二次創作小説(紙ほか)
- Re: デュエル・マスターズ Mythology ( No.486 )
- 日時: 2014/03/03 20:52
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: SMalQrAD)
神話空間が閉じる。同時に、夕陽の体が投げ出された。
いつもなら地に足がつくはずなのが、今は重力に抗うことができず、そのまま落ちていく——ことはなかった。
グイッと、襟首を掴まれる。頭ががくんと後ろに流れるが、目の前に立つ少女はそれを許さず、視線を逸らさせない。
「……とりあえず、これは頂くですよ」
「あ……アポ、ロン……」
夕陽の手から零れ落ちる《アポロン》のカードは、少女——汐の手中へと収まる。
「流石、アタシが目を付けただけはあるわね。アタシ抜きでもなかなかやるじゃない」
アルテミスが称賛するも、それを聞き流す汐。彼女は、夕陽しか見ていない。
「これが最後です、先輩。私になにか言うことはないですか」
「…………」
聞いているのかいないのか、掠れる視界で汐を見つめる夕陽。唇は動いているものの、その動きは明確な発音とはならない。
「ぁ……」
「なんですか。はっきり言ってください」
「アポ……ロン……」
汐は、まっすぐに夕陽の目を見る。その目は汐を見ているようで、よく見れば彼女を見ていない。
その目が見ているのは、彼女の持つ《アポロン》だ。
「……この期に及んで《アポロン》の心配ですか。先輩にとっては、私なんかよりも《アポロン》の方が大事ですか。そうですか、そうですか……そうですよね。なんたってひまり先輩の形見です。先輩にとってはただの後輩に過ぎない私よりも、よっぽど大事ですよね」
そして汐は、遂に、本当に、心の底から、見限ったように、侮蔑するように、夕陽を一瞥し、投げ捨てた。
ドサッと、重い音が響く。呻き声一つない。気を失っているのだろうか。
「もういいです。先輩はそういう人だったということにするですよ。アルテミス」
「人間がアタシに指図しないで欲しいものだけど、今回だけは許すわ。一応あなたの成果で、お兄様も遂にあの人間の呪縛から解放されたわけだし。あとはあの人間によってつけられた穢れを取り払わないと。それまでもう少し協力してもらうわよ」
「……なんだっていいですよ、もう」
投げやりになったように答え、汐は《アポロン》を仕舞いながら、再び背後に横たわる彼を一瞥し、
「さよならです……先輩」
別れを告げて、その場を去った。
最後に残ったのは、夕陽ただ一人。
「アポロン……御舟……戻って、来て……くれ……」
視界が混濁する中、夕陽は、うわ言のように呟くと——その意識は、闇へと沈んでいった。
「あれ……? ねぇ、あそこで倒れてるのって……」
「ん? なんか見覚えある面してるな」
「見覚えあるじゃないでしょ! 一昨日うちのパーティーに来てたじゃない!」
「……ああ! 思い出した! あいつか……で、なんでこんなとこで倒れてるんだ?」
「知らないわよ、なんかボロボロだし……って、本当にボロボロね……大丈夫かしら……?」
「外傷が酷い……たぶん、内側のダメージも……誰かと、戦ったんだと思うけど……随分、酷くやられてる……」
「こっぴどくやられたなぁ……ははっ、俺がジークと百回くらい戦った後みたいだな」
「ちょっと、笑い事じゃないわよ。どうするのよこれ、流石にこのままここに放置しておくわけにもいかないし……」
「う、うん……ちゃんと、傷の処置を、しないと……破傷風とか、かかっちゃうし……それに、この時期だから、体も冷えて……と、とりあえず、どこかに運ばないと……」
「んじゃ、ついでに連れてくか。なにがあったか興味がないわけでもないし、たぶん、そのことは他の愉快な連中にも教えとくべきだろ」
「珍しくまともなことを……まあでも、それが一番ね。ほら、じゃあ運んで」
「は? 俺が運ぶのかよ」
「当たり前でしょ。いくらあたしたち二人でも、この人ひとりを運ぶのは無理よ」
「あー、なんだよ面倒だなぁ……よっと、お? 意外と軽いぞこいつ。お前たち二人分より軽い」
「悪かったわね、重くて。いや、二人分なら別におかしくもないじゃないの」
「あ、あの、二人とも……早く、行かないと……その人……」
「なんか……居心地悪い感じだね」
「うん……そう、だね」
カフェ『popple』の店内で向かい合うこのみと姫乃。この日は定休日ではないのだが、木葉の用事で臨時休業となっているため、店内に客はいない。
「ゆーくんと汐ちゃんがあんなになってるとこなんて、初めて見たよ」
「このみちゃんたち三人って、あんまり喧嘩とかなさそうだもんね」
「まーねー。ゆーくんはよくあたしに色々言ってるけど、けっこー気遣いはできるし、汐ちゃんも譲るところは譲ってくれて、そーゆーケンカになりそうな空気を作らないようにしてるから」
しかし今回、その空気が完膚なきまでにぶち破られた。
それも、最も穏健だったはずの、汐の手によって。
「汐ちゃんはゆーくんがやったとかなんとか言ってたけど……姫ちゃん、どう思う?」
「わ、わたし? うーん……御舟さんの言葉を疑うわけじゃないけど、空城くんは、あんな酷いことはしない、と思う」
「だよねー……あたしも、ゆーくんはそんなことしないって思ってる。付き合い長いあたしが言うんだから間違いない、ゆーくんが手ぇ出すのはあたしくらいだよ」
あはは、と笑うこのみだが、その笑いもすぐに消え去った。
