二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.410 )
- 日時: 2014/02/18 18:05
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
カードショップ『御舟屋』。
澪が用事で店を開けている間、汐が店を任されることも多くなってきた。
だが、それで汐が困るかと言えばそうでもない。汐も学校では友達と言えなくもない人物はいるが、共に遊びに出かけるほど親しい者はいない。精々先輩の妹くらいなものだろうが、彼女の場合は友人というより後輩だ。
なので日曜日であっても特に不満なく、汐は小さな店内のカウンター席に着いていた。
(……そういえばもうすぐクリスマスですね。兄さんはこの手のイベントが嫌いですが、うちの店でもなにかそういった期間限定のサービスのようなものを……いや、どうせお客さんは少ないのですし、コストのわりにリターンが少なさそうなので、やらないのが得策ですか)
ふと思いついた案を速攻で叩き落とし、店内を見回す。当然のように客はいない。
(先輩はもう大丈夫だとこのみ先輩が言っていたですが、うちには来ないですか……まあ、仕方ないですね。人間、そうそう吹っ切れるものでもないわけですし)
かくゆう自分も、ひまりのことについてはまだ蟠りが残っている。それが原因で塞ぎ込んだりはしないが、思い出すたびに暗い気分になるのはどうしようもなかった。
またそのことを思い出しそうで、どうにかして気を紛らわせようとする汐は、一度自室へと向かった。そこで厳重なロックをかけて隠している二枚のカードのうち、デッキに組み込まれている方のカードと、そのデッキを手に取り、また店内へと戻る。
「先輩たちの言うことが真実であるのなら……このカードを腐らせるのも、もったいないですよね……」
その時だ。
カランカラン
と、来店を知らせる鈴が響く。
「……いらっしゃいです」
まさか客が来るとは思っていなかったので、少し慌ててそのデッキをポケットに突っ込む。人に見られてはまずいものだ。
だが、その意味はなかった。なぜなら、
「ん? お前は……春永たちの後輩? だったか?」
「御舟汐……」
店に入って来たのは、どちらも長身の男だった。それも、汐はどちらも面識がある。特に、自分の名を呼んだ方には。
「……潮原さん、でしたか。それに水瀬さん……いらっしゃい、です」
その二人とは、汐とは学校での関わりが薄いが、夕陽たちの一つ上の先輩。潮原零佑と、水瀬流。
「珍しいですね、お二方がうちの店に来るなんて」
「ああ、リュウに誘われたんだ。なんか、デッキを変えたいとかなんとか。俺もどうせ今日は暇だしな」
「ナガレだ。もうじき殿堂レギュレーションが変わり、新しく殿堂、プレミアム殿堂カードが追加される」
「あぁ……」
成程、と納得した。
つまりそのレギュレーションの変更に伴い、自分のデッキを調整しようというのだ。
「俺のデッキは《ガチンコ・ルーレット》にマナ加速を頼っている。だがそれも殿堂入りし、デッキに一枚しか入れられない。そうなると俺のデッキはほとんど回らなくなる。そうなれば“ゲーム”の世界でも生き残れない」
殿堂もプレミアム殿堂も、あくまで公式大会で制限化されているだけなので“ゲーム”世界に置いてそのレギュレーションを守る理由はないのだが、そこは“ゲーム”のルールなのか暗黙の了解なのか、誰しもがその制限を厳守している。
「だからデッキの方向性を変えようと思い、どのカードがいいか選びに来た。前に春永このみが、お前の店を教えてくれた」
「……そうですか。では、どうぞ。好きに見て回ってください」
汐の記憶では、新しく追加される殿堂カードには、コスト踏み倒しのものが多かったように感じる。だが汐のデッキには投入されないようなカードばかりだったので、あまりデッキを弄っていない。だが流のように、一枚のカードが殿堂入りになるだけで、大幅にデッキの戦力がガタ落ちすることもあるだろう。
「うおっ!? このカードがこの値段かよ、安いな……これ、大丈夫なのか? この値段で儲かってるのか?」
「私の兄の意向なので、私にはなんとも。ただ、毎月のように赤字になっているですが」
品揃えは良好なのだが、如何せん立地条件が悪すぎるせいで客が来ないことが悩みである。もう少し人通りのあるところに店を構えれば、もっと儲かっているはずなのだが。
「…………」
「どうだ、リュウ。なんかいいのあったか?」
「ナガレだ。まだ決まらない……」
流はデッキの方向性を変えると言っていた。つまり、デッキの中身を丸ごと変えるつもりでいる。
