二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.405 )
日時: 2014/02/16 15:55
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 いつもの服装にいつもの風景。いつもの日常のまま、いつもと同じローテーションを繰り返す。
 そんな変わりないことも、一度でもそのローテーションから外れれば、またそこに戻った時、その風景はどこか新鮮に感じられるものだ。
 そんなことを思いながら、夕陽は登校していた。
「昨日なんの連絡もなしに学校休んだからなぁ……」
 このみたちはともかく、クラスメイトや、特に教師にも言及されるだろう。流石にそのまま説明するわけにはいかないので、なんとか誤魔化すしかない。
 などと思っていると、前方に見慣れた人影を視認する。
「……このみ! 光ヶ丘!」
 一瞬迷ったが、すぐにその二人に声をかける。向こうもすぐに反応した。
「ゆーくん!」
「空城くん……っ」
 だが、少々意外そうな顔をしていた。
 夕陽は小走りでその二人の元へと駆け寄る。
「おはよう」
「おはよう……えっと、だいじょうぶ、ゆーくん?」
 このみにしては珍しく、こちらを気遣ったような様子だった。正直似合わない。
「ああ、もう大丈夫だ。昨日とか一昨日とか、いろいろ悪かった。光ヶ丘もごめん」
「う、ううん、わたしたちは別に……でも、本当に大丈夫なの? ひまり先輩のこととか……」
 姫乃は控えめに、夕陽の様子を覗いながら口を開く。
「……正直、完全に吹っ切れたってわけじゃない。でもいつまでもいじけてられないよ。僕は先輩の意志を継ぐって決めたんだ——こいつとね」
 と言って、夕陽は一枚のカードを取り出す。
「《アポロン》……! 見つかったんだ」
「うん。先輩が残してくれた力だ」
 それに、と夕陽は付け加える。
「なんだかこいつ、実体化するんだよ」
「こんな風にな!」
 その瞬間。
 カードからアポロンが飛び出した。
「ってアポロン! 勝手に出て来るな! 誰かに見つかったらどうするんだ!」
「大丈夫だって。この辺には誰もいないみたいだし」
「そういう問題じゃない! ほら見ろ、このみとか光ヶ丘も驚きすぎて声も出なくなって——」
「《アポロン》も、実体化するんだ……」
 ふっ、と姫乃が声を漏らす。
「……も?」
 夕陽がその言葉の一部を復唱したその時。このみと姫乃のデッキケースがひとでに開き、一枚カードと共に、
「わー! アポロンだー!」
「アポロン様、お久し振りですの!」
 それぞれのカードからクリーチャーが飛び出す。
「!?」
 目を見開く夕陽。次の言葉を紡ぐ前に、その二体のクリーチャーのうち一体が、アポロンに飛びつく。
「おー、プロセルピナ! こうして会うのは久し振りだな! ヴィーナスも」
「あいたかったよー、アポロン。ルピナ、じったいかできるようになってから、アポロンにあえるのずっとたのしみだったんだ! だからすごくうれしい!」
「ですの。わたくしも待ち焦がれていたんですの。今のわたくし、とても幸せですの」
「そうか。オイラもお前たちに会えて嬉しいぜ」
 わいわいきゃっきゃと楽しそうにしているクリーチャー三体。その様子を見つめつつ、夕陽は乾いた声を上げる。
「……これは?」
「えっとね……昨日のこと、なんだけど……」
 おずおずと姫乃が語り始める。
 姫乃たちには原理は分からないようだが、昨日、学校から帰った辺りの時間に、二人の『神話カード』、このみは《萌芽神話 フォレスト・プロセルピナ》、姫乃は《慈愛神話 テンプル・ヴィーナス》が、それぞれデフォルメした状態で実体化したらしい。
「アポロンと同じように、二人の『神話カード』も実体化したのか……」
 ひまりが力を与えたのは『十二神話』だと、アポロンは言っていた。ということは、十二枚の『神話カード』すべてのクリーチャーが実体化していると考えるべきだろう。
 夕陽は三体のクリーチャーを眺める。まるで子供のように、三体は戯れていた。その様子に、ふっと言葉を漏らす。
「これも、先輩の遺した力、なのかな……?」



 雀宮総合病院。
 ここは表向きはただの病院だが、その裏では“ゲーム”に通じる者が何人か務めている。
 そのような病院はこの世界にいくつも点在しており、“ゲーム”によるデュエルで重傷を負い、普通の病院では事情を話せないような者が搬送され、治療を受けられる。
 “ゲーム”の世界に身を投じて、無傷でいられる者はいない。あのジークフリートだって、無敗ではあっても、無傷ではいられないのだ。戦えば必ず負傷する。
 そして『炎上孤軍アーミーズ』こと火野亜実も、その中の一人であった。
