二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.415 )
日時: 2014/02/19 22:18
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 ——我を呼んだか

 流の頭の中に、重く静かな声が響き渡った。
「っ……!」
 思わず周囲を見回す流。だが、その声の主と思しき姿はない。

 ——我はここだ

「ここ……?」
 次に目を向けたのは、デッキ。さらに言えば、山札の一番上。
 流はゆっくりとそのカードを、持ち上げる。
 そして、
「《ネプトゥーヌス》……!」
「いかにも」

 実体を得た《ネプトゥーヌス》が、カードから飛び出す。

 デフォルメされているが、三さの槍を構えた厳格な雰囲気は変わらない。声にも重みを感じ、軽さをまったく感じない。
「我が力を使え、流」
「…………」
 手札と相手のフィールドを見遣る流。そして再び、ネプトゥーヌスに視線を戻す。
「……分かった。お前の力、また使わせてもらおう」
 マナは十分すぎるほどに足りている。わざわざ踏み倒す必要もない。
「行くぞ……《キング・ケーレ》《飛散する斧 プロメテウス》《電脳決壊の魔女 アリス》を進化元に!」
 刹那、《キング・ケーレ》を中心とした三体のクリーチャーが大渦に飲み込まれた。大渦は水流となり、柱の如く天へと上っていく。
「海神の怒り、三叉の槍と天地を揺るがす嵐をもって、すべての大海を支配せよ! 神々よ、調和せよ! 進化MV!」
 大渦は一つの収束する。そして、流水の鎖を断ち切り、一体の海神が、その姿を現す。

「——《海洋神話 オーシャンズ・ネプトゥーヌス》!」

 怒りの海神が、水飛沫を散らしながら顕現する。三叉の槍を静かに構え、ジッとハスターを見据えている。
「《ネプトゥーヌス》……」
『案ずるな、流』
「……あぁ、そうだな」
 短く応答する二人。言葉数こそ少ないが、意思疎通は完ぺきだった。
「うわ……《海洋神話》出て来ちゃったよ……」
 《ネプトゥーヌス》の登場で本格的に焦り出したのはハスター。S・トリガーに期待をかけようにも、シールドの中身が分かってしまっているので期待もなにもない。それに、《ネプトゥーヌス》という存在もある。
『我が能力発動、コンセンテス・ディー6。我が主に、三つの知識をもたらす』
「三枚ドローだ」
 《ネプトゥーヌス》の表現を訳しつつ、三枚のカードを手に入れる流。
『続けてコンセンテス・ディー9。貴様の知識と盾の内を見、罠を消し去る』
「お前のシールドと手札をピーピングし、それぞれ一枚ずつ入れ替える」
 強制的に公開させられるハスターの手札とシールド。案の定、やはりS・トリガーを仕込んでいた。
「お前のシールドの《DNA・スパーク》と、手札の《獰猛なる大地》を入れ替えろ」
「う……っ」
 元々コンボパーツに押されてS・トリガーを投入する余裕はほとんどなかったのだろう。ハスターのシールドに埋められているS・トリガーはそれだけだった。手札にシノビもいない。
『最後だ、コンセンテス・ディー12! 我が流水に、飲み込まれるがいい!』
 三叉の槍を振り回し、《ネプトゥーヌス》は叫ぶ。同時にどこからともなく激流が押し寄せ、唯一ハスターの場にいた《アクア・アタック<BAGOOON・パンツァー>》をバウンスする。
「お前のクリーチャーはすべて山札送り……とはいえ、サイキックは超次元ゾーンに戻るだけだがな。さあ、これで終わりだ」
 もし《DNA・スパーク》を発動されていれば、勝ち目はなかった。しかしそれも潰した今、ハスターが生き残る術はない。
 矮小な少年に、巨大な海神が迫る。
「《ネプトゥーヌス》でTブレイク!」
 投槍のように、三叉槍を飛ばす《ネプトゥーヌス》。その一撃で、ハスターのシールドは三枚まとめて砕け散る。当然、S・トリガーは出ない。
「マジやば、完璧に終わった……これ」
 完全な詰み。これ以上の逆転は絶対に不可能。
 そのことを思い知らされながら、ハスターは襲い掛かる最後の一撃を見る。

