二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.446 )
- 日時: 2014/02/25 07:48
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
神話空間から締め出された汐。
負けた。結果はそれだけであり、自分がその結果で失うものはない。だが、その結果を受けて、手放さなければならないものは出て来る。
壁を背にし、目の前の男——記を睨みつける汐。しかし記は怯まない。当然だ、この状況で立場が弱いのは、どう見ても汐。
そんな汐の心中を分かってか、記は彼女に一歩ずつ近づいていく。
「僕の勝ちだ。別に君に勝ったら《ヘルメス》をくれる、なんて約束はしてないけど、渡さないならそれなりに」
汐と一定の距離を詰めたところで、記は足を止めた。
「僕としては何度だって神話空間で遊んでもいいけど、デュエルって意外と疲れるからね。だったらもっと手っ取り早い方法で奪った方が早かったり。たとえば、君を剥くとか」
事もなげにそんなことを言い放つ記。女子中学生に向かって、しかもこんな場所で言うと、かなり犯罪的だ。
だが彼は、犯罪がどうのと言って控えめになるような人間ではない。
「僕は確かに男のわりに背低いし、細いし、非力だよ。和登さんどころかアミさんより力弱いからね。でも、流石に女子中学生に力で負けるってことはないでしょ。見た感じ、君は華奢で、力は強くなさそうだし」
一歩、記は汐に近づく。
言葉で、距離で、存在で、汐を威圧する記。
このままでは、本当に犯罪現場になりかねない。自身の身を案じてか、それとも他の理由でか、汐はポケットに手を突っ込み、一枚のカードを取り出して、それを記へと投げつけた。
「おっと、扱い荒いなぁ」
などと言いながら足を止め、記はそのカードを軽くキャッチする。
それは、確認するまでもなく、記の求めるもの。
《賢愚神話 シュライン・ヘルメス》だった。
「そのカードなら、くれてやるですよ。さっさと失せろ……です」
「なんかキャラ崩れるまで追い詰めちゃった? 今の会話、流石に中学生には刺激が強すぎたかな? ごめんね」
などと口だけで謝りつつ、《ヘルメス》を仕舞い込む記。
「さて……目的のものも手に入ったし、もう君に用はないよ。お望み通り、失せてあげるよ」
ばいばい、と言って、記はその場を後にした。
残された汐は、記の姿が完全に消え、足音も聞こえなくなるのを確認すると、ずるずると壁をずり落ちるようにして、その場にへたり込んだ。
「……ん、うぅ……流石に、厳しかった、です……」
敗北。その結果も、汐のメンタルにダメージを与えるものだったが、もっと物理的に、身体へのダメージがあった。
“ゲーム”の世界でダイレクトアタックを受けたのは初めてだ。全身が痛い、意識も朦朧としている。
「先……輩……」
無意識の海に沈みゆく中、汐はふと呟く。
そして彼女の意識は、闇へと飲み込まれた。
「…………」
闇の中にいたはずが、突如今まで見ていた空間に光が差した。
「あ、汐ちゃん! よかった、目覚ました!」
「……このみ先輩……」
その瞬間、身体になにか温かく柔らかいものが押し付けられる感覚を覚える。なんだか絶望的なものを感じた気もするが、それは気のせいだと判断することにして、自分は今このみに抱きつかれていることを理解する。
「ここは……」
「医務室だ」
流が即座に答える。汐は首だけで周りを見渡すが、そこはさっきまでいた女子トイレでも、パーティー会場のホールでもない。薬品棚が並んでいる、流が言ったような医務室のようだった。
とりあえず体を起こそうとするが、頭の先から足の先へと、一直線に痛みが駆け抜けた。
「っ……」
「あ、ダメだよ御舟さんっ。まだ安静にしてなきゃ……」
姫乃に抑えられ、ベッドに横たわる。
見れば、隣にはうさみがいた。その後ろには、亜実もいる。
「外傷はほとんどありません……でも、身体にダメージが、あります。大事になることはないと思いますけど、もう少し、寝ていた方が……」
