二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.470 )
- 日時: 2014/02/28 04:01
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
十二月二十六日。
夕陽は、『御舟屋』に向かっていた。
その理由は単純明快。汐ともう一度話がしたかったからだ。
昨日は困惑し、熱くなってしまったが、ちゃんと話し合えばなにかが変わるかもしれない。冷静になった頭で考えても、夕陽には汐の言っていることはよく分からなかったが、もう一度、面と向かって話を聞けば、分かるかもしれない。
そんな根拠のない淡い希望を持っていた。
「本当なら、昨日のうちに会っておきたかったんだけどね……」
「仕方ねえよ。昨日は汐、いなかったんだろ?」
「いなかったというか、居留守を決め込まれた感じだけどね」
実は昨日、一度帰宅してから、少し頭を冷やし、『御舟屋』を訪ねた。
しかしその日、店内にいたのは澪だけで、澪は、
『なんかよく分からないが、お前らが来たらいないって言っといてくれ、って言われた。なんかあったのか?』
と言ってた。
つまり、昨日、汐が帰宅した時点で、彼女は夕陽たちに会う気がなかったことになる。
「でもよ、汐は連絡寄越せって言ってたんだろ? それなに会う気がないって、おかしくねえか?」
「気持ちは分からなくもないけどね。面と向かって話そうとすれば、また熱くなって、お互いの主張が噛み合わなくなるかもしれない。そうなったら昨日の焼き直しだ。御舟はそれを懸念したのかもしれない」
そう考えると、後輩に気を遣わせてしまったような気になり、少々へこむが、今は気を沈めている場合ではない。
今、夕陽と汐の間には明らかな亀裂ができている。先輩として、などと格好つける気もなくはないが、それでも自分からその亀裂を埋めようとするべきだ。
(ひまり先輩も、僕らが仲違いすることを望んではいないはず……僕の方から、御舟の誤解を解かないと)
そのために必要なのは、元に戻るがやはり汐ともう一度話すことだ。
また熱くなるかもしれないが、逆に言えばそれは、汐も本心をぶつけているということ。その本心を理解しなければ、この問題は解決しないだろう。
「汐、今日は会ってくれるといいな」
「そうだね。一日置いたけど、それでも昨日の今日だし、変な解釈されても困るからメールも入れてない。今日も会ってくれない可能性が——」
そんなことを懸念する夕陽だったが、しかしそれは杞憂に終わる。
なぜなら、夕陽の探し人は、向こうから来たからだ。
「——先輩」
「御舟……!」
ちょうど人通りのない裏路地に入ったところ、狭い路地のど真ん中で、待ち構えるようにして汐は立っていた。場所こそ違えど、構図は昨日とほぼ同じ。
「待っていたですよ、先輩。兄さんから聞いたです、昨日、うちを訪ねたそうですね」
「ああ。もう一度君と話がしたい。昨日はなにしてたのか知らないけど会ってくれなかったからね。今日は落ち着いて話ができるみたいで、よかったよ」
「そうですか、よかったですね。私も先輩ともう一度お話ししたいと思っていたところです」
ただし、と言って、汐はスッとなにかを取り出す。
「口ではなく、こちらで、ですが」
それはデッキケースだ。その行為ひとつで、夕陽は彼女の言わんとしていることを理解する。そして、その会話には反対の意思を示す。
「御舟……違う、僕は戦いに来たわけじゃない。僕は、君と戦いたくない」
「どの口がそのようなことを言うのでしょう、先輩からけしかけてきたことではないですか」
落ち着いて話がどうのこうのと言ったが、まったく落ち着けない。これは完全に、ヒートアップするパターンだ。
歯車が噛み合わないような、坩堝に嵌ったような。とにかく、この軌道は修正しなければならない。
そう、思った時だった。
「それに、今回は私だけの意向ではないのです」
「え……?」
その言葉の意味を理解できない夕陽。それほど深い意味はないのではと一瞬思ったが、それが違うということも一瞬で理解した。
「そういうことよ、人間。あなたと戦うことに意義を見出すものは、他にもいるの」
突如、声が聞こえてくる。前方の方から聞こえるが、その位置ははっきりしない。
「え、なに? どこから……?」
「お、おい、この声って、まさか……!」
困惑する夕陽と、吃驚したようなアポロン。それぞれの反応を見つつ、汐は手にしたデッキケースから、一枚のカードを抜き取る。
「出て来てください、アルテミス」
「言われなくても」
そして、そのカードから影が飛び出す。
純白の髪をなびかせた、少女のような姿。白から黒へとグラデーションする布を纏った二頭身の体躯。
「っ、なんだ、お前……!」
「お前とはご挨拶ね、人間。あなたのすぐ横にいるじゃない、この姿と同じ存在が」
「横……?」
夕陽の横にいるのは、ふわふわと浮いているアポロンだけだ。ということは、
「下等な人間、それもあなたのような愚鈍な輩に名乗るのも頂けないけれど、無知な能無しを見ているのも苛々するし、名前だけは教えてあげる」
毒を吐きながら、少女はアポロンをちらりと見る。そして、自らの名を、素性を、夕陽に明かす。
「アタシは十二神話の一柱、アルテミス——あなたが束縛しているアポロン兄様の、妹よ」
「妹……アポロン、それって……」
