二次創作小説(紙ほか)

Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.417 )
日時: 2014/02/19 23:34
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)

 カフェ『popple』店内で、二人の少女が向かい合っていた。
 二人ともエプロンドレスのような制服に身を包んでいることから、この店の店員であることが窺い知れる。だがそれなら、接客はしなくていいのかと思うが、店内に客と思しき人影はない。というより、店内にいるのはその少女たち二人だけであった。
 その二人の少女とは、言わずもがな。春永このみと、光ヶ丘姫乃である。
「こーゆーことがあるたんびに思うけどさー、姫ちゃんってけっこーおっちょこちょいだよね」
「あぅ……」
「今日は休みだって言ったのに、制服にまで着替えちゃってさ」
「うぅ……」
 このみに指摘され、赤面する姫乃。
 そう、彼女が言うように、今日は『popple』の定休日。だから客がいないし、従業員である二人はこうして談笑していられるのだ。
 とはいえ、姫乃はその休日だという日に店に来てしまったわけだが。
「でも、このみちゃんだって制服着てるよ……」
「あたしは趣味で着てるだけだから。おねーちゃんに留守番頼まれたし、やっぱお店にいる時はこの格好が落ち着くよねー」
 ギィ、と椅子の背もたれに体重をかけるこのみ。その様を見ながら、姫乃はテーブルに置かれた紅茶に口をつける。
「これで何回目だっけ、姫ちゃんが定休日とシフトを間違えてうちに来たのって? 六月から数えて、いち、に、さん……」
「か、数えなくていいよっ。やめてよそういうの、恥ずかしいから……そんなことより別の話しようよ」
「あははっ、ごめんごめん」
 顔を赤くしながら講義する姫乃。基本的に仲睦まじく談笑している二人だが、たまにこういうこともある。姫乃は純粋で純朴なので、からかいやすいのだ。
「別の話かー、そうだなー……あ」
 思い出したように、このみは口を開く。
「前から聞きたかったんだけど、姫ちゃんってゆーくんのことどう思ってるの?」
「ふぇっ!?」
 あまりに唐突だったためか、それとも質問の内容からか、はたまたその両方か。姫乃は驚きのあまり、幼げな吃驚の声を漏らすと共に、手元のティーカップを取り落しそうになる。
「……姫ちゃんってさ、けっこーナチュラルにそういう声出すよね」
 このみが珍しく、じっとりとした目つきで姫乃を見つめる。だが、当の姫乃はそれどころではないようで、
「え? ど、どういうこと? なにが、なにで、どうで、どうなの? 空城くんが、なに? え、え?」
 かなりパニックに陥っていた。漫画なら、目が渦巻きになっていてもおかしくないような状態だ。
「姫ちゃーん、落ち着いて。どーどー、あたしから振っといてなんだけどさ。ほら、お茶飲んで。クッキー食べる?」
 このみは姫乃に自分の紅茶を飲ませ、受け皿からクッキーを一つつまんで咥えさせる。パリパリとクッキーを咀嚼した姫乃は、とりあえずパニック状態が解除されたようだった。
「で、えっと、その、このみちゃん、今、なんて……?」
「だから、姫ちゃんは、ゆーくんのことどう思ってるのかなーって。で、どうなの? 好きなの?」
 ストレートな問いだった。ストレートすぎて、言葉の上では軽いのに、妙な重みを感じてしまう。
「そ、それは……」
「それは?」
「それはー?」
「ですの?」
「あ、プロセルピナとヴィーナス、戻って来たんだ」
 客がいないことをいいことに、店内を駆けまわっていたプロセルピナとヴィーナスが、なにを嗅ぎつけてか戻ってくる。
「ひめのん、ゆーひーが好きなの? なの?」
「ですの。わたくしはそうだと思っていたんですの、姫乃様」
「は、話を広げないでよっ」
「でもゆーくんのこと気になってるんじゃないの? あたしは姫ちゃんの仕草とか見てて、そうかなーと思ってたんだけど?」
「いや、それは……」
 このみの言葉を受けて、言葉に詰まる姫乃。顔を真っ赤に染め上げ、俯いてしまう。