どうやら、汐を診ていたのがうさみらしい。ささみは会場の方でパーティー関係の仕事をしているのだとか。
「御舟……大丈夫? 一体なにがあったんだ……?」
「なにが……えっと……」
まだ混乱しているのか、記憶がはっきりしない。しかし、ゆっくりと記憶の後を辿っていくと、少しずつ今の状況の大元が判明していく。
「……そうでした。私は——」
独り言のように、汐はぽつりぽつりとさっきの出来事を話す。記のこと、その記と戦い負けたこと、《ヘルメス》を渡したこと。彼女らしからぬ整然のなさではあるが、すべて話す。
そして、その話に真っ先に反応したのが、亜実だった。
「成程な……まあそんなところだろうとは思っていた。誰にやられたのかと思ったが、青崎の野郎が絡んでやがったのか」
あの詐欺師め、と亜実はあからさまに記の悪態をつく。
だが、すぐに汐をまっすぐと見つめ軽くだが頭を下げた。
「すまない。正直なところ、誰かが招待状を偽造してなにか企んでいる可能性はあたしも考えていた。だがあえてその可能性を示さずに、空城を介してとはいえお前たちを誘ったのはあたしだ。お前がこうしてここにいる原因の一端はあたしにもある。悪かった」
「亜実……」
謝罪の言葉を口にする亜実。まさか彼女が謝るとは誰も思わなかったので、少々面食らう。
しかし、
「だが、その反面、お前たちの責任でもある」
今度は逆に、夕陽たちを叱責するような口振りで、続ける。
「青崎のやり口はあたしも気に食わないが、それはそれだ。奴のやったことは非人道的であったとしても、“ゲーム”の世界における戦争と見れば、それは咎められたものではない。力ずくで奪ったのではなく、神話空間でデュエルの結果、所有権を得たという見方もできるしな。だから、不特定多数の“ゲーム”参加者が集まる中、警戒を怠ったのはお前のミス、とも言える」
記の手口は確かに気に入らない。だが、奪い取り奪い取られる“ゲーム”の世界としてみるなら、彼の行いは間違いではない。
善悪は一般論で見られるが、正義は個人で見方が異なる。
記の行いは彼にとっての正義であり、“ゲーム”の世界における正義でもある。
「そういうわけだから、奴を恨むのは勝手だが、その恨みはある種の逆恨みだ。奪うからには奪われる覚悟が必要だ。それを理解しておけ」
「…………」
汐はなにも言い返せない。あまりに突然で唐突だったというのもあるが、それ以上に、ただ単純に反論できない。
自分は『神話カード』からは一歩引いたところにいる。だからこそ、ということもあるのかもしれないが。
「お、おい、亜実……」
「分かっている、少し言い過ぎた。だが、この件で青崎を恨みすぎるな」
それは過ぎた怨恨であり、非があるのが彼だけではないのだから。
「……と、とにかく、もう少し休んでいて、ください」
「はい……です」
うさみに言われ、汐は大人しくしていることにした。
その後、夕陽たち五人が会場に戻ることはなかった。
結局、夕陽たちは汐が動けるようになるまで回復すると、会場から出て帰ることにした。
その間、記について多少言及されたが、しかし直接の接点がほとんどない夕陽たちでは、言えることなどたかが知れている。
重苦しい空気のまま町へと戻り、駅から出た。
「汐ちゃん、大丈夫?」
「もう大丈夫です、このみ先輩……それより、すみませんでした。最後まで付き合わせてしまい……」
「構うものか。元より俺たちの性に合う場所ではなかった」
「そ、そうだよっ。御舟さんが責任を感じることはないよ」
流と姫乃はそうは言うものの、汐の中では簡単に割り切れるものではない。
とりあえず帰ろうと、歩を進めようとする汐。だがそれを、夕陽が引き止める。
「ちょっと待ってよ、御舟。君、本当に大丈夫か? なんなら、途中まででも送ってくけど……」
「私は大丈夫です。お気遣いは嬉しいですが……少し、一人にしてください」
では、と言って汐は一足早く夕陽たちから離れていく。
「汐ちゃん……ねぇ、ゆーくん」
「ああ……なんか、いつもと違うな、御舟」
夕陽は、彼女がどこか遠くなってしまうような、そんな感覚に囚われる。
闇へと溶け込んでいく彼女の背を、夕陽は黙って見つめていた。