ならば今選んでいるのは、切り札となるカードだろう。自分の使いたい切り札を選んで、その切り札をサポートするようにデッキを組むのは、デッキの構築方法の一つだ。シンプルで分かりやすいが、それ故に最初の切り札選びが重要となる。
なので流が決めあぐねているのも頷けるだろう。
「…………」
そこでふと、汐は思った。ちょうど流がここにいるのだ。ならば、ここであれを出さない手はない。
汐はポケットから先ほど自室より持ってきたデッキを取り出す。
「水瀬さん、ちょっといいですか」
「……なんだ?」
汐に呼ばれカウンターまで来る流。汐が椅子に座っているということもあるが、こうして近くで向かい合うと物凄い身長差だ。夕陽は華奢なのであまり威圧的には感じないが、流はそれなりに体格もいいので、かなり威圧感がある。
「……これを、あなたに返すですよ」
「返す……?」
差し出されたのは、一つのデッキ。デッキを渡した覚えのない流は、軽くそのデッキの中身を見て、最後の一枚に目を細めた。
「これは……!」
それは、かつて自分の手から離れた力。彼を象徴するような、神話の神。
「《ネプトゥーヌス》……!」
《海洋神話 オーシャンズ・ネプトゥーヌス》だった。
「これを、なぜ俺に……?」
以前、流は汐と戦い、敗北した。その代償として失ったのが、この《海洋神話 オーシャンズ・ネプトゥーヌス》だ。
その敗北には、流も非難がましいことはない。あの時の戦いは自分の力が足りなかったから負けた。それは流も重々承知しており、このカードを失うことも納得している。
なのでここで汐に『神話カード』を返すと言われても、流は戸惑うだけだ。
「……このみ先輩から少しだけ聞いたのです。この『神話カード』が、神話空間の開いていない私たちの世界でも実体化すると」
「……なんだと?」
その言葉を聞き、流も驚いた風だった。汐もこの話を聞いた時には同じ反応を示したものだ。
「ですが、長くそのカードを使用していないと、実体化は難しいそうです。実体を持つようにするためには、何度もこのカードを使用し、実体化に慣れさせる必要があるとか……私にも詳しいことは分からないですが、一つだけ思うことがあるのです」
汐はまっすぐに流を見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「そのカードは、私より、あなたが持っていた方がいい……と、私は思うのです。なので、お返しするですよ。デッキは利息のようなものです。取っておいてください」
「…………」
流は渡されたデッキを見つめ、次に汐を見つめた。
「……いいのか?」
「はいです」
流の言葉に、汐は即答した。
「……分かった。すまないな」
「いえ、礼には及ばないですよ」
かくして《海洋神話》を汐から譲渡された流は、もう一度デッキの中身を確認する。前に汐と戦った自分のデッキと酷似している。
「……いいデッキだ。流石だな」
「それほどでもないですよ」
「んー? どれどれ」
流の称賛に謙遜する汐。そして零佑も流のデッキを覗き込む。
「これが『神話カード』か、直接見るのはこれが初めてだな……ってか強いなこの能力。でも、進化元が重いなぁ……リヴァイアサンと水のクリーチャーを二体揃えなきゃいけないのか。しかも9マナって、重っ!」
素直な感想だった。汐も流も、このカードを見た時にはそう思ったものだ。
「重さはマナ加速やコスト踏み倒しで補う構成になっているから問題ない。進化元については……マナや手札を整理する過程で、それなりに数が並ぶはずだから、なんとかなるだろう」
はっきり言って、進化元の確保はないがしろになっている。
流が言うように、手札やマナを整理するシステムクリーチャーや相手の攻撃を止めるブロッカーがその進化元となるので、《海洋神話》を出す準備を整えながら並べていくしかない。
「はぁん……だったら、これ使えよ」
そう言って、零佑は一枚のカードを取り出し、流に手渡した。
「こいつなら、進化元の確保にも役立つんじゃねえか?」
「零佑……だが、これはお前のカードだろう。いいのか?」
「ああ。お前のためだからな、持ってけ」
流は、そのカードと零佑を交互に見遣る。そして、
「……悪いな」
「なに、いいってことよ」
ありがたく、そのカードを受け取った。
「では、少しそのデッキも調整した方がいいかもですね。私の感性で作ったデッキなので、水瀬さんが扱いやすいようにチューンしなおすべきかもしれないです」
「そうか……そうだな」
「俺も手伝うぜ。どんなデッキに仕上げる?」
こうして、《海洋神話》は流の手元へと戻った。
だがその力はまだ、神話の海の底に、眠っているのだ。