「ひめのん、ひめのん、どしたの?」
「姫乃様、お気を確かに、ですの」
 プロセルピナのヴィーナスが姫乃の頭上を旋回する。それにも意を介さず、俯いたままの姫乃だったが、やがてか細く声を出す。
「……よく分かんない」
 姫乃の言葉から出た答えは、それだった。
「確かに、空城くんには感謝してるし、空城くんがいたから今のわたしがいるんだと思う。勿論、このみちゃんや御舟さんのお陰でもあるけど……きっかけをくれたのは、空城くん。だから、嫌いなわけはないよ」
 でも、と姫乃は視線だけをこのみに向ける。
「男の子として好きなのかって聞かれると、よく分かんない……もしかしたら、今のわたしの思いも、勘違いかもしれないし——」
「勘違いでもいいんですの」
 姫乃の言葉を半ば遮って、ヴィーナスは姫乃に語りかける。
「勘違いから生まれる恋もあるんですの。勘違いがいけないなんてことはないんですの。姫乃様は、もっと弾けてもいいと思うんですの」
「そ、そうかな……」
「そうだねー、姫ちゃんはもっとアクティブになった方がいいかもね。ゆーくんはああ見えてけっこーにぶちんだし、仕草とかだけじゃあ、たぶん気付いてくれないよ?」
 頬杖を着くようにして、このみは姫乃に顔を近づける。
「もっとこっちからアピールしてみないと。とりあえず、ゆーくんの注目でも引いてみる?」
「引いてみる、って、そんな軽々しく……でも、アピールなんてどうするの?」
 姫乃がそう問い返すと、このみは少し考え込み、
「んー、そうだねー……髪型を変えるとか? 女の子は髪型一つ変えるだけで印象がガラッと変わるし、ゆーくんでも意識はすると思うよ」
「髪型かぁ……そういえば、あんまり考えたことってないなぁ。体育の時とかも、邪魔にならないようまとめてるだけだし」
 中学までの姫乃はあまり容姿に気を遣っていられる時期でもなかった。今でこそ生活にそれなりの余裕が生まれたが、それでもまだ裕福とは言い難い。さらに“ゲーム”の世界に身を投じているということもあり、髪型を意識したことはあまりない。
「ゆーくんはねー、ポニーテールが好きだよ」
「え? そうなの?」
「うん、そだよ。ゆーくんはデュエマにしか興味ないように見えるけど、あれでも一応男の子だからね」
 友人の知らない嗜好を知ってしまった。少し嬉しく思うが、同時に少し申し訳なくも思う。
「よくそんなこと知ってるね、このみちゃん……空城くん、自分からじゃそういうこと絶対に言わなさそうなのに」
「見てれば大体分かるよ? それに、あたしとゆーくんの仲だしね」
 ふふん、となぜか偉そうに胸を張っているこのみ。
「そっかぁ、ポニーテールかぁ……」
「姫ちゃん、体育の時とか、デュエマする時とかもたまに括ってるよね。明日から毎日そうしたら?」
「う、うん……考えてみる」
 真面目な顔でまだ少し赤面しつつ、紅茶を啜る姫乃。
 まさか定休日を間違えて出勤してしまっただけなのに、ここまで大事になるとは思わなかった。いや、単なる恋バナ染みた会話だが、姫乃にとってはかなりの大事だ。
 しかしまだこの話が終わるとは思えない。次はどんな方向から探られるのかと、姫乃が身構えた、その時だ。

カランカラン

 来店を告げる鈴の音が、鳴り響いた。
「ありゃ? 定休日のプレートかけ忘れてたっけ……」
「また!? このみちゃん、よくかけ忘れるよね……」
 そのため、定休日だと知らずに来店する客が絶えないのだが、今回ばかりはそういうことではなかった。
「……お邪魔します」
 その客は、客らしからぬ客であった。いや、客と言えなくもないが、それはカフェに来た客と言うよりは、他人の家を訪ねて来た客、という風であった。
 さらに言えば、二人はその人物を、知っていた。
「あおいん……?」
「向田さん……?」
 十二月も半ばというこの時期には少々寒そうな白いワンピース、その上からケープとコートを重ねて羽織っている少女。華奢な体躯に、このみほどではないが姫乃よりも低い背丈。全体的に小柄な印象を与える矮躯。
 その人物は確認するまでもなく、彼女たちのクラスメイト、向田葵であった。