能天気でお気楽な彼女でも、友人二人が対立しているこの状況で笑っていられるほど気楽なつもりはない。
「御舟さんは、空城くんのこと、嫌いになっちゃったのかな……」
「どうだろ……言葉はきつかったけど、汐ちゃんもゆーくんのことは大好きだからなぁ」
「え……?」
何気なくこのみが発した言葉に反応してしまう姫乃。一瞬フリーズした頭を再起動させ、その意味を考える最中、このみが慌てたように手を振る。
「あ、いや、違う違う、そういう意味じゃなくってね、えーっと……なんて言うんだろ。汐ちゃんはゆーくんの後輩で、ゆーくんは汐ちゃんの先輩だから、汐ちゃんは先輩のゆーくんが好き、みたいな……?」
「あ、あぁ……えっと、つまり、尊敬とか敬愛とか、そういう意味で好きってこと……?」
「そうそう、それそれ」
一言で好きと言っても意味は様々だ。汐の場合は、ラヴやライクではなく、リスペクトの意味で夕陽を好いている。
そのようにこのみに説明され、ホッとする姫乃。
「だから姫ちゃん、自分もゆーくんが好きで汐ちゃんに悪い、とか思わなくてもいいからね」
「そっ……そんなこと、別に——」
「思ってないの?」
「……ごめん、ちょっと思った」
しゅん、と縮こまる姫乃。
「こんな時に不謹慎だよね、こんなこと考えるなんて」
「んー、それとこれとは別の話じゃないかなぁ。そういや姫ちゃん、髪型、結局それにしたんだね」
「え? あ、う、うん……」
このみに指摘され、頭を少し下げる姫乃。同時に、彼女の後頭部の尻尾が揺れた。
「あおいんが来た日だっけ。あの後、パーティーの招待状が届いたから、せっかくだし、サプライズでパーティーの日にポニーテールにしようってことになったけど、あれから変えてないんだね。やっぱゆーくんの受けがよかったから?」
「それはよく分かんないけど……うん、まあ、これもいいかなって……」
顔を赤らめて俯く姫乃。このみも、彼女の言葉には同意し、
「だねー、姫ちゃんはポニーテールにしてる時が一番だよ……それはそれとして、ちょっと結ぶ位置高くない?」
「そうかな……? いつも結ぶ時は、大体この位置だよ」
「いやー、ゆーくんはわりと年下趣味だから、背高い人よりもそこそこ低い子の方がいいみたいだよ」
「それ関係ないよね……」
「なんか、亜実さんみたいな人だと友達っぽく見えるんだって」
「わたしも友達だよ……」
抗議するわけではないが、しかし、このみの勧めで尻尾の位置は少し低くした。というか、低くされた。
「うん、いい感じかも。テールの位置はダウンだけど、姫ちゃんの可愛さはアップ!」
「そんなに変わらないような気がするけど……?」
「いやいや、意外と変わるんだなーこれが。髪型一つで変わるのと同じで、結ぶ位置でも印象って変わるよ」
「そうなの?」
「そうなの」
まっすぐに姫乃の目を見て返すこのみ。
能天気でお気楽で、頭の中が春色お花畑のようなこのみだが、友人——特に姫乃のこの思いに対しては、真面目で真摯だ。笑いながらではあるものの、それは彼女の性格であり、個性であるというだけの話。
「それよりさ、なんだか今日、プロセルピナが出て来ないんだけど」
「そういえば、わたしのヴィーナスも……どうしたんだろ」
二人は、いつもならカードから飛び出して騒いでいるはずの《プロセルピナ》と《ヴィーナス》のカードを取り出す。
「このみー……」
「どしたの? プロセルピナ?」
「姫乃様……」
「ヴィーナス……?」
いつもと違う彼女たち。その様子を訝しむように見遣るこのみと姫乃。
「なんか、変な感じがする……アポロンが、遠くに行っちゃう……」
「それに、なんだか違和感を感じるですの……アポロン様と似ているようで違う、わたくしたちと同じような気配が……」
「? なんかよく分かんないんだけど、それって——」
カランカラン
このみの言葉を遮るように、いやさ遮って来客を告げる鈴が鳴る。
だが、冒頭でも述べたように今は臨時休業である。
「あれ? プレートかけてなかったっけ?」
「このみちゃん、またなの……」
しかし今回に限っても、休業などということは関係ないのかもしれなかった。
むしろ、臨時休業中で良かったとさえ言える。
「よーぅ、邪魔するぞ」
「あれ? お客さんいない……ならちょうどよかったわ」
「お、お邪魔、します……」
三人組の男女が、入店する。それも見覚えのある顔ぶれだ。
いや、見覚えのあるどころでは、ないのだが。
「っ、あなたは、【神格社界】の……」
「ルカにーさん! と、ささちゃんとうさちゃん……え? なに? なんでここにいるの?」
「本当はお前に用があったんだけどな、春永このみ。だが、ちょっと途中であるものを拾ってな、まあちょっと居座らせてもらうぞ」
と言って店内にずけずけと入ってくるルカ。
「あ、あの、救急箱とか、その、ありませんか……?」
「あるけど……なんで?」
「……これよ」
ドサッと、ルカがなにかを下す。
「か、かいちょーさんっ! 怪我人なんですから、もっと、優しく……」
「大丈夫だって、死にやしないだろ、このくらいじゃあ」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょ……」
などと、彼らは軽く言っているが、このみと姫乃は絶句していた。
その下ろされたなにかに、見覚えがあったからだ。
これこそ、見覚えがあるどころではない。自分たちがよく知る、そしてさっきまで話の中心にいた人物。
「ゆーくん……」
「空城くん……」
満身創痍で全身傷だらけの、夕陽だった。