「……ああ、そうだ」
アポロンはいまだ驚きを隠しきれないまま、静かに、しかしどこか焦ったように、口を開く。
「あいつは、アルテミス。オイラの妹だ」
「覚えているのですね、お兄様」
アポロンがそう言うや否や、アルテミスは先ほどとは打って変わって、非常に明るく嬉々とした声、丁寧な言葉遣いで、アポロンの言葉を受ける。
「お、おい、どうなってるんだよ……あいつがアポロンの妹、ってことは……」
「そうです、このアルテミスも『神話カード』ですよ」
汐が言って、一度カードに戻るアルテミス。そしてすぐ、実体を取り戻した。
「『神話カード』……御舟、まさか、君……」
「安心してください、先輩」
などとは言うものの、汐の口振りは冷たく、どこか突き放すようであった。
「私は決して、アルテミスの所有者となったわけではないですよ」
「そうね。アタシだって好き好んで自分から人間なんかの所有物になりたいだなんて思わないわ」
「今はただ、お互いの利害が繋がっているという理由だけで、一時的に手を組んでいるだけにすぎないのです」
と言うには結構息が合っているように見えなくもないが、それはさておき。
「利害が繋がっている……? どういうこと」
「少しは自分で考えなさい、無能。その程度の理解力と推理力でお兄様の所有者だなんて、失笑もできないわ」
「…………」
先ほどから、アルテミスの口調が、夕陽に対してだけかなり刺々しい。口振りから察するに、人間に対してあまりいい印象がないようだが、夕陽に対しては個人的な恨みでもあるかのような敵対っぷりだ。
「安心してください、お兄様。このアルテミス、今すぐにお兄様を縛り付けている愚鈍な人間の呪縛を解き放って差し上げます」
そしてアポロンに対してはこの態度。しっかり夕陽に対して毒づいておくのも忘れない徹底振り。素なのかもしれないが。
「呪縛? なに言ってんだ、アルテミス。オイラはなにも縛られてねえぞ」
「なに仰りますか、お兄様……ああ、成程。これが刷り込みというものですね……人間、アタシのお兄様になにをしたのかしら? 返答すれば闇に葬り去るわ」
「なにもしてないよ……」
「話が一向に進まないのですが」
やたら夕陽に噛みついてくるアルテミスを制しながら、汐は淡々と告げる。
「理由も動機も知らないですが、このアルテミスは、先輩がアポロンを束縛していると考えているようです。そしてその束縛から、アポロンを解放したい……即ち、先輩とアポロンを所有権諸共引き剥がすことが目的です」
「はぁ!? 冗談じゃない! オイラは夕陽の元を離れるつもりなんてないぜ!」
アポロンは抗議するが、汐はそれを無視し、
「そして私は、先輩と話がしたい、それも口ではなく、こちらで、です」
デッキケースを再び掲げる。
「目には目を、歯には歯を……悪名高きハンムラビ法典ではないですが、あの夜、先輩が行ったことをそのまま返してあげるですよ」
そうすれば、なにか分かるかもしれないですからね、と。汐は本気なのか冗談なのか、分からない口振りで続ける。
「お兄様、申し訳ありません。ですがすべてはそこの愚かな人間が悪いのです。ご覚悟を」
「先輩も、早く覚悟を決めた方がよろしいですよ」
「お、おい夕陽! どうすんだよ、あいつらやる気満々だぞ!」
焦ったように叫ぶアポロン。焦っているのは夕陽も同じだ。
アルテミス、『神話カード』が絡んで来るとは流石に思っていなかったが、この流れは少しだけ予想していた。もしかしたら、こんなこともあるかもしれないと、淡くも思っていた。
そうならないように、汐を刺激しないよう発言には気を遣ったつもりなのだが、ダメだったようだ。
というより、汐は最初から夕陽と戦うつもりでいたように見える。
「やるしか、ないのか……?」
夕陽もデッキケースに手を触れつつ、汐を見据える。
「……アポロン」
「いいのか夕陽!? 相手は汐だぞ!」
「こうなったら仕方ない。ただ、相手は御舟だ。怪我させないように、加減はする」
我ながら甘いことを言っているとは思うが、今の夕陽には最善の手というものが分からない。
だからこの選択は、逃げなのかもしれなかった。
「……アルテミス」
「なによ」
「やはり、このデッキを使うのはやめです。下がってください」
そんな夕陽を見て、汐は手にしたデッキをケースに戻した。
「代わりに、こちらのデッキを使うですよ」
そして、代わりに手にしたのは、いつかの古いデッキケース。
無法の力が凝縮されているはずの、デッキだった。
「……まあ、あなたが勝てるっていうのなら、どんなデッキを使おうと勝手よ。アタシの目的はお兄様を解放することだけ。だから、あなたが勝てばそれでいいわ。でも大丈夫なの? 人間の方はともかく、お兄様は強い。アタシがいないで、絶対に勝てる保証はある?」
「デュエマに絶対など存在しないのですよ。ですが、大丈夫です。私はいまだかつて、負けるつもりで戦いに臨んだことなどないですから」
そしてそれは同時に、彼女はこの戦いでも負けるつもりはない、絶対に勝つという宣言でもあった。
「ふぅん……ま、それなら期待しない程度に期待しておくわ。アタシの期待を裏切るのだけは、勘弁ね」
「了解です」
そんなやり取りの後、汐は一歩、前へと出る。
「では先輩、覚悟は決まったでしょうか」
「……どうだろうね」
しかし決まろうが決まるまいが、これから起こることに変わりはない。
夕陽と汐は、神話空間の中へと、誘われる——