「《サイバー・G・ホーガン》で、ダイレクトアタック——!」



「あーあ……負けちゃったよ」
 神話空間が閉じるや否や、ハスターは唇を尖らせる。だがそれもすぐに綻び、笑みへと変わっていった。
「まあでも、そこそこ楽しかったかな? 負けたけどコンボ自体は決まったし、ぼくも全力全開! ってわけでもなかったしね。今まで影を潜めていた《海洋神話》も表に出るようになりそうだし、それなりの収穫はあったってことにしとこう。いやー、有意義な休暇だった」
 白々しくもそんなことを言うハスターだが、実際あまり悔しがっているようには見えないし、負け惜しみというわけでもないようだ。
「じゃ、ぼくはもう帰るよ。ばいばい」
「……待て、そう簡単に逃がすと——」
 さり気無く出口に向かっていたハスターに手を伸ばす流。汐と零佑も身構えていたが、
「えい」
 ハスターは三人に向けて、それぞれ一枚ずつカードを飛ばす。
「!」
 流は避け、零佑は受け止め、汐も受け止めたがすぐに捨てた。
 【師団】がカードを放るということは、大抵の場合クリーチャーの実体化が目的だ。ここで新たなクリーチャーが実体化されては困る。すぐに対処しなければならないと、三人は構えたが、
「実体化しない……?」
 カードはカードのまま、実体化しなかった。
「これはただのカードだ。我らの影響を受けたそれではない」
 いつの間にか、デフォルメされたネプトゥーヌスが床に落ちたカードを一枚拾い上げていた。
「どうやら、ブラフだったようですね。今の間に逃げられたようです」
「あ、本当だ……逃げ足早いなぁ、あいつ」
 気付けば、ハスターは見る影もなくその場から逃走していた。零佑の言うように、逃げ足が早い。
「……まあいい、あいつらとは、また接触する機会があるだろう。それより……ネプトゥーヌス」
「呼んだか」
 流の呼びかけに、ネプトゥーヌスは振り向く。
「……お前は、俺の力となってくれるのか?」
 一度はこの手を離れた力だ。汐には返してもらったが、こうして実体と意志を持って存在している以上、ネプトゥーヌスの意向を無視することはできない。
 だから流は問うた。自分は、またこの力を手にしてもいいのかと。
 ネプトゥーヌスは、静かに答えた。
「勿論だ。我らは単独では微々たる力しかない。だが、我は汝の力があれば、我が力をどこまでも広げられると信じている。我にも汝が必要だ」
「……そうか」
 その答えに流は安堵する。自分が彼の力を必要とするように、彼もまた自分の力が必要だと言う。
(今初めて理解した。もう、この力は手放したくない。この《ネプトゥーヌス》だけは、失いたくない)
 かつて海の家の店長に欠けていると言われた、執着心。
 今まで理解の及ばなかった感覚だが、今ここで、理解した。
 この、目の前の存在を失いたくないという気持ちが、まさしくそれなのだろう。
「よろしくたのむ、ネプトゥーヌス」
「ああ、こちらこそ頼むぞ、流よ」
 理解と同時に、流とネプトゥーヌスの間で、契約が交わされる。水流を操る青年と、海洋の神。それが今、元の流れへと戻った。
 即ち、水瀬流。彼は真に、《海洋神話 オーシャンズ・ネプトゥーヌス》の所有者となったのであった。



「……『神話カード』、ですか……」
 汐は、流とネプトゥーヌスの契約を見て、ふと呟く。
 自分が持っていた『神話カード』を、彼に返還したのは正解だった。ここまでのことはさすがに予想していなかったが、その予想以上に良い結果に辿り着いたと思う。
 だが彼女はもう一枚、似た境遇のカードを保有している。
(私は、《ネプトゥーヌス》は水瀬さんが持つべきだと判断したから、彼に返還したのです。先輩には《アポロン》、このみ先輩には《プロセルピナ》、光ヶ丘さんには《ヴィーナス》……それぞれが、それぞれの『神話カード』を所有しているです。それはまるで、彼らが『神話カード』と強い繋がりを示すかのように)
 ならば、自分はどうなのだろう。
 今、自分の所有するもう一枚の『神話カード』が、そうなのだろうか。
 もしくは、他に自分と強い繋がりを示す『神話カード』が、存在しているのだろうか。
 それとも、自分に見合う『神話カード』は、存在しないのだろうか。
(そして……あのカードは——)
 まだ眠っている、あのカード。
 賢しき愚者の神話は、誰の手に渡るべきなのか。
 それは、汐には分からなかった。