「……病院に入るのは、久し振りだな」
 亜実はベッドに横たわり、天井を見上げながら呟いた。
 今まで何度も傷を受けた亜実ではあるが、入院するほど大きなダメージを負ったことはほとんどない。“ゲーム”に参加した最初の頃ならいざ知らず、今ではダメージを躱す技術も身に着けている。たとえ負けても、そう大きな傷には至らない。
 だが、今回は違った。
「【師団】、四天王、『夢海星辰ウトゥルー』……あれほどの手練れがまだいるなんてな。あたしも、まだまだだ……」
 自戒すつつ、報復心も募らせる亜実。
 その時、コンコンと病室の扉がノックされた。
「……誰だ? どうぞ」
 大学の友人ならついさっき来て帰ったばかりだ。【神格社界ソサエティ】では、亜実のことを見舞うような者はいないし、仮にいたとしても一人だ。だがその一人からも既に見舞われている。
 謎の客に疑問を覚えつつも、亜実は入室を許可する。そして、
「やあ、亜実。って個室かよ。意外と金あるなぁ……」
「空城!? お前っ、なんでこんなとこに! つーかなんであたしの入院してる病院を知ってんだ!」
 気さくに入って来たのは、夕陽だった。思わぬ来客に吃驚する亜実。
「お前に用はない! とっとと出てけ!」
「せっかくお見舞いに来たのに出てけはないよ。まあなに言われても、出て行く気はないけどね」
「こいつ……! あたしが動けないことをいいことに……!」
 歯噛みする亜実をよそに、夕陽は見舞客用の椅子の腰かける。そして、
「……ごめん」
 頭を下げた。
「……おい、どういうつもりだ?」
「その怪我って、僕の代わりにあいつ……クトゥルーだっけ? と、戦ったからだよね。だったらその傷は、本来僕が受けるはずのものだったわけで、それ代わりに亜実が受けてるってことは——」
「黙れ」
 夕陽の謝罪を、亜実は一蹴する。
「それはあたしに対する侮辱だ。あたしはあくまで、自分の意志であの場における戦闘を行った。兵士が身を挺して戦ったのを、お前が頭を下げるなどというのは、その兵に対する侮蔑に他ならない。頭を上げろ」
「いや、でも……」
「上げろ」
 渋々頭を上げる夕陽。たまに思うが、亜実の考え方にはたまについて行けなくなる。
 亜実は、続けて、
「それに、あたしはまだ生きている。死んだら元も子もないが、生きている限り、敗北は力になる。戦争で負けたのならともかく、あたしが負けたのは戦闘だ。生きている限り、いくら負けようともそれは力になるんだ。だから、お前が気にすることなんて一つもない。分かったか?」
「う、うん……分かったよ」
 ならいい、と亜実は夕陽から少し線を外す。
「……だからお前も、あまり『太陽一閃サンシャイン』について悩みすぎるなよ。あたしは奴と直接的な接触はないが、恐らく奴は、自分の意志で命を懸けてまで戦ったはず。あまり思いつめると、奴の志に反することになるんじゃないのか?」
「うん……そうだね」
 それは夕陽にも分かっている。亜実も、それ以上は言う必要がないと思ったのか、口をつぐむ。
 このみや姫乃から聞いたが、ひまりがこの世界で生きていた痕跡は、すべて跡形もなく消えていたらしい。
 存在は勿論、“ゲーム”に関わっていない学校の誰もがひまりのことを忘れており、ひまりの物品はすべて消え、彼女の家を訪問すれば両親も自分たちに娘はいないという始末だ。
 つまり、朝比奈ひまりという少女は、この世界から完全に抹消されたのだ。
 残されたのは《アポロン》とその影響を受けたカードのだけ。
 しばし沈黙の空間が流れた。だがその沈黙を破り、夕陽が口を開く。
「そうだ。今日は亜実に、渡したいものがあるんだよ」
「あたしに? 渡したいもの?」
 露骨に訝しむような視線を送る亜実だが、夕陽は特に気にせず、鞄からその渡したいものを、テーブルの上に置く。
「デッキ……?」
「そう、僕が組んだデッキだ」
「それはそうだろうが……どういうつもりだ? あたしだって自分でデッキくらいは組んでいる。お前にわざわざ渡されるまでも——」
「いいからいいから、とりあえず中身見てよ。一応、亜実のデッキに近い感じで組んだんだけど、やっぱり難しいな、お前のデッキ」
「……?」
 疑念を募らせながらデッキの中身を確認する。見たところヒューマノイド中心の速攻デッキだ。
 こんなものを渡してどういうつもりだと激怒しそうになる亜実だったが、デッキの最後に入っているカードを見るや否や、表情が激変する。
「これは……!」
 デッキの最後に投入されていたカード。それは、目にするのも懐かしいカードであった。かつて自分の力となり、自分の異名が付けられた原因の一つ。
 それは、
「《マルス》……!」

 ——《焦土神話 フォートレシーズ・マルス》だった。