え、なに? お兄ちゃん山に行ってたの!?」
 妹が驚愕の表情で詰め寄って来るが、それを振り払う。
 そして、明日に待つ日常を、ふと感じた。
(明日は学校か……)